この世に絶望した天才がギターヒーローに救われるお話 作:うぇるしゃ
かき鳴らされるギターの音色。インディーズで話題になるだけあって、流石としか言いようのない速弾きだった。それにわたしはベースの音色を重ねる。主導権を握るつもりで手加減はなし。へっぽこバンドならわたしのワンマンに出来るくらいのレベルだと思う、多分。
相手を見なくても音で分かる。怒ってるな、この感じだと。手加減しないとは言ったけど小手調べしないとは言ってなかったから、それが癪に障ったのだろう。でもまだイマイチ乗り切らない。正直に言うとおねーさんと比べて足りてないなという感情が大きいから、上がるものも上がらないというか。ほら、わたしってノリで音楽やってるし。実はあんまり安定感ないのよね。
「ああもう!」
「怒った?」
「怒ってない!」
姐さんと比べろって言う方がおかしいのよ、と一言。そりゃそうだ、ギターとベースってミカンとグレープフルーツくらい違う。分かりづらいかもしれないが聞いて欲しい。小さいときミカンと間違えてグレープフルーツ食べたんだよ、わたし。想像通りだと思うけど苦くて食べれなかった。
いやうん、なんかその時の怒りと言うか悲しみみたいなのが演奏に乗っちゃったよ。単純なわたしでごめんね、一生許して?
「いいわよもう……なんか負けた気がする」
「がんばれ♡がんばれ♡(精一杯のあまあまボイス)」
「それやめて。堕ちそう」
わたしの声帯は紙耐久の割に高性能。声帯模写とかお手の物、本気出せばマイクなしでも十分通る声が出せる。五分も持たないけどね。
それはそれとして。
「せっかくお持ち帰りしたんだから、なにかするのです?」
「えっ!?お、お持ち帰りだなんてそんな……」
新宿FOLTでのライブを終えたわたし。疲れからかSIDEROSの大槻ヨヨコちゃんにぶつかってしまう……なんてね。楽屋に乗り込んで大胆な告白を受けただけ。
嘘だけど。実際にはお泊り会のお誘いってところだ。セッション出来るなら断る理由もなかったし、着の身着のままここまで歩いて来たけど、おやつもあるって聞いたら行くしかない。それで、実際に受けた歓待はパーティーだった。初めて家に友達を連れてきた記念とか言って、ワンチャン誕生日パーティークラスの豪華な料理を楽しんで。そのあとセッションしようと誘われたから、今こうして演奏している。ちなみにアンプもスピーカーも通してない。夜中だからエレキの演奏すると近所迷惑になるらしい。そんな防音設備で大丈夫なのか。すごい。
「喧嘩売ってるなら買うけど?」
「はっはっは。ごめん」
「……もう少しやりましょ」
「ん」
なんやかんやで白熱したセッションになった。もしかしたらなにか楽器をやっていたのかもしれない。ギター始めたのはわたしと同じで三年前らしいし、その程度の時間でここまで上手くなるなら、才能か経験があるとしか思えない。確実に絶対音感は持ってる。わたしの即興に一発で合わせてきたのと、普通に音階当てクイズで気づいた。セッションより沢山遊んだ気がする。しょっぱい遊びだな、音階当てクイズ。結果は引き分けだった。あとイントロクイズとか。クラシックのロックアレンジを聞き当ててきたので、経験自体は多そう。
「ふぁ」
「ちょっと、まだ曲の途中じゃない」
「言うてもう何時ですか」
「あっ」
いや別に公共交通機関が全部サービス終了してる時間なのは気にしてないけど、ヨヨちゃんの家族が迷惑してないかなって思う。人の家に長居はしないほうがいいらしいし、わたしが居ることで家族団らんの機会が減ってたらどうしようかなあという心配。えっ?泊っていいのですか!?
「ちょっと!?」
「娘のお下がりでよければ着替えも」
「やめてよお母さん!」
なんか日常の一コマって感じ。わたしと同じで家族に恵まれたんだろうなって思う。わたしの家族も同じ状況ならそういうことしてた。
つーかヨヨちゃんがわたしの体格だった時の服があるのか。物持ち良いね。お金持ちの家って無駄遣いしないらしいよ。物持ちの良さは関係ないかもしれないけど。
じゃあ一番風呂貰っとくか。わたしシャワー嫌いだから、湯船にたまったお湯を読んで字のごとく湯水のように消費して体を洗う。
「ちょっコラ、なにやってんのよ!」
「きゃあ!?」
え、え!?
人が風呂入ってるのに自分も入ろうってなる人がいるんですか!?
いやそうじゃない、そうだよ。そうか、うん。
「なんで入ってきたのですか?」
「えっ友達って一緒にお風呂入るんじゃないの……?」
「あっ」
もしかしてわたしより対人関係終わってたりするのかしら。
うわー聞きたくねー。お姉ちゃんって呼んだことのある相手に、今までぼっちでしたかとか聞けねー。
よし、これが普通ってことにしよう。当事者にならなければ良いだけの話だからね、多分。
あっヨヨちゃん優しい、わたしの髪を洗ってくれて……いたたっ、髪に指が。だいぶ傷んでるわねって言われましても、そんなケアしないからしょうがないじゃん。え、女子としてダメ?いいでしょ別に。天才だし。
「結構白髪生えてきてるじゃない。いや地毛?」
「地毛なのですが悪いのですか?」
プリン頭の逆とか富士山みたいとか言われた。また髪の話してる……
別にアルビノとかではなく、なんか遺伝子がどーのこーのらしい。ホワイトタイガーとかと同じとのこと。
だから紫外線も大丈夫だし、パーソナルカラーなんかイエベ?だそうだ。
それより染めてたのが薄くなってるならまた染め直さないと。
「……ねえ、どうして止めたの?」
何を、とは聞かなかった。
千を超える楽器を収集して、もう弾かないと考えた楽器は一つしかない。
昔は良かったのだ。ピアノを弾けば天にも昇るような気持ちになれたし、聴衆にも同じ気持ちを味わわせることが出来たから。
でも今は違う。打鍵する感触、鍵盤の滑らかささえ思い出せないほど、わたしの身体はピアノを拒絶している。どれだけ高尚な音色を奏でられたとして、それが耳に届かないなら意味がない。味の分からない人の前に美食を並べるのと同じように、わたしの耳はピアノを聴かなくなった。それがどんなに苦しく、悔しかったか。もう一度ピアノを聴くことを願って、試した方法は両手では数えきれない。
それでもきっと、ピアノはわたしを裏切らないだろう。身体の震えに耐えてピアノを弾けば、かつてのように聴衆を虜にできるかもしれない。そんなの嫌だ。我慢しながらピアノなんて弾けない。そんなのわたしがピアノを裏切るようなものだ。
「だから、弾かないのです」
願わくば。いつかピアノを弾けますように。わたしはずっと、それだけを願っている。
ここでヨヨコちゃんが勇気を出していたらヨヨコちゃん√に分岐してました。なおフラグは折れた模様。