この世に絶望した天才がギターヒーローに救われるお話 作:うぇるしゃ
羽田空港。いわゆるハブ空港というやつで、世界中から旅客機が飛んでくるため、そう簡単には両親が乗っている飛行機を探し当てることはできない。なのでわたしは、空港のゲートを出たあたりで待機していた。現在時刻は午前六時。いつもより早起きしたので、今ものすごく眠たい。
こんな時間でも家族連れがちらほらと居るのがすごい。わたしより幼いだろうに、元気いっぱいに駆けまわっている子とか居た。とゆーかこっちに向かって来ているような気がする。えっちょあぶな、うわっ!
「おねーちゃん!」
「ぐうっ……んぇ?」
わたし一人っ子なんだけど。妹を名乗る不審者にしては小さいし、この子の見間違いとかだろう。
「ミコト久しぶりー」
「「ママ!」」
「初対面でも仲良くできてるな。流石我が娘たち」
「いや知らない知らない。この子誰なの?」
「俺の娘でお前の妹。よし、あいさつだ」
「あいっ。なだやしのにさいですっ」
「???」
なだや、灘谷しの。なんの漢字が当てられてるかは知らないけど、本当に二歳の妹だとしたら産まれたのは三年前?
嘘だ、わたしを騙そうとして……する意味ないな。いやでも、三年間もわたしに知らせないなんてことあるはずない。よってこの子は複雑な事情を抱えているのではないか。
「まさか、妾の子?」
「いやドッキリのために言わなかっただけ」
「は?」
「おねーちゃんあそぼ!」
「あっうん」
知ってたら誕生日とかお祝いしてたのに。教えてくれなかった理由はドッキリだけじゃないだろうが、どうしてこのタイミングで連れてきたのだろうか。
「あー、誘拐されてな。ある意味お前に似てるかもしれん」
「お父さんに預けようかと思ったんだけど、懐いてるみたいだし任せてもいいかしら」
「えっ」
父親が再婚して義母の連れ子と一緒に住む系のラブコメかな?よくあるやつじゃん、そうはならんやろ。
しのちゃんの様子を伺う。抱き着かれてはがせないのは、わたしの体力だけが理由じゃない。ここでナデポを狙おう。髪サラッサラじゃん、負けたわ。
「まあ、いいの」
といっても受け入れ準備とかしなきゃいけないから、今日はホテルだな。
◇
文化祭である。結束バンドはトリなので、悠々と舞台裏で他の出し物を鑑賞している。まあ、正直に言うとあんまり上手くない。神戸に居た時、音楽科のある高校の文化祭に行ったことがあるのだけれど、流石に音楽科はレベルが違った。弦楽部より上手かったくらいで、人生賭ける賭けないで随分違うんだなあとその日は思ったものだ。ちなみにMCは下手だった。リョウの『上手いMC存在しない説』が当たっちゃったな。
「準備はオーケー?」
「いや仕舞いなよそれ」
「断るのです」
それ、とはわたしが今背負っているギターのことだろう。SLG200Sといって、アンプに繋がないと音がほぼ出ないサイレントギターだ。わたしの聴力なら普通に聴こえるから、持ってる楽器ではよく使っている方。わたしは今日のライブでアドリブを入れる予定。
「ナチュラルにレベルの高いことを要求しないでくれるかなあ!」
「出来ないとは言わないあたり成長したのですね」
文化祭にむけた特訓中、何度も音を上げた喜多さんに対して、出来ないっていうのは嘘つきの言葉だと教えたことがある。それ以降出来ないとは言わなくなったけど、それが先輩にもうつったらしい。
わたしは自分に出来ないことは誰にも出来ないと言えるようになるまで練習してるから、反対意見を出せないだけかもしれないけど。
『次は結束バンドさんでーす』
「行こっか」
「はいなのです」
「あっあの灘谷さん!」
えっ告白?
「お、お姉さんとライブしてた時、すごく楽しそうで、あの、えっと」
「うん」
「それでその、結束バンドでも楽しんでください!」
「……はは」
これは楽しくなりそうだ。
◇
私はいつもダメダメで、いつも周りの足を引っ張ってきた。
結束バンドで初めてのライブも、私だけが走った演奏をして、他のみんなを置き去りにしたせいで大失敗。そんな私に、灘谷さんは期待をしてくれて、慰めてくれた。
理由を聞いても答えてくれない。貴方のギターに惹かれたからとだけ言って、後は期待をかけられるだけ。
みんなと一緒に同じ時間を過ごして、わたしは人生で一番幸せで、灘谷さんはずっと一人だった。なんとなく、そう感じていた。
それが確信になったのは、SICK HACKのライブに行った時。初めて目を開けて笑う灘谷さんを見て、とても楽しそうで。でもそれ以上に寂しそうで。白くて綺麗な目が、寂しそうに笑っていたのが忘れられない。
だから私は、灘谷さんを一人にしない。したくない。
ダメダメだけど、私はギターヒーローだから。
◇
舞台に上がる。愛機にコードを繋ぎ、音量確認。チューニングは当然済ませてある。
終わればしばらく暇なので、きゃっきゃしているしのちゃんに手を振ってあげる。ちょっと男子、お前じゃねえ座ってろ。わたしはステージの右側にいて、後藤さんが左端にいる。あっちはなんか大変そうだな、具体的に言えばおねーさんが。そういう人なのはみんな分かってるけど、あんまりわたしの家族に近寄らないでほしいな。わたしが心配される。
さて。体育館には三百人を超える観客がいて、会場のボルテージも高まっている。ライブが観客と一緒に楽しむものなら、今日は十分楽しませてくれるだろう。それは後藤さんも同じはずだ。覚悟完了って感じで、いつもと全くふいんき?が違う。
『私たち結束バンドは──』
MC始まったな、集中しよう。
チッチッチッチとスティックを打ち鳴らす音。それを合図にわたしはベースを弾き始める。そうしてすぐに、私を見ろ、私を知れ。そんなギターを聴いた。それは今までに聴いたことのない音色だった。後藤さんからも、他の有象無象からも。
初めて心を奪われた一音よりも、ずっとずっと力強く。
「凄いなあ」
何度も呟いた月並みな言葉だけど、それはわたしの語彙力の問題。今までの後藤さんとは全く違う、ついていかなきゃ置いて行かれるような、強引で圧倒的なギター。余裕をもって合わせられるのはわたしの他には誰もいない。逆に言えば、喜多さんも必死そうだがついてこれている。それだけ引っ張られてよく歌えるなと感心するくらいだ。リョウも先輩も、はじめてライブを聴いた時からずっとずっと上手くなってる。その中でわたしは生きている。それでも後藤さんだけは格が違った。
「ずっと二人でこうしていたい」
そう願ってしまうくらい、わたしの心は弾んでいる。
その感情を邪魔したのは、いきなり外れたギターの音。すぐにパワーコードに切り替えたらしいが、このままだとギターソロは無理だ。幸か不幸か他のみんなもすぐに気づいてカバーするように演奏しているけれど、それは時間稼ぎでしかない。それはわたしも同じ気持ちだった。あれだけの演奏をしておいて、楽器のせいで演奏できないなんて許さない。
「喜多さん、ジャンプ」
返事は待たずに足元の物体をムーンサルトキック。演奏を止めずに遠くにものを飛ばすなら、これくらいしか方法はない。普通に蹴っても体勢を崩す。
地面を滑って後藤さんに届いたのは、わたしの持ってたサイレントギター。生音が小さいという特徴を持つそれは、分類的にはエレキギターになる。要するに、コードを差し換えたらレスポールと同じように使えるわけだ。
そして
「あはっ」
ああ、ずっと聴いていたい。かき鳴らされるのは、圧倒的なカリスマを持つギター。高みに昇るような、孤独で孤高のギターソロ。それはさながら
永遠にも一瞬にも感じたソロパートが終わる。名残惜しいような、待ち望んだような気持ちでベースを鳴らしだす。ほら、呼吸なんて止めてる暇はないよ。さあ、さあ!
今までずっと孤高で孤独で一人で独りで──ようやく巡り合った相手。
嫌だと言っても逃がさない。追いかけて追い抜いて捕まえて捕まって、死ぬまで
「ずっと一緒だよ」
勢いのままに、予定されていたMCを飛ばして三曲目、Hello World。わたしのために、わたしのともだちが演奏する。一生分の夢が叶った感動。生まれて初めて、わたしはしあわせになった。
◇
呼吸が止まっていたことに気づいたのは、三曲目を弾き終わってから。朦朧とする頭で、私は彼女を見た。所々白の混じった黒髪が揺れて、それに包まれた表情は、見たこともないくらい綺麗に笑っていた。
「楽し……かったですか」
目の前にある観客の姿。その全員を自分のロックで楽しませた、という事実に興奮して、自分の息が整うのを待たずに問いかけた。
そうしたら彼女は、灘谷さんは嬉しそうに、消えてしまいそうなくらい儚げに、笑顔でこう答えた。
「ええ。とっても」
ああ、良かった。なんて思って。
私はステージから落ちた。