名ウマ娘列伝『トウショウトドロキ』   作:ヒジキの木

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そのウマ娘は苦戦する裏1

「契約者!併走トレーニングとかはしないのか⁈」

 

このチームに所属してから半年近く経ったのだろうか?相変わらずトレーナーさんは新しいウマ娘のスカウトに失敗していた。

私だけがこのチームのメンバーな状態も流石に慣れて来てしまった。だけれど同時に併走なども片手で数えるくらいしかこの半年でやっていない。いくら1人でトレーニングをしてもやはり上手い人と一緒に走ったりする事で得られることも多いし、あと誰かと一緒に走りたい。

走る以外のトレーニングは時々一緒になった人と自然と一緒にトレーニングをすることがあるけれど、どうにも併走だけは中々やったことがなかった。

だけれどトレーナーは首を横に振った。

「併走をさせたいのはこっちも同じ気持ちだがどうしてもお前さんと合うやつが見つからなくてな」

声はかけているらしい。

「逆にお前さんがトレーニングを見るって言うのなら何人かあるが……」

 

「それでも構わぬ!」

なんだ。あるではないか併走!我が稽古をつけると言うのも新鮮だし視点が変えられるから何か発見があるかもしれぬぞ!

ちょっとだけ嬉しくなる。

「大丈夫かなあ……」

 

指定されたグラウンドに向かうと、既にそこには併走相手が来ていた。

見知った顔。と言うか同じクラスのスズマッハさんだった。

確か12月にデビューをすることになったって先週言っていた。それともう1人、スズマッハさんに似ているけれど身長がやや低く、髪の毛は膝あたりまである長いロングヘアだった。

 

「あ、トドロキちゃんだったのね!併走相手」

 

「うむ!我の悪魔神を継承しに来た!そちらは?」

 

「えっと……初めまして、スズパレードです」

 

「双子の妹なの!一足早く11月にデビューだけど今回は見学ってことで」

そうだったのか。それにしても身長差があるから双子というより普通の姉妹に思える。だけど小柄な体つきだがかなり引き締まっている。無駄がない。

「ならば深淵の淵に立つ覚悟は出来ているのだな」

あ、ちょっと待ってその何言ってんだこいつみたいな目線やめて。久しぶりに見たわその目線。

「まあ走ろうか」

 

「ソウデスネ……」

 

併走は速度を調整してスパートの加速や実際の動きに近いように走る。実際のコースと同じ距離を走りどこのタイミングでスパートをかけるとか走り出した後の息を入れるタイミングなど、そう言ったものを教えるけれど……併走は相性などもある。

我がリードする側だったけれど実際にこうして走ってみると案外楽しい。やはり誰かと一緒に走るのは楽しい事だ。そう、本質はそうでなければならない。苦しみながら走るのではダメなのだ。

ではスズマッハは今どうなのだろうか……見た目から苦しそうな感じはしてこない。なら大丈夫?相性はどうだろう?そう言えば模擬レースでの彼女は毎回前の方にいたような気がする。

 

 幸いスズマッハさんとは相性は悪くないが、どうも彼女とは脚質が違うようだった。数本走り終えた後にスズマッハさんのトレーナーである黒沢さんに尋ねると、どうやら逃げ、先行の自在型だったらしい。

刺し、捲りな私とはどうにも合わない訳だった。それでも併走をしたのは、違う脚質の相手がどのタイミングで勝負をかけたりするのかを学ばせる為だったらしい。

 

なんだか良いように使われた気がする。逆にスズマッハはどの辺りで勝負を仕掛けてくるのか。尋ねたものの、乙女の秘密と返されてしまった。

「我も乙女だが」

 

「むしろ乙女より悪魔とか魔王とかじゃない?」

 

失礼な!これでも麗らかで可憐な乙女だが!

そうだろう契約者!待て、目を逸らすな!

 

 

 

 

 

 

 

そしてG1朝日杯の前日、私は夢を見た。

 

青空と心地よい風が吹く草原を走っていた。隣には知らないウマ娘。どう言う訳か一緒になって走る夢だった。併走とも違う、純粋に楽しみだけの走り。そのはずだった。

急に1人が立ち止まった。風の勢いが強くなってくる。

「もう帰るね」

 

「どうして……まだ明るいよ?」

思わずそう返してしまった。

 

「走ってて苦しすぎるんだもん!」

並んで一緒に走っていた子が、そう叫んだ。その声がこだまして、何度耳の中に反響して残る。

 

「トドロキと走るとつまらない」

「辛い。もうやだ……やめた」

それを皮切りに1人、また1人と悲しい顔をして走るのをやめた。

離れていく。最後にはまた1人ポツンと取り残される。いつのまにか野原から整地された芝の上にいた。

レース場。けれどもどこのレース場かわからない。コースも水平線の向こうまでまっすぐと伸びている。スタンドには誰もいない。人1人いない。それでもレースのファンファーレは鳴り響く。狂ったラッパの音。思わず耳を塞いだ。

 

だけどレースは始まろうとしていた。

誰もいないレース。どこまで走ればゴールが知れる?終わりはあるのか。そんなことを考える前に、ゲートが開いた。

 

 

中途半端にそのあとがどうなったのか知る前に、夢から私は現実に覚醒した。

「あ……悪夢か……」

 

嫌な夢……いや、夢じゃなくて現実なのかもしれない。

目を逸らしていた現実で、私が見たくなかった事実。私の走りは皆んなから嫌われるタイプ。いつか読んだ本に書いてあった。走りは三種類に分けられる。魅せる走り、速い走り、そして蹂躙する走り。

私はきっと蹂躙する走りなのだろう。相手を潰してしまう。だから一緒に走った友達は苦しいと言って去っていった。

 

だけれど今更、この走りを変えることなんてできない。仕方がないのかもしれない。なんて都合のいい傷だけひけらかすのはナンセンスだろう。この思いは誰かに言い出せる事ではない。私が撒いたものだ。抱え込むのは私だけでいい。

 

汗だくになってしまっていた。このままじゃ風邪ひいちゃうな……

そう言えばこの前、学園を去っていく上級生を門の近くで見た。どう言う理由で学園をさるのかはわからない。だけれど、レースが楽しくなくなったのだろうか。戦うことに疲れてしまったのだろうか。諦めることに慣れてしまったのか。戦えなくなってしまったのだろうか。

 

私はどうだろうか……勝ちたいと言う気持ちをこの先も持ち続けて走れるだろうか?誰かを潰して勝利することに意味を見出せるだろうか?

 

ああ、思考が堂々巡りで悪循環に陥っている。

 

観客さえも私の走りを観にこなくなる。そんな悪夢のようなものを見せられたら、気持ちは沈んでしまう。

明日のレース。応援してくれる人がいなかったらどうしよう。誰かを潰しやがってなんて言われたらどうしよう。

いやいや、そんな事はない。頭でそれを否定しようとしても、何故だかお腹の底に残り不快感のような不安の塊は無くならなかった。それが嫌に苦しくて、でもお腹の底だから逃げられないし逃れられない。考えるほど強くなって気持ち悪くなる。

 

「悪魔神よ、我はどうすれば良い……」

 

 

「……答えてはくれぬか。神はいつも沈黙故、下界には力こそ与えど意見は与えぬ」

だから悪魔の囁きは人を惑わすのだろう。なら悪魔神はどちらなのだろうか。

だがどちらにしても……

「……寝直さないと!」

 

こんな事で夜更かしとか洒落にならなぬ!余計な思考はもう捨てよう。寝ないと……寝ないと……

その後夢を見ることもなく、寝不足になることもなく起床することができた。

 

ただ、気持ちはまだ晴れなかった。

 

 

 国際的な階級を採用している国では共通でウマ娘のレースの最高位に当たるレース。

それがG1のクラスのレースだ。

 だけれどそのG1のレースにおいても実は優劣がある。

別にこのレースが優れているとかそう言うわけではなく、クラシック路線ティアラ路線のようにいくつかの流れで重賞を戦おうとした際に、距離の問題で他の重賞と合わない場合や次のレースとの期間の問題で回避されやすいなどいくつかの要因がある。

 その中でも実はジュニア級のG1はクラシック路線を狙うウマ娘にとっては優位性は低い。そんなレースだった。

特に朝日杯は1600mと短い。それゆえに2000m級レースとなる次年度のクラシック級の叩き台には出来ない。我はどちらかと言うと中距離向けらしく距離の適性で言えば下限ギリギリなのだと言う。その分スタミナの管理に余裕が生まれるからロングスパートをかけられる。

ただやはり出走人数は7人と少ない。ちょっと寂しい気分だった。

 

 それでもG1であるから、今までの比ではないくらい人は集まっている。レース場の外にも屋台が幾つか出ていて美味しそうな匂いを漂わせていた。

だけれど食事をする余裕は実のところ出走者には無い。と言うかレース前に胃にものを詰めるのは我には無理だった。食が細い上に案外胃が丈夫じゃ無い。結構簡単に戻ってくる。

それに着る服の問題もあって直前に飲み食いするのは好ましく無いのだ。

勝負服は多少余裕を持って作られているものの、専用勝負服はその余裕が殆どない。

そう、G1^には専用勝負服の着装が認められる。

特別な服だから個人の体格に合わせて作られる。本格化が始まった後なら身体成長はほとんどの場合おさまってしまうから勝負服が合わなくなると言う事はない。

その為服の余裕は通常のものよりシビアになる。一部は例外もあるが……

 

我もまたG1に出走が決定した段階で勝負服の製作を開始するように仕立て屋に依頼していた。勿論手続きはトレーナーがした。我はデザインを決めたくらいだ。

なお費用は我のレース優勝賞金から必要経費として落とされた。すごい値段してた。1着で50万超えるなんて……予備含め数着揃えるなんてしようものなら……あまり考えたくはないがコンパクトカーくらいなら新車で買えてしまう値段しそうだ。

 

ほんとレースの賞金使わずに貯金しておいてよかった。

だけどそれでも我の勝負服はまだ安い方だった。どうやら我のものはスカートから下がテンプレートで済んでいるらしくその分のデザイン費は抑えられているそうだ。

実際装着してみるとなるほど、テンプレート品らしく少しデザインがいろんな服装に合わせやすいように調整されている。尖ってないし主張しすぎない。でも簡素すぎない。絶妙な作りだった。

 

 

 

 パドックに立って勝負服のお披露目をしていると、少し離れた位置の客席にトレセン学園の制服を着た集団がいることに気がついた。目を細めて睨んでいるようにも見える。

いつの日か模擬レースを共にした人もいた。一度だけ走ってはその後の模擬レースを避けるように逃げていた子もいた。

彼女たちはどんな思いで我を見ているのだろうか。敵意を向けられたりするのは慣れていないとは言え仕方がない事だ。

 

 ふとあの夢のことを思い出した。

つまらない走り。相手を苦しめるだけの走り。皆はどう思うのだろうか……

かつて私と走って、離れていった友達だってきっとレースを見ている。

今まで意識していなかっただけで本当は見ていたのかもしれない。今までのレースで私によって心が折れてしまった子は居ないと言い切れる?その子達はどうしているのだろう。

 

いや、ダメだめ!こんなこと考えてたらレースに集中できない!相手だってきっと勝ちに来ている。勝者があれば敗者がある。勝者だけしかいないレースなんて存在しないんだ。だから集中しろ。そうじゃなきゃ本気で走る人に迷惑だ。

それに……それに勝負の世界は残酷なんだ!だから……鬼にでも悪魔にでもならないと……中途半端な優しさなんか要らない。それは小学校の時のレースで手加減した時に罵倒されて1番身に沁みた。でも誰かが傷つくのは純粋に嫌だ。我は……どうすればいいのだろう。

数年かけて手に入れたポーカーフェイスはまだ張り付いたまま。足早にパドックを去ってコースに向かう。

余計なこと考えちゃダメだ。余計なこと考えて勝てない我などそれこそ今までの子達にも顔向けができない。

 

雨は勢いを弱めたものの、勝負服に打ち付けてくる。かなり強力な防水加工がされているから染みてくる事はないけれどそれでも冷たい感覚はついて回る。

もう直ぐレースが始まる。

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