この世に絶望した天才がギターヒーローに救われるお話 作:うぇるしゃ
「があああっ!」
「美琴ちゃん!?」
耳が痛い、物理的に。ドラムなんて……
「大っ嫌いだ!」
「あっちょっどこ行くの!?」
「電子ドラム貰ってくるのです!」
店を出る。ひたすら走って、電車に乗る。
そして秋葉原に到着した。
「ヤマハのはロハで貰えるのです。それ以外ならわたしが出します」
「そんなに嫌だった?あたしのドラム」
「上手かろうが下手だろうがアコースティックがうるさいのは変わらないのです」
「お、おう……」
アコースティックは全方位に音が響くからよけいうるさくなる。スピーカーを通せば音に指向性が与えられるので、スピーカーの後ろに居ればうるさくならないという理屈だ。
ドラム専門店に入って、電子ドラムのコーナーに案内してもらった。
「他の三人置いてきちゃったね」
「練習してるでしょうから別にいいのです。それより気になったのはありますか?試奏の許可は貰ってるのですよ」
「じゃあこれ弾いてみようかな」
さっきはそれどころじゃなかったけれど、演奏を聞けばいい音だった。ドラムのことはあんまり分からないけど、音の良し悪しは分かるつもり。
正直に言えば虹夏先輩は上手い方じゃない。それでも努力しているのが伝わる音だった。
「これが一番好き」
「じゃあそれで。実際にライブで使うかは分かりませんが、練習はそっちでお願いするのです」
店員さんに小切手を渡して、台車にのせて持って帰る。
「虹夏先輩」
「うん?」
「ごめんなさい。わたしが我慢すればいいのに、それにつき合わせてしまって」
音が大きくても、他のメンバーは平気で練習している。わたしが常人の数倍耳が良いとはいえ、何とかならない問題じゃなかったかもしれない。
「大丈夫だよ。誰にでも苦手なものはあるしさ」
「……先輩」
「無理しないでね。大事なメンバーで、友達だからね」
「……ありがとうございます」
無理はしてない。だけど先輩の優しさに、少し気持ちが楽になった。
◇
「ただいま帰りましたのです」
「なんかカビ臭いね。リョウと喜多ちゃんどこ行ったんだろ」
「そこに居るのですよ。後藤さんは居ませんが」
「うわホントだ!」
なにこれこわ。二人とも凄くネガティブになってる。
というか空気がよどんでて気持ちが悪い。換気しよ換気。換気扇のスイッチをぽちっと押す。
「うっ」
「先輩?どうしたのですか先輩」
「あたしも意識が朦朧と……」
「ねっ寝たら死ぬのです」
ばたりと先輩も倒れてしまった。残ったのはわたしだけか。やばいな、ベースだけでライブしないといけなくなった。つーか二酸化炭素多くない?眠いんだけど。
「んはっ」
後藤さん、さっきまで行方をくらましてた後藤さんじゃないか!
「みっ皆さんどうしたんですか」
「後藤さんの呪いだわ……」
「のっ呪いなんてそんな、き、喜多さん!」
あーもう滅茶苦茶だよ。そう思いながら、わたしは寝ることにした。
おやすみ。
「あっちょっ灘谷さん!灘谷さーん!」
◇
「あっはははははは!」
前髪を上げられて爆発四散した後藤さんが、ヒトの体内に取り込まれて感染したとか笑うしかないじゃん。
換気したから空気がきれいになってみんなが元に戻ったらしい。外に飛んでった分縮んだんじゃないの?うっけるー。
「まあともかく、これで練習できるね!」
「おー」
ビシバシいくよと号令をかける先輩に従って、ベースを取り出してパッヘルベルのカノンを弾く。指の動きを確認するためだ。
「やっぱり上手いね。ベースで和音は難しいのに」
「和音は音楽の基本ですから」
わたしに合わせてリョウが弾き始め、先輩がドラムを鳴らし、喜多さんがついてくる。
「後藤さん?」
「あっはい!」
初めてやる、全員での演奏。音が重なって曲として成立しだす。
「みんなでやると楽しいですね。とても、とても」
「そっそうですね!」
珍しく後藤さんが乗ってくれた。後藤さんも一人で演奏してきたらしい。それでもやめなかったのはすごいと思う。練習ならともかく、一人で発表しても誰も見ていないから。
「さ、曲の練習するのです。後藤さん、曲名をどうぞ」
「あっあのバンドって曲です」
「喜多さんのパートはわたしが作ったのです。Fが使えたらベストですが、できなくても大丈夫なのですよ」
「他は全部私。頑張ったぜいぇい」
「リョウが疲れて変なテンションになってる……」
わたしは楽譜読めないから、自分で弾いて録音したのをリョウに渡した。仕事増えてね?
……この曲もっとベースを目立たせたいな、ちょっと遊ぼ。
「うわあ聞いたことのない音がする!」
「まって美琴、その奏法はギター用」
「面白けりゃいいのですよ」
「なっ灘谷さんそれベースでやったら爪が」
剥がれるけどその度に丈夫になるから、このくらいじゃへーきへーき。
「楽しかったのです」
「あ、そう。もうしないでね」
「もうしないのです」
全体で聞くと思ったより良い音にならなかった。
一人で弾くと良い音とみんなで弾くと良い音って違うと分かった。新発見かも。
「まあ、成長の余地があるってことです。もっかいやりましょう」
「歌いながらギター弾くの難しい!」
「どっちかを無意識でできるように練習したらいいのです」
次の歌詞が勝手に口から出るようになったら、後はギターに集中できると思う。
ひたすら練習する以外に上手くなる道はないのだし、泣き言言ってる暇があったら練習すればいい。
「八時間も練習する時間がないわ」
「あの、無理にやらず、出来る時間だけ練習したらいいと思います」
「出来ないならやらなくていいのですよ。無理してやったら体をこわすのです」
小学校までは一日十五時間ぐらい当たり前に練習してたけど、六年生の時にやったワールドツアーで完全に体をこわした。
やっぱりあれがピアノやめる契機だったかな。誰も彼もがファンになって正直気持ち悪かったし、わたしの指を欲しがる猟奇的なファンも居て怖かったし。
「わたしはどれだけ短くても毎日四時間は練習してるのです」
「それなら出来そう」
「じゃあ五時間練習するのです」
「スパルタなのね……」
自分がそうやって上手くなったから、これ以外の方法を知らないだけなんだよね。
でも喜多さんセンスあるし、半年もやればギターはわたしより上手くなると思う。
「千マイルの道も一歩からなのです」
「千里ね」
そうそれ。
灘谷美琴…ワーカホリックを極めた末に鬱になった。ピアノを弾こうとすると手が震えて過呼吸を起こす。完全にトラウマ。他の楽器は大丈夫なせいで、懲りずに命を燃やしている。
伊地知虹夏…電子ドラムにコンバートするという苦行を引き受けた。やはり天使か。
後藤ひとり…主人公が出て行ってから雑談タイムに入り、最終的に死んだ。
喜多郁代…後藤を殺した回数ナンバーワン。寝不足が解消された。
山田リョウ…とばっちりを受けて後藤に感染した。