1900年初期
日本とロシアにおいて勃発した『日露戦争』
数多くの命が散りながらもその者らの活躍によって日本は勝利へと導かれた。
そんな中、戦役に参加していた軍人の中でも、今も尚伝説として語り継がれている1人の兵士がいた。
その者は皆からこう呼ばれていた___
_____『日の本の鬼』と。
日露戦争において、どんな相手であろうと、銃弾をその身に受けようとも臆せず立ち向かい、鬼神の如き強さでロシア兵を次々と討伐していく一人の軍人に付けられた渾名だ。
その力は正に無双。圧倒的な戦いぶりから戦場において生き残った者で彼を知らぬ者などいない。相手側からも無慈悲に人を殺し制圧していく姿から鬼の子(チャー・ヂャヴォーラ)と呼ばれていた。
その兵士の名は_______
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「(知りたい…彼はどの様にしてあれ程の力を手に入れたの…?)」
蝶屋敷にて、天一郎と任務を終えたしのぶは疑問に駆られていた。先日の鬼との交戦の際、彼は肉弾戦のみで鬼を圧倒していた。自身の恩人である悲鳴嶼ならばまだあり得るだろう。彼どころか、自身と同じ背丈の彼がそれを成し遂げるなど、普通ならばありえないはずだ。
だが、彼はそれを成し遂げてしまった。
規格外すぎるその強さにしのぶは興味を持ってしまい、どうしても解明したくなってしまったのだ。
「…かくなる上は…!!!」
思い立ったが吉日。しのぶは立ち上がる。
「今日から彼を観察するわッ!!!」
「どうしたのしのぶ?急に大声なんか出して」
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その日からしのぶの観察が始まった。
「上坂さん、少し味見をお願いできますか?」
「はい。…うん!いい塩加減ですね!あとはチタタプにした肉をツミレにして混ぜ込めば!」
明け方の朝食作りにて、アオイと共に台所に立っている姿をしのぶは影から観察していた。
「…特に異常はなし…食生活もタンパク質が豊富なものが多め…と」
「師範…何してるんですか…?」
「しぃー!!」
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それから朝食を終えた後の機能回復訓練。
いつもの様に叫び声を上げながら訓練に励む炭治郎達を天一郎はサポートしており、その様子を観察していた。
「善逸くん!もっとちゃんと腰を下ろして!」
「いやぁあああ!!!痛い痛い痛い!折れちゃう!折れちゃうよ〜!!」
「大丈夫!折れません!骨はまだまだ余裕です!」
そう言い天一郎は泣き喚く善逸の身体を押して曲げていく。
そんな中であった。
「…ん?」
メモを綴っていた時に、ふと彼が溢した言葉に首を傾げた。まるでさも身体の構造が今現在でも分かっているかの様な言い方に引っかかってしまったのだ。
「これは貴重な情報!!今の発言…後で詳しく聞かないと…それに…___
_____身体の事だって…」
そしてその顔は真っ赤に染め上がっていた。
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それから訓練が終わると、しのぶは次の行動へと移る。
「上坂さん。昨日はお風呂に入りましたか?」
しのぶは訓練が終わった天一郎へと声をかける。相変わらず顔を隠している天一郎はそれについて首を横に振る。
「いえ、夜通し歩き回ってたので入ってませんよ?」
「そうですか…」
天一郎が答えると、その答えを待っていたのかしのぶは彼の手を引くと、お風呂場へと向かった。
「え!?何ですか急に!?」
「ここで居候するのであれば、帰宅時は必ず服は洗濯、身体も洗ってください。持ち帰って来た泥などで汚れてしまうので」
それからお風呂場へと到着すると、天一郎の服を掴む。
「さぁ!脱いでください!!」
「いやぁああああん!!!自分で脱ぐのでやめてくださぁぁい!!!」
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その後、風呂場から廊下に追い出されたしのぶは彼が衣服を脱ぎ、湯船に入った頃を見計らうと、音を立てない様に扉を開けて中へと入り、隊服の袖をめくる。
「…そろそろですね」
彼女の次の観察は彼の全身だ。あれ程の強さを持つならば肉体にも何か仕掛けがあるのかもしれない。筋肉の硬さや腕の長さ、足の長さ。
自身の物に出来なくても、その強さを編み出す肉体はどの様な物であるのか、この目で確かめておきたいのだ。
「よし…」
支度を終えたしのぶはゆっくりと扉を開けて中を覗く。見れば天一郎は置かれていた髪洗い粉(※現代のシャンプー)で頭を洗っていた。
それを見たしのぶは早速 扉を上げる。
ガラガラガラガラ__。
「天一郎さん、お背中流ししますよ」
「!」
突然と入って来た事で天一郎は案の定驚き、思わず此方を見ながら立ち上がってしまう。
それによって身体の前面にある男性器が向けられるも、しのぶは治療のために男性隊士と女性隊士の全裸を見て来た為に耐性がある故、気には止めず、そのまま中へと入った。
「すいませんが、じっとしててくだ_____」
その瞬間
湯煙による霞が晴れ、露わとなった彼の身体を見たしのぶは言葉を失った。
「上坂さん…その身体は…!!」
そこにあった天一郎の全身には無数の切り傷や銃弾が打ち込まれた跡があった。
それだけではない。
振り返った天一郎の身体には左鎖骨あたりから頬全体を伝う広範囲の火傷に加えて、なんと左頬が耳まで裂けていたのだ。
見る限り、絶対に鬼による怪我どころではないだろう。下手をすれば死んでしまう程の傷の跡だ。これ程の激しい傷跡が残っているのは、自傷行為によって鬼を討伐している実弥であるだろう。
それと同時にしのぶは思い出した。
「その顔の傷…まさかあなたは…!!」
「…え…?」
しのぶの驚きように天一郎は首を傾げる一方でしのぶは頭の中に思い出す。
それはまだ、日露戦争が終わって1年が経とうとしていた頃であった。
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鬼殺隊に所属していた胡蝶しのぶはまだ幼いカナヲと共に近くの神社で開かれる夏祭りへと足を運んでいた。
「カナヲ、逸れちゃダメだからね?」
「はい…」
無表情なままカナヲは頷き、そんな彼女の手を引きながらしのぶは人混みの中を進んでいた。
やはり夏祭りなために、多くの客で賑わっており周囲からは楽しむ客達の声が聞こえてきた。
そんな中、多くの出店が立ち並ぶ光景を目にしたしのぶはある事を思いついた。
「さぁカナヲ。お金をあげるから好きな物を買ってきて!」
そう言いしのぶは小銭をカナヲの手に乗せる。
「…はい」
手元に小銭を渡されたカナヲは小さく頷くとその場からタタタと屋台のある場所へと歩いて行った。
彼女が屋台の方へと向かうと、しのぶは目の色を変えて、すぐさま茂みへと飛び込んだ。
「カナヲ…!!頑張って!!」
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それからしのぶは カナヲを見守るべく、茂みから何度も何度も彼女の行動に心を震わせていた。少しでも彼女が自分の意思で物を選べるように__。
カナヲが飴屋へと向かい何か買おうと見て回る。
「あ〜カナヲ!飴を買いたいのね!そうよ!!そのまま出店のお兄さんに欲しいって!!」
だが買わずに次の店へと向かう。
「他に欲しいものが見つかったのかな…?次は…お団子か…!」
次の店は甘い匂いが目立つみたらし団子であった。焼かれた団子に加えて、塗られたタレのトロりとした様子にカナヲは興味津々でありじっくりと見つめていた。
「そうよカナヲ…!次こそは…!!」
そんな時であった。
「よ!そこの蝶の髪飾りをつけたお嬢ちゃん!!」
「え?私…?」
「そうそ!ウチの髪飾りも見ていってちょうだい!いい品あるよ!」
近くに立てられた髪飾りの屋台の青年に声を掛けられ、思わずカナヲから目を離してしまう。
そこに並べられていたのは色々な形の髪飾りであった。蝶は勿論だが、ウサギや熊など、生き物の髪飾りなどもあった。
その多種多様な形にしのぶは魅入られてしまい、見渡していた。
「凄〜い!カナヲや姉さんはどれがいいかな…ねぇカナヲ!ねぇったら!……あ、しまった!!!」
その時、しのぶはようやく気がつき、先程までカナヲが立っていた団子屋へと目を向けた。
「カナヲ!…ってあれ?」
見ればそこには先程まであったカナヲの姿が消えていた。
「カナヲ…カナヲ…!!」
しのぶは瞬時に意識を変えると周囲を見渡した。
すると
「おい!暴れんな…!!」
「むぐぅ…!!む…!!」
近くの茂みの奥から男の声と、カナヲの声が聞こえてきた。
「…!!!」
その声を耳にしたしのぶは血相を変えすぐさまその場から駆け出し茂みの奥へと向かった。
そこには スキンヘッドの大柄な男が立っており、カナヲの口元を手で掴み、今にも縄で縛ろうとしていた。
更にしのぶはその男に見覚えがあった。その男はカナヲと初めて会った時に彼女を縄で縛りつけ連れていた男であったのだ。
それを見たしのぶは目の色を変えるとすぐさまその手からカナヲを奪い返す。
「カナヲから離れて!!」
「いた!?て…テメェはあの時俺からガキ奪った女か!」
「何が奪ったよ!その分の金は支払ったじゃない!!」
しのぶは嫌悪感を露わにしながら男を睨みつけると、カナヲへと目を向けた。
「大丈夫!?カナヲ!!」
「私は…カナヲ…カナヲ…栗花落…カナヲ…!!」
見ればカナヲは涙を流しながら必死に自身に言い聞かせるかの様に名前を口にしていた。その身体は震えており、昔のトラウマとなっていた記憶が蘇っている様であった。
「カナヲ!」
その様子を見たしのぶは必死に呼びかけ、落ち着かせる様に背をさするも、カナヲの震えは止まる事は無かった。
その姿を見たしのぶは怒りを露わにし目の前の男を憤怒の表情で睨みつけた。
「よくも…やっと忘れかけてたというのに…!!」
「あぁ…?何だその目は…やろってのか!?」
しのぶの視線に男も怒りを露わにし互いに睨み合い一触即発となってしまった。
その時であった。
「おい。ガキ相手に何やってんだ?」
その場に別の男の声が聞こえた。見ればそこには、自身よりも少し背の高い小柄な軍服の男が立っていた。
「その服…て…テメェまさか軍隊か…!?」
「もう除隊したけどな。戦争終わって気ぃ紛らわしに祭り見に来たら…こんなゴミみてぇな光景見せやがって…気分が台無しだろうが」
そう言い軍服の男は嫌悪感を露わにしながら吐き捨てると、しのぶと男の間に歩き、しのぶ達を守るかの様に前に立った。
「ガキから離れろ。大の大人がこんなガキ2人に詰め寄って恥ずかしくねぇのか?」
「う…うるせぇ!!テメェには関係ねぇだろぉ!?」
「おい嬢ちゃん。少し離れてな」
「は…はい!」
軍服の男が振り向き自身らに下がるように指示をする。そう言われたしのぶは頷きながらカナヲと共に少しばかり後ろに下がった。
「…ッ!!!」
それを見た男は眉間に皺を寄せ怒りを露わにすると懐から小刀を取り出した。
「テメェ!!俺の商品を勝手に持ってくんじゃねぇッ!!」
そう言い男は小刀の刃を見せながら迫ってくる。しかもその目の前には軍服の男が立っており、明らかに男は軍服の男を刺し殺すつもりであった。
「危ない!!」
それを見たしのぶが咄嗟に叫ぶ。
その瞬間
パリィン___
「…え?」
突然と金属が壊れる音と共に迫ってくる男の動きが止まった。
一体何が起こったというのか?しのぶが恐る恐る軍服の男の手元へと目を向けると___
「あ…ああ…」
「こんなおもちゃで俺を殺せると思ってんのか?」
____軍服の男が男の腕を掴み、ナイフの先端部分をへし折り男の目へと突きつけるように向けていた。
その鋭い視線と全身から発せられる殺気に男は流石に気圧されてしまったのか、先程の怒りの表情は完全に消え去り、震え始めていた。
そして 崩れ落ちた男の目に向けていたナイフを捨てた軍服の男はその顔を掴んだ。
「今すぐ消えろ。そしてガキの売買なんざ二度とやんな。今度やったら……テメェの顔面の皮をエラから手ぇ突っ込んで剥いでやるかな…ッ!!!!」
「…!!」
その男の言葉に男は勿論だが、後ろに立っていたしのぶも背筋を凍らせた。それもそうだ。今の言葉は若者が扱う単なる脅しではない。戦争を経験したこの男にとっては成せると思えばいつでも成してしまうものなのだから。
気迫も声色も明らかに一般人とは桁違いであった。
そして
「う…うわぁああああ!!!!」
軍服の男の気迫に完全に気圧された男は震える手足で必死になって立ち上がり、叫び声を上げながら逃げていったのであった。
その男が去っていき姿が見えなくなると、しのぶは腰を下ろしカナヲの衣服についた埃をパンパンと払う。
「大丈夫?酷い事されてない?」
「…はい…」
すると 先ほどの軍服の男が此方へと振り向き歩いてきた。
「ごめんな嬢ちゃん。怖いところ見せちまって」
そう言い男はカナヲに膝を下ろし、懐から団子を十本買ってもお釣りが出る程のお金を取り出してカナヲの手に置いた。
「ほら、これで何か買いな」
「いや…あの!こんなには!」
その金額に驚き、しのぶは返そうと声を上げたが、軍服の男は手を横に振る。
「良いよ良いよ。遠慮しなさんな。では」
その呼び止める声に耳を貸す事なく、軍服の男性は神社の出口へと歩いて行った。
その後ろ姿をカナヲとしのぶは見えなくなるまで見つめていたのだった。
「師範…師範…!師範!」
手を繋いでいたカナヲが必死に呼びかけても、しのぶはその声に答えず、ただ軍服の男が去って行った道を見つめていた。
そんな時であった。
「遅れてごめんね2人とも〜!」
「え…?ひぐ!!ね…姉さん!?」
突然と着物姿のカナエが現れた。彼女が突然と現れた事で上の空であったしのぶは慌てふためくが、その様子を見たカナエは首を傾げた。
「あら?どうしたの?そんなに顔を真っ赤にさせて」
「ね……姉さんには関係ないわ!!」
彼女の問いかけにしのぶは顔をブルブルと振り回しながら遇らうと、彼女とカナエの手を取り歩き出した。
「ほら行きましょう!!」
「あらあら♪しのぶに手を引かれるなんて姉さんは嬉しいわ〜♡」
「…師範の手…温かい…」
頬を膨らませたしのぶの仕草にカナエは笑みを浮かべ、カナヲも同じ様に頬を染めながら、3人は祭りを回って行ったのであった。
そして その記憶を巻き起こしたしのぶは思い出した。彼とは既に会っていたことを。
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あれからしばらくして、しのぶは天一郎の身体を洗い流していた。
「あの…申し訳ありませんでした…隠していて…」
背中を洗い流す中、目を向けずただ前を向きながら天一郎の謝る声が聞こえてくる。
それに対してしのぶは首を横に振った。
「いいえ。それよりも驚きましたよ。まさかあの時、助けてくれたのが貴方だったなんて…貴方は私達の事を忘れていたのですか?」
「ま…まぁ…あまり人を覚えるのが苦手なもので……」
「そうですか」
それからしのぶは天一郎から全て聞いた。彼は元陸軍第一師団に所属しており、一時期、鬼殺隊で隠として活動してから短期間離隊して戦役に参加していたらしい。
「随分と…過酷な道を歩まれていたそうですね…」
そう言いしのぶは彼の傷だらけの背中を見つめた。
それと同時に______
______彼へ特別な“何か”を抱いてしまったのだった。
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その後、お風呂から上がった天一郎は身体を拭いていた。
すると
「姉さんだけじゃなくて…私の事も見てくださいね…?」
「!?」
突然と耳元でしのぶの透き通るような声が響いた。その声を耳元で聞いた天一郎が驚き、彼女の方へと目を向けると、そこには今まで見た事がない程の満面の笑みを浮かべるしのぶの顔があった。
それを見た天一郎は顔を真っ赤に染め上げる。
「ど…どどどどういうことですか!?」
「そのままの意味で〜す♪」
そう言いしのぶはステップを刻みながら診療室へと戻っていったのであった。
ロシア語での鬼の子が分からぬ……