この世に絶望した天才がギターヒーローに救われるお話 作:うぇるしゃ
虹夏先輩に『今後のバンド活動についてみんなで話し合おう』と言われ、わたしはライブハウスにやってきた。
練習するかもと思って、今日は愛用のベースも持ってきたのだが──
「遅いのです」
この辺り治安悪そうだしちょっと心配。いや新宿に比べたらましか。多分。
分からない。小学校卒業してから中学の間は神戸に居たおかげで、東京に住むのは三年、いや実質四年ぶりだし。
「PAさんPAさん、ちょっとこっち来て欲しいのです」
暇だし練習しとこ。練習の成果か才能か、わたしのレベルはプロレベル。マネジさんがそう言ってた。
「おや、XLRケーブル対応の楽器とは珍しいですねぇ」
「特注品なのです。アンプに繋いでくれますか?」
持ってきたケーブルのオス端子をPAさんに渡すと、やや気だるそうに奥の方に行った。アンプはあそこに置いてるのか。
「繋げましたよー」
「ありがとうございます」
テンションがネックに掛からない程度に緩めていた弦をチューニング。納得できるまでやったら三時間かかるから三分くらいで合わせ、ついでに音量を確認。初めてこれを使ったとき、音量を確かめずに鳴らして地獄の苦しみを味わったのを思い出した。忘れてたのに。
そしていざ鳴らそうというタイミングで三人が店に入ってきた。
「お、ベース持ってきたんだ……リョウ?」
「TRB-JP2だしかも黒色ってことはオーダーメイド。指板もハラカンダだしブリッジをGOTOHの404SJにして弦交換を簡単にしてるのも良い──美琴、それ弾きたい、弾かせて下さいなんでもしますから」
リョウさんがシュバッと間近に来た。
どうしよ。もう土下座の体勢に移行してる。あまり人に自分の楽器渡したくないけど、わたしも人の事言えないし、うん。
「す、スラップしないなら……特別なのですよ」
「やったぜ」
リョウさんにベースを渡したら、すぐに鳴らし始めた。聞けば中々上手だ。昨日のライブは四弦だったのに六弦全部使えてる。わたしの中でリョウさんに対する評価が鯉のぼりだ。あれ、使い方合ってるかな?
「美琴、このネック何?」
「象牙なのです」
ボディはチーク。良いものを使えば良い楽器になると信じているから、値段とかは気にしていない。
「……返す」
「ありがとうございます。今度リョウさんのも弾かせてほしいのです」
「勿論。あと、リョウでいい」
周りにベースの良さが分かる人全然いなかったからこういうの新鮮。
リョウと固い握手を交わす。
「あの二人もう仲良くなってる」
「ぴっ」
「ぼっちちゃん!?」
◇
「好きな音楽の話ー」
サイコロの目にそって話を広げていく。こういうのも初めてで楽しい。白髪だったから保育園では髪を切られたり、小学校ではハブられたりしたから。高校からは黒に染めてる。皆の髪は黒色らしいし。
小学校卒業と同時に引っ越した神戸は良かったなぁ。外国人がたくさん住んでるおかげでわたしにも普通に接してくれたし。
「私はサウジアラビアのヒットチャート」
「絶対噓!!」
「ほんとだもん。美琴は?」
何の話だっけ、好きな音楽か。
たくさんあるからなあ。
「最近はボカロとか。たまにクラシック聞くのです。ロックならシャウトきつくなければなんでも」
デスメタル苦手。
「美琴ちゃんって大きい音苦手なタイプ?今もイヤーマフ着けてるし」
「そうですね。耳が良すぎるイメージです」
「分かる分かる。今は慣れたけど、あたしもドラム始めた時シンバルうるさかったし」
「若年性難聴一歩手前では?」
わたしはそれがいやでイヤーマフ着けている訳で。
予備のやつあげようかな。ノイキャンついてるのもあるし。
「いやまあね、職業病みたいなもんだし。ライブの音も聞かなきゃだからさ」
「……耳鼻科にはこまめに行ってくださいね」
「はいはい。次はぼっちちゃんの番」
「あっ青春コンプレックスを刺激しない曲なら何でも」
なにそれ。
「青春コンプレックスって何?」
「わたしに聞かれても」
「ぼっちちゃん教えてくれる?」
「……」
「おーいぼっちちゃーん」
「……にへへ」
「自分の世界に入り込んでますね」
「……うぁあ」
これが結束バンドかあ、ウケる。ドリンク飲んどこ。
「皆結束してよー!」
「はぁい」
何というか、こう、虹夏先輩っていじり甲斐があるというか。後藤さんはほっといてもおもしろいし。
「昨日はインストだったけど、次はボーカル入れたいんだよね」
「ああ、逃げたギターが歌うはずだったのですよね」
「ボーカル探さなきゃね」
そこは誰かに任せよう。わたし喉弱いし声小さいし。歌い方は知ってるし出来るけど、一曲歌ってハイ終わりじゃないのだ。
「まあそこは追々考えるとして、ボーカル見つかったら作詞とかしないとね」
「作曲は任せろ。作詞は知らん」
「わたしも作曲します。作詞はまあ、その、偶には」
小説とか一回も読んだことないや。語彙力っていうんだっけ、それもないと思う。
作詞は進学校にいる虹夏先輩……あ、そうだ。
「後藤さん作詞やったらどうなのです?」
「オウッ!?」
「お、いいね。ぼっちちゃん歌詞に禁句多いみたいだし」
「ミ゛」
反対ないから決まりでいいでしょ。
「ぼっちちゃんは作詞担当ね。次はノルマの話」
「ノルマ?」
「チケットノルマね」
ライブってノルマあるんだ。お金払ってライブ開催して、チケット代と物販したお金はバンドの物になるのかと。
「大体それで合ってるけど、ライブハウスから最低限チケット何枚売ってねってのがあって、それを超えた分はライブハウスとバンドで山分け」
「逆にノルマを下回るとその分のお金を請求される」
へえー、どう転んでもライブハウスは損しない感じか。もちろん低レベルなバンドばかり出してたら評判悪くなるだろうけど。
「つまり、売れるまでお金がいると」
「うん。これから暫くライブの度にお金いるから、みんなでバイトしよー!」
「えっ」
「バイトォ!?」
「今日一大きい声出たね」
売れないバンドは皆バイトしているらしいが、わたしお金あるからやらなくて良い気がする。
いや親交を深めるためにはやるべきか?
「んーまあ、でも」
バイトとかしたくないしな。
「練習したいので、わたしはパスです。お金はありますし」
「おっけー。ぼっちちゃんは?」
「あっぇうぁっ頑張りましゅ」
ホントかなぁ?
灘谷美琴…富、力、名声の全てを手に入れている。白髪は母親が綺麗と言うので自慢だったが、目立つから染めた。
山田リョウ…最高級の楽器を弾けてご満悦。
伊地知虹夏…ベースはよく分からないが山田が興奮する楽器を持ってるならお金は大丈夫だろうと思った。
後藤ひとり…主人公が一緒にバイトしてくれないと知って死んだ。