無惨を殴り飛ばした天一郎は拳を下ろすとふぅと息をすると周囲へと目を向ける。
「……終わった。巖勝さん、ありがとうございま___あれ?」
無惨を殴り飛ばした天一郎が目を向けるが、そこには既に巖勝の姿はなかった。
「どこ行ったんだろ…まぁいいや。…あれ?どうやってここから出ればいいんだろ」
周囲を見渡すも辺りは真っ暗な闇が広がっており、時間が経っても一向に元に戻る気配がなかった。
「…フッ…フフ」
「ん?」
そんな中であった。再び無惨の笑い声が聞こえ、振り返るとそこには倒されたはずの無惨が立っていた。
「残念だったな…身体に私の細胞が満たされている限り…貴様の意識は戻ることはない!!決してな!!!」
「うそ〜ん……まぁ、いいか。どうせ私も地獄行きでそれが早まっただけですし」
その時であった。
「……ん?何だこの匂い…“藤の花”…?」
周囲一帯に少し鼻をくすぐる香りが漂い始め、その匂いに天一郎は上を見上げた。
「え?」
それを見た天一郎は驚きの目を向ける。先程まで黒く染まっていたその空一面が一変し、白く輝くと共に、その空一体が美しく咲き乱れる藤の花に埋め尽くされていたのだ。
「な…なんだこれは…!?」
その光景に無惨も驚きのあまり硬直してしまう。
すると、
咲き乱れる藤の花から黒と緑の市松模様の羽織を纏った
一本の手が現れ、天一郎の腕を掴んだ。
「この手は…炭治郎くんの…?」
それだけではない。一本の手に続くように次々と腕が現れた。筋肉質な腕に黄色い羽織を纏った腕、そして細くも暖かい腕。炭治郎の腕に続くように藤の花から次々と現れた腕は天一郎の腕を優しく包み込んでいく。
「伊之助くんに善逸くん…カナヲ…」
炭治郎、伊之助、善逸、カナヲ。更に続くようにして藤の花からは次々と多くの人々の腕が伸びてくると天一郎の全身へと優しく添えられると共に、まるで抱き抱えるようにゆっくりと引っ張り上げていった。
そして、最後に伸びてきた腕がゆっくりと天一郎の頬を撫で、他の腕よりも力強く彼の腕を握り締めた。
「これは…!!」
その腕の感触に天一郎は涙を流し始める。
「しのぶさん…カナエさん!」
他の誰よりも力強く彼を掴み、引っ張り上げるその腕は天一郎が愛する2人の女性隊士のものであった。
すると、どこからともなく声が聞こえてきた。
___帰ろう。天一郎さん、皆待ってますよ?
____一緒に帰りましょう!私達の家へ!
「…!!」
2人のその暖かい腕に握り締められながら、優しい言葉を耳にした天一郎は腹の底から思いを叫ぶ。
「帰りたい…皆のところに…帰りたい!!!!」
すると 引っ張り上げる力が強まり、彼の身体が藤の花へと吸い込まれていった。
「待てぇえええええ!!!!!」
それを見た無惨はすぐさま駆け出すと引き上げられていく天一郎の身体にしがみついた。
「待て!!待ってくれ天一郎!!!お前は選ばれた存在なのだぞ!?このままでいいのか!?醜い人間に戻って良いのか!?」
必死に無惨は天一郎へと訴えるが、天一郎がその声に耳を傾ける事はなかった。
「おい!無視するな!!!それに貴様に帰る資格があると思うか!?聞こえないのか!?貴様の死を望む殺された者の声が!?」
無惨が叫ぶと共に、周囲の静かな空気の中から、かつての戦場の慌ただしい銃声などが聞こえ始める。
それだけではない。
______…ッ!!
突如として足場が無くなると、地の底から不気味な唸り声と共に軍服に身を包んだ亡者たちが現れると、無惨に続くように天一郎にしがみついた。
____死ねぇ!今すぐ死ねぇ!!!
それは軍服を身に纏った男達であり、全員が天一郎と同じ部隊に所属していたものであった。一体のまとわりついた亡者の一言と共に次々と亡者たちが天一郎へとしがみついていく。
__オラァ!!とっとと死ねテメェ!!
_____地獄に引きずりこんでやるぅ!!!
「そうだぁ天一郎!!!貴様にはこちら側へくる義務があるのだぁ!!!」
次々と放たれていく恨みの声。それと共に無惨の声も響き渡っていく。
すると、先程まで耳を傾けなかった天一郎の目が向けられた。
「みんな…」
自身にまとわりつく大量の亡者達。必死に自身を引き摺り込もうとするその亡者に天一郎は涙を流しながらしがみついた亡者の1人の頭を撫でた。
「ありがとう…私も皆と会いたいよ…皆とまたお話したい…ご飯が食べたい…」
____知るかぁ!!
__早く地獄に来いぃ!!!
「だけど…もう少し待ってて欲しい…カナエさんやしのぶさん…皆を置いてはいけないんだ!!!」
その瞬間、天一郎の身体が腕からゆっくりと咲き誇る藤の花へと吸い込まれていく。
それによって亡者達が次々と引き剥がされ、奈落の底へと落ちていった。
「待て!!待ってくれ天一郎!!!お前にしかできないんだ!!!頼む!!なぜ私にだけは答えない!?」
亡者が引き剥がされていく中、最後まで掴んでいた無惨は必死に天一郎へと訴えかけるが、亡者が全て引き剥がされた時には天一郎の上半身は既に藤の花の中へと消えていた。
そして
「あ…」
最後の掴んでいた足元までもが吸い込まれると、掴んでいた腕が空っぽになった。
それによって、無惨の身体は光り輝く空から暗黒の広がる山の中へと引き下ろされていった。
「ふざけるなぁぁぁ!!!!!」
落下する中、無惨が手を伸ばすが、天一郎が消えていった光が次第に遠くなっていく。
「待て…待ってくれ天一郎!!!いくな!!!______
______私を置いていくなぁぁぁぁあ!!!!!!」
1000年にも渡り世を混乱に陥れた鬼の首領『鬼舞辻無惨』その魂は最強の隠『上坂天一郎』の身体を奪うことすら叶わず、深く暗い奈落の底へと落ちていくのであった。
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「…」
一瞬の暗闇と共にすぐさま見えてくる眩しい光。それに目を絡ませながらもゆっくりと目を開けると、そこには愛する家族の姿があった。
「あなた…!」
「天一郎さん…!!!」
涙でぐしゃぐしゃになったカナエとしのぶの顔が見える中、天一郎は笑みを浮かべた。
「ただいま…戻りました」