マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
「ちょ!? 先生、なんでこんなとこに!?」
「君の様子を見に来ちゃいけなかったかい?」
暖簾をくぐると同時に飛んできた大声があまりに予想通りで笑ってしまった。だがここで止まっていても後ろが詰まっているので、さっさと奥に入り込む。
「やぁやぁやぁ、やっぱりセリカちゃんのバイトと言えばここだからねぇ」
「……ホシノ先輩だったか」
続いて入ってきたホシノほか対策委員会の面々を見て胡乱な目を向けるセリカ。省略されたのはホシノ先輩がバイト先をばらしたのか、ということらしい。
「大当たり~。と言っても一昨日夜からの行方不明騒動でアヤネちゃんからも問い合わせいってるし、なんなら先生もこのあたりは情報収集してたでしょ?」
「どうりで大将が事情に詳しいと思った……っ!」
地団太を踏むセリカ。その様子もかわいいなぁと思ってしまったあたりでもう言い訳ができないくらいに父親面だ。
「昨日の今日で体調大丈夫なのかい? 10時間以上縛られた後だから筋肉にもダメージ入ってると思ったんだけど」
「まったく問題ないし、先生のお見舞いも必要ありませんよーだ!」
わざとらしい子供っぽい言い方に反射的に頭をなでてしまった。セリカがびくりと肩を跳ね上げたのでしまったと思ったが仕方ないのでひと撫でして手を引く。どうもジブリールをそばに置いていたときのクセが抜けない。
「まぁ、無事ならよかった。心配してたからね」
「あ、ありがとう……」
ございました、と消え入りそうなセリカの声。あぁもうかわいいなあ。
「で、5人なんだけど入れます?」
「セリカ、お客さんならちゃんとお通ししなさい。……あなたがセリカが言っていた『先生』ですかね?」
「連邦生徒会、捜査部顧問のアラタといいます」
法被を着た犬の姿をした大将に声をかけられる。おそらく柴犬だろうなぁと意味のないあたりをつけてしまった。ようやく犬やロボットが店員をしているのに慣れてきたのもあって、表情を崩さずに済んだと思う。たぶん。
「うちの店員が危なかったところを助けていただいたと聞いてます。ありがとうございました」
「いえ、実際に助けたのは対策委員会のみんなですから、お礼はこちらに」
「先生、そーゆーのは言いっこ無しですよ? 先生がいなかったらあんなに早く解決してないんですから」
ノノミになぜかフォローされて僕は苦笑いだ。僕は冷房の効きすぎる作戦指揮所で地図を見ていたので、一番大変だったのは対策委員会の面々だろう。
「なんであれ、ありがとうございました。みなさん、チャーハンか餃子ぐらいはサービスさせていただきますんで。ゆっくりしていってください。ほらセリカ! 案内!」
「うっ……こ、こちらにどうぞお客様……こちらのテーブル席をお使いください」
いろいろとサービスが決まったのはありがたいが、時間は11時ちょうど。食べれるだろうか。いや、朝ごはんを食べ損ねたからなんとか入るか。
テーブルは6人掛け、さっさとホシノが壁沿いの角を確保し頭を壁に預けてここから動かないぞ!という意気込みを込めて笑みを浮かべてくる。あれは半分脅しだなと思う間にも生徒たちは席についていく。ホシノの向かいにアヤネが、ホシノの隣にシロコ、その向かい、シロコの正面にノノミが来る。
「ん」
なぜかシロコが彼女の隣のスペースをポンポンと叩く。座れという意味らしいので素直に座ると、なぜかシロコがこちらに詰めてきた。
「あの、シロコ?」
「ん?」
「近くないかい?」
「んーん」
そう言って僕の肩にぐりぐりと髪を押し付けてくる。スキンシップが取りたいお年頃なのかもしれないが、この状況は結構まずい。
「だって先生は、初めて会った時守ってくれたし、抱きしめてくれた」
結構まずいどころの話ではなくなった。まずい。これはまずいぞ。ジブリールやホリーに鍛えられたのもあって、さすがの僕でもこれはまずいとわかる。
「シロコちゃん!? 先生といつの間にそんな関係に!? ママは許しませんよ!?」
「あらあら」
「ホシノもノノミもからかわないでくれ。おそらくすれ違いがある。シロコ、いったん離れて」
「……ん」
そのやり取りを通じてやっと肩から重みが外れた。残念そうにしないでくれ頼むから。
「ヘルメット団と初めて遭遇した時に、シロコが相手の射線に取り残されてたんだよ。ロジコマの裏に引き込むにはそうするしかなかった、いわゆる緊急対応だ」
「あー、シロコ先輩時々無茶な突撃しちゃってドローンが追い付かない時ありますし……、そういうことですか」
アヤネがフォローアップを入れてくれた。確かにシロコ、恐ろしい爆発力で前に出ていたりする。
「それにしても、シロコちゃんが先生に引っ付くなんて、ちょっと予想外です」
ノノミの疑問は僕も同じように思っている。なんだかんだ言って僕がアビドスの皆に合ってまだ3日目なのだ。ここまでするっと認められたことに正直驚いているし、そんな簡単に僕を信頼しちゃだめだよとも思う。いや、信頼してくれることそのものはうれしいけれども。
「でも先生は私のこと信じてくれた。廃工場を襲った時も、救出作戦の時も、遠くにいるのにずっと隣で指揮してくれたみたいだったし」
「あー、それは私もびっくりしました」
アヤネがそう言って背筋を伸ばした。
「本物のオペレーターってこういうことなんだなって。昨日なんて私が観測ドローンを上げたころには全部片付いてましたし、ミレニアムのユウカさんという方とちょっと話したんですけど……、1時間以上前の衛星写真とみんなとの通話だけで指揮をしてたって……」
「え? それ本当だったの? 誇張入ってない?」
ぐでっとしたままのホシノが怪しげな顔を向けてきた。これは僕が説明しないといけないのか。
「あー、誇張は入っている。リアルタイムの偵察情報がなかったのは本当だし、まともな衛星写真が90分ちょっと前のものしか使えなかったことも本当だ。だけどそれだけで指揮をしていたわけじゃない。ヴァルキューレ警察学校からの情報提供や敵システムへのカウンターハッキングで情報を盗み返したりしているから
というより、ユウカ。なに不正確な情報を流しているんだ。あとでいろいろ確認しておかなくちゃいけない。そんなことを思っている間にもノノミが頬に指をあてて考え込むようなしぐさを見せた。
「でもリアルタイムで砲撃の位置とか、隠れる位置とか指摘できましたよね?」
「それは地図を見ていればだいたいわかるからね。それに君たちの通話のマイクが想定より周囲の音をよく拾ってくれてたからね。足音や風切り音で情報も得られる」
「あは、あははは……」
苦笑いするアヤネ。これはまずいかもしれない。彼女へのフォローアップが必要だろう。結局昨日はアヤネがするべき仕事を僕が結局すべて奪ってしまった。
「アヤネ、今度オペレーションのコツとか機会見つけてレクチャーしようか?」
「え!? いいんですか!?」
「お、いいじゃ~ん。戦闘技術だったらおじさんやシロコちゃんで教えられるけど、後方支援オペレータのコツなんて今のアビドスの先輩チームはからっきしなおかげで、アヤネちゃんの我流だったしねぇ。おじさんも大賛成」
すぐに援護射撃に入るホシノ。この子はよくまわりを見ている。助かるしここでいきなり僕を信頼してくれたのはありがたいが、その行動にちょっと違和感を覚える。
「でも、私にできるかな……」
「あぁ、それは問題ない。できる」
即答するとアヤネはやはり苦笑い。筋はかなりいいと思うんだけどなぁ、アヤネ。そんなやり取りの間に少しだけ乱雑にお冷とおしぼりが置かれた。
「で、ご注文は!?」
会話に入れずに拗ねているのかセリカが伝票とボールペンを手に聞いてくる。
「僕は、塩の並盛で餃子のセット」
「ん。私も」
「私は醤油で半チャーハンですかねー」
「おじさんは味噌で半チャーハンの大盛でー」
「半チャーハンの大盛!?」
それは普通にチャーハンなのでは?と思うがそうなる前にちゃんとセリカが突っ込んでいる。うん、セリカの扱い方がだんだん分かってきたぞ。一通り注文を取り終わったセリカが一瞬だけ厨房に消えて戻ってきた。一応注文待ちの姿勢だが、耳はこちらに向いている、という立ち位置だ。本題に移っていいよ、のサインなんだろう。
「で、昨日一昨日の戦闘について、いろいろ情報を集めてみた結果として、君たちへの攻撃を依頼した人物が存在する可能性が高いっていうのはもう何となくみんなも察してると思うんだけど……」
そう切り出すとアヤネやノノミの視線が下がった。
「とりあえず、武器の出所だけはわかった。ブラックマーケットに横流しされている盗品……ということになっている」
「裏がありそうな言い方だねぇ、先生?」
「実際に横流しといいつつも、おそらくは既に横流し先が決まったうえで出品されているだろうという予想が立っている」
「つまりカタカタヘルメット団は……」
「カイザーコーポレーションの影響下にある。というより、今回の攻撃のために武装の提供という形で安く買い叩かれただけの使い捨ての鉄砲玉だろうね」
そういうとノノミの視線がますます下がる。
「なんだかカタカタヘルメット団もかわいそうですね……」
「うん。そうなんだけど、一昨日、昨日と3連続で戦った結果、僕たちは確定でパワードスーツ1台と対戦車ミサイルを8ユニットを破壊し、人員も累計で30人以上追い返している。いろいろ情報を漁ってみたけれども、カタカタヘルメット団の人員は多く見積もっても50名程度。6割以上の人員が返り討ちに合っている状況だ。この状況で士気を保つのはほぼ無理だろう」
「ということは……」
キラキラとした目でアヤネが見てくるが、残念。そんなラクな展開にはならないはずなんだ。
「うん。相手はカタカタヘルメット団をトカゲのしっぽとして切り捨てに入る。この状況で相手がとりうる選択肢は二つだけ。圧倒的物量で叩き潰すか、交渉かだ。僕は高い確率で相手が交渉を選ぶと踏んでいる」
「交渉……」
セリカの呟く声。耳だけはやはりこっちに向いている。情報共有ができているというのはいいことだ。
「この三日間でこちらが破壊した武装だけでも、相手は推定3,500万円の損失を叩き出した。借金の回収が目的なら、そろそろここが財布的にも限界だろう」
もっとも、ここにマキのハッキングによる損失は入っていない。カタカタヘルメット団の雇い主というか、協力者には数億円単位の被害をほぼ確定で叩き出したし、相手は対策のために抜本的なシステムの改変が求められるだろうから、この先数か月は更新費用が莫大にかかるはずだ。このあたりは企業のプレスリリースや資金調達のための株式発行等の動きを見ていけば傍証も集まるだろう。
「故に、借金の代わりに土地や人材を差し出せという可能性が出てくる」
そう言うとピクリとホシノの肩が揺れた。
「現状でそれらの交渉に飛びつく必要はないし、こちらも情報収集が必要だ。同時に安易に武力交渉に入らせないために君たちの組織としての正当性を保証する必要もある。そこで……一つ保険を打っておきたいんだけど」
シッテムの箱を取り出し、皆に見える位置に置く。
「対策委員会顧問として、僕を雇ってくれないかな? 業務は債権の整理と外部折衝、有事の際にはオペレータとしての指揮管制およびそれに付帯する業務。いったん期限は三か月で切って、再契約は妨げないものとする」
「雇うってことは、先生にも私たちから対価を支払う、ということですか?」
アヤネがすぐにポケットの電卓を取り出した。
「そうだね。だけど金銭でというのは今のアビドスでは無理な話だと思うし、僕は君たちの戦闘能力を借りたいと思っている。この借金騒動がある程度クリアになったら、シャーレの活動に協力してほしい。シャーレ部員の保護という名目でロジコマ等の各種武装、活動に必要な弾薬などのロジティクス、通信指揮管制システムのアップデートが行えるようになる。それが相手への牽制にもなると思う。一昨日も言ったかもしれないけど、相手は君たちの孤立を狙っている。僕が君たちに接触したとたんに相手が攻勢を強めたのは、君たちと僕が手を組むとまずいわけだしね」
そう言って、タブレットから全員にメールを送信する。
「今答えが欲しいわけじゃない。でもまぁ、急いでくれた方が次の一手に備えるという意味ではありがたいけど、それは僕の都合だから、君たちの都合を優先しなさい」
「……わかった。じゃあ、これは明日みんなで話し合おっか」
ホシノはそう言って笑う。うん、その方がいい。時間をおいて考える方がいい。
「セリカ、できた分から持ってってくれ! これ塩二つと醤油! 味噌と餃子はすぐできるけど、チャーハンがちょっとかかる!」
「はいっ!」
「いよっ! 待ってました!」
赤いラーメン鉢に澄んだスープ。野菜がかなり多いが、おいしそうな塩ラーメンがやってくる。けっこう分量も多い。ホシノの味噌ラーメンの到着を待って、パンと手を合わせる。ラーメンなんて久しぶりだ。日本にいたときは時々食べていたし、ミャンマーのころはベトナムが近かったこともあって、フォーのような麺類はあっても、日本風のラーメンを食べることはなかった。どこか懐かしい味にどこかが緩むのを感じる。旨い。
「いやあ、ここのラーメンホントおいしいよねぇ、美人のバイトさんもいるし」
「ちょっ!?」
「事実でしょー?」
ホシノが茶化すが、セリカのフォローに入る人もいない。顔を真っ赤にしたままチャーハンを運んでくるセリカに、なぜか僕がにらまれた。いや、僕チャーハン頼んでないんだけど。
「先生なんて胃もたれになっちゃえばいいんだ、フンっ!」
「本当にありそうな呪いをかけないでもらいたいなぁ」
そう肩をすくめるが、それだけだった。
「それ食べたら出てってよね。これから昼時で忙しくなるんだから」
「そういえば先生この後どこに行くんです?」
「ん? いや、シャーレの協力者と合流してブラックマーケットに情報収集」
「ちょお!?」
セリカがいきなり食いついてきた。
「いやいやいやいや、ブラックマーケットって……! さすがに危ないって」
「わかってる。だから一人じゃいかないよ。土地勘のある生徒に協力をもらって案内してもらうだけさ。それに何かあったら逃げるし、相手にプレッシャーをかけるためにも僕がいかないといけない話だしね」
そういうと皆静かになった。なにやらアイコンタクトで互いをちらちら見ているのもあって居心地が悪い。しばらくたってシロコがため息。
「先生、お人よしって言われない?」
「あまりないかな」
絶対嘘だ。といいたげな空気。本当に言われたことはないと思う。それにお人よしだったら暗殺対象リストに堂々と名前がのったりはしないだろうし、子どもを戦場に送り込むような仕事はしていないだろう。
「しょうがないなぁ。じゃあ、シャーレの活動の見学ってことで、おじさんたちが付いていってあげよう」
「……うん?」
なんだかとてつもなく面倒なことになりそうな予感がしたが、人手が多い方がいいかととりあえず考えることをいったん棚上げした。
そして夕方には、この棚上げをものすごく後悔することになる。
ということで、着々と事件までのカウントダウンが開始されました。
そろそろあのBGMの用意ですね…。
次回 スラム街を歩く
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誤字報告大変助かっております。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。