メジロの娘。   作:宮川 宗介

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登場人物:メジロレム
※オリウマ娘注意です。

誕生日:4月22日
体重:ふっくらとした、いい仕上がり。
身長:158センチ
スリーサイズ:89・58・85

メジロレムのヒミツ1・実は母親に似て、甘いものが大好き。


第三話

トレーナーさんのご自宅は、学園から3駅ほど先にあるベットタウンの一角のようでした。

駅から自宅まではそれほど離れていないようでして、松葉杖の身としてはありがたいことです。

 

たまに友人やクラスメイトから『レムってメジロ家のお嬢様だから、どこにでもお付きの運転手さんが運転する車で移動できるんでしょ?』なんてことを言われるのですが、そんなことはございません。

 

メジロ家のウマ娘といえど、わたくしたち現役のウマ娘が自宅の車の運転をお願いしていいのは、通学のときと急ぎの用事のとき、それと通院のときぐらいのものです。

 

お母様たちも基本的には通勤の時ぐらいしか、車を使って移動なさいません。

 

そんなわけでガチャガチャと松葉杖を突きつつ、真冬のからっ風を全身に感じながらメモ片手にやってきたトレーナーさんのご自宅は、こじんまりしたワンルームマンションでした。

 

しかしここは……エントランスはオートロックになっておりませんし、女性がひとりで住むには少し防犯に不安がありそうなマンションですわね。

 

彼女のお部屋は、ここの2階のようです。

 

松葉杖生活も2回めなので階段を登るのも多少慣れてはきているのですが、やはり少々大変だな、とは思ってしまいます。

 

さて。

 

勢い余って自宅を訪ねてきたのは良いのですが……居留守を使われてしまった場合、一体どうすればよいのでしょう?

 

出てこられるまで大声で名前を叫び散らすか、管理人さんに『ここに住んでいる方の知り合いの者なのですけれども、数日連絡が取れていなくて心配だから訪ねてきました』と言って、鍵を開けていただくか。

管理人さんに鍵を開けてもらう時は、トレーナーさんのお姉様と一緒に来たほうがいいかもしれないですわね、などと考えごとをしているうちに、トレーナーさんのご自宅の前に着いてしまいました。

 

一応チャイムを鳴らしてみましたが、当然と言いますか、反応はまったくありません。

ため息をつきつつ、ダメ元で玄関のノブを回してみると……なんと扉が開いてしまいました。

 

無用心にも程がありますわよ、トレーナーさん……と呆れながら玄関の扉を開けると、普段あまり嗅ぐことのない匂いが鼻腔を刺激しました。

この匂いは……おそらくアルコールでしょう。

そのアルコール臭の中に、少し油っぽい匂いも混ざっています。

これは食べ物の匂いでしょうか。

その匂いはとても、健康的な食べ物の香りとは思えませんでしたけど。

 

「お邪魔いたしますわ」

 

ご挨拶をさせていただいても、返事はございません。

……家の中には、あきらかな人の気配があるのですけれどもね。

左足にだけ履いていた靴を脱ぎ、松葉杖を玄関に立てかけて、お家の中にお邪魔いたします。

玄関に入ってすぐのところにある、小さなコンロと流し台がついたキッチンを通り過ぎると、閉じられた横開きの扉が目に入りました。

 

「失礼いたします」

 

そう声をかけ、扉をガラッと開けると、先程とは比べ物にならないほどのひどいアルコール臭が鼻につきました。

 

その臭いにむせ返りそうになってしまったわたくしの目に飛び込んできたのは、空のビール缶やカップ酒、それにハーバーイーツで頼んだであろう、食べ物の空箱で足の踏み場もないほどに散らかった、言葉を選ばずに表現させて頂くなら、ゴミ屋敷のような部屋でした。

 

その中に埋もれるように、くずおれるように座っていたのは、間違いなく我がトレーナーさんです。

 

彼女はようやくわたくしの気配に気づいたらしく、うろんげに顔を上げられました。

 

その時に見た彼女の顔を、わたくしは一生忘れないでしょう。

 

もう何日もまともに睡眠が取れていないのか、目の下には深いクマが彫り込まれており、顔にはまったく生気がないにも関わらず、目だけはなぜか奇妙な光を放っていて、その瞳は気味悪いほど血走っているのです。

 

おそらくお風呂にも入られていないのでしょう。

いつもはさらさらで美しいキューティクルを保持していらっしゃったショートカットの髪が、頭皮の脂のせいなのでしょう、妙にベタついていて髪の房が顔面に張り付いておりました。

 

手には一体いつ開けたものなのか、もう水滴一つついてない、おそらくぬるくなり切ってしまっているであろう500ミリリットルのビール缶が握られています。

 

「……?れむ?」

 

アルコールのせいでまともに呂律も回っていないのですが、わたくしを認識できるだけの知性はまだ残っていらっしゃるみたいですね。

 

「そうです。わたくしです。……担当しているウマ娘をほったらかして、あなたは一体、何をしていらっしゃるのですか?」

 

わたくしの詰問に彼女は答えるでもなく、手にしていたビールをぐいっとあおりました。

 

「トレーナーさん!」

「うるさいわねえ。もうあんたは、私の担当でもなんでもないはずよ。姉さんがトレーナー変更届を学園に提出してるはずなんだから。あ、そうそう。近いうちに退職代行使って学園に連絡入れるから、もう私はトレーナでも何でもなくなるの。二度と私をその職種名で呼ばないで」

「……本気で言ってらっしゃるんですか?」

 

わたくしのその一言に、彼女は自嘲めいた薄笑いを疲れ切ったお顔に浮かべられます。

 

「はっ、本気も本気、大マジよ!担当ウマ娘に大ケガさせて、その娘の脚が弱いのが分かっているにきついトレーニングさせた挙げ句、またケガさせて……こんな指導しかできないヤツ、トレーナーなんて仕事向いているわけないじゃない!向いてないどころか……最初っから、こんな仕事につくべきじゃなかったんだわ!はっ、なにが『一流のウマ娘になりたかったら、これぐらいの痛み我慢しろ』よ、あんたは三流以下のトレーナーじゃない。こんなトレーナー、さっさとレース界から消えたほうが、世の中のためってもんなのよ」

 

酔っていらっしゃるせいか、仰っていることも使っている代名詞も支離滅裂でしたが……彼女のやるせない思いだけは、わたくしに痛いほど伝わってまいりました。

 

「トレーナーさん」

「……次その職種で私を呼んだら、ぶん殴るからね」

「トレーナーさんは、本当にトレーナーというお仕事をお辞めになりたいのですか?」

 

幸いぶん殴られるようなことはありませんでしたが、彼女はあくまでトレーナーと呼ぶわたくしに呆れたようなため息をつくと、空になったビール缶を床に投げ捨て、同じく床に転がっていたカップ酒の一つをパキャッと開けて、呷るように呑み始めました。

 

「もちろんよ。たしかに給料は悪くないけど、それも担当しているウマ娘が走ってくれたら、の話だし。あんたが一回目に大怪我したときにも思ったんだけどさ、この仕事って責任の重たさともらう給料の金額が、明らかに釣り合ってないのよね。あんたには申し訳ないと思ってるけど、今回のことでやめるきっかけができて、やれやれってところよ」

 

『担当しているウマ娘が走ってくれたら』のお言葉にはさすがにグサッときましたが、ここで引き下がるわけにもまいりません。

 

「トレーナーさん。トレーナーさんはこんなお仕事辞めてやれやれだ、と思われているのですよね?」

「ええ、そうよ。それがなにか?」

「なのにどうして、そんなに辛そうなお顔をなされているんですか?」

「…………」

 

彼女はわたくしに返事するようなことはせず、ただ黙々とカップ酒を呷り続けます。

 

「そんなに嫌だったお仕事を辞められるのに、どうしてそんな幽鬼のようなお顔をなされて、自宅に引きこもって酒浸りなんですか?本当に嫌でやめたい仕事をやめたのなら、嬉々として次の自分のやりたいお仕事を探されているはずですよね?なぜ、それをなさっていないのです?」

「アルバイトもしたことないようなクソガキのお嬢様が、知ったような口利くんじゃないわよ!!」

 

わたくしの言葉に彼女は激高し、まだ中身が少し入っているカップ酒を叩き割らんばかりの勢いで座っていらっしゃる座卓テーブルに叩きつけられました。

 

ごつん!とまるで目の前で交通事故が起こったような大きな音が部屋中に響き渡り、びしゃっとお酒がテーブル中に飛散します。

 

「確かにわたくしはトレーナーさんのおっしゃるとおり、世間知らずの子供です。でも、知ったような口を利きます。わたくしは知っているからです」

 

わたくしは笑顔を浮かべながら、トレーナーさんの正面に腰掛けました。

 

「トレーナーさんがどれほどトレーナーという仕事を、ウマ娘という存在を愛されているか、わたくしは知っているからです。トレーナーのお仕事をただただ【おカネのための仕事】と考えていらっしゃるなら、ケガしたわたくしに、あんなに親身に寄り添ってくださっていないのではないですか?そんな酒浸りになるほど、お悩みにならないのではないのですか?」

「……それは……あんたが【メジロのウマ娘】だったからよ。あんたに親切にしておけば、これからも素質ある娘を紹介してもらえるかもしれないって考えてただけ。酒浸りなのは、大人にはそんな気分になることもある、ってだけの話よ」

 

あくまで彼女は、露悪的な態度を貫き通すつもりなようですね。

このような態度を、大人げないというのではないでしょうか。

 

「知っているのは、それだけではございません。本当に自分が愛したものから距離を置かざるを得なくなったときのやるせなさも、わたくしはよく存じ上げております」

「あっそう。あんたの好きなことって、甘いものをむさぼり食うこと?」

 

彼女の、まるで反抗期の子供みたいな言い方に(わたくしにも少々、心当たりがございます)、わたくしは苦笑を抑えきれませんでした。

 

「それも確かに、大好きですけどね。トレーナーさんもご存知のように、わたくしは走ることが大好きなのですよ。そんなわたくしがあの休養中、辛いリハビリがうまくいかず、嫌になって投げ出そうとした時、トレーナーさんがなんて言葉をかけてくださったか、覚えていらっしゃいませんか?」

「さぁ?覚えてないわね」

「『一度や二度、うまく行かなかったぐらいで投げ出さないで。次はうまくやればいいんだから。今はつらいだろうけど、根気よく治療して、レムの大好きな走ることを取り返しましょう』。そうおっしゃってくださって……」

「その失敗が取り返しのつくことだったら、何度失敗したっていいわよ!!」

 

彼女はそう怒鳴り散らすと、頭を抱えこんで嗚咽混じりに言葉を続けました。

 

「あのね。ウマ娘は、私にその人生を丸ごと預けるのよ?あんたみたいなお子様に、その重責が想像できる?私の指導のせいで、その娘に取り返しのつかないケガをさせてしまったら……私のトレーニングメニューが未熟なばかりに、その娘の才能を開花させてあげられなかったら……そんなことを考えると、こ、怖くて……そんなことになったら、私を信頼してくれていた娘に、なんて申し開きすればいいの?その娘はきっと、一生私のことを恨んで生きて行くのよ!?そんなの私、絶対耐えられない!!」

 

それはおそらく溜め込んでいた本音であり、魂の叫びであったのでしょう。

 

「あんただってそうよ。本当は私に、恨みつらみをぶつけに来たんじゃないの?ええ、そうよ。前回の大ケガも、今回の故障も、ぜ~んぶ、私のせいよ!言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ!」

 

そうですか。

なら、言わせていただきましょう。

 

「トレーナーさん」

「なによ」

「わたくしは、前回大けがした時も、今回のことでも、トレーナーさんを恨んだりなんてしておりません」

 

本心をお伝えしたわたくしに、彼女は小馬鹿にしたような笑みを浮かべられました。

 

「また綺麗事を……。これだからお嬢様は」

「前回のことはともかくとして、今回の厳しいトレーニングには、正直不満もありました。わたくしの話を聞いてくださらない姿勢に、不信感も覚えました。でも、それらの結果に恨みをもったりなんてしておりません」

 

わたくしのその言葉に、トレーナーさんのお顔がみるみるうちに怒りに満ちていくのが分かりました。

 

「それはたまたま、大惨事にならなかったからそんな甘いことが言えるんじゃないの?!前の事故でも、今回のことでも、もしあんたが競走能力を失うほどの大ケガをしていたら、私を責め立てて恨んでいたに決まっているわ!」

「トレーナーさんは、わたくしを……ウマ娘というものを舐めすぎています!!」

 

彼女の、決めつけが過ぎる感情的な言い方にわたくしもつい引っ張られてしまったのか、今まで出したことのないような大声で言い返してしまいました。

 

「ひとりの社会人として、プロのトレーナーとして、ウマ娘を預かる責任感というものは、わたくしたちには想像もつかないようなプレッシャーがあるのだとは思います。でも、ことレースに関して、憚らずに言わせていただけるのであれば、わたくしたちウマ娘は【レースのプロフェッショナル】なのです。プロである以上、自分のプレイする競技で起こる問題に、自分で責任を取るのは当たり前のことです。その中で起こった事故や故障を、人のせいにするプロなんていません」

「はっ、ずいぶんと偉そうなこと言うじゃない。じゃああんたら中等部や高等部の子供が、一体どれだけの責任を取れるっていうのよ!?素質のあるウマ娘が壊れた時に、トレーナーがどれだけ叩かれるか、あんたも知らないわけじゃないでしょう!?」

「……もちろん、わたくしたち【子供】が社会的に取れる責任なんて、大人から見ればたかが知れているでしょう。でも、わたしくたちウマ娘が故障した時に、トレーナーを恨む娘なんて、ほとんどいません。少なくとも、わたくしの周りにそんなウマ娘はいませんでした」

 

故障によって競走能力を喪失し、心ならずもレースから身を引かざるを得なくなったウマ娘は、古今東西を問わずたくさんいます。

 

わたくしのお母様もそうでしたし、中学で切磋琢磨した友人たちの中にも、そんな娘はいました。

 

もちろん故障直後はトレーナーさんに限らず、周りに八つ当たりをする娘もいましたが……トレーナーに恨みつらみを持ったままレース界を去っていったウマ娘、というものをわたくしは存じ上げておりません。

 

それはトレーナーという人たちが、どれほどの労力と愛情を持ってわたくしたちに接してくれているのか、わたくしたちが一番よく知っているからです。

 

「……わかったわ。じゃあまぁ、あんたが私を恨んでいないってところは信じておいてあげましょう。そうしないと、話が先に進まないから」

「ありがとうございます」

「でも、私の未熟な指導のせいであんたが壊れたってのは事実じゃない?もっとウマ娘のことに精通していて、心配りのできるトレーナーだったら防げた事故だったはずよ」

 

……それは正直、分かりません。

そうなのかもしれませんし、元々わたくしの脚は虚弱だったわけですから、どんなトレーナーが担当していたとしても、防げなかったことなのかもしれません。

 

「だから、私みたいな適性のない、三流以下のトレーナーがウマ娘の面倒なんて見ちゃいけなかったのよ。トレーナー免許を取ったのが、そもそもの間違いだったわ。三流の私から見ても、あんたは一流になれる素質がある。だからさっさと一流のトレーナーに担当になってもらうよう……」

「一流とか三流とか、そんなの、どうだっていいじゃありませんか!」

 

あまりの彼女の頑なさに、わたくしはまた大きな声を出してしまいました。

 

「一流とか三流とか、そんなことは本当にどうだっていいんです。わたくしが……メジロレムとトレーナーさんがここにいる。ふたりで勝利を目指してがんばっている。それでいいじゃありませんか。それ以上、一体何を求めるというのです?」

「でも……あんたには、才能があって……私じゃその才能を引っ張り出してあげることが……」

 

はぁ。

お母様も以前仰っていましたが、トレーナーという職種のかたは、どうしてこんなにニブいのでしょう?

 

はっきり言って差し上げないと、どうやらわかっていただけないようですわね。

 

「わたくしは、あなたがトレーナーじゃないと、嫌なんです。トレーナーさんと一緒じゃなかったら、がんばれないんです。つらい時に支えてくれた、トレーナーさんがそばにいないとダメなんです。トレーナーさんの、前向きで明るい笑顔が、また見たいのです!なぜそのことをわかってくださらないのですか!?」

 

わたくしが今日一番言いたかったことをトレーナーさんにぶつけると、彼女は目を見開いたままわたくしを見つめ、黙り込んでしまいました。

 

そんなトレーナーさんから、わたくしは決して視線をそらそうとしませんでした。

 

二人の視線がぶつかって、どれくらいの時間が経ったでしょうか。

疲れたようなため息をつきながら先に視線をそらしたのは、トレーナーさんでした。

 

「……少し、色々考えさせて。今日は酒が入っていて、まともにモノが考えられないから……」

「わかりました。今日のところは、これで失礼いたしますね」

 

わたくしはそう返事してから一礼し、おいとまするために立ち上がりました。

そうして玄関で靴を履いていた、その時です。

 

「……レム。気をつけて帰りなさいよ」

 

多少呂律は回っておりませんでしたが……背中から聞こえてきたその優しい声と口調は、いつものトレーナーさんのものでした。

 

 

ご自宅にお邪魔した2日後の放課後、わたくしはトレーナー室に向かって歩いておりました。

 

ようやくと申しますか、昨夜トレーナーさんから【お話したいことがあるから、明日の放課後、トレーナー室に来てほしい】というLANEでの連絡があったのですね。

 

ちなみにもう松葉杖は突いておらす、お医者様にも『経過は良好ですね。3月の始めくらいには包帯も取れて、トレーニングが再開できると思いますよ』と、お墨付きをいただいておりました。

 

トレーナー室の近くまで来ると、その部屋に明かりがついているのが見えました。

ここからの明かりを見るのは、ずいぶん久しぶりのような気がいたします。

 

コンコン、と横開きの扉をノックをすると、「どうぞ~」という、聞き慣れた声が聞こえてきました。

 

「失礼いたしますわ」

 

扉を開けると、そこには清潔なジャージを着込み、つやのあるショートカットの髪を丁寧に手入れした、いつものトレーナーさんがいらっしゃいました。

 

「お呼びとのことでまいりました」

「うん。あの……」

「はい」

「この前は、本当にごめんなさい。私、酷いこと言っちゃったし、情けないところ見せちゃったわね」

 

トレーナーさんは椅子から立ち上がってそう言うと、わたくしに深く頭を下げられました。

 

自分が悪いと思ったら、たとえ高等部に通っている【子供】にでも、謝れる。

 

こういうトレーナーさんだからこそ、少々信頼感が揺らいでも、また【この方と信頼関係を築き直したい】と思えるのでしょうね。

 

「頭をお上げください、トレーナーさん。気にしてませんよ、といえば嘘になりますが、長いお付き合いになればこういうこともございましょう。これからもどうぞ、よろしくお願いいたします」

 

わたくしが微笑みながらそう言うと、トレーナーさんはホッとした表情を浮かべられました。

 

「ありがとう。そう言ってもらえて、少し心が軽くなったわ……」

 

……そのお言葉を聞いて、トレーナーさんもあの日のことを相当気に病んでいらっしゃったのがわかりました。

 

「今回のことは、本当にごめん。あなたが安心してトレーニングに取り組めるように、レースに臨めるように、全身全霊を持ってがんばるつもりよ。あなたの……【メジロレムのトレーナー】としてね」

 

力強くそうおっしゃってくださるトレーナーさんに、わたくしは笑顔でうなずき返しました。

 

「それで、早速なんだけど……実はね、姉さんから脚を痛めている娘でもできるトレーニングメニューを聞いてきたの」

「ご令姉様から?」

 

それは少し、意外なお言葉でした。

わたくしが感じていた限り、お二人はあまり相性がよくなさそうでしたから。

わたくしの表情を見て察せられたのでしょう、トレーナーさんはちょっとバツが悪そうな苦笑を浮かべられました。

 

「あ~、うん。言いたいことはわかるわ。でもまあ、なんというか……別に姉さんとは仲が悪かったとかじゃなくて、私が勝手に意地を張って突っ張ってただけだから。今回もね、さすがにちょっと自分勝手かなあ、門前払いされても文句言えないわよねえ……とか思いながらアドバイスもらいに行ったら、喜んで色々教えてくれたのよね」

 

私が言うのも何だけど、妹にちょっと甘すぎないかしらね……と、そんなことをおっしゃるトレーナーさんの顔は、なんだかとても嬉しそうでした。

 

「トップトレーナーの……姉さんのアドバイスだから、きっとレムの役に立つはずよ。明日からこのメニューを中心にして、復帰に向けて頑張っていきましょう!」

「明日からなんですか?」

 

急がば回れ、とは申しますが、こういうことはすぐに着手したほうが気合がいいのではないでしょうか?

 

「あ~……あのね?今日はその。今回のお詫びに、なにか甘いものでもご馳走しようかなぁ、と思って」

「なるほど」

 

それはとても嬉しいお申し出なんですけど、先日わたくしは酷いことを言われたわけですし、少しぐらい冗談を返しても許されるのではないでしょうか?

 

「そうですわね。わたくし、甘いものをむさぼり食うのが大好きでございますので」

「うっ……。確かに、あの言い方は我ながら大人げなさすぎたと反省しているわ……。なんでもごちそうしてあげるから、あの日のことは許していただけると非常にありがたいかなあ、と」

「ん?今、何でもごちそうするとおっしゃいましたね?」

 

食事に誘ったウマ娘にその言葉を使うとは……これはトレーナーさんの誠意を汲み取らないわけにまいりませんわね。

 

「あ、いや。もちろんできる限りのことはするけどね?その……今回の無断欠勤で減給処分にされちゃって……」

「……やっぱりそのことに対しては、ペナルティーがあったのですね……」

 

しれっと復職されていたので今まであまり疑問にも思わなかったのですが、世間知らずのわたくしが少し考えただけでも、一週間以上も職場を無断欠勤しておいて、よくクビにならなかったものだと感心してしまいます。

 

ひょっとしたらトップトレーナーであらせられるご令姉様が、あれこれとネマワシされたのかもしれませんね。

 

「そんなわけもあって、ちょっと手心を加えていただけると、大変助かるのでございますが」

「そうですわねえ……」

 

わたくしはあごに手を当て、ちょっと考え込むふりをいたしました。

実はもう、【罰金】の内容は決まっているのですけれどもね。

 

「では、スイートキャロットスペシャルパフェをお腹いっぱいごちそうになるということで手を打ちましょうか」

「お腹いっぱいっていう、玉虫色の要求がちょっと気になるんだけど……。まぁ最悪、給料日までに金欠に陥ったら、練習場に生えている芝でも食べて飢えを凌ぐことにするわ……」

 

そんな冗談を言い合いながら(……芝を食べるというのはさすがに冗談ですわよね?)、わたくしたちは件のパフェがおいてある喫茶店へと足を運ぶことにいたしました。

 

それはようやく戻ってきた、わたくし達の日常の光景でありました。

 




読了、お疲れ様でした。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

どんな人間関係でも長い付き合いになりますと、
まぁいろんなことがありますが、
それを乗り越えられるからこそ、
長い付き合いになって絆が深まっていくのだと私は考えているんですね。

ぶつかりあえるということは、それだけ本音を言い合える仲だ、
ということでもあるのですから。

ぶつかり合ったことでまた一段と絆を深めたレムとトレーナですが、
まだまだ成長途中である彼女たちの物語を、
また読みに来ていただけると嬉しいです!

ではまた、近いうちに次回作のあとがきでお会いしましょう。
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