マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる -   作:オーバードライヴ

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補数のタイトルの通り、今回は先生視点じゃないです。どうぞお楽しみください。


11101110_暴力の使い方

 先生に連れられて入ったビルの二階は、ずっと甘ったるい匂いがしていて、どこか気持ち悪い。それでも先生は顔色一つ変えずに勧められた古いソファに座る。私もそれに続いて座ったら、カタカタヘルメット団のボスよりさらに偉いらしい河駒風(こまかぜ)ラブと名乗った女の人が話し始めた。

 

「それで、そっちのぺちゃパイ眼鏡はアビドスの子だな? 後ろのデカパイ眼鏡と赤髪チビは誰だ?」

「僕の護衛を頼みました。さすがにブラックマーケットに丸腰で飛び込むわけにはいかなかったので」

 

 ものすごく不本意だが、とりあえず黙り込む。まだ成長期だって言いたいが怒らせるのが目的なんだから、その挑発に乗る必要はない。マキさんが背後で舌を出したらしい。

 

「センセイは『シーザーを理解するためにシーザーになる必要はない』って聞いたことはないのかねぇ」

 

 河駒風さん、多分見た目よりもものすごく頭がいい。シーザーを云々は確か昔の社会学者の言葉だ。社会経済の資料集のコラムの端に書いてあったぐらいで、テストにも出ないはず。

 

「僕は知らない言葉だなぁ。でもまぁ、犯罪組織の事務所に行くのに犯罪者になる必要はなくても、武器は必要だと思うよ」

「ほー。“四足使い”でもブラックマーケットは怖いかい?」

 

 四足使いというのはきっと先生につけたコードネームだろう。四足というのはきっと先生が使っていたLCM-01S“ロジコマ”のこと。

 

「四足使いというのは僕のことかな。もちろん怖いよ。こういう場所は全てを受け入れることで発展したカオスなんだろうし、用心しすぎるに越したことはないからね」

「その()()が護衛が二人とオペレータが一人でノコノコ本拠地に来ること? ……舐められたもんだね」

 

 さっと声が下がる。私はそれでも何とか相手を見据えた。ここで口を開くと声が震えそうだった。それでも先生は涼しい顔。

 

「『カタカタ』は壊滅状態だが、アタシ直轄の『ジャブジャブ』は無傷だ。……復讐されると思わなかったのか?」

「それをしてもお金にならないんじゃないのかな?」

「気はまぎれるかもしれないよ」

「トリニティの生徒を拉致して資金調達しなきゃならないような経済状況で自腹を切ってまで戦うかい?」

 

 先生はそれだけ言って黙った。河駒風さんも黙り込む。

 ヒフミさんを襲った犯人がシロコ先輩を知っていたのは、ヒフミさんを襲っていた犯人がカタカタヘルメット団だから。カタカタヘルメット団がヒフミさんを襲ったのは、漏れ聞こえた会話を聞いてた限り、ヒフミさんがお嬢様学校で知られるトリニティ総合学園の生徒でお金を持っていると思われたから。襲う必要があったのは、おそらく、私たちを攻め落とすことができずに予算が枯渇したから。

 

 先生はその推論を元に相手は話し合いに乗ってくると踏んでいた。かなりリスキーな賭けだと思う。相手は犯罪組織だ。話し合いにはかなりのリスクが伴うのは間違いないのだ。

 

 重たい沈黙の後、河駒風さんがフンと鼻を鳴らした。

 

「で? 勝利宣言に来たってわけか。要求は?」

「僕からはアビドスの生徒に手を出さないこと、ぐらいかな」

「河駒風さん、あたしたちはまだ……」

「黙りな川原田(かわらだ)。あんた達、アタシたちの儲けまでつぎ込んでどれだけ弾を使った? 話してるのはアタシと客人だ」

 

 ここまで案内した人はカタカタヘルメット団のメンバーなんだろう。先生が与えた打撃は本当に大きかったのだ。肩撃ち式の小型ミサイルでもアビドス高校の校舎を叩き壊すには十分だし、私たちをしばらく動けなくするぐらいの威力はある。それをたった数台のロジコマと指揮能力で全部吹き飛ばしてしまった。

 

「そっちのぺちゃパイ眼鏡」

「名前で呼んでください、河駒風さん。あなたは私の名前を知っているはずです」

「名乗りもしないのにわかるわけないでしょ?」

「いいえ。あなたは知っていました。私がオペレータだってこちらが名乗っていないのにわかってたじゃないですか。もちろん、所属も」

 

 言い返す。声は震えなかっただろうか。ちょっと自信がない。それでもここで引くわけにはいかない。河駒風さんは鼻を鳴らした。

 

「……で、アビドス高校対策委員会一年の奥空アヤネさんよ。センセイ様はあんた達に手を出さなければ無罪放免と抜かしてるが、それでいいのかよ」

「そうですね……」

 

 悩むふり。時間を稼ぐ。先生は私をここに呼んだ。虚勢でも相手と対等に立つしかない。

 

 先生は約束通り、相手を交渉のテーブルまで連れてきた。そのテーブルに私は今、アビドス高校の看板を背負ってついたのだ。その実感が出て、さっきのホシノ先輩の言葉の意味をやっと理解できた。

 

『負けるな、アヤネちゃん』

 

 励ましなんかじゃない。そんな気休めの言葉じゃない。あれは先輩からの、小鳥遊ホシノ対策委員会委員長からの『命令』だったんだ。

 

 あの時確かにホシノ先輩はアビドス高校の命運を私に預けた。昨日の誘拐事件ではなんの役にも立てなかったけれど、ここが私の戦場なんだ。先輩たちが必死に繋いだチャンスの先、この騒動の最前線にいる。

 

 ここで私が負けるわけにはいかないんだ。

 

 負けませんよ、先輩。

 

「アビドス高校はあなたたちを恨んではいません。あなたたちに私たちを襲わせた誰かがいると考えているからです」

 

 相手はどこまでなら譲歩できる? 私たちの譲れないラインはどこだ? 考えろ。対策委員会として最低限満たすべき条件はなんだ。

 

「対策委員会としては、今回の襲撃の指示をした集団ないし個人の情報が得られれば、今回の騒動についてこれ以上大事(おおごと)にする必要はないと思っています」

「それはできない相談だ。アタシたちにはアタシたちの流儀がある。こっちの沽券にかかわるんでね」

「わかりました。ではそちらが収集した我々の情報の破棄、およびこれ以上の干渉をしないことを要求します」

 

 相手と目が合う。そう、私を見なさい、ヘルメット団。アビドス高校の代表はここにいるぞ。

 

「なるほど、下手な交渉だね」

「欲をかいても仕方ないので」

 

 相手はこちらにつく気はない。アビドスにも彼女たちを用心棒として雇い続ける体力はない。だからこれ以上の被害の拡大を防ぐ消極的な交渉に切り替える。

 

「……わかった。『カタカタ』にはアンタたちの情報を破棄させる。もう『カタカタ』はアンタたちに手を出さない。それで手打ちね?」

「はい。それが守られる限りこちらも損害賠償や所属校への通報はしないことにします。学籍番号A220B1182、河駒風ラブさん?」

 

 コンタクトに表示されたメッセージを読む。チヒロさんが調べてくれていた。ミレニアムのヴェリタスというハッカー集団の出身だと言っていたけれど、他校の情報まで一瞬で抜いてきていた。怖すぎる。

 

「……なるほど、約束は守った方がよさそうだ」

「安心してください。数字の羅列を覚えるのは苦手なんです。ですが、約束が守られる限り私たちは敵ではありません」

 

 味方でもないけど、とはお互い言わなくてもわかるだろう。カタカタヘルメット団以外のヘルメット団が出てくる可能性はあるが、それを確認する手段はこちらにない。みんな似たようなヘルメットで襲ってくる以上、襲ってきた時点でこの条件は破棄できる。河駒風さんもそれがわかってるから、この騒動が片付くまでは手が付けられないだろう。

 

「では、私たちはこれで」

 

 先生も頷いて立ち上がる。

 

「認められるか!」

 

 案内してくれた人がそう叫んだ。

 

「認められるか! こんな、散々馬鹿にしやがって!」

「川原田、アタシの決定が不満か?」

 

 河駒風さんが釘を刺しに来る。言いたくなる気持ちはわからなくもない。アビドス高校にいなかったはずの先生が来て状況を変え、カタカタヘルメット団より上の人らしい河駒風さんが幕を引いた。カタカタヘルメット団のメンバーにしては、部外者同士が会話して決着がついた形になる。

 

「河駒風さんはこいつらと直接戦ってないからそう言えるんだ!」

「あー、そっちの派閥争いには興味ないんで、このまま何もせず帰してもらえると助かります」

 

 先生は苦笑いでそう言った。

 

「ふざけんな!」

「……そうですか、残念です。では失礼」

 

 先生はそう言ってタブレットを取り出しながら背を向ける。直後に銃声。いつの間にか河駒風さんが発砲していた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。それを目の前で反故にされちゃあアタシの立つ瀬がない」

 

 撃たれた川原田さんが呆然としている。

 

「それとも『カタカタ』だけでもう一度やりあうか? カイザーの後ろ盾もなく?」

「!」

「河駒風さん!」

 

 カイザーの名前が出た。悲鳴のような川原田さんの声に、河駒風さんはにやりと笑ってから「……口が滑った」とだけ言った。

 

「お前ら、何か聞こえたか?」

「いいえ」

「さぁ?」

「何も」

 

 私に続いて、マキさんやチヒロさんも否定する。先生は軽く肩をすくめて首の後ろを搔いていた。そんな様子を見て河駒風さんは豪快に笑った。

 

(かな)わないはずだ。末端までよく血が通っている。後ろの二人も奥空もこの状況で銃を抜かないってのは大した肝っ玉だ」

「……どうも」

 

 チヒロさんが無感情にお礼を言う。それもそのはず、先生がタブレット経由で出してきた指示は『撃つな』だった。

 

「奥空、アンタのクソ度胸に免じて警告だ。今回のクライアントは昨日一方的にアタシらへの()()を停止した。同時にアタシらに回してた実弾回収のために別のやつらを使って襲撃もしてきてる」

「別組織……」

「人数は4人。おそらくゲヘナ系の組織だ。便利屋を名乗る、金に忠誠を誓うタイプだ。せいぜい気をつけな」

「……貴重な情報、感謝します」

「先生もだ、今度は別の形で話したいもんだね」

 

 先生は肩をすくめてから、あ、と呟いた。

 

「一個だけ気になることが」

「……なんだ」

「廃工場を囮に僕たちを引き込もうとした作戦だけ、指揮担当が違うように思ったけど。依頼人はもう一人いたんじゃないのかな?」

「……パトロンに対する質問には答えられねぇな」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 今度こそ先生は背を向けて歩き出す。私もそれについて歩く。マキさんとチヒロさんが後ろを堅め、そのまま一階へ。若干傾き始めた西日の中を歩いてしばらく進み、ビルが見えなくなった時点で、とんと肩を叩かれた。チヒロさんが笑っていた。

 

「ナイスガッツ、アヤネ」

「はぁ~~~~~~っ!」

 

 今になって掌に汗が噴き出してきた。心臓もバクバクで気と一緒に腰も抜けた。

 

「胃がねじ切れそうでした……」

「ははは。でも百点満点のネゴだったよ」

 

 先生がそう言って褒めてくれる。頭を撫でられるのは少し恥ずかしい。

 

「なんで先生はあんな状況で平然としていられるんですか……」

「慣れだね」

「なんで慣れてるんですか……」

「戦争はいつだって会議室で始まって、会議室で終わるんだよ。戦えば必ずこういう折衝は発生するんだ」

 

 先生はなんでもないように言うが、こんな胃がキリキリする折衝をずっとしているんだったら大人が強いのも当然だ。タフじゃないとやってられない。

 

「でもまぁ、これでヘルメット団自体は封殺(ピン)できた」

「本当にあれでよかったんでしょうか」

「まだ証拠も不十分な状況だったから十分だ」

 

 先生に助け起こしてもらう。

 

「あれだけできてればどこでも通用するよ。実際相手は認めてくれたじゃないか。これで万が一ヘルメット団ともめても交渉チャンネルは確保できる」

「それっていいことなんですか?」

「いいことだよ。鉛弾より言葉の方がよっぽどいい。それにやり方次第では相手も巻き込める」

「便利屋さん対策ですか?」

 

 河駒風さんは気になる情報を言っていた。

 

「相手は雇う人数を減らしてきた。ここからは相手の攻撃が小規模化する。よくない流れだ」

 

 先生はそう言って空を仰いだ。

 

「このまま本丸を引きずり出したかったんだが、そううまくも行かないか」

「でも人数が少なくなるっていうのはいいことじゃないの?」

 

 マキさんがそう言って先生を見る。なんとなく先生の言いたいことはわかってきた。

 

「小規模化するってことは正面突破してこないということです。つまり、相手はこちらの裏をかくようなゲリラ戦を展開してくる可能性が高いと思います」

「あー……各個撃破の流れになってくるのか……」

 

 チヒロさんが意を汲んでくれた。そうなれば相手の方が有利だ。私たちはガードを下げられないが、攻撃側は攻撃以外では休みが取れる。持久戦になれば負ける。そして少人数であればあるほど、補給や費用の面で長期戦は有利だ。

 

「なら、早い段階でその『便利屋さん』を使う理由を潰すしかないね」

 

 先生の言葉にうなずく。そう、戦う理由を相手から奪うしかないんだ。そういう意味では今回の交渉は正解だった。

 

「そのためには情報が必要、ですね」

「そうだ。そして本命は、ロジコマを撃破した2回目の戦闘の指揮官とそのスポンサーだ。あの攻撃だけが異質だった」

「あとは電子戦だね」

 

 チヒロさんが先生に補足する。

 

「ヴァルキューレからの正式報告はまだだけど、ヴァルキューレの交通管制システムが踏み台にされたのは間違いないんだ。そこ経由で車載AI用の低容量コンピュータにボットを大量に送り込んで、それらを並列化できる化け物ルーターにアクセスさせていた。……そんな高規格な製品をこのキヴォトスで開発できるのはミレニアム(うち)だけだ」

「つまり、ミレニアムサイエンススクールの製品が使われている?」

 

 先生の声にはチヒロさんは首を横に振った。

 

「わからない。でも確かなのはミレニアムの特許(パテント)が侵害されている。……先生、この問題、もうアビドスがどうこうとかいう話じゃなくなってきてると思う。ミレニアムの特許が外部によって侵害されているんなら、ミレニアムはそれをいかなる手段をもってしても取り返さなきゃいけないし、利用者にはきっちりミミまでそろえて利用料を請求する必要がある。万が一、億が一の可能性としてミレニアムの内部に協力者がいたんなら、そいつを締め上げてアビドスにお詫び行脚をさせなきゃいけないしね」

「じゃあ証拠が取れ次第、ユウカに相談かな」

 

 チヒロさんは頷く。

 

「セミナーはこれを無視できないと思う」

「物証をこちらで押さえる話になれば、人員の提供は受けられそうだね」

「ほぼ間違いなくね。それに……なんだかんだで頑張ってるの見せられちゃったからさ。私はすきだよ、そういう頑張り方」

 

 そう言ってチヒロさんが私の髪をそっと撫でる。

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

 なぜかマキさんの目が痛いから、お礼だけ言ってそっと下がる。

 

「そのためにも情報収集を何とかしないといけないわけですけど……」

「カイザーの名前が出てもヘルメット団の証言だけでは無理だろうね」

 

 チヒロさんの言う通り現状では証拠能力がない。だからこそ河駒風さんは口を滑らせてくれた。あの人は頭がいい。私たちがつぶれても、カイザーがつぶれても、ヘルメット団は言い訳が効く状態を作った。だからこそ私たちに情報を提供してくれたし、安全を確保することができた。

 

「物証をつかまないといけないんですけど、どこまでできるやら……」

「そのためにもPCパーツ屋さん巡り頑張ろうか」

 

 先生がまとめた直後、コンタクトに通知。発信元はシロコ先輩。

 

「シロコ先輩? どうしました? ―――はいっ!?」

 

 シロコ先輩の声。私は内容を信じられなくて思わず叫んでしまった。

 

「闇銀行を襲う!? 今から!? なんでそうなるんですかっ!?」

 

 先生の盛大なため息が聞こえた。一難去ってまた一難とは多分今日みたいな日のためにあった言葉だろう。




たまには昼に予約投稿してみました。ラブちゃんの口調あんまり自信ないけど、絶対あの子頭いいと思って書いてたらなんかトンデモな感じに……ゆるして。

次回 Unwelcome Customers

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