この世に絶望した天才がギターヒーローに救われるお話 作:うぇるしゃ
灘谷のやけくそな自己紹介から始まったSICK HACKのライブ。サイケデリックロックの掴みどころのない感覚は人を選ぶ上に、演奏の難度も高い。
(凄い)
月並みな言葉に過ぎないが、後藤にはそれしか思いつかなかった。見失いそうになるリズムを捉え続けるドラム。感情的に、それでいてロジカルに音を繋げるギター。完全にライブを自分のものにしている廣井のカリスマ性。そしてその中にあって、一歩も引かずに自分の演奏を保つ灘谷の技量とメンタル。
「私もあんなふうになれたら」
いついかなる時も自分の実力を発揮できたなら。自分はきっとステージのヒーローになれる。そしてあわよくばロッキンに──といつもなら妄想を展開するところだが、今は純粋にライブを楽しんでいた。
でも、と小骨が喉に引っかかったような違和感を覚える。客観的に灘谷の演奏を聴いて、なぜか盛り上がり切れない。サイケにノれない訳ではなく、技巧に隠れた違和感を感じ取っていた。
小さな憧れと心配。ふと観客を見れば、入店した時に睨んできた少女が心配そうに演奏を見ていた。
◇
何が足りない、何かが足りない。
わたしとおねーさん。技術はわたしの方が上なのに、おねーさんに圧倒されている。
目を開けろ。そう言われたのは覚えている。でもそれをすることで何か意味があるのか分からない。わたしの世界は音で構成されてればいいのに、光なんて邪魔なだけ。世の中の汚いもの、全部見たくないから。
分からない。ああもう、直接聞いてやる!
「は」
何を思っているかは知らない。でも全力でやる。技巧を凝らして音を作り、鳴らす。
返答は──技術のかけらも無いような、ただの単音連打だった。
「どうして」
どうしてそれに惹かれる。どうして心を奪われる。
手先は思考を止めても動き続ける。だから致命的な破綻はしない。でも、わたしに足りないものを魅せられた。それはきっと当たり前に出来ていたものだ。それは一体なんだ?音楽に必要なものは全て出来るはずなのに。
「何やってるの!」
うるさい。いくら友達だからって、人の演奏邪魔するのは──
「そんな腑抜けた演奏、アンタがするはずないでしょ!」
「っ!?」
頭を殴られたかのような衝撃。わたしの演奏に足りないもの、わたしが一番大切にしていたもの。それは気持ちを乗せること。それがいつの間にか失われていたことに気づく。それはずっと前から、ともすれば結束バンドで初めてのライブから。わたしは自分の原点を忘れてしまっていた。
「こんな簡単なこと」
思い出せ、どんな気持ちでわたしはピアノを弾いていたのか。
お金じゃない、名声でもない。自分のピアノを後世に残したかった?違う。
「分かんない、わかんないよ」
どうして自分の原点を忘れた?いつから考えなくなった?
頭の中をどうしてが繰り返す。どんな気持ちを乗せていたか思い出せない。
「もういい、とりあえず感動しろ!」
今はそれだけでいい。自分の原点は後で考える。
◇
いやあ、厄ネタだったか。と考えつつ、廣井は安酒を飲み干した。自分のパートの真っ最中である。
隣には身の丈に迫る大きさのベースをかき鳴らす童女がいた。初めて見たときは体の大きさに見合ってないと思ったのだが、その考えが誤りであることは直ぐに理解した。というかさせられた。それと同時に、勿体ないとも思った。偏執的くらい技術だけに偏った演奏をしていたからだ。
廣井は天才ではない。だから才能を腐らせている若者を見ると、どうしても気になってしまう。今回に関して言えば、それが完全に裏目に回った訳だが。
技術だけでは見られないものを魅せたつもりだった。ライブでは(特にロックは)観客も音楽を構成する要因であり、そのためには観客もノらなければならない。それを促すのがいわゆるグルーヴ。どんな演奏者も、メトロノームのように正確なリズムを刻んで演奏はしない。感情を込めて演奏する以上、微妙なズレが入り込むし、それが却って観客をノらせる。
なら灘谷はそれが出来ないのかというと、出来る。だが、出来ていなかった。ベーシストとして自分の役目を徹底したリズムキープと捉えたからこそ、変拍子にも流されることなく正確無比で完璧なリズムを刻み続けていた。機械じみた音楽になっていたのだ。
「それだけじゃ駄目だぞ」
と教えるのが自分の、先達としての役目だと思って、この場で挫折を味わってもらうつもりだった。
そのはずだった。
ちらりと横を見た。相変わらず小さい体を駆使してベースを鳴らしている。その目は爛々と輝いて、両の目に天体を宿したようだ。
(よーやく目ぇ開けたと思ったらこれだよ)
目が開くのを合図にしたように雰囲気が変わり、廣井はそれに圧倒された。惹きこまれた。勝てないとまで思った。土星を宿した左目。天王星を宿した右目。魔法にかけられたように、観客も自分も心を掴まれていた。
今自分を虜にしているのが何なのか、廣井には判断がつかなかった。ただ、気持ちのこもった演奏だということは分かった。分からされた。ありていに言えば感動したのだ。その言葉の通り、心を動かされた。
気を抜けば自分のバンドが奪われてしまう。そう確信した廣井は震えた。武者震いだ、と冗談めかして笑い、自分の愛機を構える。
そして対抗するように鳴らし始めた。
◇
ああ楽しい。もうこれでいいんじゃないかな、演奏に乗せる感情。
そう思うくらいにしっくりきていた。そもそも楽しいから音楽って言うし、取り敢えず楽しけりゃ勝ちでしょ。
じゃあどうしてわたしは楽しくなくなったピアノを弾いてたんだろ。最初の方は楽しかったのに、なんかショパン国際コンクールから楽しくなくなった気がする。忘れた。小三の記憶とか正直ないもの。もしかしたらその前に行ったジュネーヴ国際音楽コンクールかもしれないし。惰性ってやつかな。
「まあいいや。今楽しいし」
好きなことだけやって生きていきたい。つらいことなんてやりたくないし、いやなものも見たくない。楽して生きようとは思わないけど、楽しく生きたい。
だからピアノはもう触らない。ピアノを止めてから嫌なこともほとんどなくなったし、友達も出来た。後悔なんてしない。だから──
「わたしをひとりにしないで」
それだけだから。それだけでいいから。お願い、後藤さん。