無事にデビューを終えた私は、次走の『いちょう特別賞』問題なく突破して、第3戦として東京レース場で行われるOP戦を選んだ。
既に私の名はそれなりに知れ渡っているのか最近では遠巻きに私を見つめる目線も増えた。だが、彼女らを責めるつもりはない。きっと逆の立場であれば私もそうしていただろう
2勝。されど最初のメイクデビューを勝利しOP戦を勝てるウマ娘が中央在籍のウマ娘の中でも上澄みでしかないのはよく分かっている。
注目の的になるのは仕方がないしそれゆえにのしかかるプレッシャーと妬みの感情は慣れている。それらを乗り越えてこそ理想を追い求める権利を得る。
だから私はここで立ち止まっているわけにはいかない。
それに気になる少女も出てきた。
ウマ娘の中でもかなり珍しい白毛。葦毛ではなく純粋な白色の毛の少女、トウショウトドロキ。
彼女のレースは観るものを惹きつける。その代わり走るものには畏怖される。私と似た走りだった。彼女のおかげでレースは私1人の時よりも盛り上がるかもしれない。私も闘争心に火がつく。
少しは気になっているが学園ではクラスも違う上に寮もチームも違う。だからトドロキと会うことは今まで無かった。探そうとしても中々見かけない。雲隠れが得意なようだ。そんな彼女の出走予定は実のところチームに入っていれば何の問題もなく分かってしまう。彼女の方は……なかなか攻めた日程のようだね。
私はG1はクラシックの皐月賞から走り始めるつもりだが、彼女は朝日杯FSに出るらしい。確かにジュニアG1の一つだがその前にOP戦をもう一戦挟むローテーションを組んでいるのだが脚は大丈夫なのだろうか。月一でのレース。それもOP戦は朝日杯に日程が近い。それほどまでに自信があるというのだろう。
流石に間隔を詰めたレースの出走は疲労や負担が大きいはずだが……あえてなのだろうか。確かに実戦に勝る訓練はないとも言われる。まあ彼女であればそれをやっても問題ないとあのスピカのトレーナーは判断したのだろう。
ある日のトレーニングの終わりにおハナさんは私を呼び止めた。その手には12月に行われる朝日杯FSの入場券と旅費が入れられた封筒が握られていた。
「貴女は、トウショウトドロキから学ぶことは多いわ」
確かに私も彼女も捲りの戦法が得意なのは共通している。
「勿論総合的に見れば貴女の方が優秀なのは紛れもない事実よ。だけれど一部の能力に限った話ではトドロキの方が圧倒的に秀でているものもある」
「それは……」
「一から十までここで教えても仕方がないわ。実際にレースを見た方が早いわよ」
実際彼女が強いというのはよくわかる。メイクデビューでの闘い方は彼女とレースで同期になるウマ娘を悩ませている。
だがあれの弱点を探り対策を立てるには一度か二度見ただけじゃ無理だろう。
大抵は一度見せた技は通用しないとまで言われるほどレースはシビアだ。だけれど対策のしようがなければ通用し続ける。
それがどのような走りなのか観て盗んでこいというわけだ。
それまでにある程度情報を集めないといけないな。
元々トレセン学園へは転入で入ったトドロキは入学時のレース試験の結果やその後の模擬レースの結果などもかなり欠損している。
それでも模擬レース分のデータやチームでのトレーニングの様子などからある程度ざっくりとした動きの予測と対策は立てられそうだった。
そうしているうちにOP戦がやってきた。
OPレースも会場はそこそこ人がやってきていた。ただし3割ほどはトレセン学園の制服に身を通している。かくいう私もそのうちの1人ではある。やはりOP戦までは一般の観客には馴染みがないらしい。それでもきてくれている人達はきっとレースが好きなのだろう。1番人気はやはりトウショウトドロキ。
体操服の上にマントのようなものを羽織り、パドックで靡かせるという凝ったパフォーマンスをしていたのだが少なくとも体調は万全のようだ。
ちなみにマントのようなものはすぐに脱いでトレーナーに返してた。律儀だなあ。
パドックでの他の参加者を確認したものの、首の裏側が刺さるような痛みを出すのはトドロキくらいだった。だとすれば彼女達には悪いけれどトドロキとの実力の差はかなり出ている。別に彼女達が弱いというわけではない。むしろ十分強いのだろう。ただ、トドロキが規格外なだけだ。
それでも上手くいけば彼女達にも勝ちはあるはずだった。普通に何もせずトドロキが後方からの捲りをするのであれば……
OP戦に挑んだトドロキはpreOP戦同様かなりの強引策に出た。再び序盤から集団でブロック。最もそれが効果的に思えるだろう。preOP戦では連携がうまくいかなかった。自分たちなら上手くやれる。走っている側は、無意識だとしても思いたいのだ。だが実のところそれは悪手でもある。
彼女の射程に入れば瞬く間にペースを崩される。それは意識していてもなってしまう。いや、させられるのだろう。
あっという間にブロックを組んでいた集団は無駄にスタミナを消耗させられる加速と減速を繰り返す羽目になった。
逃げウマ娘との距離を見て冷静になった先頭が減速をするも、今度はトドロキの周囲に行きたくないウマ娘が広がりつつ前に出ようとするため順位が目まぐるしく入れ替わる。
トドロキへの警戒が途切れた。その瞬間彼女は最後尾でコース位置どりを変えた。大外に飛び出たトドロキが加速する。
圧倒的加速で突き放す。スパートをかけるには早い位置だが、それでもスパートは終わらない。多彩な戦術だけでない、彼女の素の強さとでも言うべきものだ。
逃げをあっさりと追い越し、圧倒的強さを見せつけたトドロキ。実況はポツンと一人旅。
8バ身と前回よりも距離を突き放した。だけれど同時に感じるのはレース全体から漂う絶望感だった。
なるほど、彼女の走りが周囲に絶望感を植え付けているか。ますます私の走りと似ているではないか。
その絶望感をどうやって扱っていくか。それは永遠の課題だった。
改めて見れば彼女のレースはムラがあるにしても常に周囲を翻弄する。その方法は多岐に渡り、相手の視界を利用したものから足音、そしてその場の空気に気配まで使えるものはなんでも使う。
いずれも本能的なところに影響するせいか調子を乱される。なるほど、確かにこれは習得できればレースを優位に進めることが出来る強力な武器だ。
それでもいくつかはすぐに再現することもできる。後はそれを自らのものに昇華していくだけでだ。
私がトドロキへの対策をある程度固めつつある中で、12月がやってきた。年末の月でありクリスマス、年越し、有馬記念と日本中が浮かれやすくなる季節になった。そんな月の最初の週に設定された朝日杯FS。その歴史はかなり古い。
元々中央レースの朝日杯FSはその名を朝日杯ステークスとして分断終戦間もない1949年に発足した。
当時まだ国営だった中央レースに新聞社と言う当時最大かつ最強と言える宣伝能力を持った社による社賞のレースを新設する初めての試みによって生まれたものだった。
それが皮切りになり読売カップ、毎日王冠、東京新聞杯、NHK杯、日本経済賞、産経賞オールカマーが次々と新設されたのだから時代の先駆者とも言えるレースだった。
ジュニア級とは言ってもG1であるからには会場は大盛況となる。
それでもクラシック級となる次年度に向けて調整をする子も多いため出走人数は例年多くはない。逆にジュニア級であれば盛り上がるのは出走人数も増えるG3クラスであって、今回もトドロキの出走も有り回避する人は何人か出ていたようだ。
確かにクラシック路線を取るにしてもティアラ路線を取るにしてもジュニア級のG1レースの位置付けは中々難しいところだった。
翌年に控える三冠レースを目指す上で、1600mの短距離を走るよりも、2000mか1800m級のレースに出た方が経験を積む上でも優位になる。そう判断される事が多いからだ。
7人でのレース。生憎天候は雨だった。12月の冷たい雨で風邪を引かなければ良いが……気温は1度。霙にならないか心配だが東京で雪が降るのは10年に一度くらい。それも1月あたりになってからだ。
「やけに冷える。それに足場も悪そうね」
私の少し前の席にいたトレセン学園の制服を着た子がつぶやいた。
意識がコースから逸れる。
制服の上から私物と思われる黒色のレインコートを着ているため顔も体も隠れて少しばかり見えづらい。
「トドロキは重場は得意だったはずだけど……」
どうやら私以外のトドロキの観察者だったらしい。気がつけば彼女の隣で興味本位に声をかけていた。
「失礼するよ。君もトドロキ目当てで来たのかな?」
「え……ええ。同じクラスの子ですっごい速いですし」
どうやら彼女と同じクラスの人だった。珍しいこともあるものだと思ったが、そう言えば彼女の交友関係はあまり聞いた事がない。
「その割には応援という雰囲気ではないようだね。私と同じで偵察かな?」
「そうです。癖を分析して弱点を探ってそこまでしてもおそらく五分五分でしょうか」
確かに今は彼女に対してだけは明確に勝利というビジョンを思い浮かべるのは難しい。いや、彼女なら勝利のビジョンも易々と突破してきそうだと思える。そう相手に思わせるだけでも相当な実力者だ。
「それでも私は彼女と戦う時になったら彼女を打ち負かしたい……」
強い者を倒したい。そうか、それもまた一つの闘争の形なのだろうな。私はどうだろうか……理想への障害となるのは確実だったが、だが彼女と勝負をしたいと思えているだろうか。
「自己紹介がまだだったね。私はシンボリルドルフ」
「スズマッハよ。よろしく」
デビューは同じ日だけれど一足早く勝負服に身を包む事になったトウショウトドロキ。パドックでお披露目されたその姿は、少し奇抜だった。
白い髪の毛がさらに目立つよう、白いシャツと黒いドレスの合わせ技で生まれたゴシック・アンド・ロリータと呼ばれる衣装ににていた。勿論普通のゴシックとは違い袖の部分はノースリーブになっており、ミッドナイトブルーの太い紐で二の腕中間部分のあたりに手首までを隠す袖を吊っていた。
スカートはフリルベースのようでスカート内部に三重にレース生地が織り込まれていた。
片側だけが長い白のソックスで足回りは逆に簡素にする事で全体のディテールのバランスを調整しているようだった。
黒色のカチューシャには赤いガーベラがアクセントのように付けられていた。
「アハハハ!我の真の姿が白日の元に晒されたのであれば、それは狂乱の予兆に過ぎない!」
見たところ異常は見られないが、少しばかり頬が引き攣っているように見える。気のせいだろうか……
少しだけ胸に違和感が残りつつも、紹介は進んでいく。
最有力で1番人気のハーディービジョンが最後の紹介となった。
鹿毛の長い髪の毛をピンクのシュシュで一本に束ねつつ、赤色のシャツの上から白いベストをつけ、シャツと同じ色ながら黒と金色のラインが入ったスカートの勝負服だった。
『まもなく始まります。新バにとって初のトップクラス戦線G1朝日杯フォーチュリティステークス。天運は試練を課しました雨、重場となっています』
preOP戦と同じ1600m中山レース場。だが同じなのは場所だけで、コンディションはかなり最悪な部類に入るG1レース。実力だって皆高い部類だ。
私ならどう走ろうか。やはり彼女と同じく後方からの奇襲攻撃か。或いはあえて先行を取り重場で前を抑えるか。
前者なら全員が走った後の余計に掻き乱された場を走ることになる。後者は足を取られやすくスタミナを消費しやすい重場で不得意な走りをする事による異常消耗。
どちらもそれ相応のデメリットだ。
さてトウショウトドロキ、君はどうするかな?
『さあ、各ウマ娘がゲートに入りました!』
実況の声と共に一瞬の静寂が訪れた。ゲートが開く直前何かがぶつかる音がした。
だがゲートは開いた。レースが始まる。