マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる -   作:オーバードライヴ

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00000001_僕が僕であるための

 

 結局、見通しが甘かった。

 

「あーもう! 結局こうなるんじゃない!」

 

 ユウカが叫びながら物陰に飛び込む。記憶のかなたから引っ張り出してきた秋葉原のような街並みだが、窓は粉々に砕け散り、足元にはガラスの破片が散乱している。さすがにジャングルブーツなら踏み抜くことはないが、とっさに伏せたら肌に刺さりそうだ。

 

「で! これを突破しないと部室に入れないのよね!?」

『はい。目の前の不良たちを突破してください』

 

 無線越しに飛んでくるリンの声に明らかにイラついた様子のユウカ。リンは先ほどまで上空を飛んでいたヘリに乗っている。対空射撃が可能なランチャーを持っている生徒がいるらしく慌てて退避した形だ。

 

「突破してくださいじゃないでしょーがっ! 連邦生徒会の治安要員は!? DUの警備担当はどうしたの!?」

『ミレニアムサイエンススクールの精鋭である早瀬さんならこれぐらい突破できるでしょう?』

「あんたね! 戦力差ってものを考えなさいよ! こっちは先生まで抱えてんのよ!?」

 

 悲しいことに、こういうときに僕は戦力外だ。少なくとも、武器らしい武器を持っていないし持つことはない。

 

「ビルの奪還より先生の安全確保が優先です」

「そうね、キヴォトスの外の人だと、一発で命の危険につながる可能性があります」

「主席行政官に先に降りてもらう方がよかったですね。先生よりは行動に制限がかからなかったかもしれません」

 

 いや、待ってほしい。戦闘行動はキヴォトス云々とは関係なく危険じゃないのか。

 

「っ!? ユウカ! 頭を下げてください!」

「へっ!?」

 

 パン、という破裂音と共に、ユウカの頭が地面に叩きつけられる。僕も頭の奥底を直接殴られたような感覚がある。実際に殴られたわけでも、被弾したわけでもない。

 

「ユウカ!?」

 

 直接僕の目で子どもの死を見るのは二回目だ。一度目はハキムの死体がトラップ用の爆弾でさらに細かく吹き飛ぶのを見ただけだから、多分正確には初めてだ。傭兵隊長をしてきたが、画面と無線の奥でしか見なくなった死。

 

 女一人、子供一人、村一つ。僕が今の僕になるために必要だった犠牲。それでもまだ必要か。

 

 手の感覚がない。数十分前に自分の命の一つぐらいと気楽に了承した自分の頭を後ろから撃ち抜きたいが、それらは全て後回しだ。

 

「っ、た――っ! あいつらホローポイント弾使ってるわよ! 違法よ違法!」

 

 ――そんなことをかみしめていたのだが、撃たれた本人がたんこぶを作ったぐらいで起き上がるのはどういうマジックだろうか。

 

「伏せててください。それに、ホローポイント弾は違法指定されていません」

ミレニアム(うち)ではこれから違法になるの! 傷跡が残るでしょ!」

 

 元気に言い合いを再開したのはいいが、ホローポイント弾を喰らって傷跡を気にするレベルで済むというのは本当に常識が通用しない。最悪な状況を招いたわけではなかった。それでも。

 

 それでも、目が覚めた。醒めてしまった。

 

「リン、目標のビルはここから250メートル先のビルで間違いないんだね」

 

 こういう時に声が揺れずに済むのは経験の賜物だろうか。横にいたハスミが怪訝な顔をする。

 

『はい。目標はそこで間違いありませんが……なにを……』

「もう一つ、戦闘行為の目標について確認したい。目の前の不良の一団を排除する必要そのものはない。建物に到達し残りのものを締め出せればよい、これでいいかい?」

『それはそうですが……先生?』

 

 ヘリから降ろされる前の視界を思い出す。手元にはインフォメーション・イルミネーターはない。地図もない。それでも、やるしかない。

 

「ビルにはまだ誰も入られてないね?」

『……セキュリティの情報を信じるならば、まだ』

 

 女一人、子供一人、村一つ。僕が今の僕になるために必要だった犠牲。それでもまだ必要か。いや、必要はないはずだ。

 

「通信が安全であることを信じよう。市街地戦で障害物も多い。スズミ、フラッシュバンを持っていたね。ハスミやユウカにも渡して。チナツ、ユウカは動かせそうかい?」

「はい。被弾による傷は深くありません」

「え? ちょっと、先生? いったい何を」

 

 額にばんそうこうか何かを張られているユウカがわたわたと聞いてくる。

 

「指揮を執る。ここに来る前は戦闘指揮を一応生業にしていたから、少しはマシな支援ができると思うけど。……相手は100人もいない。5人ですり抜けて引っ掻き回すくらいはできるだろう。リン、後続部隊は?」

『……到着まではあと20分以上かかるかと』

「装甲車などは放置していくしかない。そちらの対処の用意を頼む」

 

 携行火器で装甲車をまともに落とすのは難しい。それこそ地雷や対戦車ミサイルがあれば別だが、見たところそんな装備もない。それがきたら素直に下がるだけだ。

 それを察したのか、数瞬の間があってから無線越しに『わかりました』と返答が来る。

 

「フラッシュバンの一斉投擲後、爆発と同時に1ブロック後退して左の路地に入る。そのまま1本左の通りを用いて前進することを想定。相手は連携も取れてない。楽に行こう」

 

 ハスミがフラッシュバンの安全ピンを引く。一斉にそれが放たれ、伏せると同時に数瞬開いて轟音が響いた。

 

 轟音で耳があまり機能していないが、それでも50メートルほど後ろの路地に皆で飛び込むくらいはできた。その脇のごみ箱に大量のアルミ缶が詰まっているのは見ていたからわかっている。何個か拾って手に持って走る。

 

「空き缶拾ってどうするの?」

「少しでも相手の気を見当違いなところに向けたい。少しでも戦闘を避けて突破する。なにもないよりはましだ」

 

 路地は幅2メートルもない。鉢合わせてもこの規模ならそこまで数の差が不利にならないはずだ。

 

 後ろを振り返るがまだ追ってこない。どうやら目的があっての襲撃というよりは、暴れたいだけの人員をかき集めたようだ。

 

「おそらく相手はまともな指揮系統が機能していない。大人数でも戦闘単位として機能しているのは戦術単位P程度だろう」

「戦術単位……」

「おおよそ24人」

 

 ユウカの声に端的に答えつつ、速度を上げる。路地と路地が交差する地点で簡単にクリアリングを行うが、相手はこちらに気がついた様子はない。相手は素人だ。というよりも、こちらの作戦意図を理解する必要がないからこちらを追いかけてこない。というのが正解か。

 

「……こうなってくると、建物に入るときが一番の鬼門ですね」

 

 チナツがそんなことを口にする。頷いて答える。どうやらチナツは僕と同じような流れを考えている。相手が占拠しようとしている目の前のビルが僕たちの目的地でもある。これまでは深追いをしないでくれているだろうが、あそこに入ろうとするならば話は別だろう。

 

「リン、あのビルのセキュリティは?」

『先生や皆さんの生体情報は先ほどセキュリティ端末に送信しましたが、認証装置が正常に機能するかは不明です』

「正常に機能しない場合は破壊して突入していいのかな?」

『やむを得ません』

 

 このリンという女性、奥歯に何か挟まったような言い方をする。それでもまぁ、破壊許可は出た。

 

『東側の通用門をトライしてください。正面には戦車も待機しているようです』

「情報ありがとう。裏に回ろう」

 

 そう言いつつ裏手に回ると8人ほどのヘルメット集団が鋼鉄の扉に銃を乱射しているところだった。

 

「……稚拙だ」

「ですね。蝶番を破壊するというのは習わないのでしょうか」

 

 ユウカがそう冷酷に評価するが、そういう問題でもないだろう。いや、役立つからいいんだけど。

 

「スズミ、フラッシュバンの在庫は残ってるかい?」

「いえ、先ほどので使い切っていて手持ちはもう……」

「オーケー。ならハスミ、ここから狙撃できるかい?」

「はい」

 

 片側2車線の道路を挟んで正面、という位置までまともな戦闘もなく通過できたものの、ここからは戦闘を避けられそうもない。ここまでくれば空き缶の出番はなさそうだ。少々無駄な動きをした。

 

「ハスミが集団の後ろに立っている背の高いのから順次狙撃、それに合わせてユウカ、スズミが突入。無力化でき次第、制御端末が機能するかトライしてみよう。ドアが開いたらチナツ、ハスミは僕と後方を警戒しながら中に入る」

「壊されてそうな気もしますけどね」

 

 ユウカがげんなりした様子でそんなことをいう。スズミは弾倉を交換していた。

 

「壊れていたなら、地下駐車場の方に回るだけだよ。戦車と鉢合わせしないことを願おう。……銃声を響かせてから敵の応援がくるまではおそらく30秒もないはずだ。スピード勝負でいこう」

 

 全員が動きを止め、ハスミが対物ライフルを構えた。

 

「はじめ」

 

 銃声と同時にスズミとユウカが飛び出した。すぐに2発目が響き、同時に高サイクルな射撃音が乗る。背後から奇襲された上にドアの周りは遮蔽物もない、ユウカが真っ先にドアを渡り切るころには8人が地面に倒れていた。

 

「……これで死んでないのか」

「気絶してるだけですね。これぐらいじゃ死にません」

 

 チナツがさらりとそういう。いろいろと常識を捨てないとだめだなと思いつつ、周囲を見て走り出す。道路を半分渡ったぐらいでユウカがIDカードをかざすのが見えた。動かないドアをユウカが蹴り上げるとドアが内側に倒れるように開いた。すごいなユウカ。

 

「先生、なにか失礼なことを考えませんでした?」

「ドアを開けてくれてありがとうとしか思ってないよ」

「フンっ。入口はあたしたちで守ります。先生はサンクトゥムタワーの奪還を」

 

 ユウカがそう言いつつ壊れたドアを盾にしつつ銃を構え直す。

 

『ほかに突破された入口は無いようです。地下3階のクラフトチェンバーに端末を用意しています。先生はまずクラフトチェンバーへ』

 

 リンの声は冷酷にそう告げる。ここで指揮をしていてはじり貧になることも、僕が足でまといになりそうなこともなんとなく理解した。

 

「わかった。頼んだ。みんな」

 

 どうやら、僕がやるべきことは他にあるらしい。

 




次が長くなりそうなので、今回は短めで。

次回 武器を手に入れる。

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