メジロの娘。   作:宮川 宗介

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登場人物:メジロレム
※オリウマ娘注意です。

誕生日:4月22日
体重:ふっくらとした、いい仕上がり。
身長:158センチ
スリーサイズ:89・58・85

メジロレムのヒミツ5・実は、ライトノベルを愛読している。


第八話

二月末のフェブラリーステークスから始まった今年の上半期G1ロードも、先週の宝塚記念でフィナーレを迎えました。

 

宝塚記念は大阪杯・天皇賞(春)に続きお姉様が制覇され、メジロ家では【メジロラム春三冠制覇祝賀パーティー】が盛大に催されました。

 

お姉様はパーティーなどの行事ごとはあまりお好きではなく、喜びの感情を表に出すようなお方でもないのですが、そのお祝いの席では珍しく相好を崩して喜んでおられたのがとても印象的でございました。

 

あれだけの才を持ちながら【三冠】という称号を得たのは初めてだった、ということもあるかもしれません。

 

レースを走る者にとって【三冠】の称号は、やはり特別なものでありますから。

 

 

上半期の総決算である宝塚記念が終わると、すぐに夏合宿が始まります。

 

夏合宿の際には毎年いつもなにかしらの目標を持って臨むのですが、今年は特に期するものがございます。

 

【最強で無敵のウマドル】を自称する若き天才の後塵を拝し、屈辱にまみれた安田記念。

 

彼女に踏みにじられたメジロ家の名誉。

傷つけられた、わたくし自身のウマ娘としてのプライド。

 

その二つを取り戻すには世間が認める実績を残し、あの傲岸不遜な後輩を正々堂々、直接対決で打ち負かす必要がございましょう。

 

そのためにわたくしは今年の秋に【スプリント・マイル・中距離三階級制覇】という、長い日本のレース史においても、未だ誰も成し遂げたことのない目標を掲げました。

 

具体的なレース名を申し上げるなら、スプリンターズステークス、マイルチャンピオンシップ、そして天皇賞の秋の三レースです。

 

それらは確かに高い天頂のレースではありますが、わたくしがウマ娘としての存在意義と競走人生をかけて、踏破しなければならない峻峰なのです。

 

とはいえ、千里の道も一歩から。

まずは割り当てられた部屋に、自分の荷物を運び込まねばなりませんね。

 

わたくしは大きなリュックサックを背負いながら、両手に旅行用のボストンバッグを持ち直したのでありました。

 

 

「あ、レム。同じ部屋になったのね。夏の間、よろしくお願いするわ」

 

ここで二ヶ月を過ごすための大荷物を抱えながら割り当てられた三人部屋に向かうと、もう部屋には先発のバスで到着していたクラスメイトがいらっしゃってました。

 

「レアさん。こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」

 

わたくしは荷ほどきをしながら、クラスメイトで友人でもある彼女に挨拶を返します。

夏合宿の部屋割はシニアとクラシックの階級で分けられており、必ずしもクラスメイトや同学年の方と同じ部屋になるわけではないので、友人と同じ部屋になれたのは幸運だったと言えるでしょう。

 

「レアさんと同じ部屋になったのは嬉しいのですけれども、もうお一人はどのような方なのでしょうね」

 

先ほども申し上げました通り、ここは三人部屋なのでもうひとりの方がまったく知らない方でしたら、少しばかり気まずいかもしれません。

 

「ん、もう一人はわたしのルームメイトみたい。さっきLANEでそんな連絡があったから」

 

あら……。

それはなんだか、わたくしのほうが気まずくなりそうな気がいたしますわね。

クラスメイトとルームメイトでは、さすがに距離感が違いすぎますから。

ちなみにわたくしは自宅から学園に通っておりますので、夏合宿で学園の皆様と寝食を共にするという機会を密かに楽しみにしていたりします。

 

「あぁ、心配しなくても大丈夫よ。アデリナは社交的で接しやすい娘だから。わたしなんかより、よっぽど友だちになりやすいタイプだと思うわ」

 

わたくしの心情を慮ってくださったのでしょう、レアさんは軽く笑いながらこれから二ヶ月を一緒に過ごすまだ見ぬ同居人をそう紹介してくださいました。

 

「そうですか。レアさんがそうおっしゃるなら……」

「レアちゃん、入っていい?」

 

そんな会話を交わしていると、廊下の方からよく通る女性の声が聞こえてまいりました。

彼女が件のアデリナさんなのでしょうか。

 

「ええ、大丈夫。もう一人の子も部屋にいるわよ」

「えっ、じゃああたしが最後か。ともかく、お邪魔します~」

 

明るく挨拶しながら部屋に入ってこられたのは、驚くほど見目麗しいウマ娘でした。

日光のもとで見れば青く輝いてみえるであろう青鹿毛のロングの髪に、アクアマリンのように透き通った蒼い瞳。

形の良い鼻はすっきりと筋が通っていて程よい高さをしているにも関わらず、彼女からは一切の高慢さを感じさせません。

 

それがきっと、彼女の人柄を表しているのでしょう。

 

「あっ、はじめまして!あたし、フラッシュアデリナっていいます。レアちゃんとはルームメイトで……同じダート路線を走る友人です。夏の間、よろしくお願いします」

 

初対面のご挨拶も変にこちらを疑りかかったような感じもなく、親しみを感じさせる率直なものでした。

 

「ご丁寧な挨拶、痛み入りますわ。わたくしはメジロレムと申します。こちらこそ合宿中、よろしくお願い申し上げますわ」

「あっ、メジロレムさんといえば……高松宮記念見ましたよ!あれだけ足元の悪いバ場で体幹をブレさせずに走り切って勝つなんて、普段からすごい筋トレがんばっているんだろうなって感動しました。あたしもこの夏は上半身のパンプアップを課題にしてるから、よかったらどんな筋トレしてるのか教えて下さいね!」

 

それが初対面ゆえの社交辞令とわかっていても、自分が努力している部分とそれが実った成果を褒められるのは、悪い気がしないものです。

……安田記念のことには触れないことも、彼女の共感力とエモーショナル・インテリジェンスの高さを感じさせてくれました。

 

「お褒めに預かり、恐縮ですわ。ご教授するなんておこがましいことはできませんが、一緒にトレーニングに励んでまいりましょう」

「うんうん。この夏はお互いに切磋琢磨して、ワンランク上のウマ娘目指してがんばりましょう!」

 

笑顔で自然に差し出してくださった手を、わたくしは優しく握り返します。

レアさんの仰ったとおり、フラッシュアデリナさんとはいい関係を築けそうです。

 

「二人が仲良くやれそうで良かったわ。ところでアデリナ。夏の間にワンランク上のウマ娘を目指す前に、なにか忘れないかしら?」

「七月の上旬にある帝王賞でしょ、忘れてないよ。フェブラリーステークスは全然ダメだったけど……あれからあたしもレベルアップしているし、今度はもっといい勝負になるはず!」

「わたしに勝ってみせる!と言わないところが謙虚で好感が持てるわ」

「それ、ドバイ勝ってるレアちゃんにおいそれと言えないでしょ……」

 

そんなことを言い合いながらレアさんはちょっと意地悪な笑みを浮かべ、アデリナさんはまるで悲劇役者のように大げさに頭を抱えて左右に振られます。

 

そのやり取りがどうにもおかしくて、わたくしは思わずクスッと小さく笑ってしまいました。

 

G1で勝敗を争うような間柄でも、このように温かい友情をはぐくめることを、わたくしは素直に羨ましいと思いました。

 

 

夏の日差しは容赦というものを知らず、まるでわたくしを干上がらせようとでもしているかのように、強烈な熱と紫外線を浴びせかけてきます。

 

そんな中わたくしは灼熱の砂浜で、自重の何倍もあるタイヤを腰に縛りつけた縄で引きずっておりました。

 

生ぬるい潮風と脚元を洗ってくれる波の冷たさだけが、今のわたくしの救いです。

 

「こらー!レム!スピード落ちてるわよ!気合い入れろ!」

 

巨大タイヤの上から、トレーナーさんのそんな声が聞こえてきます。

 

まったく、重りになって上から怒鳴ってるだけの人はいいですわね!

 

まさかトレーナーさんにそんなことを言い返せるわけもないのですが、人間は疲れてくるとどうも無性に攻撃的になってしまうようです。

 

「はぁっ……はぁ……はぁっ……」

 

整わない呼吸のまま、もう体中の水分が全部出てしまっているんじゃないかと思えるぐらいの汗を流し、わたくしは一歩一歩、砂浜に足跡を刻みつけるかのように歩を進めます。

 

つらい。

きつい。

 

しかし目標を達成したいなら、夢をつかみ取りたいなら、つらいこと、きついことがあって当然です。

それが嫌なら、最初からそんなものを目指すべきではないでしょう。

 

何かを目指している最中に、良いことだけ、楽しいことだけしかない、なんてことがあるはずがありません。

 

厳しい時期を乗り越えるからこそ、達成の喜びもあろうものです。

 

流した汗が、刻みつけた足跡の数がそのまま自分の強さになる。

 

そう信じてわたくしは地獄のような夏の砂浜で、黙々とタイヤを引きずり続けました。

 

 

タイヤ引きに限らず、今年の夏合宿のトレーニングは、ひたすらにスタミナとそれを支える精神力を鍛えるために費やされることになりました。

 

中学時代に1800Mまでの勝利実績があるとはいえ……わたくしの生来の距離適性は短距離からマイルまであり、三階級制覇のために中距離の天皇賞(秋)を走破するには【距離の壁】を乗り越える必要がありました。

 

【スタミナは努力で補える】

 

短距離向きのウマ娘だと周囲に思われながらも常に自分の距離適性の限界に挑み、その限界をご自分の言葉通り努力で押し広げ続けた、ミホノブルボンさまのお言葉です。

 

トレーニングが辛い。

やめたい。

こんな練習、無駄なんじゃないか。

持って生まれた距離適性には、結局逆らえないのではないか。

 

こんな思いが頭の中を支配して諦めそうになったときは、彼女の言葉と競走人生に思いを馳せます。

 

あの菊花賞は【無敗の王者・ミホノブルボン】VS【挑戦者・ライスシャワー】という図式が明確に描かれておりました。

 

でも、わたくしは思うのです。

 

ミホノブルボンさまもまた、菊花賞でウマ娘の距離適性の壁というものに挑んだ【挑戦者】だったのではなかったのか、と。

 

生まれながらのステイヤーであるライスシャワーさまにかわされたあとの、最後の直線。

 

ミホノブルボンさまが強豪・マチカネタンホイザさまに一度は差されながらも、再度彼女を差し返すという根性を見せたのは、最後の最後まで己の距離の限界に挑もうとなさっていたからなのではないか。

 

偉大な先達の言葉と蹄跡は、時に折れそうになるわたくしの心に勇気を与えてくれます。

 

スプリントが適正距離だと言われていたミホノブルボンさまが、努力によって中距離を克服し、史上最強ステイヤーの一人と言われるライスシャワーさまに菊花賞で一バ身と少しまで食らいついた。

 

そうであるならマイル適性を持つわたくしが、努力によって中距離を克服するということは決して不可能ではないでしょう。

 

諦めるのは簡単ですが、それは自分のできること、やるべきことをすべてやってからでも十分に間に合うのですから。

 

 

激しいトレーニングを終え、夕食を頂いてから就寝するまでの時間は貴重な自由時間です。

 

スマホで読んでいたライトノベル(小学生の時から愛読しております)から壁掛け時計に視線を移すと、時刻は10時を指そうとしておりました。

 

そろそろ消灯なのですが、明日は週一のお休みの日ということともあり、もう少しだけ読書に勤しもうとスマホに視線を戻すと、コンコンと廊下からノックが聞こえてきます。

 

「はい」

「わたしだけど。入っていい?」

「ええ、大丈夫ですわ」

 

わたくしの返事を確認してから部屋に入ってこられたのは、G1・帝王賞出走のために大井レース場へ出かけられていたレアさんでした。

 

「おかえりなさいまし。帝王賞、優勝おめでとうございます。見事なレースでしたわね」

 

帝王賞の結果は、トレーニングの休憩中にチェックしておりました。

今日のレアさんは二着に五バ身差をつける圧勝劇を演じ、まさに格の違いを見せつけたレースぶりでした。

 

「ありがとう。ま、なんとかね」

 

わたくしの祝辞に彼女は謙虚にそう答え、手に持っていたバッグを所定の位置に置かれます。

 

「あれ、アデリナさんはどうなさったのです?確か、ご一緒のはずでは」

 

アデリナさんも今日の帝王賞に出走なさっていて、レアさんと一緒に出かけられたはずなのですが……。

 

「あぁ。今日はロビーのソファーでふて寝するって」

 

わたくしの疑問にレアさんは苦笑いを浮かべると、肩をすくめられました。

アデリナさんも決して悪いレースっぷりではなかったのですが、結果はレアさんの二着。

相手がダート世界ランキング現在一位のレアさんでは、正直仕方のない部分もあったと思います。

それでも、負けは負け。

相手が例え世界最強ウマ娘であろうとも、負けて悔しくないウマ娘などいないのです。

 

「まぁ、気持ちは分からないでもないですわね……」

「実は前回のフェブラリーステークスでも、その日の夜は寮のロビーのソファーで寝たみたいなのよ。でも次の日にはケロッとして普通に接してくれるようになったから、きっとこれがあの娘なりの、自分に勝った近しいウマ娘との距離のとり方、気持ちの整理のつけ方なんでしょうね」

 

こんな話を聞かせてもらえるのも、わたくしとレアさんでは主戦場が全く違っていて戦うことがないからなのでしょう。

 

ウマ娘同士の友情というものには、切ない一面があります。

トゥインクルデビューまでは仲良くしていても、出走するレースに格差が生じるようになれば格下の者はどうしたって引け目を感じるようになりますし、レアさんとアデリナさんのように同じ路線で戦う機会が多いウマ娘同士だと、いくら仲が良かったとしても、勝った負けたでやはり多少は気まずい雰囲気になるものです。

 

「そんなわけで、今夜は二人きりね。レムも明日は休みでしょう?レース場でお土産買ってきたから、それ食べながらおしゃべりでもする?」

 

そう言ってレアさんがカバンから取り出したのは、透明の袋に入ったワッフルのような、クロワッサンのような、あまり見たことのない洋菓子でした。

 

「美味しそうですけど……あまり見慣れないお菓子ですわね」

「あ、レムは食べたことない?クロッフルっていって、クロワッサンとワッフルをミックスさせたようなお菓子よ。元々は韓国発祥のお菓子でね、大井レース場の名物スイーツでもあるの。外はクロワッサンのようにサクサク、中はワッフルのモチモチ感が楽しめて美味しいわよ」

「なるほど、そのようなお菓子があるのですね」

 

わたくしは和洋ともに伝統的なお菓子をいただくことが多いので、このような新しい創作お菓子には少々疎いところがあります。

 

しかし、その両方の良い点を取り入れたお菓子というのも、興味がそそられるものがありますわね。

わたくしはそのどちらも大好きで、頂く機会が多いということもございます。

 

「ぜひご相伴に預かりたいですわ。今日のレースのことも、お聞かせいただきたいですし」

「レースのことねぇ……。いつもどおり一生懸命トレーニングして、なんとか勝ったってだけで大した話もできないんだけど。あ、クロッフルは全部食べないで、アデリナの分も残しておいてあげてね」

「……わたくしとてそれぐらいの気遣いはできますし、いくら甘味が大好物とはいえ、そこまで食い意地が張っているわけではございませんことよ?」

 

そんな冗談を交わし(少しばかりレアさんの目が本気だった気がするのですが、きっと気のせいでしょう)、わたくしたちは美味しいスイーツを頂きながら色々なことをお話しました。

 

将来のこと、過去のこと、勉強のこと、進路のこと、家族のこと、お互いの恋愛観……。

 

いつも教室でお話するようなたわいないことから、普段はしないちょっとばかりシリアスなことまで。

 

友人とこんなに長い時間、深い話をしたのは生まれて初めてのことでした。

 

時が経つのも忘れて夜明けまで語り尽くし、話題が途切れて二人の間に沈黙が降りた瞬間、わたくしはふと思いました。

 

将来歳を重ねて青春という言葉を聞いた時に思い出すのは、きっと今年の夏合宿や今夜のことなのではないでしょうか。

 

 

辛いことも楽しいこともすべてが貴重な経験になった夏合宿の日々は、あっという間に過ぎていきました。

 

あ、そうですわ。

なんでも、8月の半ばにフランスで行われたジャックルマロワ賞で、リナアラビアンさんが勝利なされたそうです。

日本からこのレースの勝ちウマ娘が出たのは、タイキシャトルさま以来だとか。

彼女に対しては色々と思うところはございますけれども、マイルでの才能はまさしく世界レベルのようで、なんにせよ日本のウマ娘が世界で活躍することは喜ばしい限りですね。

 

 

厳しいトレーニングを積み重ね、友人たちとの絆を育んだ夏合宿も今日が最終日です。

 

8月も終わりになると気温や陽射しこそまだまだ真夏のそれですが、少しずつセミたちの鳴き声も少なくなってきて、夏も終盤に差し掛かったんだなと感じさせます。

 

朝のアップのあと、トレーナーさんに呼び出されたのはいつもの砂浜ではなく、芝コースの練習場でした。

 

「おはようございます、トレーナーさん」

「おはよう、レム。今日はいよいよ、合宿最終日ね」

「そうですわね。ですが、どうして急に芝コースに?」

「それはね……あ、来てくれたみたいね。こっちこっち!」

 

トレーナーさんが手招きした方に視線を向けると、体操服姿のレアさんがこちらに歩いて来られます。

 

「レアさん?」

 

彼女とは部屋は一緒なのですが、わたくしとは主戦場が違うためか練習メニューはあまり重なるところもなく、同じ場所でトレーニングを行うということはこの合宿中一度もなかったのです。

 

「や、レム。今朝ぶりね。実は昨日の夜、自販機の前でレムのトレーナーさんに声をかけられてね。あなたとあなたのトレーナーさんさえ良ければ、明日レムと並走してあげてくれないかって」

「そうなのですか」

 

少しばかり驚いたのですが、そういうことでしたらやぶさかではありません。

しかし……。

 

「でも、どうして芝コースに?芝での併走トレーニングはさすがに脚元への負担が大きいのでは?」

 

芝を主戦場にしているウマ娘も、普段のトレーニングはダートやウッド、それにポリトラックなどの比較的脚元への負担が小さいバ場で行うのが一般的です。

 

芝でのトレーニングはスピードが出すぎるため、脚元への負担が他の練習バ場に比べて必要以上に大きくなってしまいます。

そういう理由もあり、芝でトレーニングを行うのは入学直後に芝適性をトレーナーさんたちが見るためか、どうしても本番と近い状況でトレーニングをしておきたいときなどに限られるのですね。

 

「ふふん。だってダート2000Mをわたしと本気で競っても、勝負にならないでしょう?」

「んん?それはいったい、どういう意味でしょうか?」

 

いくらレアさんとは水魚の交わりの仲とはいえ、そうはっきりと申されるとこちらも少々、角が出る思いがいたします。

 

彼女が『ダートでの勝負ならレムに負けるわけがない』と言いたいことはわかりましたが、これからレアさんとすることがどうにも判然といたしません。

 

「今日はレムに夏合宿の総仕上げとして、テストを受けてもらおうと思ってね。今から芝の2000Mをレアさんとマッチレースで戦ってもらうわ。もしあなたがレアさんに勝つことができたら……本格的に秋の計画を実行に移すつもりよ」

 

要領を得ないわたくしに、トレーナーさんは今から行うことを説明してくださいます。

 

ああ、なるほど。

ようやくレアさんが呼ばれた理由と言葉の意味が理解できました。

しかし……。

 

「そういうことでしたら、レアさんのお言葉、そっくりそのままお返しいたしますわ。いくら2000Mとはいえ、芝ではわたくしの相手にならないのではありませんこと?」

「普段お嬢様言葉使うからか、あんまりそんなイメージないんだけれども……意外とレムって負けず嫌いよね」

 

ちょっとあきれたように肩をすくめながら、レアさんは脚元の芝コースを軽く踏みしめます。

 

「こう見えてわたし、芝が全然ダメってことはないのよ。地方の南関校にいたジュニアの時は芝コースのある盛岡レース場や、中央の芝レースへの遠征も視野に入れていたぐらいだからね。わたしはどうしてもダートを走りたかったから、そちらの道に行っただけで」

 

そういえばレアさんは地方からトレセン学園へやってきた【転校生】とお聞きしたことがあります。

 

ふむ。

レアさんのお母様のスマートファルコンさまも実は芝のオープン戦を一度勝利なさっておられますから、本人がおっしゃるように血統的にもまったく走れないということはないのでしょう。

 

それでも……。

 

「ここでレアさんに芝で負けるようであれば、秋の計画を白紙に戻されたとしても諦めがつこうというものです。わかりました。よろしくお願いいたしますわ」

 

わたくしはすまし顔でレアさんに頭を垂れると、履いていたトレーニングシューズを脱ぎ、最近ようやく履き慣れてきた中距離用のレースシューズをバッグから取り出してそれに履き替えました。

 

 

世界一のダートウマ娘が芝を走るという物珍しさもあってか、コースの回りにはちょっとした人だかり(ウマ娘だかり?)ができてしまいました。

 

「レアさんが芝を走るの?」

「なんでまた、そんなことを……」

「でも、短距離G1ウマ娘VS最強ダートウマ娘の芝対決って、ちょっと面白そうじゃない?」

 

そんな声があちこちから聞こえてきます。

 

ファンの皆様の前で走るのはもちろんレース場で慣れっこなのですが、たくさんのウマ娘たちの注目を浴びながらレースをする、というのはなんだか妙に居心地の悪いものがありますわね……。

 

そんな益体もないことを考えながらあたりを見回していると、なんとお姉様までがわたくしたちを見学なさっているではありませんか。

 

「えっ、あれ、メジロラムさんだよね?」

「あの人がこういうイベントっぽいことに顔を出すのって珍しいよね。やっぱり、妹さんが気になるのかしら?」

 

唯我独尊を地で行くお姉様は、当然そんな周りの声など全く気にした様子もありません。

ヨレ一つないジャージの胸元にG1制覇の勲章である九つの星を身につけ、腕を組んでわたくしたちを見据えていらっしゃいます。

 

「はーい、ふたりとも準備はいい?」

 

思わぬVIPの登場に意識がそちらに飛んでしまっていましたが、トレーナーさんの声を聞いてわたくしは自身の状況を思い出しました。

そうです。

今からこの夏の、すべての成果が試されるのです。

 

集中しないと。

 

ゴールの位置に立っているトレーナーさんが、手にしていたスターターピストルを空へ向けられました。

トレーナーさんの隣りにいる男性トレーナーは、何度かお見かけしたことのあるレアさんのトレーナーさんですね。

 

もうすでに準備を整え終えていたわたくしとレアさんは、右手を上げていつ発走しても大丈夫だ、という意思表示をします。

 

「じゃあ、位置について……」

 

パァン!とゲートが開く音より軽く大きい音が、芝コースに響き渡りました。

 

先手を取ったのは、レアさんです。

お母様のスマートファルコンさま譲りの先行力で、ぐんぐんとわたくしを突き放していきます。

芝でもダートと変わらぬ加速力を見せたのは、さすがと言わざるを得ません。

 

わたくしは今日のテストを、天皇賞前の【トライアルレース】と考えることにいたしました。

 

逃げるウマ娘が一人。

先行勢が数人。

わたくしの周りには同じ差しのウマ娘たちが一団を形成していて、残り数人が後方に控えている。

 

そんなイメージを持って、芝コースを駆け抜けます。

 

淡々とした流れでマッチレースは進み、1000Mを通過しました。

 

ペースは平均といった感じで、レアさんとはおよそ10バ身ほどの差があります。

 

そろそろすこしずつ、差を詰め始めたいところです。

 

そう考えてこちらが一つギアをあげると、同じタイミングでレアさんのスピードがわずかに緩みました。

おそらく、一息入れたのでしょう。

 

そんな呼吸の交換もあって、彼女との差が徐々に詰まってまいりました。

 

そしてレアさんとの差が残り五バ身ほどになったころ、残り400Mで最後の直線を迎えます。

 

2000Mの距離を走ることを強く意識してペース配分をしていたのが功を奏したのか、スタミナはいつものレースの終盤と同じぐらい残っていると感じていました。

 

もちろん、この夏の特訓の成果もあったでしょう。

 

ここが勝負どころと感じたわたくしは脚の回転を上げ、トップギアに切り替えました。

 

五バ身あった差が少しずつ縮まり、眼前に彼女の長身の背が迫ります。

 

わたくしの気配を感じたのでしょう、レアさんはチラリ、と視線だけこちらに振り返りました。

 

「やるわね!でも、まだこれからよ!」

 

彼女はそういうと、細身の身体をまるでターフに潜らせんとするかのように深く沈み込ませてさらに力強く地面を蹴り込みました。

 

半バ身ほどにまで迫っていた背中が、瞬く間に一バ身、一バ身半と遠ざかっていきます。

 

……これが【逃げて差す】とまで言われる、世界最強ウマ娘・ファルコンレアの末脚!

 

強い!

 

芝なら絶対にわたくしのほうが強い、と思っていましたが……レアさんとはウマ娘としての格が違いました。

 

そう思い知らさせたわたくしの脚はもうとっくにトップスピードに達しており、スタミナも限界を迎えようとしています。

 

ですが……それと同時に疲労困憊の脚は今まで感じたことのないような、不思議な感触も覚えておりました。

 

それは掴みどころのないもので、でも、もう少しでなにかを感じ取れそうな感覚であり……。

 

「!」

 

残り200Mのハロン棒を通過してスタミナがとうとう限界を迎え、さすがにもうダメか……と思った瞬間でした。

 

脳の中で何かが弾けたような感覚がしたかと思うと、もう限界を迎えているはずの脚の動きが突如変容したような錯覚に襲われました。

 

それが何なのか、わたくしにはわかりませんでした。

ですが、ウマ娘としての本能はしっかりとそれの本質を理解し、わたくしに教えてくれます。

 

【お前は今、限界を超えたのだ!】

 

わたくしは本能より一瞬遅れてそれを知覚し、あとはその本能の命ずるまま、ターフに蹄跡を刻みつけました。

 

残りはあと100M!

 

二バ身以上あった彼女との差が、一完歩ごとに詰まっていきます。

脚の勢いは完全に、わたくしのほうが勝っていました。

 

「なっ……!?」

 

そんな驚愕の声をあげたレアさんを捉えたところがゴールで、パンパンッ!!とピストルの音が練習場に響き渡りました。

それとともにおお~っ!という歓声とどよめきが、見学していたウマ娘たちからあがります。

 

「ゴールっ!……どっちが勝ったと思う?」

「あれだけの僅差だと、写真判定しないとわからないね……」

 

ゴール前にいた二人のトレーナーさんたちの声を聞きながら、わたくしはゆっくり速度を落として立ち止まり、乱れた息を整えていました。

 

しかし最後ゴール前、レアさんを差し切れたかどうかは……正直、微妙ですね。

レアさんのような超一流のウマ娘は、たとえ僅差の勝負になってもどういうわけかわずかに残して勝っている、ということが多いのです。

 

超一流といえば、お姉様はどうしていらっしゃるのでしょう?

……きっと秋の天皇賞で戦うことになるであろうお姉様の目に、このマッチレースはどのように映ったのでしょうか。

そんなことが気になったわたくしは、レース前にお姉様がいた場所に視線を移してみましたが……もうそこに人影はありませんでした。

 

お姉様はどうやら、最後までわたくし達の勝負を見てくださったわけではないようです。

 

疲労だけではない深い溜め息をつきながらレアさんの方を見ると、彼女はほとんど息を乱した様子もなく、わたくしの方をじっと見つめていらっしゃいました。

 

「……?どう、なさいましたか?」

 

まだ呼吸が整わない喉の奥から声を絞り出し、そんな彼女に声をかけます。

 

「ん、いや。あそこまで追い詰められたのって、久しぶりだったから。……あなたの主戦場がダートだったら、わたしの手強いライバルになっていたかもね」

 

レアさんの美しい細面は、わずかにこわばっているように見えました。

それを見るに、彼女は決して世辞や建前でそんなことを言っているのではなく、一人のウマ娘としてわたくしのことをそう評価してくださっているのでしょう。

 

「ありがとうございます。今回は芝でしたし、今後のことが懸かっていましたから……今日のマッチレースは負けるわけにいきませんでしたからね」

 

笑顔でそういうわたくしに、レアさんはなぜかちょっとばかり怖い微笑を返してくださいます。

 

「いや、ちょっと待ってよ。なに勝手に勝った気でいるのよ。確かにゴール前の勢いはレムのほうがあったかもしれないけど、感覚的にはわたしが残している感じだったわ」

 

超一流のウマ娘ともなると、たとえトレーニングの一環のような競走であっても、負けることはプライドが許さないのでしょうか。

 

でもですね。

 

「いえいえ、さすがにわたくしが差し切ってると思いますわよ。……こういうことは当事者二人で言い合ってても仕方ないですし、ゴール前で見てくださっていたトレーナーさんたちに聞きに行きましょう」

「確かに、それもそうね」

 

わたくしたちは自分が勝ってる、いや、勝ってるのはこちらだ、と言い合いながら二人のトレーナーさんのもとに急ぎます。

 

「ふたりともお疲れ様。レアさん、慣れない芝でマッチレースに付き合わせて申し訳なかったわね」

「いえ、いい経験になりました。ところで、レムには申し訳ないんですけど、わたしの方が勝ってましたよね?」

 

レアさんが自信たっぷりにそういうと、トレーナーのお二人は顔を見合わせます。

トレーナー二人のレース見解を聞かせてくださったのは、レアさんのトレーナーさんでした。

 

「そのことをさっきまで彼女と話していたんだけどね。あの僅差だと、目視で勝敗を確認するのが難しくて。今日のマッチレースは非公式だし、今回は同着で引き分け、ということにしておいてもらえないだろうか」

 

そういう彼に今度はわたくしたち当事者が顔を見合わせ、お互いにため息を交換しました。

 

「ま、その辺が落としどころかしらね。次こんな機会があったら、絶対に負けないから」

 

非公式の、それも畑違いの芝でのレースだったにも関わらず、レアさんはまるでレースで勝てなかったときと同じような雰囲気です。

 

「レースの前にわたくしのことを負けず嫌いっておっしゃっていましたけれども。ひょっとしてレアさんはわたくし以上の負けず嫌いなのでは?」

 

わたくしがそのことを指摘すると、レアさんはニッと笑って胸を張りました。

 

「もちろん。わたしは負けるのが大嫌いなのよ。だから今まで誰にも、一度も負けてないの」

 

レアさんのここまでの戦歴は15戦15勝。

11戦全勝というURA無敗記録を持っていたクリフジさまを抜き、今なおその記録を更新し続けているのです。

 

「レアさんにそう言われてしまえば、こちらとしてはなにも言い返せませんわ……」

「そうでしょう?でもね、レム。今日のあなたは、そんなわたしと同着まで持ち込んだ」

 

彼女はわたくしの顔をしっかり見据え、肩に優しくポン、と手を置かれました。

 

「この秋、なにか目標があるのでしょう?絶対にやり遂げたい、やり遂げなければならない大きな目標が。詳しくは聞いてないし、根掘り葉掘り聞くつもりもないけど……今のレムならきっと大丈夫。自信を持って挑戦してきて」

 

友というものは、ありがたいものです。

レアさんはわたくしに根拠なくそういうと、自分のトレーナーに「行きましょうか」と声をかけ、今日のトレーニングメニューを相談しながら去っていきました。

 

「トレーナーさん。レアさんはああ言ってくださいましたけど、トレーナーさんは今日のわたくしの走りを見て、どう感じられましたか?」

「そうね……」

 

わたくしの問いかけに、トレーナーさんはあごに手を当てて少考なさいます。

 

「レム。あなたはこの夏、私の想像以上の力をつけてくれたみたいね。正直、芝とはいえあのファルコンレア相手に、2000Mを引き分けるほどの実力をつけているとは思ってなかったわ」

 

それはなかなか、手厳しい評価でしたのね。

 

「距離の壁は分厚くて、相手は強い。でも、今のあなたならやれるかもしれない」

「そうおっしゃってくださるということは……」

「ええ、目指すわよ。この秋の【スプリント・マイル・中距離三階級制覇】を。あなたと、私の二人でね」

 

これでようやく目標のスタートラインに立てた、というだけです。

それでもわたくしはトレーナーさんのお言葉に、大きな達成感とそれに伴う胸の高鳴りを抑えることができませんでした。

 

「ありがとうございます。目標をただのスローガンや夢で終わらせないためにも……これまで以上のご指導ご鞭撻、よろしくお願い申し上げますわ」

「その意気やよし!まずは秋緒戦のスプリンターズステークスを目標に、しっかりトレーニングしていきましょう。今日はマッチレースで脚はしっかり使えたから、残りの時間は上半身の筋トレにあてるとしましょう」

 

トレーナーさんの指示にわたくしは大きくうなずくと、合宿最終日のトレーニングルームへと駆け出したのでした。

 




長文読了、お疲れさまでした。

今回は夏合宿編をお送りさせていただきました。

壁を破るというのはなかなか大変なもので、そこを突き抜けることができずに
挫折してしまったり、その壁の前で倦んでしまったりすることは
何かに取り組んでいるとよくあることです。

私は多趣味でいろんな物に手を出しました。
将棋・麻雀・イラスト・そして小説……。

どれも一生懸命けっこう長期間やってまんなかぐらいまでは行くのですが、
なかなか上級者の仲間入りをさせてもらえません(笑)。

才能がないのか努力が足りないのか、年齢のせいなのか。
努力の方向性が間違っている可能性も、なきにしもあらずです。

今回も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
物語も、いよいよ佳境に入ります。

よかったらまた、読みに来てください。

それではまた、次回作のあとがきでお会いしましょう!
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