この世に絶望した天才がギターヒーローに救われるお話 作:うぇるしゃ
「違います。全然違います」
「そんな食い気味に」
そう主張するマネジさんは、わたしがベースを始めてからロックにハマった人である。
それまではただの調律師だったのに、気づけばロックバンドで使いそうな楽器は全て調律できるようになったらしい。楽器やバンドの知識は完全にわたしより上だ。
「今日アー写撮るんでしょう。もっと早くに言ってくれればスタジオくらい手配したのに」
「わたしも言ったのですが、断られたのですよ」
金銭で頼るつもりはないと言われた。そう言われたらわたしも財布をしまうしかない。お金をあげようとは思ってないのだ。
「バンドっぽい服か美琴さんの好きな服、どっちがいいんですか?」
「ん~まあ、好きな服で」
結束バンドの方向性は知らないけど、メンバーの特性からしてバンドらしさはフレーバーな気がする。
「はいよっと。バンザイしてください」
「ばんざーい」
わたしは一人で服を着れないので、こうしてマネジさんに助けてもらっている。別に恥ずかしいとは思ってない。出来ないことは出来る人に任せるのが一番だし。
「白の膝丈ワンピースに空色のカーディガン合わせて、イヤーマフは木目調のを選びました」
「いいと思うのです」
「これベースです」
「ありがとうございます。じゃ、いってきます」
玄関でローファーを履かせて貰って、わたしは家を出た。家から下北沢までの道のりは大変である。電車あるし、車も多い。人通りが増えれば歩きにくくもなる。
「まあ、流石に慣れてきたのです」
するすると人混みを抜けて──ちょっと肩をぶつけながら──
「うぉえっ……飲みすぎた……あー迎え酒ぇ」
「姐さん大丈夫ですか?あっ!?あんたもしかして──」
酔っぱらいには近寄らない、というか逃げる。身体能力が低くても体の使い方次第で速く走れる。
「ごひゅっ……ぜひゅー……」
ベースおっも。誰だよこんなん買ったの。わたしだよ。ダメだ元々スタミナがない。音楽やる体力と運動やる体力は全然違うことがわかった。知ってたけど。
しばらく歩いて後方確認。追いかけてくる人は居なかった。
「うっ……ふぅ。いきなり疲れた」
住んでる街だけど治安悪いわ、新宿。
◇
「よーし、アー写撮影にれっつごー!」
「が、楽器置いてくのです!?」
意味なっ。わざわざベース持って来た意味なっ!
確かにドラムだけバチ一つはかわいそうだけど、いらないなら昨日の時点で言ってほしかった!
「アー写ならやっぱり定番の路地裏とかいいよね」
「路地裏は治安わりいですよ」
「いいじゃん、アングラって感じ出て」
ブラジル行ったときそれで拉致られたことがあるし、正直行きたくない。ここは日本だけどね。トラウマって程でもないけど、教訓は大切にするタイプだし。
いや流石に五人もいれば大丈夫かと思ってついて行く。
「はい、アー写」
「どうです?」
「なんか違う」
撮られた写真は虹夏先輩のお気に召さなかったらしい。
表情を変えてもう一度。
「お通夜かっ!」
退廃的なイメージの表情が五人もいるとそりゃそうなるよ。
「ジャンプしません?絵になりますしキャラも立ちそうですけど」
「おーいいね」
「ジャン……プ?」
え、多分スカートめくれるんですけど。パンツ見えるんですけど。
いや、飛び上がってるタイミングでシャッターが切られたら大丈夫か。
「撮りますよー。5……4……3……」
うし、タイミングをはかって大ジャンプして、滞空時間にポーズ!
「美琴ちゃんだけ凄い躍動感ある……あ、ぼっちちゃんパンツみえてる」
「あっ無価値なものを写してしまってすみません」
「はーなのです。というかあれ使えばよかったのです。連写モード」
「確かに!」
せーののかけ声で小ジャンプ。
今度は飛び上がるだけ。
「青春って感じがプラスされたね」
「写真のデータ欲しいです」
「あっ私も」
「写メ送ってください」
「やだなあ、写メはガラケーの言葉だよ」
「わたしガラケーですよ」
正直電話使えるだけで十分だし。というかスマホ使えないし。
「えっホントだ!」
「これがガラクタ携帯なのね……」
「あーどうりで電話番号しか聞いてこなかったんだ」
電話番号は覚えるもの。数字を音階に変換して、それで曲作れば簡単。電話帳使えよとかいう人、わたしにそんな高度な操作ができると思わないでほしい。
「ともあれ、一歩前進ですね」
「結束バンド、本格始動だね!」
何一つとして確定情報のない、机上の空論を話す虹夏先輩。あれ、この場合は絵に描いた餅だっけ?あってるかは知らんけど、だいたいそんなニュアンス。
「じゃあ帰りますね」
「うん。ばいば~い」
◇
「お帰りなさい。あれ、ベースは?」
「……忘れた!」
「噓でしょ」
やば。まあいいか、明日取りに行けばいい。
今日はギター練習しよ。
「ギターはすぐ使えますか?」
「勿論ですよ」
この家に調律されていない楽器は存在しない。どんな楽器も、わたしが望めばすぐに弾ける。
「あの」
「はい?」
「ピアノは弾かないんですか」
そう言われて、わたしは黙りこくった。何も言わず、続きを促した。
「弾きたくないのは知ってます。嫌な事があったのも知ってます。でも、もう三年「だとしてもです」」
続けて言葉を放つ。
「だとしても、ピアノは、二度と、弾かないのです。ピアノ弾いたって──」
わたしは一人のままだ。
一人で楽器を鳴らしたって、寂しいだけで楽しくない。
「ようやく一人じゃなくなったのです。ようやくできた仲間なんです」
へし折りたくない。今までのようにそうすれば、今度こそ一人ぼっちだから。
あの頃はピアニストと言われてうれしかった。わたし以外にピアニストがいない証だと知って絶望した。
誰もわたしに歯向かわない。コンクールは一度出場しただけで殿堂入りになった。わたし以上にピアノが上手いと自称する人間も居なかった。
誰もわたしに意見しない。どんな人であれ、わたしのピアノを聞けばその途端ファンになった。
「そんなのいやです。いやなのです!」
「……すみません」
「わかったらギター持ってきてください。それと、もう二度とピアノの話はしないでください」
「……はい」
灘谷美琴…名前はピアノの和名、洋琴から。イエスマンしか居ないのは一人で居るのと変わらない。
後藤ひとり…今回全然喋らなかった。陰キャってレベルじゃねえ。
喜多郁代…ガラケーを初めて見た。多分スマホを手にしたのは中学からで、それまでは子供携帯。ガラケーはガラパゴス携帯の略だと知らない。
山田リョウ…道草食って腹を下した。次は火を通す。
伊地知虹夏…古の言語を知ってるのは星歌さんが原因。
マネージャー…最近楽しそうだしいけると思った。主人公に嫌われたらリスカする可能性がある。
酔っ払い…いったい何者なんだ……
介護者…いったい(ry