それは日露戦争が起きる数年前。黒死牟は人里離れた暗い雪の積もる森の中へと来ていた。
「…」
周囲から聞こえてくるのは風に揺られて音を立てる木々、そしてその風に煽られて地面へと落ちていく雪の音。なぜ彼がここへきているのか?それは憎き産屋敷の屋敷を探すためである。
そんな静かな森の中を歩いていると_____
ばん…!!バンバン!!
「…ん?」
どこからともなく木を殴りつける音が聞こえてきた。その音に気づいた黒死牟は立ち上がり、その場所へと目を向ける。
そこには巨大な木が生えており、その根本には何と一人の少年が立っていたのだ。
「(…なぜこんな場所に…子供が…?)」
その光景に黒死牟は殺す事よりも不思議と興味が湧いてしまい、少年へと近づくと尋ねた。
「おい童よ…ここで何をしている…?」
「え?」
尋ねてみると、その少年は振り返った。どこかに引っ掛けてしまったのかビリビリに破けた衣服に全身から見られる傷。そして、その代償に手に入れたかの様な発達した筋肉。
見るからに山籠りをし修行を行う者の風貌だろう。近年では、武術を伝授すべく道場を開く働きが各地から見られるため、この子どもはその武術家の門下生か何かであるはずだ。
そう想像していると、少年は答えた。
「修行です!強くなるために!!」
「なぜこんな夜更けに…?」
「夜更け…?わぁぁ!?もう夜なんですかぁ!?」
自身の言葉に少年は気づいていなかったのか、周囲の光景に目を飛び出す程まで驚くと、慌てながら付近の荷物を纏め始めた。
「いやぁ…ありがとうございます!気づかせてもらって!夜は鬼が出ますからすぐに降りないと…ん?」
そんな中であった。少年が自身を見つめると、片付ける動きを止めて見つめてきた。
「貴方はもしかして……」
「…!!」
すぐさま黒死牟は刀へと手を伸ばそうとした。もし仮に少年が自身を鬼だと看破すれば口封じのためにこの場で少年を殺めねばならなくなるだろう。だが、長年無惨に仕えた彼にとって、今更 子供の首を刎ねる事に躊躇はない。
「お……____
_________鬼狩りの方ですか!?」
「む…?」
予想外の言葉に黒死牟は一瞬ながら驚き固まってしまうが、即座に調子を戻し刀から手を引ひきながら頷いた。
「………そうだ」
「わぁぁ!!やっと会えましたぁ!!!」
その少年は自信を鬼狩りであると認識すると両手を握り締めながら野兎の様に飛び跳ねた。
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
その後、その少年はなぜか自身に懐き名前を名乗った。『上坂 天一郎』と。
「(上坂…一月前に無惨様が葬った医師の名前…この子供は生き残りという訳か)」
両親を目の前で殺されながら奇しくも生き残ってしまったこの少年を少し哀れに思ってしまう。
「少年…貴様は毎日…ここでかような鍛錬を行なっているのか…?」
「はい!!刀を振り回すには筋力が必要不可欠なので!」
そう言い、意気揚々と話す天一郎の拳は、これまでの鍛錬の結果なのか、血が滲み出ていた。
「それよりもまさか鬼狩りの方に会えるなんて驚いたな〜!!“4ヶ月”も鍛錬し続けてきた甲斐があった!」
「そうか…(4ヶ月間も…胆力は辺りの隊士達に差し迫ると見れるが…)」
黒死牟は頷きながらも少年の身体を見る。
「(先程の動きからして剣士としての才覚はあまり感じられぬ…たとえ武術を鍛えたとしても鬼に肉弾戦など無謀…無意味だ)」
そう思いながらも、黒死牟は此方に背を向けながら鞄を漁っている少年の背中を見つめると、刀へと手を掛ける。
「(どのみち、此奴は将来…無惨様の通る道を遮る者となろう…しからばここで)」
その様子に少し哀れみを抱いてしまうが、そんな気持ちもすぐに消え失せ、すぐにこの少年を葬るべく刀に手を添える。
「あ、そうだ。確かここに…」
「…」
自身に背を向けて巨大な鞄をガサゴソと漁っている今こそが好機である。せめてもの情けで苦しみも痛みも感じさせないように一瞬にして首を刎ねようと刀を握り締めた。
だが、
「…!?」
____それは叶わなかった。
いくら刀を抜こうとも、それを握り締める手が許さないかのように一向に動かなかったのだ。
「(何故躊躇する…!?この童はいずれ無惨を苦しめる隊士になり得る…ならばここで殺さなければ…!!)」
必死に黒死牟は己に言い聞かせる。だが、それでもなお身体は動くことは無かった。
「あれ?どうしました?」
「いや…何でもない…」
少年が振り向くと、黒死牟は刀を握り締めていた手をその刀から離し、座り込んだ。
すると
「はい。どうぞ」
突然と少年は黒い板切れを差し出してきた。
「なんだこれは…?」
「近くの街で買った“ちょこれいと”というものです。甘くて美味しいですよ!」
「いらぬ。洋菓子はあまり好まん」
「そうですか…」
天一郎が鞄へと戻す中、黒死牟は先程のこの少年を斬り伏せようとした手が動かなかった事に驚きを隠さず、頭の中で考え込んでいた。
「(何故だ…なぜ私はあの時に…)」
そんな中であった。
「鬼狩り様!」
「…なんだ?」
再び天一郎がこちらへと振り向くと、手を合わせながら頭を下げた。
「一度!一度だけでよろしいので貴方様の動きを見せていただけませんか!?」
「…」
この子供は一体何を言っているのか?動きを見て真似れば呼吸が扱えると思っているのだろうか?
「(私の動きを真似て新たな呼吸でも生み出そうと言うのか…?いや、剣士としての才覚のない者にはそれも不可能か…まぁいい)」
いずれ殺すのだ。冥土の土産に教えても良いだろうと、黒死牟は考え、動きを見せた。
「よく見ておけ童。これが私の『月の呼吸』だ____」
そして 黒死牟は披露した。自身が人間であった時に使用していた型を全て。
夜の雪の中で次々と舞っていくその姿は彼を鬼である事を忘れさせる程にまで美しいものであったのだ。
「…これで全てだ」
全ての型を見せた黒死牟はゆっくりと刀を鞘へと収めた。
「す…すごい!!!これが鬼狩り…私が目指す人達なんですね…!!!」
目を向けると、天一郎は目を輝かせながら見つめていたが、黒死牟は不機嫌そうに首を逸らす。
「ふん…私など…アイツに比べれば…」
すると
「ホォオオ…!!!!」
「!?」
突如として、自身と同じ呼吸音が聞こえ、すぐさま目を向けると天一郎は構えながら目の前の巨木へと脚を振り回していた。
そして
パァァァァァン…ッ!!!!!
振り回された脚が激しく木に放たれると共に、その場に先程よりも凄まじい音が鳴り響き、森全体へと響き渡った。
「…痛ったぁぁあああああ!!!!」
「な…」
振り回された脚を押さえながら転げ回る天一郎。その姿を黒死牟は唖然としながら見つめており、殺す気さえも失せていた。
「(何をやっているのだ…!?“馬鹿”なのかコイツは…!?)」
呼吸音を真似ただけでは意味がない。それ以前に人間の肉体でこれほどの巨木を蹴りのみで切り倒す事などまず不可能である。
だが、それでも天一郎は止めなかった。
「まだまだぁぁあ!!!!」
バン!___バンバンバン …!!!バンバン!!
赤く腫れているにも関わらず、再び木々へと拳や脚を打ちつけていった。だが、一向に木は倒れる気配を見せず、天一郎の腕や足が腫れていくだけであった。
その無駄な鍛錬に、もはや哀れという感情しか湧かなかった。
「童、貴様には剣の才能は無い…諦めて別の道を生きよ」
そう言い彼へと鬼殺隊になる事を諦めさせようと促す。
だが、
「嫌です!!」
「!?」
その言葉を天一郎は叫びながら拒否をした。そして、すぐさま再び拳を打ちつけていく。
「何としてでも…私はやるんです…!!たとえ剣士になれなくても…アイツを殺せるために一役買えるなら…私は何だってやりますよ!!!」
その言葉と共に天一郎の回し蹴りが放たれ、巨木へと衝突すると、遂にその立派な巨木は揺れ始めた。
「…!!」
その光景と先程の天一郎の言葉を聞いた黒死牟は、唖然としながら見つめていたが、それ以前に自身が鬼狩りへと所属していた頃を思い出した。
何度も何度も、周囲の変化に気づく事なく己の世界に入り浸り熱心に鍛錬を行った。全ては“弟”に追いつくため。そして、目の前で必死に鍛錬を行う天一郎の姿は正しく______
_______人間であった自身と重なっていたのだ。
「緑壱…うわぁああああ…!!!!」
「えぇ!?どうしたんですか!?」
その後は、何も覚えていなかった。頭の中で嫌悪していた弟の存在が再び明確に現れてしまい、自暴自棄となりその場から少年を殺す事なく別の場所へと走っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「あの童が…そうか…」
黒死牟はその少年の顔とあの日の光景を思い出すと同時に、 天一郎の行なっていた呼吸音を思い出す。
「彼奴の呼吸音…相変わらず私を真似ていたのか…(鬼となってまで強さを求めた私が馬鹿みたいだ…)」
呼吸だけを真似て格闘術で戦っていた。だが、才能が無かったにも関わらず、肉弾戦で戦い抜き、こうして自身らを追い詰めている事に馬鹿馬鹿しく思い笑みが溢れてしまう。
だが、その光景を目にしていた無惨は更に怒りに満ちる。
「思い出した様だな。ならばすぐさま後悔の念を抱きながらあの世に行け。武士の風上にも置けぬ愚図が…ッ!!!」
その言葉と共に無惨は腕を黒死牟目掛けて振り上げた。
その時であった。
グシャ___
突如として、無惨の顔の皮が剥がれた。
「がぁ…!?」
感じたことがないその痛みに無惨は思わず動揺し、黒死牟から目を逸らしてしまった。
その直後
「ゴハァ!?」
顔全体から全身に向けて次々と巨大な衝撃が伝わるとともに、その場から吹き飛ばされた。
「ガハァ…き…貴様ぁ…!!!」
吹き飛ばされる最中に皮膚を再生させた無惨は自身を殴り飛ばした存在へと鋭い目を向ける。
それに対して、無惨の目線の先に立っていた男は、血まみれの右腕に掴んでいた無惨な顔の皮をその場に捨てた。
そして
「いい加減にしろよ………このクズ野郎ぉおおおおおお!!!!!!!!」
_____ッ!!!!!!!
怒りの感情を込めた叫び声を放った。その叫び声は周囲へと激しい衝撃と突風を巻き上がらせ、無限城全体が激しく揺らしていく。
「よくも私達の大事な仲間を食い散らしやがっなぁ…!!!」
黒死牟の前に立っていた最強の隠『上坂天一郎』。隊士達を殺された事により、その怒りは頂点へと達しており、もはや鬼を見たら気絶という柔な弱点さえも存在しない状態へと突入していた。
「テメェはもう許さねぇ!!!全身の皮を剥いで濃硫酸にじっくり漬け込んでやるよぉ!!!」
対して、吹き飛ばされた無惨も怒りの感情を爆発させる。
「黙れこの異常者めがぁぁぁ!!!!!」
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
場所は変わり、炭治郎、煉獄、冨岡は鴉の案内の元、無惨のいる最深部へと向かっていた。
「早く天一郎さんと合流しないと!!」
「うむ!!いくら天一郎殿といえども相手が無惨となれば苦戦は必須!!首を切れる我々が向かわなければ!!!」
「…」
その時であった。
ベンッ
「「「!?」」」
突如として鳴り響いた琵琶の音と共にその場の回廊の形が変わり、皆は動きを止める。
いや、動きを止めたのは道が変わったからではない。遂に現れたからだ。
「やっと…見つけたぞ…!!!」
炭治郎は刀を握り締め、額に筋が湧き上がる程の怒りの感情を曝け出しながら名を叫んだ。
「無惨!!!」
そこには
「ハァ…ハァ…ハァ…!!竈門炭治郎に柱か。随分と遅かったな」
顔の皮や両手を失い、全身の至る所の肉を食い千切られ大量に出血している満身創痍の無惨が立っていた。
だが、それだけではない。
「貴様らの頼みの綱はもうこのザマだ!!」
「え…?」
彼の足元へと目を向けた炭治郎は顔面を蒼白にさせた。
「そんな…!!」
無惨の足元には_____
______肉片となり地面に散らばった天一郎の姿があった。
「天一郎さぁぁぁぁん!!!!」