この世に絶望した天才がギターヒーローに救われるお話 作:うぇるしゃ
わたしは天才である。
それはわたしの名を知る者なら誰もが認める事実であるし、受けた期待と嫉妬の感情は数え切れない。
その期待と嫉妬も、全て実力でねじ伏せた。わたしに比肩する者も、比肩しようとする者も居なかった。競う相手が居ないのは退屈だった。
小学生にして世界の頂点に立ち、わたしは自分の楽器をベースに変え、ロックを始めた。自分より上の存在が居るのは楽しかった。夢中になって練習して、三年の月日が流れた。
わたしの名前は
◇
秀華高校に入学して、一か月が流れたある日。
「灘谷さんおはよう」
「おはようございます」
「ねえ灘谷さん、定期テスト終わったし皆でカラオケ行かない?」
「ごめんなさい、カラオケはどうしても苦手なのです」
同じクラスの後藤さんは、ギターケースを背負って登校してきた。
静まり返った教室で、後藤さんは自分の席に座って雑誌を広げる。
「……誘わないのです?」
「ムリムリ、カラオケなんか誘ったら殺されるっ」
「そうですかね」
彼女はギターを弾けるのだろうかと気になったが、予鈴が近かったので放課後に後回しにした。
それで放課後になって、話してみようと後藤さんの席を伺うと、そこには誰もいなかった。もう帰ってしまったらしい。
「ギター弾けるならバンドを──いやドラム居ないとダメかな」
仕方がないので家に帰ろうと歩を進める途中、小さな公園に後藤さんがいた。わたしは声が小さいので、出来るだけ近づいて声をかける。
「後藤さん、それ弾けるのです?」
「ヒィアッ!?」
「みゃっ」
至近距離で叫ばれた。耳が痛い。
蹲っていると「あっ!ギターッッ!!!」と追撃を受けた。
後藤さんの友人だろうか。学校にはいない声だったし。
結論から言うと、虹夏先輩は後藤さんの友人ではなかった。ライブ当日に逃げたギターの代わりを探していたそうだ。お金貰ってる自覚あるのかな。
あれよあれよと連れて行かれる後藤さん。ついて行くわたし。虹夏先輩がこちらを気遣って何度も話しかけてくれるから、年上に対する緊張感は既に無くなっていた。
「へー、美琴ちゃんベーシストなんだ。どれ位やってるの?」
「中学の頃から三年間ですね。音楽自体は三歳から始めたのです。後藤さんは?」
「えっあ、私も三年間毎日六時間は練習してて、いつバンド組んでも良いように売れ線の曲は大抵弾けます」
「執念凄まじいね……」
ふーん。じゃあ相当な練度のギタリストなのか。人前で弾けるくらいには。
「二人とも着いたよ。スターリーにようこそ!」
「お邪魔します」
わたしは難聴になりたくないのでイヤーマフを着ける。
後藤さんは自然体だ。結構図太い。
「ぃぃイキってすみません……」
「うわっ!?」
一瞬で萎んだ。え、人間って萎むの?
「虹夏、帰ってきたなら練習しよ」
「そだね。あ、こいつは山田リョウね。美琴ちゃんと同じベーシスト」
「よろしくです」
「よっよろしくおねがいしましゅ」
「……」
何処のベース使ってるのだろうか。ヤマハ信者的にはヤマハであって欲しい。別にそれ以外を否定するわけではないけれど。何処製だろうと良いものは良いし。
「それじゃ、チケット代分のライブ楽しみにしてますね」
「チケット代とか別にいいよ?」
「駄目です。金銭関係はきっちりしないと」
財布からお金を出して握らせる。はした金ではあるし、ここで使っても問題はない。
それから暫く待っていると人が増えてきた。多分虹夏先輩の友達だろう。話の内容も虹夏先輩かリョウさんにまつわることだったし。
満を持して登場した虹夏先輩のバンド──私の気のせいでなければ後藤さんが箱に入っている──のライブは、控えめに言って酷いものだった。
楽器ごとに音を聞けば、発表に値するだけの技量があるのは分かる。下手だけど。
だが全体を聞けばボロボロだった。突っ走るギターにリズム隊が合わせようとして、そのせいで己の本分を全うできていない。
全てが中途半端。此処に居る客は、次のライブに来ないだろう。
わたしも純粋な客なら来ない。事情を知っているからこそ憐れみはするが、曲がりなりにも音楽家なら──
「いや良いか。元々期待してなかっ──!?」
一瞬だけ聞こえた音。間違いなく下手な音。ドラムとベースを置いてけぼりにして、私の耳に届いたギターの音。
演奏が終わる。盛り上がらないMCをよそに、わたしの心は茫然としていた。
「今の音……また聞きたいな」
◇
「いやーミスりまくった」
「MCスベってたね」
「大丈夫なのです。伸びしろしかありませんし、後は上がるだけです」
「それって最低の演奏だったってことだよね!?」
「あっ、せっかくオブラートに包んだのに」
閑散としたライブハウスで、結束バンドの面々を迎える。
結束バンド。駄洒落みたいだが、れっきとしたバンド名とのことだ。
いや、まあ、うん。名前とか別に何でもいいし。
「それで、どうだった?あたしたちのバンド」
駄目バンドではある。でも、わたしの答えは一つだった。
「是非、私も参加したいのです」
「おっし、ギターとベースゲット!」
「あのっ!!!」
後藤さん、いきなり大きな声を出さないで下さい。
「次のライブにはクラスメイトに挨拶できるようになっておきます!」
「なんの宣言!?」
「えっ……」
もしや後藤さん、一匹狼を気取ってるんじゃなくて、話しかけられるのを待ち続けてたのでしょうか?
コミュニケーションって受け身なだけじゃ駄目なんですよ後藤さん。
「それじゃあ歓迎会兼反省会するぞー」
「眠いから帰るね」
「あっ今日は人と話しすぎて疲れたので帰ります」
「ならわたしも帰りますね」
「結束感全然ない!」
そして後藤さんは本当に帰った。冗談だったのに。
「……あー、じゃあまた明日」
「うん、またねー」
「ばいばい」
帰り道、夜の街並みに靴の音。
コツコツと鳴るリズムはいつでも同じ。
それなのに──
「っと」
足並みがずれた。
蹴り飛ばされた自分の足。
よろめき、一歩前に踏み出す。
「あだっ」
柱にぶつかった。保育園以来感じなかった痛みに涙が出る。
そこでようやく正気に戻った。
「なにやってんだろ、わたし」
熱に浮かされたような心。久しく感じなかった情熱。
あの音がわたしを狂わせていた。魅せられたのだ、後藤さんのギターに。
「もしかしたら──うん」
これから楽しくなりそうだ。
灘谷美琴…音楽の天才で非常に耳が良い。とある弦楽器で世界の頂点に立った。
伊知地虹夏…下北沢の大天使。平気そうにしていたが初ライブでメンバー逃亡は精神的にキツかった。
山田リョウ…ドタキャンはロックと思いつつもメンタルは最悪だった。
後藤ひとり…皆のピンチに颯爽と登場したヒーロー。