バカとクズは使いよう。   作:枕魔神

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後編です。


後編

 死にかけた俺が、悪魔に対する怒りを糧になんとか復活したのは一時間後。地獄のホームビデオ鑑賞会の後、美波が「うん、大丈夫。ウチ受け入れられる、大丈夫」と謎の決意を固めていた最中だった。

 

「ウチ、ハルが女の子でも……うん、ハルはハルだから、ウチ! 受け入れたわ!」

「辞めろ受け入れるな、捨てろそんな決意」

「あ、ハルちゃん復活した」

「そして貴様は死ねぇ!!!」

 

 悪魔に向けて渾身の一撃。テーブルに広げてあった無駄にクソ重い悪魔の書を掴んで顔面にぶん投げた。

 

「甘いよ?」

「チィッ!!」

 

 それを難無くパシッとキャッチする悪魔。俺は苛立ちを隠す事もせず、盛大に舌打ちをした。

 今すぐブチ殺してやりたいのは山々だが、今はこのクソ野郎に構ってる暇は無い、それよりも美波の誤解を解くほうが優先である。普通に誤解されたままなのも嫌だし、何より美波経由で学校の面子にバレる事だけは本当に耐えられない。

 

 明久から揶揄われた日にゃ今度こそ本当に死ぬぞ、俺。

 

「いいか美波、誤解だ。俺は今も昔もこれからも男、女装癖なんて無いとても普通の男子だ」

「け、けど……写真あんなに可愛かったし。そもそも今でも女装似合い過ぎだし……」

「だが男だ。あの秀吉ですら一応は男なんだ。つまり女装しなければ女子要素が無いおれは俺は生粋の男ってわけ、OK?」

「木下の性別は秀吉だから比較にならないわよ?」

「あいつマジで使えねぇな」

 

 本気で何だよ性別秀吉って、いよいよ本気で町内の共通認識になってんじゃん、いつの間にかLBTQにHが追加されてんぞオイ。

 

 しかしそれならばどうやって証明するか。一発でわかる方法は在れどソレは諸刃の剣だ、セクハラでブチ切れた美波の手により、下手すれば本気で女の子になってしまう。

 認めたくないが俺の女装はマジで女にしか見えない、認めたくないが。その上に昔の写真&ホームビデオなんて劇薬持ち出されたらそりゃ女子だと思われるよね。認めたくないが。

 

 本気でどう誤解を解いたものか、そう俺が頭を悩ませていると、ニヤっと嫌らしい腹立つ笑みを浮かべた悪魔が口を開く。

 

「ほら、美波ちゃんも言ってるし。やっぱりハルちゃんは私の妹なんだよ」

「それでそうだったんだーってなるわけ無いだろこの鬼め。元凶は貴様なんだからさっさと美波の誤解を解け、出来ないなら黙ってろ。そして死ねっ」

「あ~ん、その口調可愛くな〜い。ほらさっきのビデオみたいにお姉ちゃん好き好きって言って見て?」

「死ねっ」

「ふふふ……ま、嫌がるハルちゃんも堪能出来たし。誤解はちゃんと説いてあげるよ」

 

 姉貴そう言って、手に持つアルバムの最初のページを開いた。

 そこに写ってたのは最初の写真、つまりは俺の産まれた時の写真だった。

 

「ほら美波ちゃん! ちゃんと付いてるからハルちゃんは男の子だよ」

 

 産まれたままの姿の俺だった。もう嫌だコイツ本気で縁を切りたい。

 

「っ! ほんとだ…………凄く男の子」

「あの、あんまガン見しないでもらえます?」

「み、見てないわよ! ……ちょっとしか」

 

 チラチラどころか釘付けだった奴がどの口で言ってるのだろうか。恥ずかしいから辞めてほしい。

 てかよ、俺的にこの写真も普通に絶叫ものなんだけど、ここまで来れば今更感が凄い、羞恥心が麻痺してた。

 麻痺するほど辱められるってもう拷問だろ、ゾルデック家じゃねぇだよ、マジで許さん。

 

 しかし、ともあれこれで俺が男だとちゃんと認識してもらえただろう。

 となれば新たな疑問が湧くのは当然だよね。

 

「え? なら何で昔のハルは女の子の服しか着てないの?」

 

 深刻そうな顔で美波が呟いたのは、そんな至って普通の疑問だった。

 

「……この頃から女装趣「違うからね?」ならなんでよ?」

「なんでも何も、そこの変態のせいだよ」

 

 そう言って俺は姉貴を睨む。えへへじゃねぇんだよ、猛省して腹を切れ。

 

「そこの変態は、年端も行かない幼気な晴楓少年を菓子等でだまくらかし、自らの欲を満たすために女装させたド変態野郎なんだよ」

「ま、まさかぁ……」

「と、思うじゃん? ……オイ」

「ハルちゃんの女の子の面は、この私が育てました!」

 

 信じられないだろう? 俺も信じたくないよ、誇らしげにしてるコレが実姉だなんて。

 

「え、えぇ……」

「その癖ちゃんと俺が男だと認識してる癖に、むしろお得だと抜かして自身の好みの妹に魔改造してたクソ野郎だ」

「だってハルちゃん可愛いんだもん。仕方ないよね!」

「クソがよ」

 

 悪びれる気が微塵も感じない態度に舌打ち一つ。美波はドン引きしていた。

 

「分かるか美波。この変態を俺が嫌う理由が、家に入れたくない理由が」

 

 俺がコイツが異常だとハッキリと自覚したのは小学三年生の時。ちょうど小学校をこの女が卒業したタイミング。

 俺の周囲を謎の包囲網で囲い、俺に違和感を感じさせない様に画策していた姉貴が居なくなった事により、同級生から指摘されて自覚できたって訳だ。

 

 そりゃもう当時の晴楓少年は荒れに荒れた。ひとまず姉貴に復讐を誓った。そしてその後にイジメて来ようとした同級生を残らず返り討ちにした。ナメられないように口調も変え、過去と決別した。

 俺は自分がクズだということに誇りを持っているが、俺の人格が歪んだ原因は絶対にコイツにもあると思ってる。人格形成に大事な幼少期が丸々女装させられてたらそりゃ荒れるよねって話だ。

 

「コイツの存在そのモノが俺にとっては黒歴史ってなわけ」

「どうりで……学園祭の女装が様になるわけよ」

「残念な事に過去の経験値は消えないらしいかんな、忌々しい」

「え!? 学園祭でスカート履いたの!?」

「食いつくな腐れ外道め! 見ろこの美波のドン引きした表情を! これが世間様の意見じゃ!!」

「うちはうち、他所は他所だよ!」

「限度があるだろうがボケェ!!」

 

 何処に弟を妹に魔改造する家庭があんだよ。ウチだよこんちくしょうが。

 

「はぁ……もういいから帰れよ姉貴、マジでもう良いから、疲れたから、俺病み上がりぞ?」

「え〜、折角だから泊まっていきたーい」

「……お願いします、帰ってください」

 

 本日二度目の土下座だった。

 

 思えば昔からだ、この女が俺の言う事を素直に聞いた試しがない。何時も何時も何時も何時も最終的に折れるのは俺。きっと世の中の理不尽な姉を持つ可愛そうな弟達の中でも、俺は上位で可愛そうな部類だろう、弟を女装させる姉なんてウチしかいねぇだろうからな。

 病み上がりでさえ無ければ力技で解決したけど、それが無理な今はこうやって懇願するしかない訳で、もう誠心誠意込めて願うしかなかった。

 

「ハル、アンタ土下座を多様しすぎじゃ無い?」

「仕方ねぇだろ、プライドより何よりコイツに帰って欲しいんだから」

「お泊りの準備してきたんだけどなぁ」

「知らん。俺はもう疲れた。精神的にも肉体的にも」

「なら余計に私が一緒に居たほうが良くない? ほら! お姉ちゃんに甘えていいんだよ?」

「疲れの原因が貴様だよ」

「えぇ〜ひどーい」

 

 何度も言うけど酷いのは俺の態度じゃなくて、貴様の頭だ。絶対に。

 額を床に擦り付け、クラスメイトの前で姉と交渉をする俺。そんな俺の惨たらしい姿に1ミクロンは思う事があったのだろうか、悪魔はニコリと笑ってこんな事を言い出した。

 

「ま、しょうがないか! 本当に疲れてるみたいだし今日は帰ってあげる」

「マジで! やったぜ!」 

「その代わり一つ私の言う事を聞く事!」

「んなこったろうと思ったわクソが!! ぬか喜びじゃねぇかよ!」

「……こういうクズいとこ見てると、ホント似た者同士姉弟よね」

 

 ボソリと美波が何か呟いていたが聞こえなかった、そんな事より交換条件出してきやがったクソ姉貴の方が重要である。どうせ姉貴の用意した服で女装しろとかだろうけどな。

 

 俺の女装かヤツの宿泊か、重すぎる両の負担を天秤に掛けてみる……普通に宿泊の方が嫌だった。

 というか姉貴が家にいれば好きあらば女装させようとして来るのは目に見えてるし、それならさっさと満足させて帰らせた方が精神衛生的にも良いはずだ。その間、美波は廊下にでも出ててもらえば良いしな。

 

「ちっ……なら早く命令しやがれ。そしてさっさと帰れ」

「あら? 意外と話が早い。もっと抵抗するかと思ったんだけど」

「御託はいい、早く罰ゲーム済ますぞ」

「……どんだけ帰って欲しいのよ、ハル」

 

 それはもう滅茶苦茶とても切実に帰って欲しいんだよ。だから俺は早くと姉貴を急かす。

 

 そんな俺の態度が悪かったのだろうか、それともシンプルに姉貴がイカれてただけか、その真偽は分からないけど、姉貴の言い出した命令は俺の想像を軽く超えるモノだった。

 

「それじゃあハルちゃんに罰ゲームです!」

「お姉さんも罰ゲームって言っちゃってるし……」

「取り敢えずこれ着ようか」

 

 そう言って姉貴はカバンから初○ミクのコスプレ衣装を取り出した。ここまでは予定通り。

 

「それで美波ちゃんはコッチね」

 

 続いて姉貴はカバンから重○テトのコスプレ衣装を取り出した。こっからが予定外。

 

「は?」

「え? ウチ!?」

「そう! 美波ちゃんも! 二人でこれ着て撮影会をしよう! 今すぐに!」

 

 このクソ女マジか、マジかクソ女、俺を辱めるだけじゃ飽き足りずに美波にまで魔の手を伸ばすか。

 

「くふふ、可愛い妹のツーショットの写真が欲しかったんだよねぇ。ホントはハルちゃんに二着着せてコラージュにしようと思ってたんだけど、美波ちゃんはもう私の義妹だし丁度いいや! よりリアルで濃厚な写真が取れるもんね!」

「ちょい待てや姉貴っ! 美波は関係ねぇだろ!」

「そ、そうですよお姉さん! ハルの女装も結構謎ですけど、なんでウチもするんですか!?」

 

 キモい顔でキモい妄想を口から零してる姉貴に抗議する俺たち二人。そんな俺達の様子に、この変態は不思議そうに小首をかしげた。

 

「可愛いからだけど?」

「理由になってねぇからな? それ」

「か、かわっ……ウチはそんなこと無いですよぉ」

「褒められて満更でもねぇ顔してんじゃねぇぞ美波ぃ! 気をしっかりもて! 流されたらお前回りながらテトリスだぞ!?」

「っ! な、流されてないわよ!」

「私的には流されてほしいんだけどなぁ。ハルちゃんはもう着せるの確定してるから置いていて……どうかな美波ちゃん、きっと可愛いと思うんだけど?」

「えぇ……そう言われても…………」

 

 美波と視線を合わせながらニコリと笑う姉貴。その言葉は一切の世辞や嘘が含まれていないと分かる。だからだろう、何故か先程から姉貴に甘い美波は少し押されぎみ。顔を赤らめて視線を泳がせて狼狽えるだけ、うちのクラスの連中が同じ事をしたらきっと間違いなく確実にぶっ殺されるね。

 まぁ、同性だし強く出れないんだろう。仕方ないから俺は助け舟を出してやる事にした。

 

「そのへんにしとけ姉貴、マジやめて頼むから、弟のクラスメイトをコスプレさせようとするなマジで」

「えー」

「えーじゃねぇよ。これ以上晒す恥がねぇと言っても限度があるだろ、他所様に迷惑かけんな」

「……あのハルが、まともな事言ってる?」

「うるさいぞ美波、大いに自覚はしてるから黙ってろ」

 

 他所様と言うか美波に迷惑かけんなって言う意味なんだよ。明久やら雄二ならこの変態が女装させようとも無視して気にせんわ、まず絶対に合わせねぇけど。

 

「ともかくだ、俺の千本桜大熱唱で手を打っとけクソ姉貴」

「いやでーす。それならお泊りだからね?」

「ぐっ……汚え手を使いやがって」

「楠木家の性分、使える弱みは使えってね」

「はっ! けど舐めんじゃねぇぞ、そんな脅迫で俺が美波をてめぇに売るわけねぇだろうが」

 

 一度姉貴に気に入られた人間の末路は、この俺が身を持って知っているからな。誰が変態に恩を感じてるクラスメイトを差し出すかってんだ。

 

「俺は意見曲げねぇぞ、こればかりは姉貴が折れろ」

「……でもハルちゃんだって見たくない? 美波ちゃんのおちゃめ機能」

「…………」

 

『いつでもI love you♡ 君にTake kiss me♡』

 

「めっちゃ見たい」

「ハル!?」

「っ! ハッ!? 俺は一体……」

 

 いま一瞬、ツインテールの美波が首を左右に振りながらにこにこ歌ってる素敵な映像が流れたぞ。何だあれは、天国か?

 

「くそっ! 精神攻撃とは更に汚えことしやがる!」

「いや、私何もしてないけどね?」

「美波のおちゃめ機能とか可愛いに決まってんだろぉが! 想像さすなボケェ!」

「勝手に想像したのハルちゃんだけど? ……けどそっかそっか、なるほどねぇ」

 

 そう呟いた姉貴は、誰かと似てるニヤリと悪巧みを企むようなゲス顔を晒して、美波に一歩近づいた。

 

「ねぇねぇ聞いた? 美波ちゃん。ハルちゃんも見たいんだって美波ちゃんの吹っ切れたところ」

「は、はい。だけど……やっぱり恥ずかしいですし」

「大丈夫! ハルちゃんも一緒にコスプレするから! 一緒にメズマライザーすれば恥ずかしくないよ!」

「そもそもハルと違ってウチは似合わないですよ!」

「大丈夫! どっちも似合う! ハルちゃんも美波ちゃんのコスプレ似合うと思うわよね!」

 

 頭に浮かぶは、ドリルツインテで脇だしワンピを着た美波。は? そんなの……

 

「似合うに決まってんじゃん。絶対に可愛いね」

「だってさ?」

「ッ──!! ウチ! 着ます! コスプレします!!」

「え? あ! 待て美波早まるな! 確かに俺も口が滑ったけどそういう問題じゃないから! コイツ言ってたろ俺とのから「よし! なら早速着よう」ちょっ! 姉貴!」

 

 俺の言葉を遮り、決意を固めた表情の美波の肩を抱き、そそくさと別室へと連れて行く姉貴。置いてかれた俺と初音ミクの衣装。

 

 こうなってしまっては俺には手の施しようがない。この後きっと可愛そうな俺と美波は奴の玩具になるのだろう。約得な事が無いとは言わないけれど、忘れないでほしい、俺も女装してるって事を。プラマイで言えばぶっちぎりでマイナスだ。

 

 だけど美波は既に悪魔の手の中、さっきも言ったように俺には手の施しようがなかった。

 だから俺は一人部屋で、死んだ目をしながら慣れ親しんでしまったスカートに足を通していくのだった。

 

      ◇

 

 以下、楠木百合香の台詞をダイジェストでどうぞ。

 

『きゃー! 二人共かわわぁ!! ヤバい! 食べたい!』

 

『ハルちゃん可愛いよね! 美波ちゃん! だよねぇ!! ハルちゃんも美波ちゃん可愛いよね! ……可愛いよね!! ね! 何!? 聞こえない!? うんうん、だよねぇ!!』

 

『ほら! 恥ずかしがってないでもっと近づいて!! ほら手をこうギュッて! 指絡ませて! こっち向いて!!』

 

『……え? ハルちゃん、ヤバいね過去イチ可愛いね。美波ちゃんも予想以上に可愛い。……ちょっとさ、二人共もうちょっとだけ頑張って見ようか』

 

『大丈夫! 大丈夫! 可愛いから! 可愛いから問題ないから! だから! はい! ハルちゃんを押し倒そう美波ちゃん! ハルちゃんの手は頭の上ね! よし! ノッてきたね美波ちゃん!! ハルちゃんは涙目最高!! やば、鼻血出てきた』

 

『○○○○○!!』(記憶から消したい指令)

 

『△□△□△!!』(興奮し過ぎて聞き取れない悪魔の鳴き声)

 

『✕♡✕♡!!!』(ライン超え)

 

 決めた、明日も休もう。

 

 一日寝て。記憶を消して。傷を癒やして。

 

 そして絶対に鍵を変えて、セコムに入ろう。

 

      ◇

 

【side島田美波】

 

 長かった撮影会も終わり、気がつけばもう夕方になっていた。

 途中から何だか楽しくなってきていたウチとは違って、どうやらハルの方はキャパオーバーしてしまったらしく。終わるやいなや真っ赤で泣きそうな顔で部屋に引き籠もってしまった。きっとあの様子だと明日も学校を休むだろう。ハルの反応が可愛いからと、少しやりすぎてしまったかもしれない、主にお姉さんが。

 

「むふふ、今日は充実した一日だったよ。久しぶりにハルちゃんアルバムも潤ったしね!」

 

 一緒に帰り道を歩くお姉さんが、ホクホク顔でそう言う。あれだけはっちゃけてたら満足しないほうが可笑しいよね。あの勢いはウチも怖かった、一瞬本気で襲われるかと思ったもん。美春じゃないんだからあり得ないのにね。

 

「撮った写真は後で美波ちゃん家にも送るけど、他にハルちゃん一人の写真も欲しいでしょ?」

「はい! 欲しいです!」

「あと良かったら昔の写真もあげよっか? 結構量あるけど」

「いいんですか!? ありがとうございます!」

「はは、それも後で送っとくね。その代わり、ハルちゃんの学校での写真、持ってたら分けてくれない?」

「もちろんです!」

 

 そう言ってウチとお姉さんは固い握手を結ぶ。ウチらの間に多くの言葉は要らなかった。魂で通じていた。

 お陰様で土屋から買って集めているウチのハルコレクションもかなり潤ったわ。ハルの昔の写真なんて凄く貴重な一品だもの、手に入れるためにコスプレ写真を取られるくらい訳はない。それにハルも気に入ってたみたいだしね、凄く恥ずかしいのを我慢した甲斐は確かにあった。

  

「お姉さん、今日は本当にありがとう御座いました」

 

 写真の件は置いておいて、ハルの家族から彼の事を沢山聞けたのが嬉しかったウチは、改めてお姉さんに感謝を伝えた。するとお姉さんは、優しく微笑み長らく此方こそと笑う。

 

「私こそありがとうだよ。ハルちゃんと仲良くしてくれてありがとうね美波ちゃん」

「ウチが好きで一緒に居るだけなんで」

「それでもよ。最初本当にビックリしたんだから、ハルちゃんに家にお見舞いに来るような友達が居るとは思わないんだもん」

 

 だってほら、あの子って真のドクズでしょ? と言葉を続けるお姉さんに苦笑いしながらウチは頷く。

 

「一緒にバカする友達は居るんでしょうけど、そういう子達ってお見舞いって感じじゃないしね」

 

 吉井、坂本、土屋、木下。何時もハルとバカ騒ぎしている仲の良い友人達。確かにお見舞いって言葉とは無縁そうよね。木下だけが唯一有り得そうだったけど、ほか三人は絶対にあり得なかった。むしろハルが弱ってると知ればトドメを指しに来たり、弱みを握りに来たりしたかも知れない。類友も考えもだわ。

 

「学校を無断欠席したって連絡があったから、私が様子を見ないと行けないなって思ってきてみたら、まさかこんな可愛い子と仲がいいなんてねぇ。……ねぇ、本当に付き合ってないの?」

「だから、付き合ってませんって」

 

 ドキリと心臓が跳ねるが、この質問は二度目なので表面上は平然を装って誤魔化せば、お姉さんは「そうなんだ、残念」とつまらなそうに呟いた後、「でも」と言葉を続ける。

 

「美波ちゃんの方はハルちゃんが好きでしょ?」

「…………」

 

 確信めいた様子でそう尋ねるお姉さん。

 そんなストレートな質問にウチが素直に頷けるわけも無く、かと言って嘘つく事も嫌だったため、苦肉の策で黙秘を貫き、そっとお姉さんから目を反らした。きっとウチの顔は夕日とは関係なく真っ赤になっているだろう。

 そんなウチのを見て、お姉さんは「だよね」と笑った。

 

「何だか今日、ウチ辱しい事ばっかしてる気が……」

「あはは、ごめんね。美波ちゃん分かりやすいから、つい聞いちゃった」

「……そんなに分かりやすいですか? ウチ」

「う〜ん、同じ女の子なら分かるって感じかな? ハルちゃんは全く気づく素振りも無かったし」

 

 お姉さんのその言葉にホッと息を吐く。それならFクラスの連中にもバレてなさそうで一安心だ、女の子って事は瑞希と秀吉辺りなら気が付い出るかもしれないけれど、あの二人なら問題ないしね。

 

 しかしだ、安心とは裏腹に少し腹も立っている自分がいた。秘めた想いがバレてないのは良いけれど、かといってバレなさ過ぎるのも問題なのである。

 今日だってウチは素直じゃないなりに必死にアピールしていたと思う、なのにあのクズは全く気が付く素振りすら無いとはどういった了見だ。

 

 女の子扱いされて無いではない。さっきだってウチに押し倒された時に照れて顔を真っ赤にしてたし、それに、その……ウチがピンチだと、いつも必死に守ってくれるから、自意識過剰じゃ無ければ大切にされてるとは思う。

 しかしそれが友人の粋から外れるかと言われれば、ウチは自信が持てなかった。きっと彼の中で、ウチは気軽に接せる、男友達の様な女友達なのだろう。その楽な関係が嫌とは言わないけれど、少しくらいは意識してくれてもと思ってしまう。

 そんな小さな不満を抱えていると、隣でお姉さんがウチを見て微笑んでいる事に気が付いた。

 

「な、なんですか?」

「いやぁ? 青春っていいなぁって思ってさ。凄く甘酸っぱいね!」

「あまっ! もう、揶揄わないでください!」

「揶揄ってないよ? ただバレたくは無いけど、全く意識されないのも釈然としない美波ちゃんの乙女心が微笑ましいなぁって」

「お姉さん!!」

 

 咎めるウチの声に、ケラケラと笑うお姉さん。楠木家の人間はウチを揶揄わないと死ぬ呪いでもかかっているのだろうか、こういう所が本当にハルにそっくりだ。

 

「いじらしいねぇ、私の事を名前じゃなくお姉さんって呼ぶのも健気で可愛いと思うよ?」

 

 訂正。こういった面ではハルより質が悪い。

 

「……お姉さん、結構意地悪ですね?」

「可愛い子は虐めたい質なんだよねぇ、これは楠木家の性分だから仕方ない仕方ない」

「だから嫌がるハルに女装させたりするんですか?」

「いや、ソレは完全に私の趣味」

 

 何方にしても碌でも無いな、この人。

 

「あー、美波ちゃんが呆れた顔してるー!」

「いや、つくづくハルのお姉さん何だなって思ってただけですよ」

「姉の私を前にあの子をクズの代名詞として使うとは、だいぶ遠慮が無くなってきたねぇ美波ちゃん」

「ウチ、クズの扱いはなれてるんで」

 

 ウチがそう言えばお姉さんは「良い傾向だよ」と楽しげに呟いて、ぐいっとウチに一歩近づいた。

 

「そんなハルちゃんがドクズ野郎だと、ちゃんと認識できている美波ちゃんに質問です!」

「は、はい?」

「何でハルちゃんを好きになったの?」

 

 ジッと視線を反らすのは許さないとウチの目を見つめながら、お姉さんはそう質問する。

 何で、何でかぁ。謎の圧すら感じるお姉さんのその質問に、ウチは少し悩んだ後にこう答えた。

 

「…………良く分かんないんですよねぇ、逆に何でだと思います?」

「へ?」

 

 ニコッと困り笑いをしながらそう言えば、お姉さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして驚いた。

 

 だってウチも良く考えてみても分からないのだ、何せ最初は大ッ嫌いだったのだから。その上クズときた、もう本当に何でこうなったのか謎過ぎる。

 

「ハルって本当にクズじゃないですか?」

「そうだね、クズだね」

「一年の時は特にクズ全開で暴れてて、ハルが気に食わない人を片っ端から嵌めて陥れてしてたんですよ? そのせいで早々にクズノ木って呼ばれてたし」

「聞けば聞くほど好きになる要素無いよね」

 

 取り繕わないお姉さんの言葉に「ですよね」と笑うウチ。

 

「聞けば聞くほどただのクズ、だけどそんなクズがただのクズじゃ無いって、ウチが思ったきっかけがあったんです」

「きっかけ?」

「ハルが真っ先に陥れてた人って、ウチの事を悪く言ってる人達だったんですよね」

 

 当時日本語がまだ上手に話せないウチに、わざと日本語で質問しては戸惑うウチを笑い者にするという、陰湿な流れを良くやってたグループは、あの日みんな仲良くハルの被害者となった。

 

 ──

 ────

 

『第一回!! 高校デビューってダサくね? 皆の中学時代晒してこうのコーナー!!』

 

『あれれ? 君は日本語得意かと思ったのに! まさか! 中学の国語の通知表1! テストの点数3点!? 嘘ぉ! そんな人が偉そうに島田に日本語マウントしてたのぉ!?』

 

『そこのアンタは英語ひっでぇなぁ! 島田はある程度英語できるっぽいから島田以下じゃん!?』

 

『マジかお前等バカなのに! バカの癖にぃ偉そうに言ってたんだぁ!! いや、バカだからか! あははは!!』

 

『あ、因みにそこの吉井は中学も普通にバカだったよ。これはみんな知ってるか。はぁ、おもんな』

 

『何だとクズノ木貴様ぁ!!』

 

 ────

 ──

 

「ただの偶然、美波ちゃんを助けるつもりなんて無かったかもよ?」

「ですよね」

 

 きっとハルは目の前の席での出来事が目障りだっただけだろうし、処刑方法だって100%ハルの趣味だと断言できる。

 

「だけどその日をきっかけに、ウチはハルと少し話すようになったんです」

 

 話すと言うか、ハルから話しかけられてウチが一言二言返すって感じだったけど。話しても普通にクズだったけど。

 何ならウチがハルにキレた数だって数え切れないくらい、けどそれがキッカケで現国教えてもらって余計関わることが多くなって。

 

「そうしたら、いつの間にかウチはハルが好きになってました」

 

 初めて人前で口にした【好き】の二文字は、思ったよりスッと言葉にできた。

 

 クズでお調子者で傍若無人な最低野郎。だけど何処か少しだけ優しさを見せる変な奴。

 そんなあのクズ男を、ウチは好きになってしまったんだ。

 

「きっと漫画やドラマみたいなキッカケなんて無いんですよ。ほら、ハルって基本裏表無いじゃないですか。自分に正直って言うか、思った事をそのまま言うと言うか」

「デリカシーがないとも言えるけどね」

「それが不思議と心地よかったの……かも?」

「かもって、私に聞かれてもって感じだけど?」

「ふふふ……ですよね、すみません」

 

 可笑しくなって笑うウチにつられて、お姉さんも笑った。

 

「それだけボロクソ言うのに、それでも好きなんだ」

「はい、自分でも趣味悪いって思いますけどね」

「そっかそっか……あーあ、気難しい小姑ムーブしたかったのになぁ」

 

 そう言ってググッと伸びをするお姉さん。さっきまでの威圧感が霧散して、最初の頃のへらっとした笑みに戻っていた。

 

「よし! 美波ちゃんの為に私も協力するよ!」

「協力って、お姉さんが楽しみたいだけじゃないですか?」

「それもあるけど、私はちゃんと為になるよぉ?」

 

 「何せ私はハルちゃんのお姉ちゃんだからね」と呟いて、お姉さんはカバンから一冊の本を取り出した。

 悩ましいポーズの裸の女性が表紙に写ったその本は、紛れもないエロ本だった。

 

「コレ、ハルちゃんの部屋から取ってきたエロ本なんだけどね?」

「お姉さん!? 何してるんですか!?」

「この本によるとハルちゃんの好みは、巨乳&ロングヘアって事になるね!!」

「ッ!?」

 

 巨乳とロングヘア、その言葉にウチはピシリと固る。後者はなんとか出来る、ポニテを解けばそれなりにウチの髪は長いから。ただ、問題は前者。

 

「…………」

 

 ウチは自分の胸に視線を落とす。そこには何も無い、何の苦もなく足が見えた。いいや、正しくは虚無の乳、略して虚乳がそこにはあった。

 

「今度ハルちゃんと遊園地デートするんでしょ? これはチャンスだよ! ハルちゃんの好みに合わせて行けばイチコロだよ!」

「あの、お姉さん……」

「ん? なにかな?」

「分かって言ってますよね?」

「………………」

「………………」

「あははっ! 一緒にAmaz○nででっかいヌーブラ選ぼっか!」

「結構ですっ!!」

 

 爆笑するお姉さん。本当にいい性格してるなぁこの人と思いつつ、家に帰ったら取り敢えずAmaz○nを開こうとウチは決意するのだった。

 

      ◇

 

 数日前

 

「ん? このエロ本、滅茶苦茶明久の好みじゃん。取り敢えず買っとくか、買収に使えそうだし」

 





なお、姉は全てを察しています。

ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。高評価、感想をよろしくおねがいします、励みになります。

遊園地デート編、頑張って早めに書き上げます。
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