※オリウマ娘注意です。
誕生日:4月22日
体重:ふっくらとした、いい仕上がり。
身長:158センチ
スリーサイズ:89・58・85
サマースプリントシリーズの総決算、G2セントウルステークスをわたくしはトレーナー室のテレビで観戦しておりました。
本来であればスプリンターズステークスへの前哨戦として、この重賞に出走する予定だったのですが……。
この秋、わたくしはスプリンターズステークス・天皇賞(秋)・マイルチャンピオンシップという激戦が予想されるG1に挑戦するつもりです。
トレーナーさんとしっかり話し合った結果、わたくしの脚の具合とレースでの消耗を考慮してステップレースは使わずに目標のレースに直行することにしたのですね。
このG2はライラクロスさんがG1ウマ娘の地力の違いを見せつけてレコード勝ち。
これで彼女はCBC賞・アイビスサマーダッシュ・北九州記念、そしてセントウルステークスを制覇して、文句なくサマースプリントシリーズ覇者の名乗りを上げました。
『ライラクロスさん。セントウルステークス、そしてサマースプリントシリーズ制覇おめでとうございます!』
インタビュアーも偉業を達成したウマ娘に、興奮気味にマイクを向けます。
『ありがとうございます!』
『今回はサマースプリントシリーズ史上最高のポイントを獲得しての制覇になりましたね!』
サマースプリントシリーズはレースごとに着順ポイントが設定されており、重賞を4勝した彼女は42ポイントという圧倒的な獲得点数で優勝なさいました。
『はい。自分では出来すぎの結果だったと思うんですけど、秋のG1に向けてはずみがつけられました』
『秋には二連覇がかかるスプリンターズステークスが控えていますものね。この勢いなら連覇に向けて死角はないと思われますが、ご自身はどのように感じていらっしゃいますか?』
『いえいえ、決してそんなことはありませんよ。サマースプリントシリーズでも際どい勝負がたくさんありましたし、春の高松宮記念では手痛い負けも経験していますからね』
ライラクロスさんの言葉に、インタビュアーは意外そうな声でインタビューを続けます。
『高松宮記念といいますと……えーと、優勝したのはメジロレムさんでしたっけ?でも、あのレースはかなり彼女に有利な状況が揃っていましたし、今のライラクロスさんならまず負けないのではありませんか?』
このインタビュアーは結構手厳しい問答をなさることで有名な方なのですが……それにしてもはっきりと仰ってくださるものです。
『いえ、もちろん強敵はたくさんいますけど……一番警戒しているのは、やっぱりメジロレムさんですね。彼女に関しては色々言われてはいるようですけど、その実力は本物ですよ』
ライラクロスさんがそう言ってくださっても、インタビュアーの方はリップサービスと取ったようで、なんとも言えない苦笑を浮かべているだけでした。
『そうですか。ライラクロスさんにはスプリンターズステークスのあと、海外遠征も視野に入れているというお話も聞きますが』
インタビュアーはもうこれ以上今日の主役から有益な話は聞き出せないと判断したらしく、話題をあっさりと切り替えました。
『……はい。あくまで結果次第なんですが、11月上旬にアメリカで行われるブリーターズカップターフスプリントに挑戦するつもりです』
レースなんて因果な商売をやっていると、こんな失礼なインタビューは日常茶飯事です。
ライラクロスさんも一流のウマ娘ですからその辺はよくわかっていらっしゃるらしく、一瞬の間をおいて気持ちを切り替え、笑顔で質問に答えられていました。
彼女がこの秋に海外へ遠征する、というお話はわたくしもうわさ程度には聞き及んでいました。
BCターフスプリントへ挑戦なさるのであれば、次のレースはライラクロスさんにとって【負けられない闘い】になるでしょう。
その後はテンプレートのような質疑応答が続き、最後はお互いに今日はありがとうございましたと挨拶を交わして、インタビューは終了となりました。
あれだけの実績を残している方が、わたくしを警戒に値するウマ娘だとおっしゃってくださっている。
【ライバル】だと、認めてくださっている。
あらためてわたくしは『恥ずかしいレースはできない』と気合を入れ直したのでありました。
「う~ん……やっぱり、タイムが悪くなってるわね」
まだまだ残暑厳しい放課後の練習場。
トレーナーさんは難しい顔でストップウォッチを確認なさいました。
「やはり、そうですか」
その事実にもちろん落胆はしたのですが、これは想定の範囲内の出来事です。
「下半身を鍛えてスタミナをつけた分、どうしても短い距離で出せる瞬発力が犠牲になるのよね……」
トレーナーさんのお言葉に、わたくしは首肯します。
ウマ娘の距離適性に関するトレーニングというのは、基本的にトレードオフになっています。
もちろん、持って生まれた距離適性があるということは大前提としまして……。
スタミナをつけるためのトレーニングは短距離に必要な速筋はあまり鍛えられませんし、瞬発力を鍛えれば長い距離を走るための遅筋の成長はどうしても抑制されてしまいます。
このトレーニングのトレードオフが、長い日本レース史のなかで【三階級制覇】を成し遂げたウマ娘がいない最大の理由なのです。
「この夏のトレーニングでスタミナがついているのは確かだし、短距離に適した瞬発力もそんなに急に衰えるはずがないから、要するに身体と筋肉の使い方だと思うのよね。やっぱりもっと【彼女】の走りを研究する必要がありそうね」
「そうですわね」
トレーナーさんの言う【彼女】とは、スプリント・マイル・中距離の三階級制覇に最も近づいたウマ娘・ヤマニンゼファーさまのことです。
彼女は天皇賞(秋)と安田記念を勝利され、スプリンターズステークスでも2度2着するという実績を残されています。
ちなみにその時のスプリンターズステークスに勝ったウマ娘がニシノフラワーさまとサクラバクシンオーさまですから、時代が違えば史上初の三階級制覇の栄誉はヤマニンゼファーさまのものになっていた可能性が高いでしょう。
「じゃあもう一本、軽く坂路流してトレーナー室にいきましょう。ヤマニンゼファーさんのスプリンターズステークス、安田記念、天皇賞での走りを徹底研究するわよ」
トレーナーさんのお言葉に応えるかわりに、わたくしは坂路に向かって駆け出していきました。
ヤマニンゼファーさんのビデオを研究していたわたくしたちは、陽もどっぷり暮れた頃に一つの結論を得ていました。
「どうやら彼女はレースによってフォームを変えていたようね。言うのは簡単だけど、誰にでもできることじゃない。彼女に生来の器用さと柔軟性があったのはもちろんだけど、フォームを距離別に切り替えても安定した走りができるよう、とんでもない量の修練を積んでそれぞれのフォームの習熟度を限界まで高めたんだわ」
トレーナーさんの出した結論に、わたくしもうなずきます。
通常、ウマ娘の走行時のフォームというのは現役を通じてほとんど変わることはありません。
レースごとにフォームをコロコロ変えていたのでは、安定した走りをすることができないからです。
しかし、彼女はそれをやってのけていた。
当然才能や適性というものもあったのでしょうが、それを支える膨大なトレーニングやクリエイティブな工夫なくしてその離れ業を習得することはできなかったことでしょう。
「フォームの改造は大変だけど……幸い、G1三連戦の緒戦はすでに実績のあるスプリントだからそれほど大きな変更は必要ないでしょう。だけど、中距離の天皇賞、それに【最強で無敵のウマドル】を相手にするマイルCSではそれなりのフォームの改良が必須になるわね。長年慣れ親しんだフォームを捨てるわけだからそれだけでも大変でしょうし、最悪そのせいで走りのバランスが崩れて思ったような結果が出ないかもしれないわ」
トレーナーさんの見解を、わたくしは真剣な眼差しで彼女の顔を見つめて傾聴します。
「でも、そのリスクを取らないとそれぞれの距離の壁を乗り越えて勝利するというのはほとんど不可能でしょうね。今のフォームのままで3連戦に挑んでやれるだけやってみる、というのも私は悪くないと思うわ。それでも展開に恵まれれば勝ち負けはともかくとして最低掲示板には乗れる、というのが今の私の見通し。……レムは、どうしたい?」
わたくしの答えは、決まっていました。
「もちろん、勝つ確率を上げるためにフォーム改造に取り組みたいと思っておりますわ。リスクというなら天皇賞とマイルCSに挑むという時点で、すでに大きく取っているのですから」
「それもそっか」
力強く言い放つわたくしに、トレーナーさんは笑ってくださいました。
「じゃあとりあえずは、短距離でスピードを出す感覚を取り戻すためにしっかりと瞬発力を鍛え直しましょう。天皇賞とマイルCSで戦う時のフォームは、私の方で研究しておくわね」
「お手数おかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「いいのよ。ウマ娘の目標をサポートすることが、トレーナーの仕事なんだから」
にこやかにそう言ってくださるトレーナーさんに、フォームのことは彼女を信頼して任せておけばなんの心配もいらない、わたくしはトレーニングに全身全霊で打ち込めばよいのだと、心の底から思えたのでありました。
広い坂路コースは、いつもたくさんのウマ娘で賑わっております。
トレセン学園にはいくつものトレーニングコースがありますが、一番利用者が多いトレーニング施設が坂路なのですね。
脚元への負担はそれなりに大きいのですが、効率よく瞬発力と心肺機能を鍛えられるのが人気の秘密です。
「レム!脚が綺麗に捌けてないわ!もっとストロークの流れとストライドの大きさを意識して!」
「はいっ!」
トレーナーさんの激励を背に、わたくしは長い坂道をトップスピードで駆け上がります。
本日2本目の坂路で心臓と肺は限界近くまで稼働しており、肉体的にはかなり厳しいのですが、気持ちの方はとても充実していて、もっと走りたい!と心が叫んでいました。
そろそろ脚に溜まった乳酸の量も限界を感じ始めた時、坂の終わりが見えてきました。
わたくしの脳内は坂のある中山レース場と、そこの最後の直線を走るライラクロスさんのゴーストを生成していて、彼女を捉えるべく最後の力を振り絞ります。
しかし坂を登りきる手前で、そのゴーストは消えてしまいました。
「はぁっ……はっ……はぁ……」
坂を登りきってゴールに飛び込んだわたくしは、ギャロップからウォークへとゆっくりと速度を落とし、立ち止まって息を整えます。
想像上の彼女を捉えきれたかは、定かではありません。
それは本番での楽しみに取っておきましょう。
「お疲れ様!また一段と速くなったんじゃない?」
「きゃっ!」
いきなり声をかけられたのに驚き、わたくしは思わずぴょん、と後ろに飛びはねてしまいました。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。こんな真っ昼間から幽霊が出るわけでなし」
声の主を確認すると、そこにはスプリンターズステークスのディフェンディングチャンピオンであり、今年のサマースプリントシリーズの覇者であるライラクロスさんがちょっと不本意そうなお顔をして立っておられました。
「た、確かにそうですわね。大変失礼いたしました」
わたくしは彼女に頭を下げつつ、思わず目の前にいる彼女が二本脚で立っているのかを確かめてしまいました。
ひょっとしたら疲労困憊のわたくしが見ているゴーストという可能性も、なきにしもあらずですからね。
しかしよく考えてみると、さきほどまで脳内で生成していたゴーストのライラクロスさんもしっかりと二本脚で坂路を走っていたわけですから、あまり意味のない確認だったのかもしれません。
「いや、別に謝らなくてもいいけどね。メジロレムさんはデビューした時からあまり脚が丈夫じゃないって聞いてたけど、最近はしっかり坂路を走り込めてるようね。脚の調子はどう?」
「はい。おかげさまでなんとか坂路を走り込めるぐらいには成長したようです」
わたくしがそう返事すると、彼女は満足げにうなずきます。
「そっか。やっぱライバルには万全の状態で出てきてほしいからね。強い相手を倒してこそ、自分の勝ったレースの格も上がるってものだから」
その言葉には確かな実績と実力に裏打ちされた、本物の自信が垣間見えました。
「わたくしがライラクロスさんのライバルというのはおこがましいですが……G1に恥じないレースになるよう、鋭意努力するつもりですわ」
「強い娘ってのはだいたい謙虚なものなのよね……。今回のG1には私も海外遠征が懸かっているし、高松宮記念の時みたいにはいかないから、覚悟しててね!」
ライラクロスさんはニヤッと笑って指鉄砲をわたくしに向けると、「BANG!」と冗談っぽく言って坂路のスタート地点に向かって駆け出していきました。
それにしても彼女は相当、わたくしの実力を高く買ってくださっているようですね。
G1ウマ娘であり、サマーシリーズも制している実力者のライラクロスさんにそう思っていただけていることは、非常に光栄なことです。
……ライラクロスさんに限ってそんなことはないでしょうが……スプリンターズステークスが終わったあと、結果はともあれ『メジロレムの実力を買いかぶり過ぎていた』とだけは言われないよう、しっかりトレーニングをしておかなければなりません。
懸念された瞬発力とスピードは、トレーニングを重ねるうちに高松宮記念の時以上のものを取り戻すことができました。
これはトレーナーさんの努力によるところが大きかったと思います。
どうやらトレーナーさんはフォームのことを寝る間も惜しんで色々調べてくださったらしく、あの研究の日の数日後には大量の資料と研究を纏めたノートを抱えてトレーナー室にやってこられました。
その研究ノートにはわたくしの体の作りを徹底的に分析して導き出されたスプリント・マイル・中距離、それぞれ最適化されたフォームの造り方が書かれていました。
最初はトレーナーさんもわたくしも、スプリントでのフォームはそれほど大きく変更するところはないだろうと考えていたのですが、研究を進めるうちに少し改良すればスプリントでの効果が望めることがわかったらしいのです。
慣れ親しんだフォームを触ることにわたくしも若干の不安を覚えたのですが……一週間もしないうちに大きな効果を発揮したのには驚きを隠せませんでした。
『よかった。今回はレムの役に立つことができて……』
フォーム改造後のわたくしのタイムを見てそんなことをいうトレーナーさんに、わたくしは目をこすって込み上げてきた感情をごまかしました。
スプリンターズステークスが開催される本日の中山レース場は、まるでG1開催を祝うかのような日本晴れに恵まれました。
ここ数日は同じような天候が続いておりましたので、バ場はきっとパンパンの良バ場でレースが行われることでしょう。
「G1の舞台はもう3回目だけど、やっぱり緊張してしまうわね」
トレーナーさんは落ち着かない様子で、控室に常備されているミネラルウォーターを口に運びます。
「そうですわね。でも、慣れきってしまうのもあまりメンタル的に良くないでしょうから……。良い意味での緊張感は、いつまでも忘れないようにしたいものですね」
「いいこと言うわね。さすがG1ウマ娘だわ」
「わたくしの担当トレーナーが、素晴らしい人なので」
「嬉しいこと言ってくれるわねえ」
そう言って彼女はポン、とわたくしの背を優しく叩きます。
「今のあなたなら、どんなレースになっても大丈夫。気をつけていってらっしゃい!」
そんな励ましを受けたわたくしは控えめにうなずくと、ファンの皆様が待つパドックへ向かうために控室をあとにしました。
今日のスプリンターズステークスは秋のG1戦線の緒戦ということもあり、ファンの皆様の熱気からも逸るものが感じられました。
ただその熱気の大半は、一人のウマ娘に向けられているようです。
そのウマ娘が舞台に姿を表すと、大声援が巻き起こりました。
「クロスさま~!こっち向いてください~!!」
「ライラクロスー!今日はスプリンターズステークスを連覇して、歴史的名スプリンターの仲間入りを果たしてくれよ!」
そんな声があちこちから聞こえてまいります。
サマースプリントシリーズを制し、スプリンターズステークス二連覇が懸かるライラクロスさんは、当然のように1番人気に支持されていました。
その支持率は70%を超えており、専門家たちも彼女の二連覇に死角がないようなことを報じています。
彼女はその大声援に応えるように両手を大きく振って絶好調をアピールすると、何をもったいぶるわけでもなく、それだけでさっそうと舞台から降りられました。
舞台でのシンプルなパフォーマンスは、あとはレースで私の活躍を見てくれと言わんばかりの自信に満ち溢れているようでした。
今日の二番人気は当然春のスプリント戦を制したこのわたくし……ではなく、CBC賞でライラクロスさんの二着に入り、8月下旬に行われたキーンランドカップを制覇したピクトアデーラさんが推されていました。
で、差のない三番人気にわたくしというわけです。
一番人気に推されないのは仕方ないとして、春の実績もあることですし、今日は二番人気くらいにはなるのではと思っていたのですが……。
レース前に専門誌を読むと【メジロレムはいくらG1ウマ娘と言っても、夏場に一度もレースを使っていないのはさすがに不安が残る。今回に限っていうなら打倒ライラクロスの一番手は、夏を順調に戦ってきたピクトアデーラだろう】【春の高松宮記念は差し脚質での外枠や大雨の中での不良バ場など、メジロレムに明らかに有利な条件が揃っていた。良バ場ならライラクロスを推さざるを得ない】と書かれておりました。
GⅠを勝っても(しかも同じ1200Mで!)評価していただけないとなると少々自己卑下的な感情を抱きたくもなりますが、結局は結果で世間様を見返す他ないのでしょうね。
そんなちょっとしたわだかまりを抱えつつもわたくしは舞台の上で小さく手を振り、ファンの皆様にほほえみを振りまいていたのでした。
本バ場に入場すれば、そんな些細な心の棘は感じなくなります。
感じなくなるだけで依然それはわたくしの中に存在しているのですが、その棘のささくれた微痛を抱えたままレースに挑むのとそうでないのでは、精神面に大きな違いが生まれてくるのです。
今回は安田記念のときのようにゲートインを渋ることもなく、わたくしはすんなりと割り当てられた四枠七番に収まりました。
最後の一人が、ゲートに収まった音がいたします。
これで全員、ゲートイン完了。
スタートしました。
いつも通りの感じでゲートを出たわたくしは、あたりを見回しながら序盤の位置取りを考えます。
ハナを切っていったのはやはり戦前の予想通り、二番人気のピクトアデーラさんです。
他にも二人、逃げ脚質の娘がいるのですが、逃げウマ娘の中で実力が抜けている彼女に無理に競りかけようとする娘はいませんでした。
先頭集団を形成する逃げウマ娘たちから少し空いて、圧倒的一番人気のライラクロスさんの様子をうかがうように先行勢が一団を作っています。
高松宮記念のときは先行勢の先頭を張っていたライラクロスさんですが、今日はどういうわけか、集まりのしんがりを務めていらっしゃいました。
ライラクロスさんはしきりにチラチラと後方を確認なさっています。
そしてわたくしの位置を確認すると、ようやく少しばかりギアを入れ替えて集団の真ん中にまで位置を上げられました。
どうやら彼女は、わたくしのことを相当気にしてくださっているようです。
強敵がわたくしのことを【警戒すべきウマ娘だ】と思ってくださっていることを、レース中ながら不覚にも嬉しく思ってしまいました。
おっと、いけませんわね。
わたくしは逸れた注意をバ群に戻し、今度は自分と同じ差し脚質、それにわたくしたち差しより後ろに陣取っている追い込み勢の方たちを観察します。
彼女たちはそれほど周りを気にしている風でもなく、それぞれが自分のペースでレースを進めているといった感じでした。
こういう展開だと、逃げウマ娘が数人いるにも関わらず、ひょっとしたらスローペースになるかもしれません。
そうしてわたくしがレースの現状を分析しているあいだに、最初の勝負どころである残り800Mの標識を先頭を走っているピクトアデーラさんが通過しました。
体感的には、1200Mのレースにしてはかなりのスローペースのように感じます。
ハナを突き進んでいるピクトアデーラさんを始め、先行しているウマ娘たちにこのまま楽をさせてしまうとそのまま前残りで決着、なんてことにもなりかねません。
わたくしは覚悟を決めると、思い切りアクセルを入れてバ群を割るように順位を上げていきます。
「えっ……もう仕掛けるの!?」
バ群の中央よりやや前の方に位置していたライラクロスさんを追い抜く際、そんな困惑に満ちた声が聞こえてきました。
一応人気上位のウマ娘であるわたくしの仕掛けに、場内がにわかに沸き上がったのが耳に入ってきます。
わたくしは脚のギアを上げ続け、残り600Mの時点ですでに先行勢の先頭を走っており、500Mを切ったときには二番手に付けておりました。
わたくしが順位を上げるたび、スタンドの声量が、熱量が増していくのがわかります。
そして中山の短い最後の直線に入ったときには逃げていたピクトアデーラさんさえ追い抜き、15人の歴戦の戦士たちを引き連れてわたくしはすでに先頭に躍り出ていました。
直線の入り口で先頭にいるなんてことは、わたくしの9戦のキャリアの中で初めてのことです。
「おいおい、レムの仕掛けさすがに早すぎんだろ!」
「掛かってしまってるんじゃないか!?」
そんな声がスタンドのどよめきに混じって聞こえてきます。
掛かっている?
まさか。
わたくしの思考はかつてないほどクリアに冴え渡っており、この仕掛けはわたくしの中ではこれ以上ないベストタイミングでした。
さあ、最後の直線勝負です!
わたくしはいよいよアクセルを全開にし、脚をトップスピードに載せます。
「!!あの早仕掛けで……なんて加速力っ!」
そう叫んだウマ娘は、いったい誰だったのでしょうか。
この加速力はトレーナーさんが不眠不休の研究の末開発してくださった、新しいフォームのおかげです。
改良された新フォームは、わたくしを未知のスピードの世界へといざなってくれました。
そしてその爆発的なスピードを支えているのは、夏の猛特訓で培ったスタミナです。
わたくしの心臓と肺は、まるで炎が猛っているが如く激しく動き回っているものの、ほとんど疲労を感じておりません。
鍛え抜いたスタミナに自信があるからこそ、わたくしはあれだけのロングスパートを自信を持って仕掛けることができたのです。
わたくしはいまだかつて感じたことのない風を全身に受けながら、中山の直線を駆け抜けていました。
何という興奮。
何という多幸感!
しかしその風が外からやって来ている、とてつもないプレッシャーでひりついてくるのがわかりました。
まるで戦車の進軍のような足音を響かせながらわたくしを猛追しているのは、一番人気のライラクロスさんで間違いありません。
だた、聞こえてくる足音と感じる重圧は、その一つだけ。
おそらく、あとの娘たちははるか後方でしょう。
どうやら優勝争いはわたくしたち二人にまで絞られたようです。
残り200M。
ここから中山レース場名物、高低差2.2Mもある坂が待ち受けています。
しかし坂路でしっかり鍛えたわたくしの脚は、その急な坂道をまったく苦にしませんでした。
さりとて、それは相手も同じようなもの。
わたくしは彼女が学園の坂路コースを一日何本もハードに駆け上がっているのを、間近で見ておりました。
確かに一瞬の瞬発力では、徹底的に坂路で磨き上げた脚を持つライラクロスさんのほうが一枚上手かもしれません。
しかしわたくしにも地道にポリトラックやダート、それに夏の砂浜で鍛え上げた持久力と根性がありました。
坂を登りきり、残り100M!
まだ彼女の姿は視界に入ってこないものの、その蹄鉄の音は確実に大きくなってきています。
鍛えたスタミナも無限に続くわけではなく、とうとう限界がやってきたようです。
「はぁっ……はっ……はぁっ……っ!」
心肺が悲鳴を上げはじめ、息は上がり、酸素の供給量が減った脚色が急に悪くなり始めました。
ですが、わたくしのレースはここからです。
非才で非力なわたくしに、今までのレースで余力を残して終わったものなど、一つもありません。
どんなレースでも、肉体の限界を超えて走ってきました。
ろくでもない才能と能力を、精神力でカバーしてきたのです。
不器用で泥臭い、エレガントさなどとは無縁なウマ娘。
それがわたくしというウマ娘なのです。
残り50M。
ゴール板が見えてきたのと当時に、とうとうやってきたライラクロスさんの決死の形相を、わたくしの目は捉えていました。
彼女も、負けられない。
わたくしも、負けられない……!
『うおぉおぉおぉぉぉっ……!!』
栄光のゴールを目指し、お互いに獣のような雄叫びを上げながら、最後の力を振り絞って中山のターフを蹴り上げます。
一瞬お互いの視線がぶつかり合い……そしてわたくしの視線がかすかに後ろに向いた瞬間が、ゴールでした。
二人のウマ娘がゴール板を駆け抜けた瞬間、中山レース場を揺るがすような大歓声があがります。
僅差ではありましたが、勝利を確信していたわたくしはスタンドに向かって小さく手を振りました。
対するライラクロスさんは後続のじゃまにならぬ場所までゆっくりと移動して立ち止まり……膝に手をおいて乱れた呼吸を整えていらっしゃいます。
彼女にとっても決して、楽なレースではなかったのでしょう。
数万人の大観衆も、そんな対照的なわたくしたちを見て勝敗の行方を察したようです。
微差の勝負の決着に、中山レース場のスタンドは大きな拍手と興奮の渦に包まれました。
「今のライラクロスに勝っちまうなんて……レム、お前の実力は本物だ!」
「レム、信じてた!身体が丈夫じゃなくたって、相手がどんなに強くたって、あの大ケガを乗り越えたあなたならきっとやってくれるって、アタシは信じてた!!」
わたくしはウイニングランを披露しながら、そんなファンの皆様の声を聞いていました。
わたくしの勝利を信じてくださっていたファンの方が、少なからずいる。
その声を聞いてレース前に感じていた心の棘が、そっと抜けて消えていくように感じられました。
ウイニングライブを終え、わたくしとトレーナーさんは記者会見場にいました。
会見場は前回以上に記者の方々が集まっており、レース場とはまた違った熱気に満ちています。
「メジロレムさん、スプリンターズステークス優勝おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
「これでG1二勝目ですが、今のお気持ちをぜひお聞かせください!」
記者会見も二回目になると多少は慣れてきたらしく、そんな質問にわたくしは落ち着いて答えることができました。
「強敵に勝利することもでき、感無量といったところですわ。ですが、これでようやくスタート地点に立てた、という気持ちでございますわね」
「スタート地点?」
わたくしの言いまわしに、インタビュアーは怪訝そうに首を傾げます。
G1という大レースに勝利したあとのインタビューで【スタート地点に立ったばかり】などというと、不遜に受け取られても仕方なかったかもしれません。
わたくしは次の言葉を発する前に、トレーナーさんに確認の視線を向けました。
トレーナーさんも、覚悟が決まった表情でうなずいてくださいます。
「はい。今秋わたくしはこのスプリンターズステークスの勝利を皮切りに天皇賞・秋、マイルCSに挑戦し……史上初の【スプリント・中距離・マイル三階級制覇】を成し遂げるつもりです」
わたくしが目標を掲げると、集まっていた報道関係者にどよめきが起こりました。
「メジロレムさんは安田記念を2着と好走されていますから、マイルCSへ出走なさるというのは理解できます。ですが天皇賞・秋は距離適性的にさすがに厳しいのでは?それにそのレースには……」
いくらなんでもそれは無茶だと、インタビュアーの方は思ったのでしょう。
にわかに非難めいた口調で続けようとするインタビュアーを、わたくしは笑顔で遮ります。
「相手が強いのも、距離の壁があるのも、すべて承知の上ですわ。それでもわたくしは、自分の信念に基づいてそれらのレースに挑むつもりです」
わたくしの所信表明に、インタビュアーの方は好奇の視線を向けてこられました。
「その信念というのはやはり、お姉様のメジロラムさんを超えたい、彼女に勝ちたいといったものですか!?」
「……それはご想像にお任せいたしますわ」
インタビュアーの的はずれな質問に、思わずリナアラビアンさんのことを口走りそうになりましたが……わたくしはなんとか笑顔でそれをかわします。
すると、今度はトレーナーさんの方へマイクが向けられました。
「トレーナーさん!指導者として、メジロレムさんの無謀とも思えるこの挑戦を引き止めはしなかったのですか!?」
「はい。私は彼女の挑戦が無謀だとは思っていません。レムの能力を総合的に鑑みて、どちらのレースも十分に勝ち負けになると考えています」
「それはあまりに楽観が過ぎるのでは……」
そんな声を背に受けつつ、まだ色々と飛んでくる質問をスルーして一礼すると、騒がしい記者会見場をトレーナーさんとともにあとにしました。
無謀な挑戦がうんぬんというのはともかくとして……。
本音を言いますと、先ほどみたいに【偉大な姉に挑む健気な妹】のように受け取られ、色々と脚色された記事にされることはできるだけ避けたかったのですけれどもね。
「でも、あれでよかったの?ネットや専門誌に色々書かれて、メジロラムさんに変に誤解されちゃうかもしれないわよ」
「お姉様は匿名の書き込みやマスコミの書くことなど、何一つ気になさいませんから心配には及びませんわ。ですが、リナアラビアンさんとのことをマスコミの方々にお話するのは、やはり慎重になった方がよいかと思いまして」
人気者でマスコミの受けも良いリナアラビアンさんとの確執のことを言っても、良くて封殺されるか、最悪わたくしが『気に入らない後輩の悪口を言ってイビっている』みたいに、悪く書かれる可能性もありますからね……。
わたくしのことはどう書かれようとも別にそれほど気にならないのですけれども、そのことでトレーナーさんやお母様が【いまどき後輩イビリとは、どういう指導や教育をしているのか】と謂れのない叱責を世間様から受けるのは、とても耐えられませんから。
それに……リナアラビアンさんがなぜわたくしにあのような態度を取るのか、まったく理解できないまま彼女を非難するというのも、あまり賢明だとは思えません。
今の彼女との関係では難しいかもしれませんが、一度話し合いの機会を持ちたいものです。
「しかしわかっていたこととはいえ、わたくしの挑戦はマスコミの方々にはあまり好意的に受け取っていただけませんでしたわね」
彼女の話題を出したせいか、不自然な沈黙で少しばかり重たくなってしまった空気を払うかのように、わたくしは軽い苦笑を浮かべて会話をすり替えます。
「そうねえ。レムの一番長い距離の勝ちレースが1400Mだから、仕方ないっちゃ仕方ないけどね。な~に、昔から勝てば官軍なんて言って、結果を出せば誰も……」
「メジロレムさん!」
すり替えた話題に乗っかってくださったトレーナーさんの声に被せるかのように、その声は聞こえてきました。
声のした方を振り向くと、そこには勝負服から制服に着替えられていたライラクロスさんがいらっしゃいました。
突然現れた彼女を少々怪訝に思いながら、わたくしは会釈します。
「本日はお疲れ様でした。……いったい、どうなさいました?」
「さっきの記者会見、見たわ。すごいことに挑戦しようとしてるのね」
「……わたくしの実力では高いハードルの挑戦であることは、承知しておりますわ」
ひょっとしたら彼女も、『そんな挑戦はやめて、スプリント路線に力を注ぐべきだ』なんてアドバイスをしに来てくださったのかもしれませんね。
「でも、あなたは挑もうとしてる。その挑戦に対して周りになんと言われようとも、失敗して厳しいことを言われてしまうかもしれないリスクを負ってでも」
「はい。わたくしはリスクを考えすぎてやらないで後悔するより、やって後悔したほうがまだマシだ、と考えるタイプですの」
わたくしが持論を述べると、ライラクロスさんは大きくうなずかれました。
「決めた。今日のレースで負けたら海外遠征は取りやめようと思っていたんだけど……私、予定を変えずにアメリカのブリーターズカップ・スプリントターフにチャレンジするわ」
彼女はそっと右手を胸に当て、わたくしの目を見て宣言なさいました。
「私はBCスプリントターフで世界に通じるウマ娘であることを証明して、きっとあなたにリベンジする。今度は、絶対に負けないから!」
決意を述べる彼女の輝く瞳からは、わたくしに対する敬意と闘争心が感じられました。
「ライラクロスさんなら、それは決して夢物語ではないと思いますわ。わたくしはその挑戦を応援いたしますよ。そして、再戦を心より楽しみにしておりますわ。……あなたの、良きライバルとして」
彼女の決意表明に、わたくしも尊敬の念を持ってお答えします。
今までの鍛錬と今日のレース結果を持って、わたくしはようやく彼女に胸を張って【ライバル】と言うことができました。
「ありがとう。もちろん、私も応援してる。次の天皇賞、がんばってね!」
そう言って彼女は、ぐっと力強く右手を差し出してくださいます。
交わした握手は力強くて、彼女から挑戦への熱意と意気込みを分けていただいたような気持ちになれました。
「じゃあ私は行くわね。また学園の練習場で会いましょう!」
ライラクロスさんは明るくそういうと、軽く手を振り、踵を返して出口の方へ向かわれます。
「彼女なら、日本のウマ娘初のBCスプリントターフ制覇をやってのけるかもしれないわね」
遠ざかるライラクロスさんの背を、トレーナーさんは目を細めて見送っておられました。
「そうですわね」
「彼女が帰国してきた時、胸を張って良い報告ができるよう、レムも頑張らないとね」
当たり前のことを返事する時に、大げさなジェスチャーは必要ありません。
トレーナーさんにお言葉に、わたくしは静かにうなずきました。
読了、お疲れさまでした。
前回の投稿から少し、あいだが空いてしまいましたね。
楽しみにしてくださっている方(いらっしゃると良いですが)には
お詫びの言葉もありません。
ちょっとスランプぎみで……と申し上げたいところなのですが、
わたくしぐらいの書き手がそんなことをいうと
『じゃあいい時はあったのか』
という厳しいツッコミが飛んできそうなので(笑)、
最近どうにも文章が頭の中に浮かんでこなかった……ぐらいで
ごまかしておきます。
私には今回のお話のような、目の前にいる熱いライバル!みたいなのは
今までいたことがないのですが、昔ネット将棋を指していた時に
よく当たる人がいました。
ネット将棋はだいたい同じぐらいの棋力の人とマッチングされるので、
そういうこともあるんですね。
その方とは10局も指したのでしょうか。
お互い得意戦法も同じで、意地を張ったわけでもないのですが、
いつも似たような戦型になっていたのを覚えています。
対局しても最初の挨拶と投了後の挨拶だけで言葉をかわすことも
感想戦をすることもなかったのですが、
今でも元気に将棋を指していらっしゃるといいなあ、
と思わずにいられません。
今回も長文を最後までお読みいただき、まことにありがとうございました。
それでは、近いうちにまたあとがきでお会いしましょう。