マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる -   作:オーバードライヴ

14 / 93
00001101_前進準備

《セリカちゃん、柴関ラーメンってお店で夜にアルバイトしてるんですけど、そこから帰ってこなくて! お店の大将は昨日は22時には終わって帰ったって! なのに戻ってこないんです。遅くなることはあったけど、朝まで帰ってこないなんて》

「アヤネ、まずは深呼吸だ。オペレーターが正気を失えば前線が崩壊するぞ。落ち着いていこう」

 

 タブレットの通話を管制室のスピーカーに転送、戦闘指揮所にいる全員で会話を共有出来るようにする。その間にもアロナが音声通話の書き起こしをスタートさせてくれていた。

 

 指揮管制卓を使うのは初めてだが、ヴェリタスは良い仕事をしてくれた。インフォメーションイルミネーターとほぼほぼレイアウトは同一だ。管制卓の天板は全面が感圧式の液晶ディスプレイになっている。シッテムの箱を置くだけでアロナが指揮システムを掌握してくれる。書き起こしの文を天板に表示し重要そうなところを指でなぞると、その内容が自動で検索され、正面モニタに表示した地図にマッピングされていく。

 

《はー……っ、はー……っ》

 

 アヤネの深呼吸の音を聞きながら、『しばせき ラーメン』でand検索、ヒットは2,538件、すぐにフィルタリングされて実店舗が割り出される。アビドス高校から西へ4.8キロ。遠い。ロジコマに接続しようとして、エラー。

 

「コトリ、ハレ、ロジコマに接続が出来ない」

「こっちで見る。エラー画面をC卓に飛ばして」

 

 チヒロが支援卓に着く。画面を一瞥しただけでこっちを見てくる。

 

「先生、枝だ」

「枝?」

 

 何を言われてるかわからないが、真っ先に反応したのはヴェリタスの残りの面々だ。ハレとマキが空いてる卓に向かって走り出したので慌てて全部の支援卓をアクティブにする。

 

「覗き魔がこっちを盗み見ようと必死になってるってこと。マキ、カウンター任せた」

「そうこなくっちゃ!」

「ハレは私と一緒にディフェンス。バリアセグメントを維持しつつ、ロジコマ関連をメインシステムからパージ。手数で押し負けちゃだめだからね」

「わかってる。囮環境(ハニーポット)一つ貰うよ。コタマを叩き起こすのかわいそうだけど、身代わりルータをセットしてもらうね。攻勢防壁全種スタンバイ、外部防壁をレベル2で再起動。非正規アクセスしたロジコマのデータの論理削除完了、ロジコマ関連のデータのレプリケーション完了後にメインシステムから物理削除、初期化実行の流れでいくよ。ヘカトンケイレスへの認証情報確認。うん、先生の権限使えると楽だね」

「ヘカトンケイレスって……ちょっと! ミレニアムのメインサーバをそう簡単に乗っ取らないでよ!」

 

 ユウカが焦るがヴェリタスの面々は黙殺。ヘカトンケイレスというのがミレニアム学園のメインサーバらしいというのはわかったけれど、僕は会話に置いてきぼりだ。

 

「チヒロ」

「エラーの原因はロジコマ側が不正な認証情報を送ってきて、サーバとの認証手続き(ハンドシェイク)に失敗した結果、セキュリティが接続を弾いたから。こっちの通信プロトコルが早速割られてるっぽいんだけど、先生、本当に誰を敵に回したの?」

 

 ヴェリタス組の面々の猛烈な速度のタイピング音を聞きながらチヒロの言葉を噛み砕く。僕が理解するべきは『ロジコマ経由でハッキングを受けた』ということだけだろう。相手がロジコマを手に入れられる可能性は2つ、工場で粉々になったはずのロジコマの破片を解析したか、ヴァルキューレ警察学校の証拠品から吸い出したか。どちらにしてもハッキングに使われそうなものを生徒と一緒に使うわけにはいかない。

 

「言っただろう、敵はバカじゃない。今回はロジコマを諦める。反攻(カウンター)が必要ということは、相手の攻撃はまだ継続中だね?」

「そういうこと。電子戦に入るけど、どこまでやっていい?」

「制限はない。打てる手を全部打ってくれ」

「相手のサーバ、吹き飛ばしちゃうかも」

「構わない」

 

 即答したら誰かの口笛が響いた。ユウカは顎が外れそうになっているので彼女ではないだろう。フブキあたりだろうか。

 

「手加減できる相手なら可能な限り証拠は取りたいけど、そうじゃないんだろう? だったらサーバごと吹き飛ばせ。子どもの命が掛かってる。手段を選ぶ余力はない」

「おっけー。マキ」

 

 にやりと笑ったチヒロが名前を呼ぶ。

 

「あたしたちの認証プロトコルを正攻法で割れるって踏んだってことは自意識過剰か、オバケみたいな処理速度が出せるバケモノシステムかのどっちかだよ。こっから先は実際に潜らないとどんなバケモノが出てくるかわかんない。証拠ゲットはやってみるけど、ヤバかったら相手のサーバフロアごと燃やすからね、物理的に。いいね?」

「わかった。やってくれ」

 

 物理的に吹き飛ばせるなら、火事になったデータセンターかオフィスフロアの持ち主か借主確認すれば犯人まですぐだしね、と呟くとなぜかキリノが「ヒッ」とおびえた声を出した。データセンターも火災保険ぐらい入っているだろうし、と思うのだが、後ろをちらりと見るとフブキが呆れた顔をしているしキリノが青い顔でブンブンと顔を横に振っていたので、キヴォトス基準でもご法度らしい。悪くない手だと思ったんだが。

 

 そういえばバンコクで夜間戦闘の光源欲しさにクライアントのNPO事務所に放火したことがあったが、あの頃から成長できてないんだな、僕は。

 

 そんなことを知ってか知らずかマキが声を出して笑う。

 

「そういうぶっ飛び方あたし大好き。いつもこれぐらい自由にできたらいいのに。で、チヒロはどーすんの? 休憩?」

「既にウイルスが注入されてる可能性があるから、私の独立ネットで解析をかけるよ。仮想ワクチンできたら叩き込むから」

「あいさー」

 

 電子戦は僕の知らない戦場だ。そうなると僕がここでできることは、アヤネ達の情報を元に地図を見る事ぐらいしかなくなってしまう。だから電子戦をヴェリタス組に完全に預けて、僕は地図に注力することにした。

 

「アヤネ、落ち着いたかい?」

《……はい。ごめんなさい、もう、大丈夫だと思います》

 

 大丈夫だという割に、アヤネの声は泣きそうだ。そんな彼女に鞭打って働かせようとしている僕は鬼だと思うし、そんな状況を生みだした奴らを呪いそうになる。だけど、呪ったところで解決はしない。僕の仕事は解決手段の提供であって、相手を呪うことじゃない。怒りで引き金を引くべきじゃない。わかっている。大丈夫。わかっているんだ。

 

「シャーレが電子的攻撃を受けていてロジコマが使えない状況だ。セリカは誘拐された可能性が非常に高い。昨日の攻撃の延長戦だと僕は考えている」

《攻撃……!》

 

 そう、これは攻撃だ。相手はどんな手段を使ってでも、僕たちをアビドスに関わらせたくないらしい。

 

 頼むから誘拐であってくれ。最悪の可能性が排除しきれないのが怖い。それでも声を可能な限りフラットに保つ。アヤネに僕がアドバイスしたことがそのまま僕に跳ね返る。僕が正気を失えば、その代償はアビドスの生徒達が払うことになる。焦るな。

 

「ロジコマが使えない以上、基本的に情報連携はこの通話が頼りだ。ホシノたちは?」

《今武装のチェック中です》

「グループ通話に切り替えたい。他のみんなを呼べるかい?」

《すぐにやります!》

 

 スピーカーから何やら作業する音が響く。その間に地図の情報をアップデートする。サンクトゥムタワーの権限奪取時にアロナがシステムの参照権限を残してくれていて助かった。連邦生徒会の権限を使って、セキュリティカメラの位置情報を取り出していく。

 

「監視カメラがかなりの数物理破壊(ハードキル)されてる……最終記録は、13時間前」

 

 ハードキルされたカメラの位置情報をプロット。柴関ラーメンの傍だけは生きているがその北側の繁華街のメイン道路沿いが全滅している。そこからカメラが破壊されているルートは2つ。記録が停止した時間が破壊された時間だとして、南西の砂漠の傍から順番に壊されている。つまり、ルート攪乱の意図はない。来た道を戻らなかったのは、戻れなかったのか、戻る必要がなかったのか。攻撃のスタート地点の完了地点が違う場合、複数の拠点を構えていることになる。

 

 カメラの映像を取り出すと、ヘルメットを被った黒い影が銃撃して回っている。露払いの先遣隊だろう。本隊が通る前にカメラをキルしたということは、キルしなければマズいモノを動かしたことを意味する。地図上の道はどこも幅員が3メートル以上。つまり歩兵以外に車両がある。重量制限で15.5トン以下の橋を通過している。装甲車はともかく、戦車はない。人員輸送車か、ドローンの運搬車か。

 

 問題は砂漠に出たあとどうしたか、だ。車両を使うなら道のない砂漠を突破できない。ロジコマですら苦戦したんだ。あっという間に埋まってしまうだろう。D.U.やほかの学区に抜ける幹線道路のカメラは生きているからそこを通ったとも考えにくい。侵入ルートと逃走ルートのカメラを軒並み壊すような相手がうっかり幹線道路を通るとは思えない。何らかの対策をしたはずだ。

 

 廃工場での戦闘からおおよそ18時間と少しで戦略を変えてきた。こうなることを予想していた? 場当たり的な犯行にしては鮮やかすぎる。素人じゃない。カタカタヘルメット団にそこまでの組織性は見られなかった。別の組織を雇ったか。

 

 手を動かす前に悩むな。2秒以上考えてもわからない理由は、いったん棚上げだ。今は止血の段階で、手を止める猶予はない。

 

「アロナ、ハードキルされた監視カメラから半径500メートル以内にあるカメラの映像のうち、現時刻から過去24時間でヘルメットを被った人物、装甲車、トラックや商業用のバンが映っているものをor検索で全てピックアップ。それら対象の行動をアビドス全域で検索し、今回の襲撃ルートに近いモノから順に重さをつけて脅威判定を実施した後、脅威が高い順にソートして表示してくれ」

『ちょ、ちょっと待ってくださいね! 30秒ちょっとかかります!』

 

 待ちながら考える。ここまで強攻策に出て、相手の落とし所はどこだ? 誘拐だとして何を求めるのだろう。反抗期の女の子という意味ではどこにでもいる普通の子、なぜそんな子がこんな目に合わなきゃいけないのかを考える。うん、やっぱり理不尽だよな、これ。

 

 相手は砂漠に逃げている。カタカタヘルメット団、複数の拠点、パワードスーツ、ミサイル、そして、なんらかの車両と、それを運用できる人員に、誘拐のプロ。相手はどれだけアビドスに投資をするつもりかがわからない。ここまでやっても黒字になると踏んでいる?

 

 アビドス高校の借金は9億とちょっと。貸し付けた分の元本を引いてしまえば向こうの懐に入るのはせいぜい3億かそこらだろう。この規模の攻撃を続けていたら数億円ぐらいあっという間に吹き飛びかねない。そこまでしてコストを掛ける理由はなんだ?

 

「……借金以外に、理由がある。か」

 

 結論はやっぱりそこに帰結する。そしてそれは、セリカを交渉材料にして引き出せると向こうは踏んだということだ。交渉の余地はそこだ。

 

 交渉をしなければならない以上、敵はセリカを殺せない。そこは相手を信頼するしかない。

 

 そう、信頼するしかないのだ。敵でも。

 

「キリノ、これで犯人を絞り込んだとして、緊急逮捕の要件を満たすと思うかい?」

「えっ!? ……えっと、誘拐の方は実行犯だけに絞ればできると思いますけど、黒幕までは無理です。ハッキングの方は令状がないと厳しいと思います」

「わかった。現行犯なら私人逮捕権行使しても問題ないよね?」

「それはもちろん」

「ありがとう」

 

 お礼を言ったタイミングで画面に監視カメラ映像の山が表示された。地図上に山ほど線が引かれる。タブレットでは息も絶え絶えですと言いたげなアロナのアバターが表示されている。えらいぞアロナ。32秒だ。

 

「えっと……」

「ヒット件数7,243件?」

 

 膨大な情報量を見たユウカとフブキが困惑している。

 

「アロナ、続けて過去24時間にセリカの移動経路をマッピング。さっきの結果について、セリカとすれ違ったか、追い抜いた可能性があるもののみでフィルターを掛けてくれ」

『候補は5件だけです! 画面出します!』

 

 見つけた。

 

 16時ごろ、アビドス高校の前の通りから繁華街に抜けて、砂漠方面に抜けたレッカー車。繁華街を抜けたあと、ハードキルされたカメラのルートをたどるように低速で戻ってきている。まだ日が出ていて明るいタイミング。そのタイミングで実施しなければならない、何か。

 

「アロナ、対象B253が映っている映像のうち、搭乗者の様子が確認できるものをすべて画面に出せ」

『32件ヒットしました!』

「あ! 助手席の人、カメラを見てる! もしかして、全部!?」

 

 ユウカが気付いた。ビンゴだ。

 

「明るいうちにカメラの位置を確認してたな。フブキ、キリノ、当該車両の所有者を調べて。搭乗者の特定も頼む。あと、カンナに一報入れてくれ」

「あいよー」

「とりあえずカンナ局長に連絡入れます!」

 

 そのタイミングで通知が立て続けに入る。アヤネとの通話にどんどんユーザーが追加されている。

 

《グループ通話に切り替えました! ホシノ先輩、シロコ先輩、ノノミ先輩、聞こえますか?》

《ん。聞こえてる》

《はい、ノノミ聞こえてます》

《この通話先生も入ってるんだよね? 私たちはどうすれば良い?》

 

 セリカ以外の声が通話に参加した。思ったよりもみんな落ち着いている。良い兆候だ。

 

「13時間前の昨夜7時半ごろから10時までの間に柴関ラーメン周辺のセキュリティカメラが軒並み破壊されている。ハードキルされているカメラをたどると相手は水源地通りから侵入、繁華街の側を通過し、そのどこかでセリカと接触、拉致してアビドス東駅前通りから砂漠に抜けた。ハードキル直前で映っているのはヘルメット団の格好をしているが、間違い無くプロの犯行だ」

《セリカが既に()()()()()()可能性は?》

 

 シロコの声が響く。フラットだが怒りが裏に滲んだ声。

 

「あり得るが考えにくい。相手はプロだ、素人じゃない。人質を殺してもお金にはならない以上、殺す理由がないよ。人質としての価値をわざわざ半減させる理由はない」

《抵抗されたから殺した可能性は?》

「抵抗を恐れるならもっと脅威度の低い相手に切り替えるよ。機動力と攻撃力の両方が高いセリカをわざわざ狙う理由がない」

 

 武装が重たくなって機動力に劣るノノミやそもそも戦闘に出てこないオペレーターのアヤネを狙うこともできたはずなのにそれをしなかった。つまり相手は自らの戦闘力に自信を持っている。戦闘力を値踏みした上での攻撃だ。チンピラで出来る攻撃ではない。

 

《じゃあ、まだセリカは生きてるんだね》

 

 シロコはどこかほっとしたような声を出す。そうか、安心したかったのか。

 

「その可能性が高い。セリカは待ってるはずだ。僕たちは相手を突き止め、彼女を奪還する」

《当たり前。セリカは、私たちで取り戻す》

《まーまー、そんなにがっつかないのシロコちゃん。ルートがわかってるならこのまま南下して砂漠に向かえばいいの?》

「そうなる。いったんアビドス東駅前通りに入らず、南13線通りに向かってくれ。カメラがキルされているルートに地雷か何かを埋設している可能性がある」

《うへぇ、本格的だねぇ》

「相手はロジコマを警戒している。地雷を試してくる可能性が高い。焦らず、確実にいこう」

 

 対象はわかった、そこから先だ。砂漠にはカメラがない。次の手を打つ必要がある。

 

《でも、砂漠についた後はどうするんですか?》

 

 同じ結論に行きついたノノミが聞いてくる。

 

「相手は車両を使ってる。アビドス砂漠はロジコマですらタイヤがとられる柔らかい砂でできた砂漠だ。幹線道路を使った形跡もない」

 

 そんな状況で車両を通せるほど地盤がいいルートは、一つだけ。そういえば、ロジコマと戦った廃工場跡も、同じような条件だった。

 

「廃駅になったアビドス東駅で軌道に侵入したんだ。敵は、線路沿いにいる」




というわけで、戦闘開始! 6,000字つかってまだ出発すらしてない!

次回 目隠しで戦う

感想・評価などはお気軽にどうぞ
誤字報告大変助かっております。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。