この世に絶望した天才がギターヒーローに救われるお話 作:うぇるしゃ
今日は後藤さんの初出勤日ということで、わたしはライブハウススターリーに来ていた。
冷やかし兼客として。ん?客なら冷やかしじゃないのか。
「あっ」
「後藤さん、ドリンクスタッフでしたか」
「ハッはい」
「じゃあコーラください」
「こっコーラですね」
手際悪いな後藤さん。コーラ一杯注ぐのに三回も体ぶつけてる。
「美琴ちゃん来てくれたんだ」
「はい、来たのです。もてなして欲しいのです」
などと話しているとライブが始まった。
「今日は人気バンドが多いからね。見取り稽古だよ」
「後藤さんはカウンターの下に引っ込んでますけど」
「ぼっちちゃん顔出そうか」
「ひゅい!」
このバンド上手いな。あとでCD買お。
「あっオレンジジュースです」
「接客業でしていい顔じゃない!」
後藤さんは頑張ってる。あれでも精一杯なんだろうが、変わろうとする気持ちは実際大事だと思う。
わたしはどうだろう。
「あのっ」
「……はい?」
「大丈夫ですか」
なんでわたしが後藤さんに心配されるのか。逆なんじゃないかな。
「気のせいならいいんですけど、あっ気のせいですごめんなさい」
「いやそんなこと言われたら気になるのです」
「あっえと……苦しそうでした」
苦しいなんて考えたこと……あるけど。
「わたしは人生楽しんでるのです」
「でも……「言いたくないです」……はい」
わたしの悩みなんて、理解されないだろうから。
少なくとも今は、まだ。
◇
後藤さんが風邪をひいた。
まだそんな季節じゃないと思うけど、ライブハウスで移された可能性もあるから、わたしはそこまで気にしなかった。でも……
「えーだれか後藤の家にプリント持って行ってやれないか?」
「せんせー、後藤さんの家は県外なのです。郵送の方が良いと思うのです」
やだよプリントごときで金沢行くの。
「後藤さんって県外から来てたの?」
「やっぱり地元じゃ悪名が轟いてるんだわ……」
「後藤さん暴走族だったって本当?」
「それはガセらしいけど」
後藤さん不良扱いされてる……
やっぱ制服はちゃんと着た方がいいと思うんだよわたし。
「誰も行かないなら灘谷、頼まれてくれ。家知ってるなら友達だろ」
「家行ったことないのです」
「後で住所書いてやるから。放課後職員室な」
ざけんな。
と言っても無駄だろうから、わたしは放課後に貰ったメモを封筒に貼り、プリントを入れてポストにシュートした。
今日は軽音部に行って暇そうなボーカルを攫おうと思ってたのに、邪魔が入った。
そこにふと聞こえてくる二人の足音。
「ねえ喜多ちゃん、私に歌い方教えてくれない?」
「えっ」
ほう。人に教えられるくらい歌が上手い子。
「ほら、今度カラオケ行くじゃん?喜多ちゃんカラオケ上手いし教えて欲しいなって」
「えーっと、私でいいなら教えてあげるわ。ん?」
あっカラオケの話か。じゃあいいや。カラオケがいくら上手くてもライブは歌い方違うし、候補からは外そ。
よし。やることないし家帰って練習いや、ライブハウスでやっちゃおう。
「またギター……」
六弦ベースなんだよね。やはり素人か。冗談だよ。ケースの外から楽器が判別できるわけないし。
なんか含みのある声だったな。知らんけど。
◇
「こんにちは」
「美琴、私のベース。弾いてみて」
「おお」
フェンダーだ。わたしレベルになると触っただけで大体の楽器は判別できる。
スラップはせずに指で鳴らすと、なかなかいい音が鳴った。せっかくだしいろいろ試してみよっと。
「弾きやすいのですね、四弦ベースって」
「そういえば、美琴は何で六弦にしたの?」
「店で一番良い音が出たのですよ」
第二の楽器は店の楽器全部試奏して決めた。それで一番が六弦ベースだっただけで、四弦だったかもしれないしギターだったかもしれない。
難易度とかは練習したら弾けるようになるから気にしてなかったし。
「ありがとうございます」
楽器を返す。丁寧に扱われていることは最初に触れた時点で分かっていたし、傷つけないよう細心の注意で。
「あ、美琴ちゃん来てたんだ。ぼっちちゃんは風邪って聞いたけど大丈夫そう?」
「いや特に聞いてないのです」
「そっか。三人しかいないけど練習する?」
「やりましょう」
それから始まった合わせの練習。分かったことは二人の演奏レベルが結構高いこと。先日のライブは全力が出せていなかっただけみたいだ。
しかしギターが居ないと華がないな、ロック。
「いつもこんな練習してたのですか?」
「うん」
「喜多ちゃんどうしてるかなー」
「事故にあってないといいけど」
「喜多ちゃん?」
「逃げたギターの子」
「毎日お線香あげてる」
なんか聞いたことあるような名前だ。えーと……あ、さっきの子か。
「生きてますよ、喜多ちゃんさん」
「ホント!?」
「それは良かった」
今どうしてるか、ではなく安心が先に出るあたり優しいのだろう。
「おうお前ら、暗くなったしそろそろ解散しろよ」
「星歌さん、わたしは暗くても大丈夫ですよ」
「なんで私の名前知って……ああ、新メンバーか。お前が大丈夫でも治安は悪くなんだよ」
「虹夏、今日泊めて」
「お前も帰れ」
リョウがつまみ出された。
わたしは店の奥に連れ込まれた。カツアゲだろうか。
「虹夏のこと頼んだぞ。大事な妹なんだ」
違った。普通にいいお姉さんだった。
「ええ、もちろん」
そう答えて、わたしは家に帰った。
「おかえりなさい」
「ただいまですよ、マネジさん」
お父さんとお母さんは今、タイにいる。初めはお父さんだけの予定だったが、お父さん家事できないし頼りないから、お母さんに一緒に行ってもらった。
わたしの収入なら楽隠居させてあげられるのに、子供に養われる気は無い、自分の事だけ考えろと断られてしまったし。
今のわたしはマネジさんにお世話されている。あなたのファンだからこき使っても構わないと言われたけど、ちょっと申し訳ないので練習ついでに毎日ミニライブを開いている。
「マネジさん」
「はい?」
「わたしはバンドを始めた訳ですけど、自分でCD出してもいいのですよね?」
わりと気になっていたことだ。プロとしてレーベルと契約している以上、駄目と言われたらできないし。
「うちをメインにする分には構わないそうですよ。むしろ技術部がはよ出せと言っているらしいです」
「良かったです」
「私はベーシストのあなたも好きですし、ライブやるなら教えてくださいね」
「もちろんです」
まずギターボーカル探さなきゃだけど。
灘谷美琴…封筒に自分の住所を書かずに投函した。
後藤ひとり…プリントが着払いで届いた。
伊地知虹夏…逃げたギターを純粋に心配していた大天使。
山田リョウ…お線香代が財布にダメージを与えていた。
喜多郁代…主人公からの評価はなし。
マネジさん…主人公のファン。名前は考えていない。