マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
「えっと……つまり、アビドス高校は9億円を超える借金があって、それの返済をしなくてはならない?」
「だからさっきからそう言ってるじゃーん」
軽い口調でホシノが笑うが、それにため息をついた。
「……一応聞くけど、ここ、差し押さえ対象の物件とかじゃないよね?」
「
「そうさせないための
とりあえず最悪の事態ではないが、かなり最悪に近い気がする。この子たちが差し押さえ物件を不当占拠していて強制執行の現場に出くわしてましたとかだったら、僕の人生を振り返っても過去最大級にめんどくさい部類の最悪だ。差し押さえに不良を使うことはなさそうだから、可能性は低かったけど。手段が極道マンガのそれなんだけど、本当にどんなのを敵に回したんだろう、この子たち。
「それにしても、9億、9億かぁ……」
僕も民間軍事会社の社長をしていたことがあるから、9億という数字は会社運営や地域運営を考えるならまぁ出てきてもおかしくない部類だというのは理解できる。実際僕も戦争の対価として支援もあわせてだが100億円を請求し、うち20億円をドル建てで即金なんて吹っ掛け方をしたこともあるし、別の時には支払を踏み倒されて財布が空になるのと敵の侵攻が止まるのとどっちが早いかのチキンレースになったこともあった。でもそれは僕が大人だから耐えられたのであって、子どもだったら耐えられなかった。そもそもそんな億単位の借金を生徒に吹っ掛けるほうがどうかしている。
「ちなみになんでそんなことになったのかって聞いたら教えてくれたりする?」
「流砂対策……って言って先生はわかりますか?」
ノノミが目を伏せがちにそういった。わからないので素直に首を横に振る。
「砂漠化が進んで、どんどん砂が市街地に流れ込むようになっちゃったんです。アビドスは砂漠が近い場所なので、その影響をもろに受けちゃう環境なんです。もちろん当時の生徒会も計画的に予算も組んで対策していたみたいなんですが……」
「一回それじゃ足りなくなるぐらいの大嵐があって、復興のための予算が払底、そんなところに融資をまともにしてくれる銀行もなくて、変なところから借金をして賄ったら、それが雪だるま式に膨れたんだよ。十数年前の話だから当時の生徒会が何をしたのかは詳しくわからないけどねぇ」
ホシノが机に頬を預けたままへらりと笑って続けた。
「対策委員会で何とか返せてるのは年間400万ちょっと。9億6,000万円ちょっとの借金の前だと0.4%しか返せてなくて、利息分も借金として積み重なってる状況……完済の可能性は極めて低い」
「だから……みんな出て行って、私たちだけが残った」
シロコの声が響いて会話が止まる。嫌な沈黙だが、僕には必要な時間だ。
つまり、学校の自治区になっている場所の災害復興のため想定外の支出が発生して手持ちのキャッシュが払底、資金ショートを起こしてしまった。で、民間から融資を受けたがそれが焦げついた。いたってシンプルな流れだが、そもそもがなんで地域の責任を学生が負ってるんだとか思うところがありすぎる。そのあたりは連邦生徒会に対しても思っていたのだが、案の定問題が起こると子どもに跳ね返っている。
いや、大人はこれまでなにしてたんだよこれ。
「先生……?」
シロコの声でハッとして口元を隠すようにする。ジブリールがいたら『世界のすべてを滅ぼしそうな顔をしています』とか言われそうな表情をしている自覚はあった。なんでやどうしてといった疑問は後回しだ。今は早急に手当てが必要なフェーズだ。
「いや……対策委員会が、実質的な生徒会の後継なのか。本来の生徒会はどうした」
「崩壊した。……生徒会長がいなくなっちゃってねぇ」
答えは簡潔にホシノから返ってきた。言葉不足だと思ったのかノノミも補足してくれる。
「一応ホシノ先輩が最後の生徒会で副生徒会長をしていましたが……生徒会の定足数を満たせなくなったのもあって……再編もできていません」
「なる、ほど……」
「まぁ、おじさんにもいろいろあるのさぁ」
そこまで聞いて頭の中で情報を整理しようとして、収集がつかなくなった。情報と思考が切り分けられていない。
「ちょっと黒板借りていいかい? 事実を書き出さないと考えがまとまらない」
「ど、どうぞ……!」
アヤネがどこかおびえながら許可を出してくれた。指揮の後から怖がらせてばかりだ。とりあえず事実を列挙していく。手癖で英語で書こうとして、ほかの面々にもわかりやすい方がいいかと思い、日本語で書き直す。海外暮らしが長すぎた弊害か、日本語の書き方を忘れているところがある。
自分でもあまりきれいな字ではないと思うが、とりあえずわかっていることを書き出していく。チョークが滑る音がしばらく響く。
■事実
・アビドス高校には借金が9億6,000万円以上ある
・返済主体はアビドス対策委員会である
・ヘルメット団から襲撃を受けている
「……ここまでは合ってるかい?」
「合ってるけど……」
セリカがどこか不満げにそういう。苦笑いのノノミが続ける。
「見れば見るほど絶望的ですね……」
「うん、じゃあここまでは事実でいいね。ここから先は推論も含む内容になるから、間違ってたりいろいろしたら教えてほしい」
行を切り替えて書いていく。
■推論
・ヘルメット団には別にスポンサーがいる
・返済の筋道は立っていない
・アビドス生徒会は連邦生徒会における議決権が停止されている
「本当は私が肩代わりする気だったんですけど……」
「ノノミちゃんが払ったって、学校の借金が減るわけじゃないでしょー? 返済先がカイザーローンからノノミちゃんに代わるだけだし。どっちにしろ現金でしかカイザーローンは受け取らないんだし。ノノミちゃんのカードじゃ払えないでしょ?」
9億円肩代わりできる経済力を持つ学生というのもとんでもないが、気になったので待ったをかける。
「なんで肩代わりを禁じたんだい? 身内に返済先を切り替えることは悪いことではないし、利率とかの問題もだいぶマシになると思うんだけど」
「先生、それじゃあダメなんだよ。学校の自治権の回収先が今のサラ金からノノミちゃんの実家というか、ノノミちゃんの親族がやってる『セイント・ネフティス』に代わるだけで、どちらにしても企業の言いなりになるのは変わんないじゃん」
なるほど。とそこは引き下がる。確かに外部に財布を握られるというのを避けたい気持ちもわかった。とはいえ、借金の金額が変わるわけでもない。
「ちなみに返済できなければどうなる?」
「学校は破産、学校は金融機関に差し押さえられて廃校手続きが開始されます」
答えたのはアヤネだ。
「君たちは?」
「アビドスから出ていくことになります。その後は学力試験を受け合致する高校に転入するか……まぁ、人によるとは思いますが」
「あくまで返済主体は学校ってことだね」
黒板に返済できなければ廃校と書き加える。
「ちなみに連邦生徒会の議決権停止は会議への参加不足と聞いてるけど合ってるかい?」
「連邦生徒会は!」
セリカが立ち上がる。
「あいつら何にもしてくれないじゃない! 会議に出ても『他校との統合が妥当』とか紙切れ一枚よこすだけ! 破産すればいいんですよとか言うだけ言って何も……! 何もッ!」
セリカが感極まっているが、まぁ、うん。そう言うよなぁ。僕だって今の情報出されたら問答無用で破産しろと言うだろう。そんな無理難題な金額を背負う義務は、現役生にはないだろうというのが正論だ。
「あんたもそうなんでしょ! だから手紙なんて無駄だってアタシは反対したのよ!
「セリカ!」
「セリカちゃん!」
アヤネとノノミが同時に止めに入る。同時にホシノの手が上がる。
「ちょっとセリカちゃん。気持ちはわかるけどそれは言い過ぎじゃないかなあ。少なくとも先生はちゃんと足を運んでくれたし、戦力も提供してくれた。頼れるところは頼るでいいじゃない。リラックスリラックス」
「もういいっ! だったらずっと会議でもなんでもしてなさいよ!」
そう吐き捨てて飛び出すセリカ。
「私様子見てきますっ!」
ノノミが追い掛けて出て行って気まずい沈黙が落ちた。
「……ごめんねぇ。先生。内輪もめみたいなの見せちゃって。セリカちゃんはさ、真面目でアビドス愛があふれちゃってね」
「わかってるから大丈夫。それに用心深いのはいいことだよ。なんにせよ、正確な情報をつかまないと僕も援護射撃のしようもない」
「先生、それって」
ここまで沈黙を続けてきたシロコが聞いてくる。
「こういう時は大人の出番だろう。借金の肩代わりはできないけど、知恵を貸そう。どこまでできるかはわからないけど、これでも数千人規模の会社を経営したこともある元社長だ。時間稼ぎぐらいはできるだろう」
「わぁ、大企業じゃないですか!」
アヤネがキラキラとした目で見てくる。その9割9分が子どもだったと口にしたら反応が逆転しそうだな。
「そのためにも1個だけ先に手を打っておきたい。これは僕が連邦生徒会の顧問であることにも影響するんだけど、連邦生徒会への議決権復活を急ぎたい」
「つまり、先生がアビドスに通う理由を作りたいってこと?」
シロコの声に頷く。
「こういうのは小細工よりも正攻法が効くはずだ。そこは僕がアシストする。なんとかするし、自治区の管理ノウハウもあるはずだ。今は孤立している状況が一番よくない。まずはそこからかな」
「ありがとね、先生。でも急ぎすぎじゃなぁい?」
ホシノがそう言って立ち上がる。
「先生の方が破産しちゃうかもよ? あしながおじさんになるつもり?」
「ほかになる大人がいないならね。あしながおじさんがいないなら、あしながおじさんになればいい。でもそれは、大人の役目だよ、ホシノ」
そう言って肩をすくめる。
「それに僕も今日明日で信頼されるとも思ってないよ。こんな状況になるまで君たちを放置した大人の方に問題があるんだ。そんな状況で君たちに大人を信じろと言ったところで説得力はないだろう?」
「……そ。じゃぁしばらくよろしくね、アラタ先生」
「ん」
ホシノがどこか寂しそうにそう言って、シロコも頷いた。
「よろしく。みんな。……まず、ホシノ」
「んー?」
「もう少し肩の力を抜いたほうがいい」
「……それおじさんに言う?」
それに噴き出すように笑ったのはシロコだった。つられたようにアヤネも笑う。
「先生。多分言う相手間違えてる」
「そうかい?」
「そうだよー。おじさんこれでもサボりのスペシャリストなんだから」
「ホシノ先輩、自慢げに言わないでください……」
アヤネがわざとらしく頭を抱えた。でも笑いがはじけたのはいいことだ。
「さて、笑ったところで、ある程度の方針だけは見つけておこう」
その空気が続いているうちに、次の手を打っておきたかった。黒板を整理しなおす。
■事実
・アビドス高校には借金が9億6,000万円以上ある
→原因は復興予算の焦げ付き
→返済できないと廃校
・返済主体はアビドス対策委員会である
・ヘルメット団から襲撃を受けている ←なぜ
・生徒会は機能を停止している
・アビドス生徒会は連邦生徒会における議決権が停止されている
→議決権は回復可能
・連邦生徒会は併合による廃校を勧告した
■推論
・ヘルメット団には別にスポンサーがいる
■避けたいこと
・廃校
・自治権の放棄
「……ヘルメット団の攻撃だけがやっぱりピースとしてはまらないね」
何度まとめ直してもやはりヘルメット団の話題だけが異質だ。目的が見えない。
「パワードスーツが出てきた時点でプロが噛んでるんだとは思うけど……そこまでして何が目的だろうね」
「うーん、あの催涙弾がなければおじさんもう少し頑張れたんだけどなぁ」
考えても答えが出ない段階だとは思っても気になることは気になる。
「ヘルメット団の次の動きが見えるまでは要警戒かな。アヤネ、借金の返済計画とかそのあたりの話題って資料まとまってるかい?」
「えっと……過去分も合わせてだと今すぐは出せないです……」
「わかった。じゃあ……明日はミレニアムに行かないといけないから、僕は明後日もう一度来るよ、それまでにまとめられる範囲でいいから資料を集めておいてほしい。一応ロジコマを2機残しておくけど、電気は大丈夫だよね? コンセントで100ボルト充電できる?」
「ん。大丈夫」
「なら充電だけして待機させとこう。何かあったら遠隔で指揮を執る」
そう口にしながらこれから僕がとるべき動きを組み立てていく。
「僕はカタカタヘルメット団の件と連邦生徒会の動きについてちょっと調べておく。いったん時間を置こう。ノノミやセリカとも話がしたいしね。味方になれるように頑張るよ」
一歩ずつ進むしかない。勝ち目が低くても、できることはあるはずだ。
9億の借金もジャパンマネーで国を建てることを推奨された男の前だと思ったよりスケールが小さく見える不思議(全然スケールは小さくない)
次回から数話はアビドスから離れての動きになりそうです。無関係ではないですが。ここからどんどんアラタワールドになっていきそうです。
次回 駐禁と戦闘の代償
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