この世に絶望した天才がギターヒーローに救われるお話 作:うぇるしゃ
ライブチケットを渡された。
正確には一人四枚のチケットノルマ。後藤さんは父、母、妹、犬に売るらしいが、妹さんいくつだよ、中学生とかかな。いや待て、どうして犬が入ってるんですか?
金払うならわたしは別にいいけど。
わたしは両親とマネジさん、あとベース作ってくれた技術者さんに売り、身内しか居ないことに気づいて追加で一枚貰った。
「まあ、売る相手が居ないのですけどね」
路上ライブ中にそうつぶやく。ここは東京、新宿区。フェンダーから送られたプレべとアコギも置いて、自由参加にしてみたが誰も寄ってこない。
ベースだけでライブを?できらあっ!って思ってました。おひねりは貰ってるのに、チケット買ってくれる人が居ない。
それはまず間違いなく──
「ええ~じゃあわたしに売ってよ~」
「アンタが来たらライブがぶち壊される予感がするのです」
酔っ払いに絡まれているからですね本当にありがとうございました。
ええいこのっHA☆NA☆SE……力つええ。
「だってひとりちゃんがあ~チケット売ってくれなかったんだもんー」
「正しい選択でしょうよ!?」
変な人ばっか引っかけてくるのやめてよ後藤さん。わたしが今この瞬間不利益を被ってるんですけど。というかこの人当日券で行けることに気づいてないのかな、気づいてないんだろうな、酔っ払いだし。
つーかなんか弾けよ、バンドマンだろ。ダル絡みするならわたしたちに貢献してからにしようぜ。
「しょーがないなーチケット代を体で払わないといけないなんて、とんだ不純バンドだなー」
「適当言うなや」
ようやく再開できた演奏。確かに上手い、上手いけど納得いかない。というかこれ──
「なんでわたしが弾かされてるのです?」
「あー分かっちゃった~?」
ちっ。こればかりは自分の未熟が原因だからなんも言えねえ。でもわたしの曲で好き勝手されるのは気に食わないな。
「これはわたしの曲だ。お前はただ弾いてろ」
「ッ!?」
おっと危ない、こういうのはやっちゃいけないことだった。
「ああ、今のは気にしないでほしいのです。楽しくやりましょう」
「……ん」
演奏変わっちゃったよ。あーあ、せっかく楽しかったのにこれじゃツマラナイ。
おちょくったら元に戻るかな。おねーさんと同じ奏法で曲を続ける。おいこら、なんで酒飲んでんだ。
「やー酔いが醒めちゃったよ」
「酔ってないと演奏できないのです?」
「素面で人前に立つの緊張すんじゃーん?」
だからって飲むな、このおねーさんのライブがどんなかだいたい想像できたよ。ロックって言っときゃ何でも許されると思ってない?
「まあほら、みことちゃんが何やってたかは知らないけどさ」
「なんです?」
「目開けなよ。世界は広くて楽しいぜ?」
「無理ですね」
暗闇で生きるわたしには、世界は眩しくて何も見えないだろうから。
◇
結局チケットはおねーさんに売った。
パック酒って安いんだね、知らなかったし知ろうとも思わなかった。
「これがあたしたちのバンドTシャツです。物販でも売るよ!」
「普通のやつとなにが違うのですか?」
少なくともわたしには全部同じに思える。
「デザイン!」
「他には?」
「デザイン!」
「無いのですね」
「美琴、バンドマンはCDじゃなくてTシャツの売り上げで生計を立てる生き物」
いやCD売れよ。
「ライブごとにデザイン変えて売れば同じ人でも買ってくれる」
こざかしいわ。というか誰かこれをわたしに着せてほしい、一人だけ着てないの疎外感あるから。
もういい一人で着れる……着れると思ったもん!
「リョウ先輩美琴ちゃんが凄いことに!」
「写真撮っとこ」
「Helpなのです」
「ネイティブ発音!?ああもう、これだからベーシストは!」
なんだかんだ言って助けてくれるから先輩好き。首が回らないというやつ、なんか意味違うかも。違ったわ。
「ええーっ!」
「みっ」
油断して損した。イヤーマフ外しっぱだったから余計耳に障る。
「今台風来てるそうです」
「あっ(察し)」
お父さんとお母さんライブ来れないな。電車やらが止まったら技術者さんも来れないだろう、静岡県の人だし。
「あっでも関東までは来ないそうですよ」
「良かったー」
フラグだこれ。
◇
『台風は現在も北上中で──』
なんとなーくいやな予感はしていた。フラグは立てるし、低気圧で鼓膜が広がる感覚もあったし。
的中しないでほしかったな。
「やーなの!」
「ちょっその体のどこにそんな力があるんですか」
「かみなりいや!」
「駄々こねないで下さいよ!」
お布団にくるまって必死の抵抗。そのまま運ばれるとはこのリハクの(ry)
「あ、いらっしゃい……何ですかそれ?」
「美琴さんです」
「はあ!?」
「先輩助けてほしいのです」
助けてもらった。ほとんど拉致だよこれ。あんなに外がうるさいと一人じゃ外出できないからしょうがない、しょうがないかなあ?
「まあいいのです。ベース」
「どうぞ」
「調律は?」
「トラスロッド、弦高、各弦の調律も済ませています」
「よし。先輩、どれくらいリハやるのです?」
たくさんしたいな。まだ完璧に合わせられないし、納得できるほどみんなで練習していない。
「あんまりできないね。順番前の方だし」
「ちえっ」
「ぼっちちゃんきたよおー」
酒臭い。いやよく来たな、おねーさんのことだから忘れてると思ってた。忘れてたら良かったのに。
「ひとりちゃんいる?」
「あっファンの人」
いつの間にファンを作ったんだ後藤さん。すごいな、もう幻滅されてる。
「ほらぼっちちゃんも完熟マンゴー脱いで」
いそいそと移動、音合わせしたらそのまま舞台袖で待機。
そこから観客の声が聞こえる。その声にいわく、知らないし興味もないらしい。このアウェー感よ、すごく久しぶりな空気。
「まあ、台風でもわざわざ来てくれる良客なのです」
「……うん」
何を気負うことがあるのだろうか、知らないなら知らしめてやればいいだけなのに。
「安心するのです。初めてで成功する方が少ないのですよ」
失敗しても構わない。失敗は成功の基というし、何も得ない成功よりは成長する失敗のほうが良いから。
「さ、行きますよ。結束バンドのファン一号が待ってるのです」
「はっはい!」
良い返事だね後藤さん。抑えてくれるとよかったな後藤さん。まあいいけど。
──では、魅せてやろう。
灘谷美琴…酒気にあてられて自制心が緩んでいる。本来は苛烈な性格で他者を慮らないため、猫を被るようになるまでは友達がいなかった。
後藤ひとり…ネットではない、リアルのファンを目の当たりにして有頂天。この後奇行のせいで逃げられた。
廣井きくり…遊びで手を出した相手がヤベー奴だった。