マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる -   作:オーバードライヴ

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「SA班はそのまま東進、ポイントN23S1へ」

 

 チヒロに合図を出しつつ僕たちも撤退を開始。チヒロとマキには後で晩御飯を奢ることにはなったが、生徒の安全には変えられない。やたらと埃とアンモニアくさい公衆電話ボックスの影からチヒロが顔をしかめつつ飛び出してくる。公衆電話用のデータ回線ポートから身元を詐称してカイザー系セキュリティをハックしたり、オートコントロール可能なスポーツカーを拝借したりするには、手持ちのケーブルの長さが足りなかったのだ。

 

「後でシャワー浴びないとだね」

「先生のせいだからね?」

「わかってる。SA班次の角を南へ、おそらく曲がってすぐダスト缶があるから蹴り倒しておくといい」

 

 カリっという無線ノイズ、これをうまく使える程度にはホシノもシロコも手馴れている。趣味が銀行強盗の犯行計画の立案と言い始めたシロコはどこかでいろいろと指導しないといけないし、実際ブラックマーケットの銀行の中身も言い当てていたものだからすごいものだ。

 

「マキ、状況報告」

《船着き場のおじさんたちには許可取れた! ()()()()()全部渡しちゃったけどいいよね?》

「問題ない。船名を教えてくれ。僕たちもそっちに向かう」

《自明号だって、デカルトおじさんあってる?》

 

 先行させていたマキも無事に交渉に成功したようだ。彼女の視界映像には、健康に悪そうな煙草か葉巻をふかした謎のロボットが頷いている。いや、ロボットもタバコ吸うのか。賄賂用に用意しておくのもいいかもしれないが、それを生徒に持たせなきゃいけないとなるとだめだな。却下。そのロボット君が持っているタバコが麻薬入りじゃないことを願うばかりだ。

 

 少なくとも貸してもらえるボートが見つかったあたり問題はないから、その問題は後回しにすることにした。最近はこのあたりの判断が遅くなってきたように感じる。慣れない環境で疲れてきたか、今日はしっかりベッドで休むようにしたいところ。

 

《ノノミでーす! みんな自分の武器を再回収しました!》

「オーケー、襲撃に使った武装は放棄してくれ。シロコ、やたらとバッグが膨れているようだが、本当に資料だけかい?」

 

 ノノミの視点カメラの映像を見るに、シロコが背負ってるスクールバッグはやたらと膨れているのが見える。

 

《銀行の人が勝手に突っ込んできた。中身は見てない》

「見なさい」

 

 さすがにそれはどうなんだと思いつつ、僕たちも動き始める。SC班の集合地点をマークしてアヤネにも見えるように撤退命令。アヤネには申し訳ないけれど、チヒロがハッキングをしている間の防衛を頼んでいた。とりあえず僕たちが襲われることなくここまで来ているのは重要だ。見てきた中ではかなりプレーンに近い拳銃をホルスターにしまいながらアヤネが合流。

 

《札束が入ってる。多分1億円くらい》

「それも破棄してくれ。強盗は教育に悪い」

《……これで少しは借金も返済できると思うけど》

「それでもだ。それにわざわざ渡してきたお金だ。危ないお金だよ」

 

 銀行を襲っておいて教育もへったくれもないし、僕の仕事は子どもを使って戦争をしたり、攻撃をすることなのだから言う資格はないのだが、それでも可能な限りそういう悪いことはさせたくないというのが本音だ。

 

《だけど……》

「目的は手段を美化しないけど、手段は目的を蝕むよ。そこまでのリスクを負う必要はないよ」

 

 そう、犯罪というのはリスクだ。死ぬよりは犯罪のほうがましだろうが、大きなリスクには違いない。だから彼女たちには背負ってほしくないというのは、きっと僕のエゴだ。そのエゴで資金ショートしたとしても、犯罪が露呈していろいろとひどいことになるよりはましだろう。

 

《はいはい、シロコちゃん、名残惜しいのはわかるけど……っと》

 

 ホシノの視界に追手が映った。マーケットガードではない。4人。

 

「ポイントN32S4へ。時間を取りすぎたな」

 

 少し遠回りのランニングを指示。こちらもいろいろと逃げ切るまでの時間も稼がなければならない。とりあえず逃げるのが優先で1億円ごと抱えているシロコはまぁ許すことにしよう。

 そう言いつつ僕たちはせいぜい早足で歩く程度。下手に走っても目立つだけだからだ。

 

「マーケットガードは自治組織で、昨日ハッキングでセキュリティが割ってあったカイザーとは話が違う。さっきみたいな妨害は無理なんだけど、大丈夫なんだよね?」

「今のところは。SA班、次の角を右折して路地をそのまま抜けろ、おそらく大通りに網を張ってる」

《後ろの追手はとりあえずまいたけど、時間稼ぎがどこまでできるかわかんないわよ》

「セリカ、情報ありがとう。追い付かれたときは追い付かれたときでなんとかしよう。とりあえず7分くらいそのそばでランニングだ。ルートは僕が遂次指示を出す」

 

 そう言う間にも僕たちはどこかどぶの匂いがする川縁まで移動できた。桟橋の向こうで船の上から手を振っているマキが見える。最寄りの桟橋に足をかけ、腐り落ちてないことを願いつつ船の方に走る。

 

 船は古いタグボートと、そのタグボートに押されている(はしけ)だった。マキが乗っているのはタグボートの方。

 

「先生! こっちこっち! デカルトさん! もっと寄せて!」

「わかりましたよぅっと!」

 

 マキが確保した船に飛び乗る。遅れてきていたアヤネもなんとか間に合い、僕とSC班はこのまま撤退ができそうな位置まではこれた。

 

 乗せてもらった艀からポンポンと音を立てているタグボートの方に乗り移るとマキとロボットが待っていた。

 

「ご協力どうも、えっと……デカルトさん」

「どちらにしろD.U.の工場までこれをもってかんといけんからそのついでですから、あまり気にしなさんな」

 

 上機嫌にカカカと笑うロボットは前を見てそう言った。艀の中身は真っ白な粉が大量に入っている。

 

「これは?」

「工業用のコーンスターチ。段ボールを貼り合わせるのに使うんだって」

 

 なるほど、いいクッションになってくれそうだ。

 

「SA班、時間稼ぎはもういい。ポイントN27S1に向かってくれ」

《はーい》

 

 ノノミが返事。思ったよりSA班は楽に逃げられている。銀行側で騒ぎになったのが大きかったか。治安がいいのか悪いのかわからないなここ。

 

「えっと、まさかと思うけど……」

 

 シロコ達に指示したポイントをチヒロも地図上で確認したのだろう。N27S1はどこか暗く沈んだこの川――清渓川(せいけいがわ)というらしい――にかかる橋の丁度中央地点。

 

「うん。それが一番安全そうだからね。そのまま下流に抜けてD.U.のどこかで降ろしてもらうつもり」

 

 水面からの高さは6メートルちょっと。山盛りになっているコーンスターチを使えば安全に降りられるだろう。

 

「清渓川に身を投げろとか……すごいこと言うわね……」

「文化的になにかあるのかい?」

 

 そう聞くとチヒロはため息。

 

「昔から言うのよ。悪いことをしたら清渓川に叩き落されて、そこに住む人喰いズワイガニに食い殺されるって、キヴォトスの子どもはそう言ってしつけられるの」

「ははは……私のところはピラニアでしたね」

「えっ、黒豹じゃないの!?」

 

 レパートリーこそあれど、アヤネやマキも知っている有名な脅し文句らしい。まあこの気温ならピラニアはないだろうし、黒豹も川には潜んでいないだろう。そもそも川は淡水だからズワイガニは死滅しているだろう。

 

「まぁ銀行強盗なんて悪いことをしたんだ。それくらいは言ってもいいんじゃないかな。この後もれなくコーンスターチでコーティングされるわけだし」

 

 そう言いつつなんとか遠くに斜張橋というのだろうか、斜めにケーブルを張った橋が見えてきた。アイコンで見る限り、ちょうどのタイミングで到達できそうだ。

 

《えっ!? この橋から飛び降りるんですかっ!?》

 

 驚いているのはヒフミである。それもそうか。

 

「大丈夫だ、積み荷は粉のコーンスターチだから着地の衝撃で怪我はしないと思う。着地したら立たずに腹ばいで船倉後部側に向かってくれ。引き上げるから」

 

 ランディングというか、ボーディングポイントになるタイミングを確認し、船の進路をぴったりと合わせてもらう。

 斜張橋まであと15秒といったタイミング。橋の上流側に集まってもらい、しっかり降りる場所を目視して飛び降りれるようなタイミングになった。よしよし。なんとかなりそうだ。

 

 そういう油断が悪いんだよな、と自戒するのと同じタイミングでホシノとシロコの視界がズレた。

 

《待ちなさいっ!》

 

 シロコのマイクでも拾えるくらいだからかなりの大声だ。女性の声。赤い髪に白いブラウスの女性が見える。紫がかった髪の子がすぐに追いつき、ショットガンを構えていた彼女をホシノとシロコが二人がかりでポイントする。

 

《動くな》

 

 冷徹にホシノの声が響く。追手は4人。戦闘に立っていた赤い髪の少女が横に手を伸ばし、紫のショットガンの子に撃つなとジェスチャーをするのが見える。ヒフミに降下準備を指示。ノノミとセリカをサポートにつけ下げさせる。あと10秒。

 

《……なぜ撃たないのかな?》

 

 ホシノはそう言いながらノノミたちを追ってからかばうように欄干へ寄りつつ問いかける。数は4人。

 

《貴女たちを糾弾するためにきたわけじゃないからよ》

「たぶんゲヘナの生徒だ」

 

 視界を共有したマキがそう言った。舳先が橋をくぐり出す。降下指示。セリカとノノミに両脇を抱えられるような形で艀の船倉にヒフミが落ちてくる。白い煙がボフンと立って安全に降りたことを知る。全員のバイタルサインが生きている。

 

「シロコ、ホシノ、撤退だ。1億円は相手に投げつけて下がれ」

《残念だけど、おじさんたちは誰の賞賛が欲しかったわけでもないからねぇ》

 

 そう言う間にもそろそろ船は斜張橋の下の半分を過ぎる。橋の下流側に向かって飛んでもらうしかなくなってしまう。

 

「ホシノ!」

《ここであったが何かの縁だ。それじゃあ皆さん、ごきげんよう》

 

 ホシノの背後で、カンッ! と金属質な音がした。それをホシノが相手に向かって蹴りこむと同時にシロコが走り出す。

 

 紫の子が発砲したが直前まで相手の赤髪に止められていたせいでいろいろと照準が甘かったのだろう。シロコの足元のアスファルトに穴をいくつか穿つだけで終わった。シロコは走り高跳びの要領で背に欄干をみるようにして飛び越え、タグボートにきれいに着地した。

 

 すぐにホシノが続いて降りてくる。タグボートの甲板、僕のすぐ隣にきれいに着地したホシノは覆面を外さないままへらりと笑った。

 

「ミッションコンプリートだねぇ」

「いろいろお説教したいところではあるけどね。無事でよかった」

 

 そう言いつつ振り返る。斜張橋の橋の上に追手が見える。その追手が何か言おうとしているのか大きく息を吸い込むのが見えた。

 

「私は便利屋68の陸八魔アル! 刻みなさい! いつか貴女達を超える者の名よ!」

「……宣戦布告、かな」

 

 ホシノはそうつぶやいて右手を上げた。

 

 

 


 

 

 

 艀を押したタグボートが去っていく。水上に逃げるという判断は悪くない。というより、上手い。

 

「私は便利屋68の陸八魔アル! 刻みなさい! いつか貴女達を超える者の名よ!」

 

 それに答えるようにピンク色の覆面の『1』が右手を上げた。届いた、それは待っているぞという意味か、蹴落としてやるぞという意味か。どちらにしても福音に違いない。

 

 足元にあったのは数千万円は入ったバッグ。彼女たちは情報が欲しいと言っていたし、金銭は要求していなかった。いらないお金は捨てていくということだろうか。なんと潔い。ロビンフッド気取りだと笑うのは容易い。それでもそれを成すのにはどれだけの気高さと義憤が必要だろう。

 

 アウトローであることとは真逆の行為だろう。それでもそこには意思が感じられる。

 

 遠くに去っていくタグボートに覆面の『1』が消えていく。その横に立っていた影もそれに続いた。ヘイローが見えない、大人の、男。

 

「……メフィストフェレス、か」

 

 その男はスラックスをサスペンダーで吊り、ブラックマーケットでも場違いな真っ白な襟付きシャツを着ていた。どこにでもいそうな恰好。それでもその影はどこか印象に残った。

 

「さて、いろいろあったけど、まずは情報収集かしらね」

 

 ハルカに銃を降ろさせてそういうと、なぜかムツキがとても良い笑顔で、カヨコがあきれ顔でこちらを見てくる。

 

「な、なによ……」

「その情報収集って、覆面水着団の方?」

「えぇ、それもあるけど……って、なに?」

「やっぱり気付いてなかったか……」

 

 カヨコが盛大にため息をついて携帯の画面を見せる。

 

「覆面水着団……ほぼ全員、アビドスの生徒だよ」

「……へっ?」

 

 いろいろとさっきまでの彼女たちの動きを思い返す。ピンク色の覆面の『1』がショットガンを持ち、最前線で脅しに入り、銀行の裏手まで熟知して走ってた『2』はバトルライフルをきっちり使いこなし、『3』と『4』がきっちり隙間を埋めて……。

 

「あっ……あっ、えっと……?」

 

 追い付かれると真っ先に『1』と『2』が盾役に回り、残りの面々が逃げる余裕を作り、足元に現金を投げ捨て対応に迷っている間にも離脱していく……。

 

「もしかして……やらかした?」

「うん」

「アルちゃんやっちゃったねぇ」

 

 頭を抱える。

 

「ごめんなさい。絶好のチャンスだったのに決められなくてごめんなさい……」

 

 ハルカは依頼対象をしとめるつもりだったらしい。当たり前だがハルカが正しい。ここは素直に私の方がごめんなさい案件だ

 

(やばいやばいやばいやばい! フルネームで名乗った挙句かっこよく宣戦布告しちゃったわよ!)

 

 なにがまずいって社名というか屋号まで相手にばらしてしまったこと。まずい。いろいろとまずい。

 

(早めに高跳びしないとだめかしら……)

 

 そんなことを考えている間にも、ハルカはずっとペコペコと頭を下げ続けている。

 

「ごめんなさい。でもハルカは、ハルカは必ずアル様のお役に立ちますから……!」

「馬鹿ね、ハルカ。こんなことでくよくよする必要はないわよ」

「必ず。必ず次こそは吹き飛ばして見せますから……あのアビドス全員」

「そうね、期待しているわ」

 

 ……ん?

 

 流れで話してしまったが、ハルカは完全にアビドスと真正面からことを構えるつもりでいる。それに塩を送ってしまった。

 

 これ、便利屋68としてかなりまずいのでは?

 

「さ、とりあえず戻りましょう。作戦を練って仕切り直すわよ」

 

 とりあえず。とりあえずの一手を打ち続けるしかない。それが現状だと苦くてもかみしめるしかない。

 

「はいっ! アル様!」

「やっぱりアルちゃんはそうじゃないと」

「はぁ……」

 

 そろそろ夕日が本格的に眩しくなってくる。いろいろ考えなければいけないことが多すぎる。追加の武器や人手は拾ってしまった数千万を元手にすればなんとかなるだろうか。

 

 何はともあれ、もう意図せず口火を切ってしまったのだ。このまま走るしかない。

 

「せめて、恰好ぐらいはつけないとね」

 

 西日を見ながら、とりあえず部下の前では泣かないと決めた。




というわけでブラックマーケット編はほぼ終了ですが、まだ何話か後片付けを挟みます。

どんどん原作ストーリーと離れていきますが、どうぞよろしくお願いします。

次回 君たちがよく生きるために

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