この世に絶望した天才がギターヒーローに救われるお話   作:うぇるしゃ

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六弦ベースって知ってる?え、知らない。そっかあ。

 

 

 

「どうぞ私を滅茶苦茶にしてください!」

「誤解を生みそうな発言やめて!」

 

 学校が終わって、スターリーに直行した私たちの前には変な人がいた。喜多ちゃんさんだ。

 

「というか、後藤さんはなんで一緒なのですか?」

「あっえっとギター弾いてたらいつの間にか……」

 

 なにそれすごい。後藤さんのギターは人の心を動かせるのか。それもう一流のロックンローラーでしょ。

 

「とりあえず中に入ろ」

「そうですね」

 

 ライブハウスに入って席を確保。ほかの四人が座ると同時に話し始める。

 

「喜多ちゃんさんはどうして逃げたのですか?」

「実は……ギター弾けなくて」

「えーっ!?」

「ほーん」

 

 虹夏先輩知らなかったのか。え、じゃあ……

 

「メンバーの実力も知らずにライブやっちゃったのです?」

「ゔぁっ」

 

 まじか。

 ロックってそういうことなのか?違うと思う。

 思考がどんどん空回りしていく。そして一つの結論に至った。

 

「皆さんって結構やばい人です?」

「違うわ!」

 

 あれ、喜多ちゃんさんがいない……

 わたしの耳をかいくぐるとは。いやただの注意散漫。

 

「喜多ちゃんなら今着替え中だよ。今日は忙しくなりそうだし手伝いね」

「ああ、そういう……」

 

 あれ、忙しくなるなら客でもないわたしは邪魔?

 よし。

 

「当日券下さい」

「また!?」

 

 だって客になればここに居ても邪魔じゃないし。

 忙しくなるくらいの人気バンドなら演奏聞いて参考にできるし。

 いそいそとカバンから財布を取り出す。

 

「財布分厚!」

「百入ってます」

「怖いよ!単位を聞くのが!」

 

 しょうがないじゃんクレカ無いんだし。カード会社に誘われてはいるけど、未成年の内は貰えないし。

 良い楽器に出会ったら直ぐ買えるように携帯しているだけで、総資産からすれば雀の涙。無くなってもわたしの人生に影響する額じゃない。

 

「貰っとくけどさ……」

「くらえ、札束ビンタ」

「怒るよ?」

「ヒェッ」

 

 かなりの殺意を感じた。具体的には厄介ファンに刺されそうになったときくらい。あいつが居なければわたしはロック始めなかったと思う。サイコロの馬って多分こういうこと。サイコロも馬も賭博じゃん。

 

「ところで旦那、ちょっと融資の話があるんですが」

「そこっ、たかろうとしない!」

「いいですよ。ただし……」

「美琴ちゃんも乗らないの!」

「音楽でわたしを認めさせたらの話ですが」

 

 それが出来たらなんでも買っちゃう。

 

「後藤さん!溢れてる溢れてる!!」

「?……ツッ!?」

 

 一体どうしたのだろう。溢れる、つまりドリンク。悲鳴が上がるということは……

 

「やけどはまずいのです!」

「火傷!?」

 

 爪がはがれるとかならまだしも、やけどをしたら最悪指が動かなくなる。

 

 いそいで声のした方向に行く。多少机にぶつかったが気にしない。

 

「後藤さん!大丈夫なのです!?……ケホッ」

 

 いきなり大声出したから喉が……そんなことより。

 

「後藤さん、患部を冷やすのです」

「あっ大丈夫です。喜多さんがやってくれました」

「そうですか。でも休んでくださいね。喜多さんもありがとうございます」

 

 見直したよ喜多さん。てっきり自分勝手な人だと思ってた。

 

「代わりはやっておくから、後藤さんは休んでて?」

「あっはい……」

 

 ◇

 

 皆のバイトも終わって。

 帰ろうとする喜多さんを、後藤さんが引き留めていた。

 なんか告白みたいなシチュエーション。冷やかそうとしたら虹夏先輩に止められた。

 

「あぁああの喜多さんに手当してもらった時、指の皮が硬くなってて……」

 

 なるほど。相当練習してたんだな、喜多さんは。指の皮が硬くなるのは指を使った証拠。剥がれた後とかは特に硬くなる。血が出るくらい練習して、それでも間に合わなかったから逃げたのか……なんだ、音楽に対して真摯に向き合ってるじゃないか。

 

「もっもう一回結束バンドに入りませんか……一人で弾くより皆で弾くのは楽しいですよ」

「「後藤さん……」」

 

 ハモった。いやそうじゃない、いいこと言うじゃないか。わたしだって、観客が居ても一人で弾くのは楽しくない。

 

「私、頑張る。結束バンドのギターとして」

 

 結束バンドはこれで五人。きっともう寂しくない。

 

「あっでも先輩たち、今のパリピバンド路線はやめた方がいいですよ」

「パリ……ピ?」

 

 パリピバンドに後藤さんが馴染めるとでも思っているのだろうか。

 

「あっじゃあお先に」

「待てやヒーロー」

「ひっ」

「ぼっちちゃん今日一番の功労者だよ」

「あっ」

「ぼっちがいたから復活できた」

「えっ」

「後藤さんありがとう」

「あっいや……私なんか全然たいした事……うへへ」

 

 後藤さんって単純だなぁ。もしかして褒めとけばだいたいなんでも言う事聞いてくれるのでは?

 

「でも私いくら練習してもギター弾けなかったの」

「少なく見積もって一日八時間練習してもですか?」

 

 それだけやってだめなら練習の仕方がまちがっていると思う。正しい練習をすれば才能なんかなくても上達はするし。

 

「そんなにやってないけど……なんかボンボンって低い音がするのよね」

 

 もうそれベースでしょ。だからわたしの六弦ベースをギターと間違えたのね。納得。

 

「でもベースって弦が四本のやつでしょ?これはちゃんと六本だし」

「わたしのベースは弦が六本あるのです」

「美琴が使うような多弦ベースってのもある」

「な゛っ」

 

 喜多さんが取り出した推定多弦ベースを持つ。うーん形的にほぼ確定。

 一縷の望みを掛けて弾いてみた。うん、確定!

 

「六弦ベースなのです」

「あひゅう……」

 

 スラップしながらそう言った。喜多さんは死んだ。

 

「きっと大丈夫なのです。ギターっぽい使い方は出来るのです」

 

 ほら、単音カッティング。聞くがいい、この和音のハーモニー。無理があるわ。

 

「これでコード弾きとか練習してたなら、ギターでも何とかなると思う」

「ああ、確かに。ネックがギターより太いですもんね。流石はリョウなのです」

 

 実際わたしもギターは弾ける。一人でバンド組もうと思っていたころの名残だ。ソロバンド計画はドラムがうるさくて止めたけど。

 その時も六弦ベース弾くより苦労はしなかったし、直ぐにギターは弾けるようになるだろう。

 

「使わないならこのベースほしい。美琴はいらない?」

「いらないのです。わたしの好きな音は出さなかったので。ほら喜多さん、リョウがベース買い取るそうですよ」

「!?もらえると思ったのに」

「お金は払いなさい」

 

 多弦ベースって高いし、十万後半くらいの値段かな。わたしがお父さんからもらうお小遣いで換算して、二年分くらいはすると思う。

 なんで確認もせずに買っちゃったんだろう。これがミーハーか。

 

「喜多さんも結構やばい人かあ」

 

まともなのはわたしだけだな。

 




灘谷美琴…一生懸命音楽頑張ってる人には優しい(血が出るまで練習するのを普通と思っているので、一生懸命のハードルはかなり高い)。今まで嘘を吐いたことはない。隠し事はする。

後藤ひとり…本日のヒーロー。この後ヒーローインタビューを受けた。

伊地知虹夏…札束ビンタを受けた。キレた。

山田リョウ…所持金は底をついたが、ヒモなので死にはしない。

喜多郁代…最低でも一日八時間は練習しないと全く上達しないという誤った知識を得た。しばらくの間睡眠時間が削れる。
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