メジロの娘。   作:宮川 宗介

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登場人物:メジロレム
※オリウマ娘注意です。

誕生日:4月22日
体重:ふっくらとした、いい仕上がり。
身長:158センチ
スリーサイズ:89・58・85

メジロレムのヒミツ2・実は体重が増えやすい体質。


第五話

ライブ前の舞台袖は、少し微妙な空気に包まれていました。

 

……それも仕方がないのかもしれません。

今日のセンターを務めるのは、重賞未勝利でG1初出走、それも八番人気という低評価で勝ってしまったわたくしなのですから。

 

この空気の中、初出走のG1のウイニングライブでセンターで踊る。

こんな状況で、まともなパフォーマンスを披露できるでしょうか……。

 

頭の中ではステップで転んでしまったり、歌詞を忘れてしまったりしてフリーズするわたくしを、何度も何度も上映してくれています。

 

……大丈夫です。

歌やダンスの練習も、走り込みの間を縫ってそれなりにやってきたではありませんか。

 

そう自分に言い聞かせても、脳内は失敗シーンの仮想上映をやめてくれません。

その仮想上映が繰り返されれば繰り返させるほど、本当に失敗する可能性が上がっている気がしてなりませんでした。

 

「メジロレムさん、大丈夫?ちょっと顔色悪いみたいだけど……」

 

そんなわたくしに声をかけてくださったのは、今日のレースで一番人気に推されていたライラクロスさんでした。

 

「ライラクロスさん……。ええ、大丈夫です。ちょっと、緊張していますが……」

 

わたくしがつい本音をもらしてしまうと、彼女は苦笑してポン、と肩に手を添えてくださいました。

 

「初めてのG1のウイニングライブ、それもいきなりセンターだと、そりゃ緊張するよね。私なんて7回目のG1でようやくセンターで踊ることができたけど、それでもめっちゃ緊張したもん!でも、大丈夫。始まってしまえば、意外と踊れるものだよ」

「でも……もし、ステップを失敗したり、緊張のあまり歌詞が出てこなくなったりしたらと思うと……」

「もしそうなったとしても、私たちがフォローするよ!ね、みんな!」

 

ライラクロスさんに促された皆様は、少し怪訝な顔をしながら周りを見渡していましたが……。

 

「そうだよ!メジロレムさんは主役として堂々としていれば大丈夫。私たちがあなたのライブを盛り上げてあげるから!」

「そうそう。そのかわり今度私がG1を勝った時は、メジロレムさんが私のライブを精一杯盛り上げてよ?」

 

そんな言葉が、あちこちから飛んできました。

 

「皆様……」

 

レースという厳しい競争環境にさらされながらも、戦った【ライバル】を支えられる。

忘れていました。

これがG1という舞台を戦っている方たち……いえ、わたくしたちレースで戦うウマ娘の志なのです。

 

「それにね、ファンのみんなはダンスとか歌声だけを期待してウイニングライブを見に来てくれるわけじゃないんだ。仮にトップパフォーマーのようなダンスや歌じゃなくても、ステージ上で輝いているあなたを見たいんだよ」

「そういうことなら、なおさら失敗は許されないのでは……」

 

その言葉を聞いて思わず萎縮してしまったわたくしに、彼女は微笑みかけてくださいました。

 

「大丈夫。もし歌やダンスでとちっちゃったとしても……今日のあなたは、最高に輝いているわ。だってあなたは、G1という舞台で勝利したウマ娘なんだから。レースに勝ったウマ娘ほど、輝いているものはないんだから!」

 

 

わたくしがセンターに立つと、レースの時に勝るとも劣らない大歓声が観客席から上がりました。

 

「レム~!G1初制覇おめでとう!!」

「さすがマックイーンの娘で、ラムの妹だ!初挑戦でたいしたもんだ!」

 

わたくしの勝利を祝福してくださる声が、あちこちから聞こえてきます。

そんな声に少し照れくささを覚えながら、わたくしは今日集まってくださった皆様にカーテシーでお辞儀いたしました。

 

するとまた、大歓声が上がります。

 

今日皆様に披露する楽曲は【本能スピード】。

電撃のスプリント戦を締めるにふさわしい、非常にテンポの速い曲です。

 

人間というのは不思議なもので、【失敗してもなんとかなる。そうなったら周りがきっとフォローしてくれる】と思うことができれば、緊張の中でもそれなりのパフォーマンスを発揮できたりするものです。

 

今日の雨のように激しく揺れる数多のサイリウムを見ながら、わたくしは必死に歌い、踊りました。

 

ねぇひたすらに真っ直ぐ

先を見つめてゆく それだけ

何度だって 越えて行ける

強い私に 会いたくて

 

そんな歌詞とは裏腹に、ここにたどり着くまで紆余曲折がありました。

わたくしは弱く、もうダメだと思って投げ出そうと思った時が、何度もありました。

 

非才で、虚弱で、大ケガをして引退勧告さえ受けたわたくしが、こうしてG1のウイニングライブでセンターを務めている。

 

舞台のスポットライトや激しく動く観客席のたくさんのペンライトの光も相まって、それはなんだか非現実的で、夢の中の光景のようでした。

 

 

ウイニングライブを披露していた時間は長かったような、短かったような、今まで感じたことのない時間感覚のなかでいつの間にか終わっていました。

 

わたくしのパフォーマンスレベルはともかくとして……今日一緒に戦った【ライバルたち】のフォローもあって、ファンの皆様に対して恥ずかしくないライブができたのはないでしょうか。

 

そんなライブを終えて控室に戻ると、意外に冷静なトレーナーさんが出迎えてくださいました。

 

「G1制覇おめでとう、レム。よくがんばってくれたわね」

「ありがとうございます。……あの、こう言っては失礼かもしれませんが、なんだか落ち着いていらっしゃいますね?」

 

わたくしが素直な疑問を口にすると、トレーナーさんは首を傾げられました。

 

「う~ん。もちろんめちゃくちゃ嬉しいんだけど、なんだか自分のことじゃないみたいでね。G1に優勝した!っていう実感が、どういうわけだかあまりないのよ」

 

その気持ちはよくわかります。

わたくしも心の底からG1制覇という栄光を喜べているかといえば、やっぱりなんだか現実感がない、というのが正直なところです。

 

つい2時間ほど前までのわたくしは、どこにでもいる平凡なオープンウマ娘だったわけですから、それも当然といえば当然なのかもしれません。

 

「実を言いますと、わたくしもそうなのです。このあとの記者会見や勝利ウマ娘・トレーナーインタビューなどを受けているうちに実感が湧いてくるかもしれませんね」

「そうかもしれないわね。じゃあまぁ、会見室に行きましょうか」

 

天下とっても二合半っていうし、案外G1を勝っても日常生活は変わらないのかもしれないわねえ、みたいなことを言いながら、わたくしたちは控室をあとにしました。

 

 

会見室には今まで見たことのないような数の報道陣の方々が詰めかけておられました。

 

「メジロレムさん!G1制覇おめでとうございます!」

「この勝利を誰に伝えたいですか!?」

「次走は安田記念ですか?それとも、夏のサマースプリントシリーズに備えて休養に?」

 

そんな質問が、文字通り矢のごとく飛んできます。

 

「えっ……え~っと……」

 

慣れない記者会見にわたくしがまごついておりますと、トレーナーさんが一歩前で進み出てくださいました。

 

「みなさん。ご質問は順番に、一社お一つずつお願いいたします!はい、ではそちらの記者さんからどうぞ」

 

妙に慣れた感じで、彼女は質問者を指名しました。

 

「ありがとうございます!まずはメジロレムさん、G1制覇おめでとうございます」

「ありがとうございます……」

「先ほどもお聞きしたのですが、この勝利の喜びを、一番最初に誰に伝えたいですか?」

「え~っと……そうですわね……」

 

わたくしは、今日の勝利の喜びを、一体誰に最初に伝えたいのでしょう?

 

お母様?

お父様?

それとも、お姉様?

主治医の先生?

トレーナーさん……?

 

あっ、でもいまここでお一人だけお名前を出すと、出されなかった方々がちょっと残念に思うかもしれませんよね?

 

「そ、そうですわね……。今までわたくしを応援してくださった、すべての方に感謝と喜びの意をお伝えしたいですわ」

 

わたくしに携わってくださった方々の顔や名前が脳内で入り乱れてしまって、結局ザ・テンプレのような回答しか記者さんに返すことができませんでした。

 

「それはきっと、そうだと思います!でも、あえて、あえてお一人を上げるなら?」

「えっ!?あえて……?」

 

あううぅうぅ……誰か助けて……。

 

「はい、ご質問ありがとうございました!では、次の方~」

 

助け舟を出してくださったのは、他でもないトレーナーさんでした。

ああ、ひょっとしたらわたくしは、トレーナーさんに今一番感謝を伝えたいのかもしれません。

 

「ご指名ありがとうございます。メジロレムさん、次走はどうなさるおつもりですか?」

「それは……トレーナーさんと相談しながら、追々決めていこうと考えておりますわ」

 

そんな感じでインタビューは進んでいきましたが、なんといいますか、インタビュアーからすると『この娘、もう最初から言うこと決めてたんじゃないか』と勘ぐられるような、テンプレート回答のオンパレードのようなインタビューになってしまいました。

 

果たせるかな、そんなテンプレ祭りの記者会見はいつのまにやら最後の方まで質問が回ったようです。

 

「え~っと。これでここにお集まり頂いた各社様にご質問いただきましたね?それでは、これにて失礼させていただきます!本日はお忙しい中ありがとうございました!」

 

そういってトレーナーさんはペコリ、と頭を下げられました。

それに倣い、わたくしもあわててペコリ、と頭を下げます。

そしてトレーナーさんに袖を引かれるまま、会見室を後にしたのでありました。

 

 

帰りの新幹線はトレーナーさんの『あなたもG1ウマ娘になったからには、グリーン車で移動しないとカッコつかないでしょ』の一言で、グリーン車で帰京することと相成りました。

【メジロ家の令嬢】としてならともかく、一介のウマ娘としては少々分不相応な気もしましたけど、G1を勝った日くらいはそれぐらいの贅沢は許されて良いのかもしれませんね。

 

ただ、今のわたくしはグリーン車の居心地の良さを楽しむ余裕もありませんでしたし、G1に勝った余韻に浸る気分にもなれませんでしたが。

 

「あぁ……記者さんたちもあんな型にはまった回答しかできないわたくしにあきれたでしょうね……。お姉様はいつもウィットに富んだ回答やエスプリの利いた返しをなさるというのに……。メジロ家の娘として、恥ずかしいですわ……」

 

わたくしはいつもより少しばかり広い座席で頭を抱えながら、先ほどの記者会見を猛烈に反省しておりました。

初めてのことなので仕方ないと言ってしまえばそれまでなのですが、あまりの機転の利かなさに自分が嫌になってきます。

 

「まあ、メジロラムさんはジュニアの時からもう何回も飽きるほど勝利インタビューをしているからねえ。というか、彼女の質疑応答ってなんか聞いてて変にドキドキされられることが多いのって、私だけかしらね?」

「いえ、お姉様のインタビューには家族みんなが胃を痛めながら聞いておりますわ……」

 

お姉様の記者会見はなんと言いますか……俗に言うところの【爆弾発言】が多く、トレーナーさんのような視聴者の方のみならず、お母様も『今日は何事もなく終わりますように』と祈りながら見ていらっしゃいます。

視聴率が稼げるからなのか、記者さんたちだけはその発言をむしろ待ちわびているようですけどね。

破天荒なお姉様は色々と物議を醸しだす発言をなさっていますが、その中でも有名なのは『初めては痛いって本当だったのね』でしょう。

また機会があれば、詳しく語りたいと思います。

 

「ま、慣れてくればそのうちもっと気の利いたことが言えるようになるわよ。でもそのためには、G1の勝利インタビューに慣れるくらい、たくさん活躍しなきゃダメだけどね」

 

わたくしの肩をポンポンと叩きながら、トレーナーさんは笑顔でわたくしを慰めてくださいました。

そうですよね……。

そうは言いましても、これが現役生活最初で最後のG1勝利インタビューという可能性もなきにしもあらず(といいますか、そうなる可能性が一番高いでしょう……)なので、なんとか名誉挽回の機会を得たいものですね。

そのためにもまた明日から、努力あるのみです。

 

「慣れているといいますと、先程の記者会見、トレーナーさんは妙に手慣れていらっしゃいましたね?」

 

わたくしが少し疑問に思っていたことをお聞きすると、彼女は照れたような苦笑いを浮かべられました。

 

「あ~……大学生のときはよく【トレーナー助手】として、姉さんに色んなところに連れて行ってもらえたのよね。姉さんは当時からすでに一流のトレーナーだったから、ああいう現場にもよく居合わせたのよ。そこで彼らマスコミのあしらい方も学んだってところかしら」

 

ああ、なるほど。

それは納得というものですね。

 

生まれによる文化資本格差というものは学歴や教育のみならず、トレーナー業界においても存在するようです。

まぁ環境面で言うなら【メジロ家の娘】【メジロマックイーンの娘】【メジロラムの妹】と、ウマ娘としてはほぼ最上級の環境に恵まれて生まれたわたくしが言うな、という話なので余計なことは言わず、「そういうことだったのですね」とだけ返しておきました。

 

「今日は疲れてるだろうから東京に戻ったら解散だけど、少し状況が落ち着いたら二人だけでG1制覇のお祝いをしましょう。レム、お寿司って好き?」

「お寿司ですか?」

 

そうですわね。

嫌いではないのですが……。

といいますかお寿司はむしろ大好物なのですけれども、お母様が食通なこともあり、わたくしの家族は小さい頃から色々なお店に食事に行くことが多かったのですね。

日本料理の料亭・フランス料理・イタリアン・中華料理……。

もちろん、お寿司屋さんもたくさん行きました。

 

ちなみにメジロマックイーンといえばスイーツ、というイメージをお持ちのファンもたくさんいらっしゃるかと思いますが、お母様とて甘いものしか食べない、ということはございませんよ。

そんなことをしていたら体を壊してしまいますからね。

 

連れて行ってくださるお店はどこもそれなりに格式があり、お値段も子供心に『お高いな』と思うようなところばかりです。

そういうお店にお母様が連れて行ってくださっているのは、家族で美味しいものを食べたいというだけではなく、どこで何を頂いても恥ずかしくないよう、娘たちに食事のマナーを教えるという意図もあるのだと思います。

 

ですのでその……傲慢を承知で言わせていただければ【普通のお店】に連れて行っていただいても、あまり楽しいお食事会になるとは思えなかったのです。

 

でもまさか『トレーナーさんが連れて行ってくれるお寿司屋さんはお口に合いそうにないですから結構です』とは言えないでしょう。

 

わたくしも人の機微に聡い方ではございませんが、それぐらいの常識は持ち合わせております。

まぁでも、【普通のもの】を食べて【良いもの】の価値を確認するというのも、社会勉強の一つでしょう。

 

「どうしたの?お寿司はあんまり好きじゃないとか?」

 

少し考え込んでしまったわたくしに、トレーナーさんは気を使ってくださったようです。

 

「いえ、お寿司は大好きなんですけどね。減給処分に処されているトレーナーさんからごちそうになって良いものか、思案していただけでございますわ」

「……子供が余計な気を使わなくてよろしい」

 

本音を冗談で隠したわたくしの頭を、トレーナーさんはコツンと軽くこついてこられました。

 

そんな話をしているときに車内販売のワゴンが来てくださったので、わたくしはオレンジジュース、トレーナーさんはビールで軽くG1制覇の祝杯のあげたのでありました。

 

 

東京駅でトレーナーさんとお別れし、迎えに来てくれていた車に乗って自宅へ戻ると、家族への挨拶をあとにして応接間へ向かいました。

 

車内で執事さんから『お嬢様にお客様がいらっしゃっています』とお聞きしていたからです。

こんな時に、一体どなたがわざわざ夜分に?と思いながら応接間の方へ向かいますと、そこには思わぬお客様がいらっしゃっておりました。

 

「レムちゃん」

「ダーリング様!?」

 

メジロダーリング様はお母様より少し年下で、メジロ家に生まれながらわたくしと同じく短距離を主戦場にしたウマ娘です。

G1こそスプリンターズステークスの2着が最高順位と勝ち星に恵まれませんでしたが、函館スプリントステークス、アイビスサマーダッシュの重賞を2勝なさっています。

結婚を機に関西の方へお引越しなされたのですが、わたくしが小学生の頃はまだ関東にお住まいで、長距離の才能に恵まれなかったわたくしの相談によく乗っていただいたものです。

 

しかし関西在住のダーリング様が、なぜこんな時間に我が家にいらっしゃるのでしょう……?

 

「高松宮記念の優勝、本当におめでとう。どうしてもあなたに直接お祝いを言いたかったから、テレビでレースを見た後、飛行機に飛び乗って来ちゃったのよ」

「ダーリング様……」

 

昔は今より短距離レースの価値が低く見られ、マスコミやファンからのメジロ家に対する長距離での活躍の期待も、現在よりはるかに大きかったと聞いております。

そんな時代にメジロ家の短距離ウマ娘として生まれ、トゥインクルを駆け抜けるのは並大抵のことではなかったでしょうし、人には言えない屈辱も数多く経験なさったはずです。

 

そのような状況でもくさらずに努力を重ねられ、重賞を2つも勝利されたダーリング様をわたくしは心の底から尊敬しております。

 

そんなダーリング様がわたくしにこうして祝辞を伝えるためだけに、遠路はるばるやってきてくださった。

G1制覇という栄光の重みが、あらためて実感できました。

 

わたくしはその重みに自然と膝を折り、カーテシーでダーリング様にお辞儀しておりました。

 

「ダーリング様からのご祝辞、大変恐縮にございますわ。これからも決して驕らず、G1ウマ娘として、メジロ家のウマ娘として恥ずかしくないよう、奮励努力していく所存です」

「うんうん。レムちゃんらしい生真面目な決意表明ね。その真面目さと、困難に直面しても諦めない粘り強さが今回の優勝に繋がったんだと思うわ」

 

そういってダーリング様は優しくわたくしを抱きしめてくださいました。

 

「あなたのG1制覇のおかげで、もうメジロ家の短距離ウマ娘が世間様に対して肩身が狭い、なんて思いをしなくて済むわ。逆に【メジロ家のウマ娘は短距離にはめっぽう弱い】なんていう人も少なくなることでしょう。……ありがとう、レムちゃん。あなたは、メジロ家の新しい歴史の扉を開いてくれたのよ」

 

今日の1勝がメジロ家の歴史の扉を開けた、というお言葉はわたくしにとってあまりに過分で真正面から受け取ることはできなかったのですが……敬愛する先達にそうおっしゃっていただけたことは、素直に嬉しく思いました。

 

その後はダーリング様もご一緒していただき、家族みんなで祝勝会をしていただきました。

時間も時間ですし、その祝勝会はささやかなものでしたが、お母様御用達、わたくしも大好きなドイツ菓子の名店【ふらっしゅのおかしやさん】から取り寄せたケーキが出てきたりして(わたくしが優勝した瞬間にお店へ電話を入れて特別に作ってもらったとか!)、思い出に残る温かい祝勝会になりました。

 

そのケーキには【レム 高松宮記念優勝おめでとうございます】と書かれた砂糖の文字板と、わたくしを模したシュガークラフトの人形が乗っておりました。

 

このように家族にお祝いしていただくのは照れくさく感じてしまいますが……それでも心から溢れ出る喜びに自然と顔もほころびます。

 

考えてみれば……というより、今までできるだけ考えないようにしていたのですが、家族の中でG1に縁のなかったのはわたくしだけだったのです。

 

お母様、お姉様、お父様から『G1優勝おめでとう』というお言葉をそれぞれいただくことで、わたくしは【甘えるだけの末っ子】から、ようやく【メジロ家のウマ娘】になれたような気がいたしました。

 

 

翌朝、通学中の車の中でわたくしは【週刊ウマ娘・特別号】をタブレットで読んでおりました。

通学中にこの手のガジェットを読んでいるとなんだか中年のオジサマっぽいんですけど、空き時間を有効に使うことは大切なことですからね。

 

週刊ウマ娘は通常毎週金曜日に発売・配信しているサブスクサービスなのですが、G1などの大レースがあった翌日にはこうして【特別号】を配信しているのですね。

 

本日の記事は、もちろん昨日行われた高松宮記念に関する記事です。

 

【メジロレムG1初制覇!メジロ家の歴史の新たな扉開く!!】

 

そんな見出しから始まる一面には、泥まみれのわたくしの写真がでかでかと掲載されておりました。

 

お姉様のこういった記事は見慣れているのですが、いざ自分がその立場になるとなんだか結構気恥ずかしいものです。

 

そんな照れくささも手伝ってそそくさと一面をスワイプし、次の記事へと読み進めます。

 

【メジロマックイーンの娘でメジロラムの妹のメジロレムが、八番人気の低評価を覆し見事G1初優勝を飾った。メジロ家の短距離G1勝利は彼女が初となる。【メジロのウマ娘は短距離に向かない】というジンクスを破って、メジロ家の歴史に新たな蹄跡を刻んだ】

 

さすがに褒め過ぎなのでは……と感じつつも心のなかでのニヤニヤを止められないのは、承認欲求が満たされた人のサガなので仕方ないかもしれません。

 

【勝利インタビューで『誰にこの喜びを一番に伝えたいか?』の質問に、謙虚なメジロレムらしく『自分を応援してくれた人たち、全てに感謝の意を伝えたい』と慎ましく答えた。なお、次走については『トレーナーと相談して慎重に決めたい』とのこと。名門メジロ家から誕生した、新たな名スプリンターの今後に注目が集まる】

 

わたくしのテンプレートな回答をそれらしく書いて【アスリートの言葉】らしくみせているのは、さすがに報道のプロの仕事です。

それはともかくといたしまして……この記事に書いてあるとおり、G1を勝利したわたくしはたくさんの方に注目されるようになるでしょう。

しかも、その目はわたくし個人のレース成績だけに向けられているわけではありません。

【名門メジロ家】に対しても、同様の視線が注がれるのです。

 

G1ウマ娘として、メジロ家の娘として、不甲斐ないレースは許されません。

そのことに身がすくむ思いがいたしますが……このプレッシャーを努力に対するモチベーションにしていかなばならない、と強く決意したのでありました。

 

 

その日の授業と軽めのトレーニング(激しいレースの直後ですからね)を終えたわたくしは、トレーナーさんと一緒にお寿司屋さんの前にいました。

 

先日のお約束通り、トレーナーさんはわたくしをお寿司屋さんに連れてきてくださったのですね。

 

しかしそのお寿司屋さんの店構えはなんと言いますか……ちょっとした規模の街になら数件はある、典型的な【普通の回らないお寿司屋さん】といった感じです。

 

「大将、こんばんわ!」

「へい、いらっしゃいやし」

 

トレーナーさんが横開きの扉を開けて挨拶すると、ツケ場の向こうからそんな声が聞こえてまいりました。

ツケ場にいらっしゃる大将はいかにも長年修行した職人さん、といった感じの壮年の男性でした。

そのお声はよく通るバリトンボイスで、声量も大きすぎず、小さすぎず、わたくしたちを歓迎してくださっているのだなと感じます。

 

店内は清掃が行き届いており、初めて入ったお店なのになぜか懐かしい感じがしました。

 

「いらっしゃいませ、カウンター席でよろしいですか?」

 

そうやってさり気なく店内を観察していると、お店の奥からもう一人、大将と同年齢くらいの女性が現れて声をかけてくださいました。

どうやらこのお二人でこのお店を切り盛りしていらっしゃるようですね。

 

「ええ。この娘と二人お願いね」

「では、こちらへどうぞ」

 

時間も夕食にしては少し早かったのでお客さんはわたくしたちに以外いなかったのですが、彼女に案内されるがまま、大将の正面に席を落ち着けることになりました。

 

「お飲み物は何にしましょう?」

「私はビール!レムは何にする?」

「では、熱いお茶をいただけますか?」

 

わたくしたちが飲み物をお願いすると、従業員さんは「かしこまりました」と笑顔でお返事して調理場の方へ向かわれました。

 

通ぶりたい方の中にはわざわざお茶のことを【アガリ】といったりしますが、そういった符丁は職人の方たちが使うもので、客のほうが使うのは不調法だとされています。

 

符丁に関してもう少しうんちくを語るのを許してもらえるなら、他にも【ツケ場】【ガリ】【ムラサキ】【シャリ】【ネタ】【おあいそ】など、このあたりも本来はお店の方々が使う言葉なのですね。

 

あと、イマドキこんなことをいうと思想強めの方々にボコボコにされそうなのですが……特に女性がお寿司屋さんでこういう符丁を口にするのは【あまり上品でない】とされていたりします。

 

このような作法は、すべてお母様に教わりました。

 

しゃらくせえ、自分は好きなように振る舞って好きなように寿司を食べたいんだよ!というのも道理ではありますが、そういうお寿司屋さんの雰囲気を楽しみに来ているお客様もいる、ということだけは忘れたくないものです。

 

「ここはね、私が小さい頃から両親に連れてきてもらってるお寿司屋さんなの。入学、卒業の節目とかちょっとしたお祝いごとがあったときは、ここで家族で食事したものよ」

「思い出のお寿司屋さんなのですね」

「もちろん思い出の味というだけじゃなくて、おいしさも保証するわ!さ、トロでもウニでも何でも食べてね!」

「……はい。では」

 

といっても見た感じ普通のお寿司屋さんですし、思い出補正というのは結構強烈なものですからね。

あまり期待せずにケースを覗いてみたのですが……。

 

「!美味しそう……」

 

ネタはどれも新鮮そのもので、わたくしが見た感じ、銀座の一流店と比べても遜色のないものばかりです。

……ひょっとして店構えが普通なだけで、食通が通う隠れた名店だったりするのでしょうか?

 

「あの、トレーナーさん。お会計は大丈夫ですか……?」

 

わたくしは思わず、小声でトレーナーさんにそう耳打ちしてしまいました。

 

「……なぜかトレーナーって、担当してる娘から貧乏人だと思われがちなのよね……。大丈夫よ。ここのお店、おいしいのにリーズナブルだから。だからお金のことなんか気にしないで、お腹いっぱい食べなさい」

 

これだけのネタが揃っているお店をリーズナブルと言えるとは……ひょっとしてトレーナーさんはどこぞのご令嬢だったりするのでしょうか。

 

しかしまぁ、そうおっしゃってくださるなら、いただかないのはむしろ失礼に当たるでしょう。

……最悪お会計が足りないようなら、わたくしがクレジットカードで払えば良いだけの話です。

 

「では、タイをいただけますか?」

「へい」

 

大将は短く返事すると、洗練された動作でお寿司を握ってくださいます。

実はわたくし、職人さんがお仕事をする姿を拝見するのが結構好きだったりするんですね。

職人さんたちは腕一本、わたくしたちウマ娘は脚二本で世の中を渡っている、ということに共感しているのかもしれません。

 

「おまち」

 

お寿司がわたくしの前に置かれたのと、飲み物を持ってきてくださったのがほぼ同時でしたので、わたくしたちは改めて「高松宮記念、優勝おめでとう」「トレーナーさんも、初G1制覇おめでとうございます」とお互いに祝辞を交換し、乾杯を交わしました。

 

「ところで、次走のことなんだけど」

 

トレーナーさんは赤貝を注文し、ビールに口づけながら次のレースのお話を切り出しました。

わたくしの口の中には先程お出ししていただいたタイの握りが入っておりましたから、小さくうなずきながら傾聴します。

 

しかし、おいしいですね。このタイ。

わたくしが食べてきたお寿司の中でも、1・2を争うぐらい美味しいかもしれません。

これは、お会計をそれなりに覚悟しておいたほうが良さそうです……。

 

「私としては京成杯スプリングカップかマイラーズカップをステップレースにして安田記念に向かおうか、と思っていたんだけど、レムはどう考えてる?」

 

タイを食べ終え、素晴らしい余韻の残るお口を名残惜しく思いつつお茶で洗い流してから、わたくしは少し考えます。

 

「そうですね……今回の高松宮記念も少し間隔が空きましたが特にレース勘が鈍っていたということもありませんでしたし、長期休養明けのラピスラズリステークスでもしっかり走れていたと思うのです。それを考えるとわたくしは【休み明けは走れない】というタイプではないでしょうから、無理に前哨戦を使わずに本番一本に狙いを定めて、しっかりトレーニングを積み重ねていきたいと考えておりますわ」

 

わたくしの意見を聞いて、トレーナーさんは悩ましい表情を浮かべられました。

前哨戦を使いたい、というトレーナーさんの気持ちはよくわかるのですけれどもね。

 

「ふーむ。トレーナーとしてはどうしても、担当している娘には少しでもたくさんの勝ち星を掴み取ってほしいと思っちゃうのよ。勝てる可能性のある娘なら、なおさらね。まぁでも、レムの脚の状態と休み明け適性を鑑みれば、ぶっつけ本番のほうがいいかもしれないわね」

 

そう言いながらトレーナーさんは赤貝をぽいっと口の中に放り込みます。

本来であればやはり、ステップレースを使ったほうが良いのは確かです。

実戦経験を積むのは大切なことですし、本番に向けての気合や体調も整えやすいですから。

 

ただ、わたくしは大きな故障を経験したこともあり、レースの負荷はトレーニングの比ではないので、走るレースはできる限り厳選したいというのが本当のところです。

 

「オッケー。じゃあ基本的には安田記念に直行ということを念頭に置いてトレーニングメニューを組み立てるわね。いちばん大事なことの確認は終わったから、もうレースのお話はおしまい!さ、レム。今日は飲んで食べて英気をたっぷり養うわよ!」

 

それについてはやぶさかではなかったので、わたくしは笑顔でうなずき大将にボタンエビの握りをお願いいたしました。

 

 

今日の高松宮記念に向けて少しばかり減量していたわたくしは(お母様に似たのか、ちょっとばかりわたくしは体重が増えやすいのです……)、久しぶりに美味しいものをお腹いっぱいいただきました。

 

結局お会計は、トレーナーさんが全てお支払いなさってくださいました。

世間知らずのわたくしは今回トレーナーさんに【お母様が連れて行ってくださるようなお店でなくとも、それに匹敵する美味しいものをいただけるお店がある】ということを勉強させていただいたのでありました。

 

「トレーナーさん、ごちそうさまでした。とっても美味しかったですわ」

「でしょ?ここならきっと、舌の肥えたレムでも喜んでくれると思ったのよ」

 

そう言ってトレーナーさんは朗らかな笑顔を浮かべられます。

 

「次は安田記念か。一年前はこんなふうにG1挑戦しているだなんて、想像もしていなかったわね」

 

もうすっかり陽も暮れて、早くも星たちが顔をのぞかせている夜空を見上げながら、トレーナーさんはしみじみとそうおっしゃいました。

 

「……そうですわね」

 

一年前のわたくしといえばようやく杖が必要なくなり、おっかなびっくり歩き始めたくらいだったでしょうか。

当時のことを思い返すと、今の状況はまるで夢のようです。

 

「次のレースもきっと厳しいものになるでしょうけど……また美味しい食事でお祝いできるよう、ふたりでがんばりましょうね」

 

そうおっしゃるトレーナーさんに、わたくしは真摯にうなずきました。

 

安田記念の1600Mという距離には、たくさんのスペシャリストがいらっしゃいます。

 

おそらくは今回以上の激戦になることでしょう。

 

それに……安田記念はわたくしの曾祖母・メジロアサマひいおばあさまが制した、メジロ家に深いゆかりのあるレースでもあるのです。

 

そんな由緒正しいレースに出走できる喜びもございますが……ひいおばあさまに顔向けできないような不甲斐ないレースはできない、と改めて気を引き締めたのでありました。

 




読了お疲れさまでした。

今回も少し、間が空いてしまいました。
文章というのはスラスラと出てくるときはまるでドバドバとアドレナリンが
出ているかのごとく気分良く書けるのですが、詰まるととたんに
苦行になってしまって、書いている最中にネットサーフィンを始めたりして
よけいに先に進まなくなってしまいます。

それでも自分の空想をカタチにして書き出して
それを一つの物語にするというのは
なかなかに楽しいので、なんだかんだと書いてしまうんですけどね……(笑)。

今回この小説を書くに当たり、少しメジロマックイーンの血統を
紐解いてみたのですが、マックの祖父に当たるメジロアサマが安田記念を
勝っていたというのは少し意外でした。

やはりこの血統は長距離で活躍したというイメージがありましたからね。

メジロマックイーンの柔軟性とステイヤーらしからぬスピードは
祖父から受け継いたものだったのかもしれません。

こういう意外な歴史や知識に触れられるのも、書いている楽しみの一つですね。

あ、あと今月は少し時間に余裕がありそうなので、
メジロレムのイラストを描きたいなあ、と思っています。
マックイーンのイメージを壊さず、可愛い感じで描きたいですね!

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
また次回のあとがきで、お会いいたしましょう。
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