この世に絶望した天才がギターヒーローに救われるお話 作:うぇるしゃ
「皆さん今日はお足元悪い中ありがとうございます(台本)」
「無理があるだろ。お足元悪いってレベルじゃねえのです」
思わず声が出たが、大丈夫。わたしにマイクは渡されていないし。最前列のマネジさんが熱心なファンしてるけど無視しよう。
わたしがMCやったらサクッと盛り上げるのに。知名度補正が全部だった気もするけど。じゃあ無理かあ。
「いやあ、まさか技術者さんが来てくれるとは」
「はは、僕の作ったマリーちゃんの晴れ舞台ですよ?実は二日前から東京入りしてました」
技術者さん来てたの?まじか、来るって言ってたけど来れるとは思ってなかった。というか人のベースに名前つけんな、この子はセレスちゃんだ。
「早速一曲目いきます~」
「「うおおー!」」
帰ってくれないかな。クラシックはみんな静かだし気にした事なかったけど、演奏前から盛り上がってるのまあまあやだな。うるさいから。
「ねえ、結束バンドってなに?やたら盛り上がってる二人組がいるんだけど」
「誰も知らないだけで凄いバンドなのかな」
あっある意味興味持たれてる!すごいな二人とも。いや待て、悪目立ちじゃね?
始まった一曲目、ギターと孤独と蒼い惑星。空回りし続けるMCから入ったせいか、やはり全員がバラバラな演奏を始めた。
ドラムはもたついてリズムどころじゃないし、リョウのベースは空回ってるし。喜多さんも練習で出来ていた所が出来ていない。後藤さんはペースが速い。練習通りに弾いているのはわたしだけ。それでいいのか?練習でやらなかったことでもわたしなら出来る。いや……
『迷ったらわたしの音を聞くのです』
こう言ったからには、わたしが元のリズムを崩すわけにはいかない。なら、その範囲内でみんなのカバーを入れなきゃ。
「上手いの六弦ベースだけだね」
「ツッ」
まあそうか、そうだよね。興味を引くというのは、それだけ期待されているということ。
わたしは一向に構わんよ?期待を上回るなんてちょちょいのちょいだし。でも、ほかのみんながどうかと言う話だ。今だって演奏の質が下がってる。余裕があるのはわたしだけ、ならわたしが何とかすればいい。
ボリュームペダルをやや深く踏み込み、自分の音を大きくした。あえて不自然なタイミングで。
「ん」「あっ」
よし、リズム隊は気づいてくれた。あとはギターのカバーをしていけばほぼ大丈夫。
二人の演奏が安定しだす。よし、一曲目は何とかなった。
とはいえ観客の反応は悪い。元々わたしのファン二人は別として、もう一度注目される必要がある。なにかインパクトがほしい。こいつ……できるって感じの。
あっそうだ。音量を上げてベースを鳴らして……ギターうるせえ。わたしの音を聞けってやりたかったのに!
後藤さんっていつもそうですよね。わたしの耳をなんだと思ってるんですか?
二人も音量上げたからハウリングしちゃったよ。喜多さん一瞬マイク切って!あっPAさんの調節ありがたい。
仕切り直し。うん、すまんかった。アイコンタクトできないの不便だなあ。
「ふふっ」
やっぱり楽しい。後藤さんのギター、そのキレのあるストローク。楽しい、ずっとこうしていたい!
軽やかな音色に重みが加わる。十秒足らずのデュエットが、空気を変えたのを肌で感じた。
観客の興味を引いているうちに、二曲目を始めるよう促した。
「いいじゃん」
「ね」
きっとその声は、ほかのみんなにも聞こえていただろう。演奏に自信が乗りはじめ、一曲目とは比べ物にならないほど盛り上がった。
◇
「「「かんぱーい!」」」「あっ」
乾杯を空振るわたし。
もっかいやろうとしてやめた。かっこ悪いし。
「あのっ私技術者さんが作る楽器大好きです」
「えー分かっちゃう?マリーちゃんなんかは最高の素材で作ったけど、逆に普通の素材で作る方も燃えるんだよねー」
「やっぱりヴィジュアル的にはビーナスが最高傑作なんですか?私あの黄金比を体現した木目のボディを敢えて半分隠すことで生まれる無限大の想像がビーナスを──」
「十二年前に作った娘とか良く知ってるねえ。でも僕が作った娘たちは全部最高傑作だよー」
技術者さんが溶け込んでる。あの人腕はいいけど自分の名前言わないから怪しい人扱いされるのに。
「星歌くんは大切にしてる?カミナンデスちゃん」
「あたしのギターそんな名前じゃないです」
「名前はつけてるんだ」
楽器に名前はつけるだろ普通。その方が弾いてて楽しいし。
……星歌さん結構すごいバンドマンだったのかな。技術者さんは楽器作る相手選ぶし、それだって年に十個作るかどうか。それで生活してるから、製作費だってかなり高いのに。
「今日のライブ良かったね」
おねえさんが先輩面してる。せっかくだし聞いてやろう、ロックに関しては自分より上の人間だし。
「とりあえず楽しんどきゃいいんだよ」
「続けりゃファンも増えるよ」
中身がねえ、楽しんでやっていいならもっと遊ぶんだよね。ロックってあれでしょ、ライブ中にリコーダー吹いたりするんでしょ。わたしもやりたいなあ。
「マチュピチュ遺跡のミシシッピ川グランドキャニオンサンディエゴ盛り合わせで」
「???」
お前はなにを言っているんだ。関連性が南北アメリカ大陸って事しかないんですけど。じゃあわたしもなんか言おうかな、バナナチョモランマ、チョコミントアイス、カレーうどん。
「あっ私フライドポテト」
「私は酒盗」
「塩ゆで枝豆とキャベツが欲しいのです」
「酒のつまみだ!」
「おいしいのですよ」
おつまみ大好き。小さい頃から食べてたし、コンビニですぐ手に入る。おススメはチータラだけど、カルパスも捨てがたい。
「居酒屋とかいつぶりですかね」
楽しい。確か前に行ったときは眠くて寝た覚えがあるし、わたしは居酒屋の楽しみをまったく理解していなかったらしい。
からあげあっつ、水が無い。誰か水をくださあっ星歌さん氷ありがとうございます。なんか苦いけど、ちょっとアルコール臭するけど。
「えへへーお耳食べれるのっ」
「きゃっ!?」
「先輩すげえ声出ましたね」
「うっせえこの」
「にゃあっ」
ひははははっ、いきできないっ。
「あー事案だ事案」
「星歌くんそれは擁護できないぞう」
「店長さいてー」
「は?」
「「「すみませんでした」」」
たすけてマネジさん、わたししんじゃう!
「●REC」
「ばーかばーか!」
もうしらないっ。このあと息を引き取ったんだよね……
灘谷美琴…アルコールで素の性格が出た。精神は幼児から進歩していない。トランスエイジかな?
伊地知星歌…おもいっきり説教したが、よく考えたらビールジョッキの氷を与えた自分も悪かったと反省している。
廣井きくり…ただ酒だと思って高い酒を頼んだ。なお現実は非情である。
山田リョウ…ただ飯だと知ってたくさん食べた。ただ飯だったので得をした。
後藤ひとり…居酒屋での地獄絵図をよそに、ぼっちざろっくを始めた。
伊地知虹夏…ぼっちちゃんはギターヒーローのフレンズなんだね!
喜多郁代…とうとう下の名前がバレた。ロックに恐怖を感じるようになったが後藤キラーは健在。一番毒されている。