バカとクズは使いよう。   作:枕魔神

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【Side吉井明久】

 

「さらば晴楓、君の犠牲は忘れないよ」

「楠木は死んでないわよ!」

「ヘブシッ!!」

 

 最後までグスな奴だったな、と犠牲になった友に想いを馳せていると、後ろから強烈な痛みが僕を襲った。

 

「何するのさ島田さん!」

「うるさい! さっさと回復して、楠木を助けに向かうわよ!」

「そうは言ってもあの人数は、流石の晴楓も無理だよぉ」

 

 不意打ち騙し討ち寝首を掻くことなら晴楓は誰にも負けないとは思うけど、あの人数を正面から相手するのは無謀も良いところだ。

 

「召喚フィールドが現国なら今の楠木はAクラス並よ! Dクラスくらいなら抑えれるわ!」

「嘘でしょ!? 何それ初耳なんだけど!」

 

 あの賭け事と他人を欺く事しか考えて無さそうな晴楓が実は頭良かったなんて! 僕と同じだと思ってたのに、なんだか裏切られた気分だ。

 

「なんで知らんのじゃ明久」

「秀吉も知ってるの!?」

「知ってるも何も、去年島田に日本語を教えたのは晴楓だったじゃろう?」

「ウチに勉強を教えてるうちに点数が伸びたみたいよ」

「え!? あれって麻雀の配役教えてたんじゃないの!?」

 

 知らなかった。いや、晴楓が島田さんに熱心に何か教えてるのは知ってたけど、よく言い合いもしてたから、どうせろくでもない事を教えてるんだろうなとしか思って無かったよ。

 

「お主の中で晴楓の評価はどうなっとるのじゃ」

「え? クズだけど?」

 

 秀吉は何を当たり前の事を聞いているのだろうか、楠木晴楓=クズは常識だというのに。

 

「わしはたまに、お主らが本当に友達か疑わしくなるのじゃが」

「けれど、吉井の言ってることも半分正解よ。日本語を教えてもらってる間に麻雀、花札、ポーカーの配役も覚えされられたわ」

「やっぱり教わったんだ!」

 

 苦笑いしながら当時の事を思い出しているっぽい島田さん。

 クズに似合わずいい事をしているから心配だったけど、何も変わってないみたいで僕は安心した。

 

「それなら晴楓は殿の役割はしっかり果たしてるんだね」

「けどそれも時間の問題よ。いつか限界が来るからそれまでに回復して前線に戻らないと」

 

 そう言って島田さんは教室へ向かう歩みを早めた。島田さん、晴楓が逃げ出さないか心配なんだな、信用無いな、日頃の行いか、しょうがない。

 

「お主、今的外れな事を考えておるじゃろう」

「ふぇ? 島田さんって晴楓の事をよく知ってるなって思っただけだけど」

 

 本当に晴楓のクズさをよく理解していると思う。

 

「べ、別に楠木の事なんて詳しくないわよ!」

「そのとおりです!!」

 

 僕の言葉を顔を赤くして否定する島田さん、そんな島田さんの言葉に同意する声が僕達の背後から不意に聞こえた。

 振り返るとそこにはドリルツインテールを揺らす女子生徒が一人、科学の五十嵐先生を連れて立っていた。

 

「お姉様があんなゴミクズ野郎の事を詳しい筈がありませんし! 認めません! 撤回しなさい豚野郎!」

「美春!? なんでアンタがここに!?」

「お姉様のいるところに美春ありです♡」

「島田さん知り合い!?」

「……あの娘はDクラスの清水美春! 去年からずっとウチに付きまとって来る子よ! 」

「そんな釣れませんわお姉様! 美春こんなにもお姉様を愛しているというのに!」

「こんな感じで毎日アプローチしてくるの!」

 

 島田さんに向けてハートを飛ばしている清水さん。そう言えば晴楓に聞いたことがある、性格も胸も男らしい島田さんは、一部の女子生徒から熱烈な人気があると。

 「手の付けられないクレイジーサイコレズビアンだから気をつけろ」、そう僕に忌々しげに語っていた晴楓の表情を思い出した。

 

「Dクラスは晴楓が足止めしとるはずなのじゃが」

「まさか! もう殺られたっていうの!?」

「あぁ、あのクズ野郎は残念ながらまだくたばってませんよ」

「ならなんで美春がここに!?」

「はいお姉様! あのゴミクズ野郎がクズにしては本当に珍しく気を利かせて道を開け渡しましたので、美春はお姉様の元まで来れたんです!」

「なにアッサリ通してるのよ! アイツ!!」

 

 まさかの普通にスルーされた上での正面突破、晴楓の裏切りに島田さんはブチ切れる。

 そして僕は清水さんの言葉を聞いていてこう思った。

 

「初対面だけど多分清水さんって、晴楓と相性最悪なんだろうなぁ」

「うむ、清水の言葉の端々に、晴楓に対する憎悪が滲み出ておるのぉ」

「晴楓……相手にするのが嫌だったんだね」

 

 「清水の担当は美波だから、俺は関わり合いたくない」いけしゃあしゃあとそう言い放つ晴楓の顔が簡単に脳裏に浮かんだ。

 

「さぁ! 一緒に愛を育みましょうお姉様!」

「いやぁ!! ウチは普通に男の子が好きなの!」

「初めは受け入れ難いかもしれません! けれど、そんなの美春の愛で時間をかけて忘れさせてあげます!」

「……それはもはや洗脳では」

「うるさいです! 豚野郎! ぶち殺しますよ!」

 

 少し呟いただけなのに、鬼の形相で僕を睨みつける清水さん。なるほど、晴楓がスルーしたのも頷ける。つまり触らぬレズに祟りは無いと言うこと。

 隣に居る秀吉も僕と同じ結論に達したのだろう、視線を合わせただけでお互いに何をしようとしているのかがはっきり分かった。

 

「よし! ここは島田さんに任せて先に行こう秀吉!」

「そうじゃのう明久! あまり晴楓を待たすのも忍びない、早く回復試験を受けねば! うむ! 仕方ないのじゃ!」

 

 トカゲのしっぽ切りである。

 

「ちょっと! 吉井はともかく木下までウチを置いてくつもり!」

「すまん島田よ! わしらに清水の相手は荷が重すぎる! 心苦しいが是非もなし!」

「ほ、ほら! 何だか込み入った事情みたいだし、若い二人の邪魔をするのも良くないかなって、二人でじっくり話し合いなよ! これは優しさだから! 決して生贄なんて考えてないからね!?」

「こんな時に二人して楠木みたいな事言ってんじゃないわよ! ここに私の味方はいないの!?」

「味方ならここに! 美春がいますお姉様ぁ!」

「美春は敵でしょ!? あーもう試獣召喚!!」

 

 やけくそ気味に放たれた島田さんの呼び声に反応して、幾何学的な魔法陣から召喚獣が現れる。

 

「いい加減ウチの事は諦めなさい美春! ウチは他に好きな人が居るんだから!」

「嫌ですお姉様! 美春こそがお姉様に相応しいと、真実の愛だと証明してみせます! 今ここで! ーー試獣召喚ッ!!」

 

 科学

 Fクラス

 島田美波 57点

 VS

 Dクラス

 清水美春 91点

 

 比較的に島田さんが得意な理数科目での勝負だけど相手は格上のDクラス、その力の差ははっきりしていた。

 

 島田さんがサーベルで斬りかかる。それを清水さんが防いで均衡状態となるものの、地力の差で島田さんが弾き飛ばされ、あっという間に背後を取られて抑え込まれてしまった。

 

 科学

 Fクラス

 島田美波 57→23点

 VS

 Dクラス

 清水美春 91→78点

 

 島田さんの召喚獣の喉元にしっかりと突き付けられた鋭い剣。完全に勝負ありだ。

 

「お姉様降伏してください! 美春にお姉様を傷付ける意思はありません!」

「いやよ! 何か変なこと要求する気でしょ!?」

「そんなことありません! ただ補習室送りにしない代わりに美春と一緒に過ごして欲しいだけです! 保健室で!」

「絶対にいやぁ! お嫁にいけなくなるー!」

 

 いったい保健室でナニをしようと言うのだろう、もしムッツリーニがこの場に居たら妄想だけで行動不能になっていたと思う。

 

「拒まれるなら残念ですが、お姉様を殺して美春も死にます! 補習室もお姉様と二人なら天国です!」

「相変わらず愛が重い!! どっちともウチからしたら地獄よ!」

「すごいよ島田さん! 清水さんをここで倒せるとFクラスの勝利に大きく近づくよ!」

「その場合ウチも死んでるのよ!」

「こんな危険人物と引き換えならお釣りが来る! 尊い犠牲だった!」

「本当にぶっ飛ばすわよ吉ぃってちょっと待って美春! 近寄らないで!」

 

 じりじりと島田さんとの距離を縮める清水さん。その表情は獲物を捕えた野生動物のようで涎も垂れていた。

 今の彼女は島田さんしか見えてないだろう。

 

 ……ん? つまり今スキだらけじゃない?

 

「何やってるんだ吉井に木下、さっさと回復試験して前線に戻らないと坂本に殺されるぞ」

 

 お誂え向きに須川くん達が回復試験を終えて戻って来たし、これなら安全だ。

 

「ちょうど良いところに! 今だ! 島田さんを助けろ!」

「行くのじゃ皆のもの!」

「「総員突撃ィ!!」」

『『『うぉー!!』』』

「なっ! 大人数で卑怯な!」

 

 僕達の号令に合せて突撃していく須川くん達、それを傍から見ている僕と秀吉。確かに女の子一人にこの数は卑怯かもしれないけれど、相手は清水さん(クレイジーサイコレズビアン)だし遠慮はいらないだろう。

 それに僕達は魔法の言葉を知ってるんだ。

 

『『『卑怯なんて敗者の戯言! 』』』

「Fクラスはクズ野郎以外もクズなんですか! くっ……もう少しだったのにぃ!!」

 

 ボコスカ僕達にタコ殴りにされた清水さんの召喚獣は、みるみるうちに点数が減っていきあっという間に0点になった。

 

「戦死者は補習ゥ!!」

「お姉様!! 美春は絶対に諦めません! 卒業までには必ずやお姉様を落として見せます! 今回は失敗しましたが、その純潔もいつか美春が奪って見せますからぁ!!」

 

 そんな最後まで恐怖を感じる捨て台詞を吐きながら、やってきた鉄人に担がれ補習室へと連行されて行く清水さん。

 

 終わってみれば随分とあっけなかったな、そう思って僕は秀吉の方を向く、秀吉は綺麗な土下座をしていた。完全降伏の姿勢だ。

 視線を秀吉から正面に戻す、島田さんがこちらを見ていた。完全に鬼の形相だ。

 

「いやぁ危ないところだったね島田さん! 大丈夫!? まさかのDクラスにあんな人が居るなんて」

「ねぇ吉井」

「さて、僕もさっさと回復試験を受けて前線に戻らないとなぁ!」

「吉井ってば」

「あ、島田さんも回復試験を受けて来なよ。本当に災難だったね」

「ぶっ殺されたい?」

「すいませんでした!!」

 

 島田さんの殺気に当てられて、秀吉に倣って僕も即座に土下座する。

 

「本当に悪気は無かったんですぅ!」

「そうじゃ! わしらは島田が勝つのを信じとった!」

「そうだよ! 決して裏切りなんかじゃないよ、信頼からのチームプレイだよ!」

「しかし清水があそこまで強敵とは、予想外じゃった!」

「本当に危なくなったら助けようと思ってたんだ! 本当だよ!」

「「そもそも簡単に通した晴楓が悪い!!」」

「……確かにその通りね」

 

 全身全霊を込めて謝罪(言い訳)する僕と秀吉、そんな僕達の誠意の籠もった気持ちが島田さんに通じたらしい。

 ほっと息を吐く僕達。流石は島田さん! きちんと話せば分かってくれる良い人だ! ただの暴力機能の付いたまな板なんかじゃ無かったんだ! そうだよ元を正せば晴楓が「でもね?」……おっと、流れが変わったぞ?

 

「でも、アンタ達がウチを見捨てた事実は……何も変わんないのよ!!」

「「ホントすいませんでしたぁ!」」

 

 結果として、鉄拳一発で手打ちとなった。そして僕は思うんだ、島田さんのあの怒り具合、元凶の晴楓は多分殺されると。

 

   ◇ 

 

【Side楠木晴楓】

 

「さて、そろそろ清水は倒された頃かね」

 

 清水が俺の防衛線を越えてから数分、俺は継続してDクラス連中の足止めをしながらそう呟いた。

 あの変態ツインテールの相手は疲れる上に倒したら倒したで恨みをさらに買うから、割に合わないんだよなぁ。美波を囮にすれば秒で倒せるので明久達に任せても良いだろう。不意に一人くらい通しちゃう事ってあるよね、事故だよ事故しょうがない。

 

「そんな訳で面倒くさいから清水は通したけど、お前等は絶対に通させねぇから」

 

 そう言って俺は、近づいてきた敵の召喚獣をパチンコ玉で撃ち抜く。大したダメージは入らないが目的は時間稼ぎなのだから問題はない。

 

『くっそコイツさっきからちまちまと遠距離から攻撃しやがって!』

『戦い方が陰湿よ!』

『高得点者の戦い方じゃねぇ!』

 

 安全な位置からの攻撃こそがジャスティス、ノーリスクハイリターンが俺のモットーだ。

 

「文句言うなら召喚獣の武器をパチンコに設定したシステムに言え。俺には何にも関係ない」

『『『明らかにお前の趣味と性格が影響してんだろ!!』』』

「知らん偶々だ! パチンコ玉だけにな! はっはっは!!」

『『『死ね! クズ!』』』

 

 煽りに煽りまくる俺、そうする事で敵は意地でも俺をその手でぶちのめしたいと興奮し、冷静な判断が出来なくなって攻撃が単調になる。そしたら俺はさらに安全に防衛ができる。

 敵の悔しがる声を聴きいて愉悦に浸りたい気持ちもあるが、それ以外にもちゃんとした意味があるのだ。割合で表すなら2対8、当然多いほうが私情なのはご愛顧。

 だがしかし、圧倒的優勢に見えるこの防衛線にもしっかりと明確な弱点は存在ため、破られるのも時間の問題だろう。

 

「なんとか増援が来るまで持ち応えれ『いま数学の船越先生を呼んでる! そしたらもうソイツは怖くない!』……ちっ、流石に向こうもそこまでバカじゃ無かったか」

 

 俺の甘い期待とは裏腹に、遠くから聞こえてくるDクラスの伝令の声がタイムリミットを知らせる。俺が強者ムーブしてられるのはあくまで現国のフィールドに限定した時のみのもの、ましてや数学なんて苦手中の苦手科目、パチンコ玉は鳩ですら驚かない威力の豆鉄砲に変わるだろう。

 

 こうなってしまったら仕方がない、俺がするべき行動は一つ、だって残業はしない主義なのだから。

 

「よし逃げよう」

『やっぱり逃げるつもりだぞ!』

『逃すな! 追えー!!』

『アイツだけはぶっ殺さねぇと気がすまねぇ!』

 

 思い立ったらすぐ行動、手持ちのパチンコ玉をまきびしの様にじゃらじゃらとぶちまける俺は、敵の召喚獣がパチンコ玉を踏んで転倒しているのを確認すると後ろを向いて全力疾走。

 

「あばよ!」

『クソぉ! 最後の最後まで腹立つ野郎だ!』

『ここまでコケにされて黙ってねぇぞ!』

『殺せぇ! あのクズをぶっ殺せぇ!!』

 

 後ろから聞こえてくる恨み辛みの声に耳を貸さず、自分が安全な場所を目指して駆けてゆく。

 

 駆けて、駆けて、駆けて。10メートルくらいしたところでバテた、んでコケた。

 

「ヘブッシ!!」

 

 顔面から床に倒れ込む。実は情けない事に運動神経を母親の腹の中に置いてきた俺は、体力ゼロ、センスゼロ、筋力ゼロのトリプル役満もやしっ子。

 今朝の遅刻の原因も、半分はこの面倒な体質のせい、家から学校まで走るのが無理な俺が、急に走ればそりゃバテて縺れて転ぶよねって話である。

 

『えぇー!? コケたぁ!? ざまぁみろ!』

『今だぶっ殺せぇ! ざまぁみろ!』

『日頃の行いの成果だ! ざまぁみろ! ほんっとうにざまぁみろ!!』

 

 急にズッコケた俺に歓喜の声をあげるDクラス連中、これは本当にマズイかもしれない、取り敢えず命乞いをしておく。

 

「ま、待ってくれ! コケて倒れた相手を倒すなんて卑怯だとは思わ無いのか! 正々堂々戦って勝つからこその試召戦争だろ!! たのむ! ここは見逃してくれ!」

『『『どの口が言ってやがる! 誰が見逃すかボケェ!』』』

 

 しかし、俺の必死の懇願を受け入れる者は一人も居ない、Dクラスは血も涙もない鬼畜の集団である。

 

「船越先生を連れてきたぞ! 年貢の納時だクズノ木コノヤロー!!」

 

 その上最悪な事に、この絶望的なタイミングで召喚フィールドが現国から数学に張り替えられる。もはや俺に勝機は無い、数学3点がこの大群を相手に生き残れる訳が無かった。

 

「覚悟は良いだろうなこのクソ野郎」

「ちょまてよ、いや待ってください。へへへじょ、冗談に決まってるじゃないですかぁ! 僕達みたいなFクラスのド底辺がDクラス様に勝とうなんて思うわけがないじゃないですかぁ! あ、靴でも磨きやしょうか?」

「……こんな情けない奴に負けてた自分が恥ずかしい!」

「命乞いする時はプライドを捨てろとウチの家訓にあるもんで」

「知らんわそんな家訓! 聞くに耐えない命乞いはうんざりだ! みんなぁ! やっちまえ!」

『『『オオォ!!!』』』

 

 男子生徒の掛け声で、武器を構えた召喚獣達が俺一直線に向かってくる。

 

 もはや絶対絶命か、そう諦めた時だった。目の前で揺れるポニーテール、軍服とサーベルを装備した召喚獣が、向かってくるDクラスの召喚獣を一気に蹴散らす。

 

 数学

 Fクラス

 島田美波 200点

 VS

 Dクラス

 男子生徒A 107点→DEAD

 男子生徒B 115点→DEAD

 女子生徒A 98点→DEAD

 女子生徒B 102点→DEAD

 

「……み、美波?」

「良かった、まだ息はあるわね楠木!」

 

 そう言って美波は、座り込む俺をDクラスから守るように前に立つ。その姿はまるで戦場に咲いた一輪の気高き薔薇のようだった。

 

「なっ! 島田だと!? もう戻って来たのか!」

「ウチだけじゃないわよ!」

「敵は晴楓のおかげで消耗している! 今だFクラス! 全軍突撃ぃ!」

「晴楓を救出するのじゃ!」

『『『うおぉ!!!』』』

 

 明久と秀吉を先頭に後方から凄い勢いで戻ってくるクラスメイト達。俺は助かったとホッと息を吐き、立ち上がって制服に付いた埃を払い、今まで命乞いをしていた奴らに向ってこう叫んだ。

 

「よっしゃあ!! 形勢逆転じゃあ!! でかしたお前等!! この俺様をコケにしたDクラスのカス共をブチ殺せぇ!!」

『『『このクズめぇぇ!』』』

 

 わっはっは! なんと言われようともはや痛くも痒くも無いのだよ!

 回復試験を終えてもはや無敵状態となった美波がいる今、我が軍の勝利は確実である。

 気分が良くなった俺は笑いながら、助けに来た明久と秀吉に声をかけた。

 

「ガハハハハハ! ナイスタイミングだったぜ明久!」

「あー、うん……そ、そうだね」

「なんだよノリが悪いな……今夜は祝杯だなぁ! 秀吉!」

「そ、そうじゃのう……それまでに晴楓が生きておればの話じゃが

「? どしたお前等元気ねぇぞ? 何かあったか?」

 

 何だか歯切れの良くない二人に、俺は訝しげに思ってそう問いかける。

 

「何かあったと言えばあったのじゃが……」

「そーいや二人とも何か頭が腫れてね? ぶつけた?」

「ぶつけては無いよ……ぶつけてはね」

「? それでテンション低いのか? 災難だったな」

「いや、むしろこれだけで済んで有り難いというか

「……強く生きるんじゃぞ、晴楓」

「え? うん。わかったけど……え? 何?」

 

 ハイライトを失った瞳で俺を見みて、スッと十字を切る二人のただならぬ様子に俺は戸惑いを見せる。

 そして、その疑問はすぐに解消される事となる。

 

「ねぇ楠木」

 

 騒がしい戦場ではありえないほどはっきりと、冷たい透き通る様な声が俺の名前を読んだ。

 そして、下手したら俺はここで死ぬかもしれないと全てを理解する。

 ゆっくりとぎこちない動きで振り返れば、そこには表情を失った美波が瞬き一つせずにこちらを見つめている。

 

「さっき美春がやって来たんだけど、心当たりはない?」

「さ、さぁ? 俺も沢山相手してたし、わっかんないなぁ」

「そう……美春は楠木が素直に道を開けましたって言ってたんだけど。分からないんだ」

 

 あのクソレズ女なにペチャクチャと余計な事話してやがるっ! 脳内で文句を言いつつ、俺の視線は美波の瞳から逸らす事が出来ない。逸らしたら瞬間に殺される事は、誰の目から見ても明らかだった。

 

 ゆっくりと近づいてくる美波、華奢な陶器みたいに白い小さな手が俺の両頬を包み込む。その手は恐ろしいほど冷たく、俺は息を飲んだ。

 

「でも本当に楠木が生きてて、補習室に行ってなくて良かった……だって」

「あ、あぁ……」

「だって、ウチが直接楠木を殺せなくなっちゃうもん♡」

「す、すいませんでしたぁぁ!!!」

 

 美波は、見惚れるほど綺麗な笑顔を浮かべそう死刑宣告を罪人に告げる。俺はその絶対的な恐怖を前に、ただ赦しを乞うことしか出来ない。

 

「本当に出来心だったんですごめんなさいぃ」

「出来心でウチの貞操が危険に晒されて良いと思ってるんだ」

「滅相もありません美波様!」

「珍しくカッコいいと思ったのに、そんな矢先に裏切るなんて酷いと思わない? ウチは本当に楠木の事を心配してたのに、残念だわ」

「わ、私めは何をすれば赦しされるのでしょうか?」

「赦されると思ってるわけ?」

「うぉおい!!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ!! なんでも一つ言う事聞くので首を曲げようとしないで美波様ァ!」

「……なんでも?」

「はい! なんでも聞きます! 貴方の奴隷になります! 舐めろと言われりゃ靴でも地面でも硫酸でも舐めて見せますぅ!!」

「…………そ」

 

 小さく美波様がそう呟くと、ぱっと両手が離され、俺の頭が開放される。

 助かった! 死ぬかと! マジで死ぬかと思った!! めっちゃ怒ってた!

 

「それじゃあ楠木、命令よ。Dクラス代表までの道を開けなさい、そろそろ瑞希の準備が終わるわ」

「え……今のフィールド数学なんですけど」

「なんでもやるって言ったわよね? それとも何? やっぱり死にたいの?」

「言いましたけどぉ!! 瞬殺されるのがオチですよぉ!」

「なんとかしなさい」

「うぅわかりましたぁ!!」

 

 吐き捨てる様にそう言われ、俺は深々と頭を下げてその命令を受け入れる。どうやら美波様に慈悲は微塵も無いらしい。無茶すぎる命令だが、失敗は死、逃走は死、成功以外は全て死に直結しているのだ、やるしか無い。

 覚悟を決めた俺は、近くで一部始終を見ていた秀吉に話しかける。

 

「やるのじゃな、晴楓よ」

「あぁこんなところで死ぬわけには行かねぇからな」

「ふっ、お主にもそんな漢らしい顔が出来たのじゃな」

「みたいだな。んで秀吉よ、同じ漢としてお前に頼みたい事があるーーーーーーー頼めるか?」

「お主! それは余りにも危険じゃ!?」

 

 俺の頼みを聞いた秀吉が、驚きで目を見開きそう叫ぶ。しかし、そんな事は秀吉に言われるまでもない、この作戦は上手く行ったとしても膨大なリスクを追うことになる事なんてちゃんと分かってる。

 

「分かってる! 分かってるさ! けど秀吉……こっちも命がかかってんだ! どんなリスクも命には変えられない!」

 

 俺の背後には、万が一俺が逃げ出したらすぐに殺せるように美波が殺意むき出しで待機している。

 

「逃げ場なんてねぇんだよ、やるしか無いんだ! やらないと……俺は殺られる!!」

「…………分かった、お主の心意気しかと受け止めたぞ!」

 

 そう言って秀吉はガバッと俺を抱きしめた。

 

「必ず、必ず生きて帰ってくるのじゃ!」

「あぁ……やってやるさ。頼んだぞ秀吉」

 

 漢の友情を確かめあった後、秀吉は俺の頼みを実行するために前線から退いた。

 その事を確認した俺は、来たるべき時の為に身体を解していく、さっきみたいに足を縺れさせて転ぶなんて事が無いように。この戦いに失敗は許されないのだから。

 

 この戦いの最初の関門、現在の召喚フィールドである数学のフィールドをどうにかする事である。つまり現在、拉致されどこかで監禁されている長谷川先生の様に、船越先生をこの場から退かせなければいけない。そうするにはどうすればいいか。

 

 キンコンカンコーン

 

 その答えを知らせる鐘の音が、校内に鳴り響く。さぁ覚悟しろDクラス共、今回の俺は本気だぞ! なんたって命がかかってるからな!!

 

〈俺は2年Fクラスの楠木晴楓です〉

 

 校内放送から流れてくるは、俺の声色を完璧に真似した秀吉の声。

 

〈船越先生! 数学担当の船越先生! 体育館裏まで来てくれないか! 俺、先生に話があるんだ! とっても大切な……大切な話が! 俺はずっと先生を待ってます〉

 

 戦場が嘘の様に静かになる、放送の終わりを知らせるチャイムの音がやけに煩く鳴り響いた。

 

『……な、何だったんだ今の放送は』

『おい! 船越先生が居ないぞ!』

『いつの間に!?』

 

 Dクラス陣営の奥から聞こえてくる戸惑いの声に、俺はニヤリとほくそ笑む。

 

「長谷川先生の様に拉致されまい様にと奥に船越先生を配置したのが悪かったな、おかげで俺の姿が先生に見られる事は無かった。今頃、体育館裏で存在しない俺を草木掻き分けて探しているさ!」

 

 数学教師、船越45歳独身。友達なし恋人なし目標なし、単位を盾に生徒に交際を迫るどうしようもない駄目な大人代表のあの人なら、あんな放送がかかれば確実に誘導されると断言できた。ホントあの人最低だな。

 

 そして、そんな生き遅れババアが居なくなった今、戦場のフィールドは再び現国に変わる!

 

『あ、アイツ自分を犠牲に!!』

『あのクズ! ただのクズじゃない!?』

『クズの本気だ! 気を付けろ!』

 

 状況を理解したDクラスから俺に対しての畏怖の声が上がる。怖かろう怖かろう! 追い込まれた人間のする事は怖かろう!

 

「ひいぃ!!? 何恐ろしい事やってるの晴楓ァ!! 」

『すげぇよ楠木! やる時はやるクズだアンタは!』

『感動した! クズの意地を見せてもらった!』

『『『くーず! あそれ! くーず!』』』

 

 味方からのクズコールを一身に受けて、俺は最前線に立つ。

 

「この俺にここまでさせたんだ…… 試獣召喚ッ!!!」

 

 現国

 Fクラス

 楠木晴楓 202点

 

「負けは許さんッ!! 俺が大将までの道を切り開く! テメェ等俺に続けぇ!!!」

『『『うぉお!! クズノ木に続けぇ!!』』』

 

 後ろには鬼、前には幾多の敵兵、体育館裏には変態生き遅れババア! 絶望的な状況だが、自分の未来は自分で切り開く!! 見晒せクソッタレ! これが楠木晴楓の本気じゃぁ!! 

 

 Fクラス対Dクラスの試召戦争、最終局面である。




ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
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