マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
「アラタ先生! カンナ局長が話をしたいと!」
ホシノたちにアビドス東駅までのルート指示を終えたタイミングでキリノが僕にスマートフォンを差し出した。それを受け取って地図を確認しながら耳にあてる。
「やぁ、昨日の夜ぶりだね」
《挨拶は抜きにしましょう、先生。あまりあなたにも時間がないはずです》
「この電話、君の声は僕にしか聞こえてないと思うけど、僕の周りには何人か生徒もいる。このまま通話を続けても大丈夫かい?」
《構いませんよ。……状況は中務から聞いてます。電子的攻撃も受けてるそうですね》
あ、いいんだ、というのは少し意外だった。コトが動いてしまったし、カンナも見逃すわけにはいかなくなった、ということだろうか。
《で、なぜ私に連絡を?》
「一応危なくなる前に情報だけでも連携しておきたいと思ってキリノに頼んだ。状況は知っているということだから今後のアクションから共有するよ。シャーレは何らかの犯罪組織がアビドス高校の生徒を拉致、監禁したと判断。これよりアビドス砂漠で救出作戦を開始する。というより、もう開始している」
そう言うとため息をついたのが聞こえた。
《警告をしたでしょう。12時間も経ってませんよ》
「うん。それは申し訳ないと思ってるし、君がギリギリで情報を流してくれたから、こっちもある程度余裕ができた。……尾刃公安局長、シャーレ顧問として情報提供を要請したい」
《……持ってる情報しか出せませんよ》
カンナはどこか諦めた様子。
「公安局でカタカタヘルメット団について調べていたのかはわからないけど、君はアビドス砂漠で何が起こっているかについては調べていたはずだ。アビドス砂漠に生徒が連れ去られたところまではわかっている。それにカイザーコーポレーションから盗まれた車両が使われていることもね」
フブキから転送された情報を見る限り、使われていた車両は盗難車。ただし、カイザーコーポレーションの警備の厳しい環境からレッカー車をわざわざ盗むというのは妙な話だ。レッカー車は専門の車両で確かに貴重だし、装甲車両を牽引できるようなハイパワーのものになれば、早々転がっていないのも理解できる。それでもわざわざPMCの車両を奪う必要はないのだ。
その意味を、きっとカンナは気がついている。僕の意図に気がつけない程、彼女は鈍感ではない。
《状況証拠しかない状況で礼状の発行は不可能だ》
「もちろん僕も理解してる。だから情報だけでいい」
ほら、ちゃんとのってきた。ここまでは賭けに勝っている。
「セリカを連れ込んだと思しき場所の候補が知りたい。確定情報じゃなくてもいい。教えてくれないか」
《リアルタイムでの情報提供は無理ですが、衛星写真から砂漠で何か所か車両を寄せ集めた拠点と化している箇所を把握しています》
衛星写真。あるのか衛星。まぁ、あるか。スマートフォンやらこんな管制システムがあるくらいだもんな。どれぐらいの情報量があるのかわからないが、情報が買えるならありがたい。
「それはいい。衛星写真を送ってください。できれば過去3日分ぐらい」
《閲覧権限をいま中務に付与しました。彼女のアカウントで閲覧してください。中務にVSNを確認しろと言えば伝わるはずです》
「わかった。ありがとう。十分だ」
《……本当にそれだけで指揮をするつもりですか? 何が出てくるかわかりませんよ》
「心配ありがとう。大丈夫。相手の車両と手口はおおよそつかんでる。生徒を取り返したら撤退するしね。お礼は……警察にお金を払うと収賄になりそうなんで、また別の形で」
そう言って通話を切る。スマートフォンを返しながらキリノを見る。
「キリノ、衛星写真の閲覧権限をカンナから付与してもらった。VSNを確認しろと言えば伝わると言われたが、わかるかい?」
「ヴァルキューレ・サテライト・ネットワークですね! はい! わかります! えっと、……これ、なんですけど」
スマートフォンがもう一度僕に戻ってくる。キヴォトス全域の地図が表示されていて、適当にアビドスの傍をズームするとタイムラインが表示された。運用されている衛星は……16基、それが軌道と時間をずらしてそのうちの4機はキヴォトスの上空で撮影できる位置にいるようになっているらしい。南北の極軌道で飛んでいる。このあたりはミャンマーで武器商人のケイマンさんから偵察衛星の情報を買った時と使い勝手は似ている。
それでも、とりあえず砂漠の写真は手に入った。
「キリノ、しばらくスマートフォン借りるよ。アロナ。このスマホの情報を正面モニタにリンクしてくれ」
スマートフォンを管制卓に置くとすぐに画面に表示された。
「ウッソでしょ!? それヴァルキューレ端末以外の閲覧弾くはずなんだけど!?」
驚いたフブキの声。申し訳ないけど今は返す余裕がないのでいったん無視して情報を漁る。
「アロナ、衛星写真を取り込んでくれ。過去72時間分、地点は廃線になったアビドス東幹線沿線を……左右1キロ幅で頼む。そのうちセキュリティカメラの撮影範囲内、そうだな……セキュリティカメラから300メートルを除外して、車両が複数固まっている地点をマッピングしてくれ」
『先生っ! 結構枚数ありますよ! 20秒ください!』
「1分かけて構わない。おそらくアビドス市街地からそう離れないはずだ」
さっきからアロナがひーひー言っているがここは頑張ってもらうしかない。頑張れアロナ。そう心の中で応援しつつ僕は僕で一番最新の衛星画像を見る。
「1時間23分前……まぁ、なんとかなるか」
今の衛星の位置情報も出ている。ちょうど30秒後に砂漠から見てもかなり東を飛ぶ偵察衛星があったので、撮影依頼をねじ込む。かなり角度がつくからまともに映るかわからないが、ないよりましだ。
表示した地図と衛星画像がどんどん重なっていく。アロナが地図を並べてくれているのだ。ヴァルキューレの衛星はかなり精度がいい。砂漠なのもあって隠れる場所はほぼないし、いくらタンカラーの砂漠迷彩をつかっていても見づらいだけで見えなくなるわけではない。
アビドス東駅から伸びる東幹線と呼ばれる廃線は、そのまま南にむかって伸びていく。砂を避けるための鉄柵のようなものが伸びる線路をアビドス東駅から線路に沿ってざっと眺める。砂で埋まりかけているがそれのおかげでよくわかる。車両を通すためには砂を退ける必要がある。つまり、線路が見えている場合、地形として砂が吹き飛ばされるほどの風が強い場所か、直近で砂を避けたことになる。線路が露出しているのは旧東駅から7.3キロ地点。何かある。
アロナの解析が終わった。僕が見つけた場所と同じ場所をプロットしている。いいぞアロナ。こういう感覚が近いのはなにかと助かる。そこを拡大する。解像度もかなりいい。0.5メートル四方で映像の判別がつく。巨大なコンテナが詰まれている。東向きと北向きの2方向だ。線路も東側に鉄の柵が並ぶと言うことはここは常に東から風が吹く場所だ。つまりあのコンテナは風よけの意味だろう。そのトラック群の脇に古いピックアップトラックが映っている。
「あれなんだろうね」
ピックアップトラックの上に何か乗っているが、なんだろう。おそらくアンテナかなにかが乗っているということは、通信機材を持っている。仮設の指揮所かなにかだろうか。問題はその脇にある車両。
「あのレッカー車……」
「うん。さっきのレッカー車だ」
ユウカの問いに答えつつ、無線のトークスイッチを押す。
「ホシノ、現在地を教えてくれ」
《ちょうど東駅のホームの脇から線路に入ったところー》
「そこから7.2キロ先、敵の拠点がある。コンテナを積んで作った移動式の拠点だ。事前に露払いをしていた車も、衛星写真で確認した。誘導を開始するから指示に従ってくれ」
《みんな線路脇の防砂柵の影に隠れているね。そろそろ相手の警戒エリアに入ったはずだ。まもなく11時方向にコンテナの山が見えるはずだ。見えるか》
「まだ」
シロコが端的にそう答えるのが聞こえる。盾持ちの私が先頭を走った方がいいかと思って先頭を走ってるのだけど、シロコの方が目が良いし、通信はシロコにぶん投げることにした。
《了解。見えたら報告してくれ。ホシノが先頭を引いてると思うけど、敵も防砂柵に隠れて走ってくることは想定しているはずだ。ホシノは正面を警戒してくれ》
それで説明が切れる。先生はなぜそうなのかを必ず伝えてくれる。ありがたいが、通信が長い。
「わかったよー」
とりあえずは防弾板を広げつつ、進行速度をわずかに落とす。
「キロポスト通過しましたー。6.5キロポストですー」
ノノミが話す声。それを聞いた先生の了解のコール。こういうときでもほんわかした声で話せるのはノノミの特技。感情の起伏が結構激しいはずだけど、ちゃんとそれをコントロールできるのはノノミの良いところだとは思う。
今現場で動けているのはこれだけ。アヤネのドローンも使いたいところだったけど、航続距離的に厳しいのがわかって配置転換中。本来は護衛役として使えるはずのロボットは、2機ともアビドスに置きっぱなしのまま、ハッキングのせいで1トンちょっとの文鎮になった。
「ま、いいけどさ」
「……ホシノ先輩?」
「なんでもないよー。そろそろ見えるし、そろそろ来るよー。気を引き締めてこー」
そう言いながらあくびをかみ殺す。脳に酸素を回さないと乗り切れる状況じゃないことは確かだ。セリカの命が掛かってる。
「コンテナ群が見えた、11時方向」
《オーケーシロコ。全員一旦進行停止》
先生の指示に三人とも足を止める。ここにいるのは三人。三人でセリカを救出し、脱出するには作戦が必要だ。そのためにも一度足を止めさせたんだろう。捜索の手順の確認をするにも、成功時にどのように撤退するのか、もしくはセリカを回収できなかったらどうするか。確認必須の物事はたくさんあって、どれも情報が必要だ。そのための偵察になるはずだ。
《コンテナがおそらく数段積んである。詰まれたコンテナうち最上段のコンテナの色は左から赤色、黄色、赤色、白の4段である。これは正しいか》
「あってる」
《コンテナの列を左の赤い列からそれぞれ
「できる」
《そのゲートを
「敵の想定人数は?」
シロコが槓桿を引きながらそんなことを言う。攻撃一辺倒な思考回路が最近磨きが掛かっている気がする。
《想定は7人分隊が最大で3個程度。全高3メートル程度の重装甲のパワードスーツ。とにかく重そうだな。これを乗せたトレーラーを動かしていたからカメラをキルしてたんだろう》
パワードスーツ。
撃破は面倒だが、ノノミの銃があれば大抵黙る。逆にノノミにどう相手を近づけさせずにやるかと、その銃器でセリカのいるコンテナごとぺしゃんこなんてされたら面倒な位かな。
《但し、3キロ後方になにかの採掘基地がある》
「採掘基地?」
《砂漠で何かを掘ってるんだよ。そこに警備ロボットが巡回しているっぽい。我々はあくまで攫った犯罪集団を叩くことになるが、この採掘基地の持ち主が関与していた場合、警備ロボットや車輪で走ってくるタイプの自走砲とかを相手取る必要が出てくる。だから300秒で撤退だ》
5分、まぁできないことはないだろう。情報が正しければ40メートル四方のたこつぼに籠もっている敵ということだ。ただし、たこつぼの中は撃ち下ろされ放題になりそうなのが怖いけど、まぁなんとかなるだろう。
「で、ここにセリカが居なかった場合は?」
《その時は撤退だ。東に1.2キロちょっとでハイウェイに合流できる。セキュリティカメラも生きてるからそこまで逃げれば相手も無法はできない》
「そんな都合良く諦めてくれますかね……」
ノノミの心配ももっともだと思う、犯罪者集団に倫理観を期待するのは間違いだ。
《大丈夫、相手は出てこれない》
「おじさんはなんでか気になるなー」
《ハイウェイまで逃げたらどうしても姿をカメラにさらさざるを得ないし、相手はシャーレがヴァルキューレに介入し始めたことを理解している。決定的な証拠をこちらに掴ませるわけにはいかないってことを敵は理解している以上、カメラの領域まで入れれば勝ちだ》
「……どういうこと?」
話題の飛躍にシロコが置いてきぼりになっている。
《もしこれで採掘工場から応援が来た場合、カイザーコーポレーションが黒幕だと自白する様なものだからね。ヴァルキューレ警察学校というか、連邦生徒会との大口契約を控えたこのタイミングでそんなダメージを相手は看過できないはずなんだよ》
「!!」
ちょっとカタカタヘルメット団の背後を漁ってみると先生が言ったのは昨日の夕方。
「ちょ、ちょっと待って」
慌てて会話に待ったをかける。
「つまり先生は……セリカがPMCに拉致されたって言ってる?」
《カイザーグループは関与が表に出ないように不良を雇ってる。彼らはちゃんと頭を使って動いてる。彼らのお金の動きを正確に追わない限り答えは出ないだろうね。だけどここで君たちを叩き潰せるような動きを出してきた時点で、連邦捜査部シャーレは大手を振ってカイザーコーポレーションに殴り込みをかけることが可能になる》
だからそんな選択肢を相手はとれないんだよ。と先生はなんでもないように淡々と口にする。
《カイザーグループの目の前で、カイザーグループに雇われたカタカタヘルメット団はただ来ない援軍を待ち続ける遅滞戦闘を展開するだろう。まともな相手ならカイザーグループとカタカタヘルメット団の密月はこれでご破算だろうね。だけど一つだけあり得る可能性がある》
「なに?」
シロコが首をかしげる。私は先生が何をいいたいかわかっていた。
「
《正解だホシノ。だから300秒だ。それまでに撤退しろ。彼らは武器弾薬だけでは中心に誘い込めないと判断した。だからセリカを使って君たちを罠の中心に誘き寄せた上で拘束するのが目的かな。……限界ギリギリ、マージナルな賭けだ》
「大丈夫。先生、力を貸して。セリカは、私たちで助け出す」
シロコが即答する。シロコがここまで真っ直ぐに意思表示をしたのは、初めて見たかもしれない。
私は先生を信じてもいいんだろうか。
「大丈夫、なんですか……?」
ノノミは不安そう。それはそうだろう。
《相手は暴力的な脅迫に出ているが、それは他に交渉材料を向こうが持っていないからだ。そのためにセリカを誘拐した。つまり、彼らは僕たちになんらかの譲歩を求めている。交渉の可能性がある限り、相手はセリカも、君たちも殺せない》
「……先生、先生はなんでそこまで言い切れるの?」
思わず口に出てしまう。タイミングをしくじった気もする。今この状況で先生に賭けから降りられて困るのは私たちだ。聞こえたのは先生のどこか自嘲するような笑い声。
《僕は戦争についてだけはプロフェッショナルだ。相手も戦争のプロで、プロの動きは信頼ができる。なぜなら、プロは意味の無い攻撃ではお金にならず、戦争の先にある交渉を阻害することを理解しているからだ》
戦争のプロ。よく言うと思う。弾丸一発で死ぬくせに。
《ホシノ、アビドスはいま戦争状態に追い込まれてしまっている。相手は負債を使って君たちから自由と判断材料を奪うことで、戦うことを強制した。相手はプロだ。頭数、装備、時間、予算、全てにおいて勝るプロを相手に戦い続ける限り、アビドス高校に勝ち目はない》
「なら、先生が私たちを勝たしてくれるって言うの?」
《そうだ。僕は君たちの戦争を終わらせるために指揮をする》
それは、なんだ。その宣言はなんなんだ。
《この状況を脱するには相手に銃を置かせ、君たちも銃を置く必要がある。相手を裁判所……最悪の場合でも会議室まで引きずり出すぞ。そのための準備としての戦闘だ》
戦争? 終わらせる? 誰もが見捨てたこの砂漠で?
奇跡なんて起るはずのないこの砂漠で、大言壮語を宣うこの男はなんなんだ?
《ホシノ、ノノミ、シロコ、アヤネ、君たちの肩を貸して欲しい。この戦争を僕たちで終わらせるぞ》
頼んだのはこっちだ。相手は大人、アビドスに関係の無い大人。助けに来ただけの部外者だったはずの、大人。その大人が勝手にチームになったみたいに振舞っている。
「……わかった。じゃあ手伝って、先生」
いつもみたいに眠い声が出ただろうか。わからなかったけれど、なんとか伝える。
《わかった。手伝うよ。それじゃあはじめよう》
ちゃんと意味が伝わったのが、悔しいと同時にありがたかった。
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不定期連載となりますが、今後ともよろしくお願いいたします……!
というわけでやっと次回から戦闘です。
次回 バトル・バイ・ワイヤ
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