メジロの娘。   作:宮川 宗介

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登場人物:メジロレム
※オリウマ娘注意です。

誕生日:4月22日
体重:もうこれ以上ない、最高の仕上がり。
身長:158センチ
スリーサイズ:89・58・85



第十三話

夏合宿以降親しくさせていただいているフラッシュアデリナさんから『天皇賞優勝、改めておめでとう!ここのところ天皇賞のためにきっと根を詰めていたでしょうから、よかったらあたしたちと息抜きにでも行かない?』とLANEをいただいたのは、2日ほど前のことです。

 

確かにここ1ヶ月ほどは天皇賞に向けてのトレーニングや……お姉様とのちょっとしたいざこざがあって精神的に疲弊しておりましたから、このお誘いはありがたいものでした。

 

持つべきものは友、とはよく言ったものです。

 

待ち合わせ場所の繁華街の駅前は、平日の午後であるにも関わらずたくさんの人が行き来しておりました。

 

スーツ姿の壮年の男性。

おしゃれした若い女性。

わたくしと同じ年齢ぐらいの、学生さんたち。

 

わたくしはこうして、人を待っている時間というものが結構好きです。

道を行き交う様々な人達を見ていると、この人たち一人ひとりにも人生があり、たくさんのひとたちが同じ時代を生きているのだな、と感じさせてくれるからです。

 

「ごめん、レムさん。ちょっと待たせちゃった?」

 

謝罪しながら駅の改札口から一人のウマ娘を連れてやってこられたのは、夏の合宿で知り合って以来仲良くさせていただいているフラッシュアデリナさんでした。

 

「いえ、わたくしも今来たところですわ。そちらの方が……」

「うん!南関東トレーニング校に所属してるあたしの友達で、ライバルのローズフレイアちゃんだよ。ほら、挨拶して」

 

アデリナさんに紹介された彼女は軽く背を押されて、わたくしの前にやって来られました。

なんだか顔がこわばっていらっしゃるように見えるのは、初対面の緊張のせいでしょうか?

 

「あっ、あっ……。ご紹介に預かりました、ローズフレイアでございます。以後、どうぞお見知りおきの程をよろしくお願い申し上げますです……」

「丁寧なおご挨拶、痛み入りますわ。わたくしはメジロレムと申します。こちらこそどうぞよろしくお願いいたしますわ」

 

お声を聞いている限りかなり緊張していらっしゃるようですが、同い年のわたくしにも敬語をお使いになられるというところを見ると、彼女も厳しいご両親のもとに育っていらっしゃるのかもしれません。

 

「変にしゃちほこばらなくてもいいって言っておいたのに……。ごめんね、レムさん。ホントはこの娘もこんな感じの娘じゃないんだけど。今日遊ぶのが天皇賞を勝ったメジロ家の娘って聞いて緊張しちゃっててさ。今日も『私なんかと遊ぶなんて、恐れ多い』とか言っていたのを『大丈夫。メジロの娘だからって、いきなり噛みついてきたりなんてしないよ』って言って引っ張ってきたんだよ」

 

いや、別にメジロ家のウマ娘が初対面の人間にいきなり噛みつく癖がある、わけではないのですが。

 

まぁでも、そういう冗談でも言わないと変に距離を取られてしまうことがある、というのも事実です。

 

【メジロ家の娘】ということで色眼鏡で見られ、仲間はずれまでは言わないものの、クラスメイトの方たちなどから文字通り敬遠された経験は幼稚園の頃からよくありました。

しかしこういう時の対処法も、幼い頃よりよく心得ております。

 

「メジロ家の娘と言っても、別にわたくしが何かしたからスゴイとか、そういうわけではございませんよ。それにほら、見てください。耳やしっぽが付いている、どこにでもいるウマ娘ですわ。もちろん、いきなり噛みついたりもいたしませんわよ?」

 

わたくしはおどけた口調と軽い笑顔でそう言って、耳と尻尾を引っ張りながらピコピコさせてみせます。

そんなわたくしをみて、ローズフレイアさんはくすっと笑ってくださいました。

 

「笑ってごめんなさい。いや、アデリナからはとっても接しやすい、いい人だよって聞いてたんだけどね。……私も一応トレセン学園に在学していたから、メジロ家の栄光はよく知ってるしさ。やっぱりそういう【お嬢様】な人たちって近づきがたいな、恐れ多いなって思っちゃうのよね」

「先程も申し上げましたが、わたくしの身内の何人かががんばった、ってだけで、別にわたくし自身がどうの、というわけではありませんので……。あまり気にせず、仲良くしていただけると嬉しいですわ」

「いや、あのメジロラムを破って天皇賞を勝ったって時点で十二分にすごいと思うけど。でも、そう言ってもらえるなら、仲良くしましょうね」

 

そう言って彼女はようやく、屈託ない笑顔を浮かべてくださいました。

 

実家が少し有名だと初対面の方に気を使っていただけることも多いのですが……。

反面、今回のように親しくしたいと思った相手にも必要以上に心の距離を取られてしまったりすることもあるわけで、決していいことばかりというわけでもなかったりいたします。

 

*

 

昔に比べると若い人はカラオケに行かなくなったと言われて久しい昨今なのですが、わたくし達ウマ娘に限るとオフの日はライブの練習も兼ねてカラオケに行こうか、となることも多いのですね。

 

「誰もが目を奪われていく 君は完璧で究極のアイドル」

 

わたくしは以前レアさんのご自宅で遊んでいる時にたまたま聞いた、【アイドル】というタイトルの歌を歌っておりました。

 

彼女が教えてくれたところによると、昔大人気を博したアニメの主題歌なんだそうです。

 

一曲の歌を聞いた時、どんな感情を抱くかというのは人によって様々でしょう。

同じ曲を聞いて元気がもらえるという人もいれば、なんだか疲れてしまうという人もいる。

 

わたくしはこの曲を初めて聞いた時、激しい闘争心が芽生えたのを覚えています。

 

「はいはいあの子は特別です 我々はハナからおまけです お星様の引き立て役Bです」

 

ウマ娘であれば誰もが、そんな気持ちを抱いてしまうほどの才能に満ち溢れたウマ娘と出会ったことがあるはずです。

 

わたくしにとってそれはメジロマックイーンであり、メジロラムであり……リナアラビアンだったりしました。

 

三女神の祝福を受けた、特別なウマ娘たち。

 

「誰もが信じ崇めてる まさに最強で無敵のアイドル 弱点なんて見当たらない 一番星を宿している」

 

わたくしはこの歌を耳にするまで知らなかったのですが、リナアラビアンさんの【最強で無敵のウマドル】という二つ名は、どうやらここから来ているらしいのですね。

 

確かに、マイルという距離においてリナアラビアンさんは最強で無敵かもしれません。

マイルに限って言えば、弱点なんてないのかもしれません。

 

それでも。

 

戦う以上、負けたくない。

勝ちたい。

引き立て役で終わるなんて、絶対にゴメンだ。

 

相手も同じ二本足のウマ娘だ。

 

自分もがんばれば、勝てないわけがない。

 

【オマケ】の側もウマ娘も、強がりは承知でそう自分を奮い立たせ、天才的なウマ娘に挑むのです。

 

少しばかり歌唱に気持ちを入れすぎてしまったのか、手拍子やタンバリンで盛り上げてくれていたアデリナさんとローズフレイアさんも、途中から神妙な顔をしてわたくしの歌にじっと耳を傾けていました。

 

わたくしの歌唱力はともかくとして。

 

この歌の歌詞に思うところがあったのは歌っていたわたくしだけでなく、ファルコンレアという圧倒的なダートの天才と同じ路線を歩むお二人も、そうだったのかもしれません。

 

*

 

ファミレスで夕食を済ませて店の外に出ると、もうすっかり陽も暮れておりました。

ちなみに今日のカラオケとファミレスでのお会計は【天皇賞のお祝い】とのことで、全部アデリナさんとローズフレイアさんが持ってくださいました。

 

「あ~、喋った喋った。ホント、楽しかった!今度はレアさんも連れてみんなで来たいよね~」

 

最初の方は少しぎこちない会話になってしまっていたローズフレイアさんがそう言ってくださるのを聞いて、わたくしはすっかり嬉しくなってしまいました。

 

ちょっとしんみりしたワンシーンもあったのですが、その後はみんなで流行りの歌やライブで歌う歌などを歌い倒して楽しみ、ファミレスで夕食をいただきながら色々なことを喋り倒しました。

 

特に南関校に通って全国各地のレース場を転戦していらっしゃるローズフレイアさんのお話は興味深く、地方レース独特の習慣や各地のご当地グルメなどのことを面白おかしく聞かせてくださいました。

 

「でも、そのレアちゃんもますます遠い存在になっちゃったよねえ……。日本のウマ娘で初めてブリーダーズカップクラシックを制覇しちゃったんだもんね」

 

アデリナさんの言葉に、ローズフレイアは「まぁねぇ。大したもんよね」と気のないふうな相槌を打ちます。

 

今日レアさんがいなかったのは、彼女はブリーダーズカップクラシックに挑むために現在アメリカへ遠征中だったからなのです。

 

これまで負け知らずの彼女は彼の地でも圧倒的な一番人気に推され、先ほどお二人がおっしゃったとおりその期待に応えて見事快挙を成し遂げました。

 

「ま、相手が強ければ強いほど、戦いがいも倒しがいもあるってものよ。それにブリーダーズカップに勝ったからといって私達が絶対に勝てないと決まったものでもないわ。同じBCのターフスプリントを勝ったライラクロスさんが言ってたじゃない。『日本には私より強いメジロレムというウマ娘がいます。でも私は今日、このレース先進国のアメリカで【世界一のスプリンター】になりました。この誇りを胸に私は必ず彼女にリベンジするつもりです』って!」

 

そう言ってくださるローズフレイアさんに、わたくしは照れ笑いを浮かべるよりありません。

 

「そうだよね。それにあたしたちががんばらないと『どうせ今回もファルコンレアだろ』とか思われて、日本のダート界も盛り上がらないもんね。そんなあたしたちに希望を与えてくれるためにも、【BCを勝ったウマ娘より強い】レムさんには、次走のマイルCSもがんばってもらわないとね!」

 

そんな友人たちの激励を受けた心中は『今度こそ、あの傲岸不遜な後輩に負ける訳にはいかない』という闘争心が今にも溢れ出てきそうになりましたが、今日はみんなで楽しく遊びに来ているわけでございますからね。

 

「ご期待に添えられるよう、がんばりますわ」

 

わたくしはあえて柔らかい笑顔と口調を意識して、そうお二人にお返事いたしました。

 

*

 

そろそろ肌寒さを感じる秋風が吹く坂路を、わたくしはトレーナーさんがストップウォッチを構えていらっしゃるゴール時点まで全速力で駆け抜けます。

 

「はぁ……はぁっ……いかがですか、タイムの方は?」

 

息を整えながら、わたくしはトレーナーさんに訪ねます。

 

「64・8ね」

「ふぅっ……そうですか……」

 

呼吸を整えるために最後大きく吐き出した息には、いくばくか残念な気持ちが入り混じっておりました。

 

坂路は1000Mの坂道を一気に駆け上がるというトレーニング方法で、ほとんどのウマ娘が行うトレーニングということもあり、そのタイムを見れば大体の今の実力が推し量れます。

 

平均的なウマ娘のタイムが65・5秒。

一級線で戦うオープンクラスのウマ娘で65秒ほどで、そのタイムを切ることができればG1でも勝負になるレベルだと言われています。

 

そのことを踏まえると、わたくしのタイムは決して悪いものではないのですが……。

 

「リナアラビアンさんの自己ベストが64秒ジャスト。平均が64・3ってことを考えるともう少し縮めておきたいわね」

 

トレーナーさんの分析にわたくしは静かに首を縦に振ります。

坂路でのこの時計は恐るべきもので、当代最強と言われているお姉様ですら自己ベストは64・2、平均タイムは64・5なのです。

 

もちろんレースは単なる速力以外に様々なファクターが絡んできますから、タイムがそのまま結果に結びつくわけではありませんが、ファンや関係者の間で【もしリナアラビアンとメジロラムのマッチレースで1万円を賭けるなら、1600Mまでならリナアラビアン、それ以上ならメジロラム】と言われているのは正しい評価なのかもしれません。

 

「スタミナ勝負に持ち込めればあの娘相手でも十分勝ち負けになると思うんだけど、それだと展開頼みになっちゃうからね……。マイルCSまでにどれだけスピードを強化できるかわからないけど、やれるだけのことはやりましょう」

 

そういうとトレーナーさんは坂路にしゃがみこんで、わたくしの脚を入念にチェックし始めました。

 

「特に熱っぽいところとかはなさそうね。どう?痛みとか違和感はない?」

「ええ、特には」

「じゃああと一本、坂路行っておきましょう。あとは少しポリトラックを走って筋トレって感じかしらね」

「わかりました」

 

お姉様やライラクロスさんのように脚元が丈夫がウマ娘なら、一日最大4本ほどの坂路をこなすことが可能なのですが、わたくしの虚弱な脚ではそれはとても叶わない練習量です。

 

そんな状況に焦らないと言えばそれは嘘になってしまいますが、焦ってもタイムが良くなることはありません。

 

今やれることを、全力で。

 

座右の銘になっている言葉を自分を納得させるかのように何度も心のなかで繰り返しながら、わたくしは少しでも練習量を増やそうと、スタート地点まで走って降りてゆきました。

 

*

 

「わ・わ・わ・わすれもの~を~してしまいましたわ~」

 

などと適当な自作の鼻歌を歌いながら日の暮れた更衣室目指して歩いていますと、もう誰もいないはずの坂路コースから凄まじい蹄鉄の音が聞こえてきました。

 

トレーニング施設の開放時間はもうとうに過ぎており、本来ならこのようなことはありえないのですが……。

 

「64・5!遅い!なにやってんの、やる気あるの!?」

 

そこから聞こえてくる、あたりの空気を震わせるような檄の声。

 

「すみません!」

「すみませんじゃないの!やる気あるかって聞いてんの!あなた、絶対に誰にも負けたくないって言ってたわよね!?あれは嘘なの!?」

「嘘じゃありません!」

「ならさっさとスタート地点に戻ってもう一本走ってきなさい!」

「はいっ!」

 

そんなトレーナーとウマ娘のやり取りが聞こえてきました。

激しい檄を飛ばしているのは、学園内でも有名な女性トレーナーでしょう。

 

この女性トレーナーはダービーを含めG1を何勝もしている名伯楽でいらっしゃるのですが、非常に厳しいトレーニングをウマ娘に課すことで有名でした。

 

その厳しさはトレセン学園内のみならず、ウマ娘たちのいる小・中学校の間でも有名で、入学してから彼女にスカウトされても『とても自分はあなたについていく自信がない』とスカウトを辞退する娘が後を絶たないぐらいです。

 

それに彼女の激しいトレーニングに心身ともに耐えられず、心や体を壊して彼女の元を去っていくウマ娘がいる、というのも厳然たる事実です。

 

そのことで何度もURAや学園の理事会から【厳重注意】を受けているそうですが、彼女がその厳しい姿勢を改めることはありませんでした。

 

【鍛えて最強ウマ娘を生み出す】

【可哀想というのなら、レースで結果を出せないウマ娘以上に可哀想な存在はない】

 

それが彼女のポリシーだからです。

 

彼女の指導方法は時代錯誤だと非難されながらも【厳重注意】以上の処分が下されないのは、しっかりと一流以上の結果を出していらっしゃるからでしょう。

 

その実績があるからこそ、自分の担当するウマ娘に通常であればなかなか許可されない【夜間トレーニング】という時間を取ることができるのですね。

 

そんなまさに【鬼軍曹】の二つ名がふさわしいトレーナーですが、彼女のお眼鏡にかなったウマ娘の才能は本物です。

現に、今彼女が担当しているウマ娘は……。

 

「リナ!もっとしっかり脚動かせ!手の振りも甘い!なにやってんの!」

「すみません!」

 

あのマイルの若き女王・リナアラビアンさんで、それも彼女の方から鬼軍曹への【入隊】を志願したんだそうです。

トレセン学園へ進学するに当たって【鬼軍曹】のことを調べていない、ということはありえないでしょうから、当然厳しいトレーニングを課されることを覚悟の上でトレーナー契約を結んだのでしょう。

 

愛らしい外見に反して、彼女は根性のウマ娘なのかもしれません。

 

彼女に対しては色々と難しい感情を抱いているはずなのですが、厳しい叱責を受けながらも懸命に走っているのを見て、素直に『凄いな』と尊敬の念を抱いてしまいました。

 

……こんなわたくしはきっと【戦うウマ娘】として、どこか甘いところがあるのでしょうね。

 

*

 

「64・5!レム、自己ベスト更新よ!」

 

坂路を走り抜けたわたくしに、トレーナーさんは満面の笑みを浮かべてストップウォッチを見せてくださいました。

 

「……本当ですね」

 

本来なら、それは言祝ぐべきことのはずです。

しかしわたくしはあまりそれを喜ぶ気になれませんでした。

 

「どうしたの?あんまりうれしくなさそうね」

「あっ、いえ。そんなことはないのですけれども……」

 

少し怪訝な顔をしたトレーナーさんに、わたくしはあわててフォローの笑みを浮かべ返します。

わたくしの成果はすなわちトレーナーさんの成果であり、それを喜ばないというのは彼女の仕事に不満があった、と取られても仕方なかったかもしれません。

 

「では、この調子でもう一本行ってまいりますね」

 

そう言ってわたくしは坂路のスタート地点に戻ろうとしました。

決戦のマイルCSまで、あと2週間。

それまでに最低でも、リナアラビアンさんの平均タイムである64・3ぐらいは記録しておきたいものです。

 

しかし、トレーナーさんは駆け出そうとしたわたくしの肩を掴んでそれを制止なさいました。

 

「待って。もうこれ以上の坂路はオーバーワークだわ。予定通り、次はポリトラックのコースに行くわよ」

「ですが……」

 

わたくしの脳裏には、昨日歯を食いしばりながら坂路を懸命に駆け上がるリナアラビアンさんの姿が、くっきりと焼き付いておりました。

 

あれだけの天才が、自らの限界を押し広げるためにハードなトレーニングをこなしている。

そんな彼女に少しでも追いつくためには、わたくしも必死にトレーニングするしかありません。

 

坂路トレーニングを終わりにしようとするトレーナーさんにわたくしは抗弁しようしましたが、彼女はストップと言わんばかりにぐっと手の平をつきだしてこられました。

 

「レム、焦る気持ちは分かるわ。でも無理して脚を壊しちゃなんにもならないのは、あなたもよく理解しているはずでしょう?」

「それは、そうですが……」

「レム、お願いよ。もう私を【ウマ娘を壊すトレーニングをさせてしまうトレーナー】にしないで」

 

それは……ズルい言い方です。

でもその言い方がどれだけ卑怯なことなのか、トレーナーさん自身が一番よくわかっていらっしゃるのでしょう。

苦虫を100匹ぐらい奥歯ですりつぶしたような顔を拝見すれば、そのことは痛いほどわかりました。

 

「……わかりましたわ。では、ポリトラックコースへ参りましょう。確か、ギャロップで800Mでしたわよね?」

 

わたくしが諦めてポリトラックコースの方へ歩き始めると、トレーナーさんはホッとしたため息をもらされました。

 

「ええ。ポリトラックでも坂路と同じようにスピードと心肺機能を効率よく鍛えられるから、しっかり走り込みましょうね!」

 

わかり切っていることをわざわざ口にしたのは、わたくしの焦燥感を少しでも取り除いてくださろうという気遣いなのでしょう。

 

それに、ポリトラックでは脚の負担は軽減されるもの、坂路と同じだけの効果は得られないということをわざわざ口にしなかったことも。

 

わたくしの脚がこんな脆弱でなければ、そんな余計な気遣いをさせることも、きっとなかったのでしょうね。

 

*

 

トレーニング前のミーティングのためにトレーナー室で待機しておりますと、かつてない勢いで出入り口の引き戸が開きました。

 

「レム、今日の【週刊ウマ娘】見た!?」

「えっ、いえ。あいにくと」

 

驚くわたくしに構うことなく、タブレット片手に凄い脚で部屋に入ってこられたトレーナーさんは、出し抜けにそんなことを聞いてこられました。

 

しかし今日は数学の小テストがあったため、朝の通学中の車内ではテスト範囲を見直していてそんな時間は取れなかったのです。

 

「見て見て!あなたが……レムが現在一番人気よ!」

「はぁ。またファンの間で【水着の勝負服を見てみたいウマ娘ステークス】の投票でも行われたのですか?」

 

この意味の分からない人気投票は毎年サマーシリーズ前に行われており、今年はなぜかわたくしが一位に選ばれていました。

 

まぁ、これは冗談のような企画でほとんどのウマ娘はその結果を黙殺するのですが、過去には上位に選ばれた何名かがこれを真に受けて水着の勝負服を作っていたりします。

 

……なぜかお母様もそうだったりして、娘としては色々と複雑に思うところもございますが。

 

「何言ってるのよ。これから寒くなるのに、ウマ娘を水着にしようなんてヤツがいるわけないでしょ」

 

わたくしもそう信じたいのですが、世の中広いものですから、そういう人もいるかも知れません。

 

「って、そんなことはどうでもいいのよ。マイルチャンピオンシップの前投票で、現在あなたが一番人気なのよ!」

 

興奮気味の彼女からわたくしはとりあえずタブレットを受け取り、表示されていたURAのホームページのマイルチャンピオンシップ特集に目を通します。

 

そこには確かに【単勝一番人気・メジロレム支持率32% 二番人気・リナアラビアン支持率31%】と記載されておりました。

 

この記事はあくまで前投票の段階であり、この僅差だと当日は人気が入れ替わる可能性ももちろんあるわけですが……。

 

「このわたくしが、G1で一番人気に……」

 

G1という大舞台で一番人気に推される、というのは他のレースで一番人気になることとは意味も意義も全然違ってきます。

 

G1で一番人気に推されるということは、その路線において【このウマ娘が一番強い】とファンの皆様に認めてもらった証なのです。

 

『一度でいい。G1で一番人気になって一着になってみたい。もしG1を一番人気で勝てたのなら、私のレース人生はそこで終わってしまってもかまわない』

 

かつて、そんな名台詞を吐いた大先輩がいました。

そしてこのセリフをハナで笑い飛ばせるウマ娘は、きっといないことでしょう。

 

そのぐらい【G1で一番人気を背負う】ということは、名誉なことなのです。

 

「ようやくわたくしも、ファンの皆様にその実力を認めていただけたのですね……。今度のマイルチャンピオンシップは必ず勝利して、ファンの皆様の期待に応えたいものですわ。そのためにもしっかりトレーニングいたしませんと」

「もちろんそうだけど」

 

逸るわたくしを諫めるかのように、トレーナーさんはいつもよりワンオクターブ低い声で続きをおっしゃりました。

 

「レースに出走できなきゃ、期待に応えるも何もあったもんじゃないわ。トレーニングは私があなたの状態を見て決めた最善のものを行ってもらう。いいわね?」

 

彼女の声には【オーバーワークは絶対に許さない】という意思がにじみ出ているかのようでした。

 

「……。もちろんですわ」

「一拍空いたのが気になるけど、まぁいいでしょう。じゃあ今日のトレーニングメニューは坂路一本とポリトラック800Mを二本、あとはフォームの最終チェックね。マイル向けのフォームもだいぶ様になってきたけど、まだ90%って感じだから」

「そうですわね」

 

実のところ、マイルの距離に適応するためのフォーム改良が今までで一番難航しておりました。

そもそもわたくしは短距離向きのウマ娘なのでスプリントのフォームは少しの改良ですみましたし、中距離に適応するためのフォームへの改良は、夏合宿の時から3ヶ月近く時間がありました。

 

もちろん、マイルへ適応するためのフォームの練習や研究をまったくしていなかった、というわけではありません。

ただ、天皇賞からマイルチャンピオンシップまでの三週間でマイル向きのフォームを実戦に使えるレベルに仕上げるには、かなりの突貫工事が必要でした。

 

「フォームが完成に近づくに連れてタイムが良くなっているから、本番前までにはなんとか仕上げてしまいたいわよね。時は金なり。一番人気にふさわしい仕上がりになるよう、さっそくトレーニングに向かうわよ!」

「はい!」

 

トレーナーさんはわたくしの威勢のよい返事を聞いてから、ストップウォッチとタブレットを手に取って立ち上がられました。

 

(一番人気。わたくしが、G1で一番人気……!)

 

怪我のせいでクラシック期をほぼ棒に振り、歴戦の勇者たちの影に隠れてなんとか戦ってこられたわたくしが今、G1で一番人気に推されている。

 

奇跡というのは、きっとこのようなことをいうのでしょう。

 

その奇跡への感謝と湧き上がってくる歓喜を胸に、わたくしも気合を入れてトレーナーさんのあとに続いたのでありました。

 




読了お疲れさまでした。

まだまだ過ごしやすい季節、まではまいりませんが、
少しずつ涼しくなってきて朝晩はだいぶマシになってきましたね。

人を育てる時、厳しく育てたほうがいいのか、優しく育てたほうがいいのか。

私もこれについては自分が指導する立場になった時に色んな本や文献を読んで勉強しましたが、
どうも科学的にも心理学的にも明確な結論は出てないらしく、
結局は人による、状況による、その仕事による、としか言えないみたいです。

個人的には【人の能力には限界があるし、向き不向きがある】と考えているので、
普通に何回か教えてだめなら、また考える、というのは結局ベストかな、と思っています。

なんか今回は(いつもと比べると)短いくせにずいぶん間隔が開いたな、と
疑問に思われた方もいらっしゃるかもしれませんね(笑)。

実はまたかなりの文字数になってしまいそうだったので、切りの良いところで13話として
投稿させていただくことにしました。

ということは第14話はすでにそれなりに書き進めているわけで、近い内に……とは
言い切れないのですが、今回ほど間を空けずに掲載させていただけると思います。

今回も少しでも楽しんでいただけたのなら、幸いです!

それではまた、次回作のあとがきでお会いできることを楽しみにしております。
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