「さあ、今年もこの日がやってまいりました。
クラシック三冠レースの初戦、皐月賞です。
本日は雨が降っておりますが、例年にも増して大きな盛り上がりを見せています。」
4月18日 中山 第11レース 皐月賞
この日リュージとオペラオーは中山レース場にいた。
天候はあいにくの雨ではあったが、ギリギリで良バ場との発表がなされた。
オペラオーはパドックでのお披露目前の空いた時間に、
ともに控え室に入っていたリュージに話しかける。
「はーっはっはっは!ついに来たね!皐月賞!
ボクはこの場に立つのをずっと待っていたんだ!」
リュージは
「せやなぁ。ここまで来るんにえらい遠回りしてもうた感じやけど、
ようやっとこの場に立てたんやなぁ。」
と感慨深げな様子だ。
オペラオーはそれを聞いて重ねて言う。
「リュージ、ここで満足しちゃいけないよ。
ボクたちはこのレースにただ走りに来たんじゃない。
勝ちに来たんだからね。」
「わかってるわ。全てはこの時のためやろ。」
リュージの答えを聞いて、オペラオーは満足したように深く頷く。
「そうだ。このレースはボクたちだけのレースじゃない。
ここにくるまでの道のりでボクたちに期待し、
そして信じてくれた人たちの思いがかかっているんだ。
決して不甲斐ない走りはできない。絶対に勝たなければならないんだ。」
そう言うとオペラオーはひとつ大きなため息を着くと、
リュージに向き合ってこう言った。
「さぁリュージ、ボクはこのレースでどうやって走ればいい?
君の書いた
それを聞いてリュージは考えた戦略をオペラオーに伝える。
「よっしゃ、ほな説明すんで。まずスタートなんやけどな・・・」
オペラオーに皐月賞の戦略を伝えたリュージは、
パドックでのお披露目準備をするオペラオーをおいて控え室を出た。
手持ち無沙汰になったリュージは一旦トレーナー用の待機室に向かう。
リュージは待機室に備え付けの自動販売機の前で缶コーヒーを買おうとしていると、
そこにある人物がやってきた。
「リュージ、お疲れ〜。」
「おぉ、ユーイチやんけ。お疲れ〜。」
彼の名前はユーイチ。
リュージがトレーナーとしてのノウハウを学んだ
ウマ娘トレーナー専門学校の同期であり、
後にリュージとともに『トレ専学校 花の12期生』と呼ばれる
10人のトレーナーのうちの1人である。
ちなみにユーイチの父親は『天才』『何十年に一人の名手』『歩くウマ娘四季報』と称された
名トレーナーのヨーイチだが、30代の若さで病を患い
あまりにも早すぎる引退を迎えてしまった。
そのヨーイチの息子であるユーイチは父親の無念を継いでトレーナーとなり、
デビュー年にURA最多勝利新人トレーナー賞を獲得した、
巷では『天才二世』と騒がれているトレーナーである。
なお余談だが、ユーイチとの同期にあたる新人トレーナーの勝利数2位は、何を隠そうこのリュージである。
そのユーイチに対してリュージが話しかける。
「せやけどユーイチ、なんでお前ここにおんねん。
今日は確か担当してる娘が出走せんから、休みになってたはずやろ?」
「まあ今日は皐月賞やからな。
今年のクラシック戦線を占う大事なレースや。
いくら自分の指導してるウマ娘がおらんでも気にはなるやろ。」
「そらそうか。ああ、そういえばまだ言えてなかったな。
先週の桜花賞でのG1勝利おめでとう。」
ユーイチは先週の桜花賞で、
自らが指導しているウマ娘『プリモディーネ』を勝利に導いており、
リュージに先んじてG1トレーナーとなっていた。
リュージの祝いの言葉に対してユーイチは缶コーヒーを飲みながら、
「おう、ありがとうな。けどリュージも今回の皐月賞で勝てれば晴れてG1トレーナーやろ。
どうやねん、今回の皐月賞でなんか対策は考えとるんか?」
「せやなあ。今の時点で思いつく限りの戦略はオペさんに伝えたつもりやけどなあ。」
リュージは答える。その回答に対してユーイチは、
「いちいち言わんでもわかってるとは思うけど、
普段のレースならともかくクラシック、特にクラウン路線となると全く別ものやで。
俺も去年キングヘイローと一緒にクラシックに挑んだけど、結局一つも勝たれへんかったしな。」
「知っとる。特にダービーとか酷かったもんな。」
ユーイチはリュージの返事を聞いて「やかましわい!気にしとるんやから、いちいち言うなや!」と苦笑いを浮かべながら、
「まあとにかく俺が言いたいんは、
クラシックレースでは何が起こってもおかしないっちゅうことや。
どんな不測の事態が起こっても、
トレーナーのお前は常に冷静でおるように心掛けとけよ。」
「おん、ありがとな。肝に銘じとくわ。」
ユーイチの自らの経験を元にしたアドバイスに耳を傾けたリュージは、
飲み終わった缶コーヒーを備え付けのゴミ箱に捨てて、待合室を後にした。
パドックでのお披露目前の控え室、勝負服の着用も終え準備完了のオペラオー。
だが彼女は椅子に座り、ひとり苦悩していた。
リュージの前では気付かれないようにいつも通りの振る舞いを見せていたのだが、
実の所、襲いかかる重圧に押しつぶされそうになっていたのである。
皆が自分にかけてくれる期待、
皐月賞に出走するために無茶なローテーションで出走したことによる肉体の負担、
自分が負けるなんてことは露ほどにも思っていないが、
その一方でふと頭によぎる、本当に勝てるのかという一抹の不安。
それらが頭の中をぐるぐる回って、昨日はろくに眠ることもできなかった。
ひょっとしたらボクは勝てないのではないか、
皐月賞は回避するべきだったのではないか、
普段ならば絶対に出てこないであろうつまらない考えが、
頭の中を支配していく。
(これがクラシック、これがG1か…。
このプレッシャーは今までのレース前に感じていたものとは桁違いだね…。)
それでもオペラオーは自分に言い聞かせる。
「だがボクは自ら世紀末覇王を名乗る者。
皆を幸福にし、圧倒的な勝利で夢を与える役割を与えられし者だ。
であればこの程度のプレッシャー、乗り越えられずしてなんとする!」
そして椅子から立ち上がり頬を叩くと、自らを鼓舞するように宣言する。
「オペラ『トゥーランドット』にて王子カラフはこう言った。
『姫も冷たい部屋で眠れぬ一夜を過ごしているに違いない。夜明けには私は勝利するだろう』と。
ならばボクも今はカラフとなろう!『このレース、夜明けとともに勝つのはボクだ!』」
一言高らかに宣言すると、オペラオーはマントを翻しながら控え室を後にした。
オペラオーが準備を終えてパドックに到着した時、
すでに他の出走者のお披露目が始まっていた。
そしてお披露目がオペラオーの番になった時、
観客に向けて恭しく一礼をすると、周りに向けて話しかける。
「はーっはっはっは!ボクのファンよ!そして未来のファンたちよ!
ようこそ!世紀末覇王伝説 第1の章の舞台へ!」
パドックに躍り出たオペラオーを見たリュージはオペラオーが緊張していることを見抜いたが、
この大舞台にも関わらず普段と変わらない振る舞いをするオペラオーを見て安堵した。
「本日の共演者を紹介しよう。ボクの前に立ちはだかる挑戦者は・・・」
「アドマイヤベガことアヤベさん、そしてナリタトップロードさんだ!」
「くぅ・・・。」
「皆さん、こんにちは!」
パドックの舞台上には自分のお披露目が終わったため物陰に隠れていたものの、
オペラオーに見つかり引っ張り出されたアドマイヤベガと、
同じくお披露目が終わったがオペラオーに誘われて舞台に上がったナリタトップロードがいた。
オペラオーがアドマイヤベガに話かける。
「おや?どうしたんだい、アヤベさん?浮かない顔をして・・・。」
「はっ!?まさか君の名前はアヤベさんではないというのか?」
「そうか・・・!君の名は『愛』!『愛』そのものだというのか!?」
「みんな!この者の名は『愛』だ!ららら〜♩」
「あぁ!もう!アヤベさんでいいわよ!恥ずかしいからやめて!」
「私のことは放っておいてって言ったのに!なんでこんな・・・!」
アドマイヤベガの羞恥から生まれた怒りを、ナリタトップロードが宥める。
「まぁまぁ、これで皐月賞がさらに盛り上がるならいいじゃないですか!
それに、観客の皆さんも楽しんでいるようですし。」
ナリタトップロードの言葉に、オペラオーは感謝の意を表す。
「ありがとう!やはりトップロードさんはわかっているね!」
「改めてこの度は二人に感謝を!よくぞ我がライバルに名乗り出てくれた!
みんな!この勇敢なる二人に拍手を!」
パドックに拍手が巻き起こる。
それに対してトップロードは、
「いえいえ!私もオペラオーちゃんと戦えることを楽しみにしていましたし!」
一方アドマイヤベガは、
「別に私は一度もライバルに名乗りをあげてなんていないんだけど・・・。」
アドマイヤベガのぼやきにオペラオーは、
「まあそういうな、我がリヴァルよ。
君たちとボクは、あれから何度も並走し、わかり合ってきたじゃないか。」
「・・・並走なんてしたことあったかしら?」
アドマイヤベガの発言を無視して、オペラオーはさらに言う。
「君たちのことはもうなんでも知っている!
そう君たちは・・・トレセン学園のウマ娘!」
今までオペラオーのステージを聞いていたリュージ、ガックリと頭を下げる。
(そらそうやろ、オペさん・・・。)
リュージの思いなどつゆ知らず、オペラオーは続けて言う。
「そして君たち二人は、今回の皐月賞で勝ちたいと望んでいる!」
「・・・ボクの学んだことは以上だ。」
アドマイヤベガは呆れた様子でオペラオーに言う。
「あなた・・・最低限のことしかわかってないじゃないの・・・。」
その様子にオペラオーは、
「はーっはっはっは!残りは今日のために取っておいたんじゃないか!
君たちのことは皐月賞での走りを見ることで学べばいい!」
「さあ並んでレース場へと向かおうじゃないか!我がライバルたちよ!」
アドマイヤベガ、そろそろ我慢の限界の様子。
「ああもう、なんなのこれ・・・!私は静かに集中したかったのに・・・!」
「でもこんな妨害には負けない!負けられない!
このレースは・・・私のためだけに走るレースじゃないもの!」
この言葉にオペラオーが反応する。
「・・・ほう?」
「何やらアヤベさんにもそれなりの事情があるようだ。
だが!ボクにも負けられない理由がある!」
「クラシック三冠の冠はこのボク!テイエムオペラオーにこそふさわしい!
そう思わないかい?」
オペラオーの切った啖呵に対して、今まで静かに聞いていたナリタトップロードが反論する。
「・・・オペラオーちゃんが皐月賞に出走するまでに積み上げてきたものは、確かにすごいです。
でも私だっていっぱい練習してきました。トレーナーさんや、皆さんに支えられて。
だから!私も絶対に負けません!」
トップロードのこの言葉を聞いたアドマイヤベガも、
オペラオーを無言のまま睨みつける形で闘志を顕にする。
3人が火花を散らしていると中山レース場の係員からパドックでのお披露目終了が宣言され、
出走者に対して本バ場入場開始の指示が出た。
オペラオーはこの時高揚していた。
早くフィールドに出ていきたいと思っていた。
今の自分のこの気持ちを静められるのは、あの場所しかない。
「オペさん!」
その時パドックの様子を一部始終見ていたリュージに後ろから声をかけられ、
オペラオーは振り返った。
リュージはオペラオーに対してたった一言告げた。
「オペさん、思いっきり走ってこい!」
その言葉にはリュージの期待と信頼が込められていることをオペラオーは理解した。
控え室を出た時にまだほんの少し残っていた不安な気持ちも、
リュージのこの一言で全て消え去った。
オペラオーは自信を持った目でリュージに微笑み、
フィールドへと繋がる地下バ道を進んで行った。
地下バ道に消えていったオペラオーを見送ると、リュージとイワモトトレーナーはスタンドへ向かう。
竹山会長は貴賓席でテイエム後援会のメンバーと共に観戦するつもりのようだ。
イワモトトレーナーはスタンドのイスにどっかと腰を下ろして、
オペラオーの動きを双眼鏡で確認していた。
リュージはスタンドの一番前を陣取りオペラオーの様子を見守る。
竹山会長はオペラオーの応援に訪れたたくさんの後援会メンバーと盛り上がり、
気持ちは最高潮に達していた。
三者三様それぞれの皐月賞。しかしオペラオーに対する思いは一つ。
「無事に先頭で帰ってこい。」
レースが始まってしまうと、もう3人にできることは何もない。
できることは願うこと、ただそれだけ。
そしてこの願いがどう結実するか、それはもはやオペラオーに託すしかないのである。
今の時点(2023年5月19日)で書き上がっているのはここまでです。
ここらから更新頻度は落ちると思いますが、
随時書きあげていくのでお待ちください。
また、感想や評価等頂けるととても嬉しいです。