マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる -   作:オーバードライヴ

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00010110_手段は目的を侵食する

「うへぇ、みんな真っ白」

 

 綺麗にタグボートの方に降りてきたホシノとシロコは、安全策を取った残りの面々を見てあいまいな笑みを浮かべた。

 

「あはは、このままシャワーだとお湯にもとろみがつきそうですよ……」

「ナギサ様にどう報告しましょう……?」

 

 一番の被害者であるヒフミがもう笑うしかないといった雰囲気でそうつぶやく。

 

「ナギサさんって、ティーパーティーの?」

「えっ!? ホシノさんご存じなんですか?」

「まぁトリニティの生徒会長の一人なんて有名人だからねぇ」

 

 そんな会話がなされている中で僕はセリカやノノミをさっさと船倉から引き上げる。

 

「それで、悪い子諸君。無事にお目当ての情報は手に入ったのかい?」

「ん」

 

 そう言うとシロコはいきなり自身のジャージのジッパーを開け、体操服の裾を自転車用のぴっちりとしたズボンから引っ張り出し――のあたりで僕はとりあえず背を向けた。背を向けた先にいるホシノがにやけている。

 

「先生って赤面症?」

「初めて言われたな」

「? 先生? これ」

 

 回り込んできたシロコ――別にシャツなどを脱ぎ捨てているわけではなかったので、とりあえず後で注意することにした――から紙の束を差し出される。かなり湿っているがどうやら取引記録の一部のようだ。

 

「落すわけにはいかなかったから、おなか回りに入れてたの」

「なるほど、次はもう少し綺麗な状態で手に入れたいね」

 

 シロコの汗を吸ってもろくなった紙の束を丁寧にめくっていく。現金輸送車の移動履歴とアビドスの返済履歴なども含まれるらしい。なにはともあれ汗でしわしわなので、帰ったらしっかり重しを乗せて読みやすいようにしないといけない。

 

「先生、もう一度聞いていいかな」

「何をだい?」

 

 シロコが改まって聞いてくる。

 

「なんで止めたの? 1億円があれば、10%以上返済できるのに」

「そうだね……実務的な理由と、僕のエゴイスティックな願い、どちらを聞きたい?」

 

 シロコは僕が1億円を捨てさせたことに納得していなかったのだろう。まっすぐ聞いてくる。不安そうにしているのはノノミとセリカ、ホシノはまっすぐ僕を見ている。何が何だか追い付けていないヒフミはきょろきょろと皆を見回していた。

 

「じゃあ、実務的な理由を教えて」

「お札というか、銀行券には一枚ずつ番号が付いている。頑張ればトレース可能なんだ。その出所が銀行強盗で奪われた金だとわかった瞬間に、その経路は徹底的に調べられる。もしアビドスとしてその1億円で返済したとして、それを調べられたら、アビドス高校は組織的に銀行を襲撃し、金品を奪ったという犯罪行為が露呈する。……犯罪者集団が率いる学校に入学したいと思う生徒は少ないだろう。今後のイメージ戦略のためにも、止める必要があると判断した」

「……なるほど、そういうことなら。うん、わかる」

 

 シロコが納得したのかはわからないけれど、それでも理解はしたようだ。

 

「ちなににエゴイスティックな願いって言ったら何が聞けるのかなぁ?」

 

 話題を戻したのはホシノだ。

 

「銀行強盗は教育によくない」

 

 そう言うと、しばらく沈黙が落ちた。

 

「……それだけ?」

「それだけ」

 

 ホシノに聞き返されるがそう答えると、また沈黙。しばらくたってから誰からともなく噴き出すように笑い声がはじけた。

 

「なにそれ! キメ顔で言うことっ? ふふっ……」

「わ、笑っちゃだめですよセリカちゃ……ふふっ」

「ノノミさんも隠しきれてませんって!」

「なにー? 面白い話?」

 

 タグボート側に残っていたチヒロやマキ、アヤネもやってくる。

 

「いや、銀行強盗は教育によくないと言ったら笑われてね」

「当たり前すぎるけど、先生も迷わずにマキと私に支援指示したよね」

 

 ヒフミの次に割を食ったチヒロがため息交じりに突っ込んでくる。

 

「すでに武器も覆面も調達済で理由までおぜん立てされてたからね。止めてもやるつもりだったでしょ?」

「うん」

「……うちの先輩が本当にすいません」

 

 なぜかアヤネに謝られる。いや、なぜかはわかるけど。

 

「だったら僕が指揮した方がリスク管理をしやすいし、これで証拠を残すよりはましだからっていう理由もある。だけどもう次はないし、こんな教育に悪いこと、もうさせないからね」

「いやぁ、そういうのを真顔で言えちゃうんだ……」

 

 ヒフミにまでも笑われていたが、ホシノだけはどうもニュアンスが違う。

 

「ヘンな大人。もう一つちなみにだけど、それでもお金にこだわるといったらどうするつもりだった?」

 

 さっきからホシノはどうも僕に喰いついてくる。ホシノも思うところがあったのだろう。僕も言語化できていないところだから考えながら話す。

 

「そうだね……概念的な説明になってしまうかもしれない。でもみんなの頭の良さなら通じると信じて話すよ」

 

 言い訳じみた前置きになってしまう。こういう説明は実は苦手としてきた。頭の奥に守護天使の顔がふっと浮かぶ。ジブリールにだったらどういえば伝わるだろうか。

 

「銀行強盗は手段だ。あくまで今回の目的は『銀行強盗がしたい。むしゃくしゃしてやった』とかじゃないって信じてるんだけど、ここまでは前提でいいよね?」

「……ん」 

「シロコ、その間はなんだい」

 

 微妙に視線を逸らされるが気のせいだということにしたい。あとでどこか時間をとってじっくり話した方がよさそうだ。

 

「大丈夫。手段として銀行を襲った」

「オーケー。じゃあ次だ。今回の行為は令状があったわけでもないし、僕たちは法律に則って行動したわけじゃない。実際指揮管制システムはシャーレ本体のサーバを通さずにヴェリタスサイドに寄せて運用してもらった。シャーレとしても表に出ては困る作戦だ。そしてこれはきっと君たちの中で前例になっていく」

「前例になる……」

 

 ヒフミがオウム返しにそう答えてくれる。うん。みんなついてきてくれているということがこんなにもありがたい。

 

「そう、そうして前例があるということは、引き金が軽くなる。それを続けるとどうなっていくと思う?」

 

 ハッとしたような表情を浮かべたのはセリカだった。うん。いいね。

 

「目的は手段を正当化しない。それでも手段は目的を侵食するんだ。錦の御旗も血糊を被れば赤黒くなるんだよ。それに、『よし! 銀行を襲おう!』って昼食を決めるようなノリで襲える世界は何かが決定的に間違ってるしね」

 

 そう言うと皆も笑ってくれた。

 

「今回のアビドス高校がなすべきは運営の正常化だ。そこに至るまでのマイルストーンとして借金の返済と生徒会機能の復活がある。そして借金返済を妨げている要因として貸付側の運用が真っ黒だという証拠が必要だったから、今回、強硬策に出た。それだけの話だし、それ以上は僕も見過ごせない。目をつぶれる限界値だった」

「……そっか」

 

 どこか吹っ切れたようにホシノが言った。

 

「ありがとねぇ、先生。みんなを止めてくれて」

「見てられないからね。それに僕は君たちには可能な限り犯罪からは距離を置いてほしいんだよ」

「絶対にするなとは言わないんだね?」

「犯罪の方がマシって場面があることも知ってるからね。今日はもみ消せる範囲でなんとかなったから目をつぶっただけだよ」

 

 そう言いつつ僕はホシノから借りていた拳銃を取り出す。マガジンを抜いてプレスチェック。薬室が空であることを確認してホシノに銃把を向けた。

 

「返すよ。無事撃たずに済んだ」

「ほ、本当に無事でしたか……?」

 

 アヤネに突っ込まれる。

 

「無事だったじゃないか」

「かっこよかったよー。ヘルメット団の幹部相手に『安心してください。数字の羅列を覚えるのは苦手なんです。ですが、約束が守られる限り私たちは敵ではありません』って」

「わーっ☆ 私もちゃんと見たかったですっ!」

「ノノミ先輩っ!? マキさんもなんで一字一句覚えてるんですかっ!?」

「なんでって、録画してあるから。後でみんなで見る?」

「見せないでいいですっ!」

 

 アヤネとマキが取っ組み合いになりそうな雰囲気。ここが艀の上だとみんな忘れてるのではないだろうか。人喰いピラニアも人喰いカニも黒豹もいないだろうが、大腸菌や破傷風菌はいそうだ。なんとか皆をなだめる。

 

「……ほんと、ヘンな大人」

 

 ぽそりと呟いたホシノは、僕が返した銃のマガジンをしまうと別のマガジンを差し込んだ。夕日であまり色がよく見えないが、弾頭の先端に色がついていたように見える。

 

「せんせ、やっぱりもう少し預けとく」

「ホシノ?」

「先生にはヘイローがないからさ、万が一に備えて、うん」

 

 帰ってきた銃は同じ重さのはずだが、意図が見えない。

 

「先生があと三年、早く来てくれればよかったのにね」

「三年前は……こことは違う砂漠で逃げ回ってたなぁ」

「なにそれ」

「いや、仕事の支払いを宝石の山でされたことがあってね。それが文化的に貴重なものだったのか、狙ってくる盗賊団から逃げ回りつつ、なんとか換金しようと頑張ってたことがあったんだ。『お前は血筋的に金髪幼女好きの変態だ』とかいちゃもんつけてくる老人に追いかけられてね」

「いや、本当になにそれ」

「本当に僕もなんだったのか知りたいよ」

 

 ホシノがジトっとした目線を送ってくるが、その頭をポンポンと叩く。跳ねのけられるかと思ったが、そんなことはなく、ゆるゆると僕の手に合わせて首を振っていた。

 

「おっさんにもいろいろあるのさ、おじさんにもいろいろあったみたいにね」

「……うん」

 

 返事がとりあえず返ってきたのを良しとして僕は銃を仕舞い直す。

 

「先生、昼話してくれた対策委員会顧問の話、お願いしてもいいかな?」

 

 ホシノがそう切り出した。

 

「僕から依頼したことだ。喜んで引き受けるけど、それは今の対策委員会のみんなが認めてくれたらのことだよ」

 

 そう言うとホシノはくるりとほかのアビドス高校の面々を見ていく。

 

「はーい! 十六夜ノノミ、賛成しまーす☆」

「ん。いいと思う」

「先生の支援は必要ですし、オペレータのスキルももっと勉強したいですし、お願いできるならした方がいいと思います」

「なんだか助けてもらってばっかりで癪だけど……反対はしないわ」

「はい全会一致。というわけで、アビドス高校をよろしくね、先生」

 

 ホシノが手を差し出してくる。その手を握り返す。

 

「じゃあ、即日契約ということで、明日にでも契約書とか作ろうか」

「その中には当然君も含まれるんだぞ、ホシノ。みんなで、乗り切っていこう」

 

 この言葉はホシノに届いているだろうか。届いていると信じるしか僕に手はない。

 

「とりあえずは、陸に上がったらシャワーだね。シャーレのシャワーを貸そう」

 

 

 


 

 

 

「へっ!? 闇銀行を襲撃した!?」

 

 シャーレに戻ってコーンスターチまみれの面々をシャワー室に案内したところをキリノにつかまった。執務室に連行されて、仔細を説明した瞬間にこの対応である。ちなみに横で聞いていたフブキは大爆笑している。

 

「というより、僕が介入した時点ですでに突入秒読み段階だったからね。一応痕跡は一通りキルしてるし、向こうも暴利での取引記録が満載の闇銀行だからヴァルキューレには情報上がらないと思うよ」

「思うよ、じゃありません! というより! なんで! そうあっさりブラックマーケットに首を突っ込むんですか!」

「その、成り行きで……」

「成り行き!?」

 

 フブキがこのあたりで椅子から崩れ落ちておなかを押さえている。食あたりということはないだろうから笑いすぎだろう。

 

「さっきの皆さんが実行犯ですか!?」

「黙秘するよ」

「取り調べじゃないので黙秘権もへったくれもありませんよ!」

「だったら尋問かい?」

「ひー、お腹痛い。まぁまぁキリノ、ストップストップ、そこヴァルキューレからも取引停止勧告出してるところだよ。強行臨検をシャーレが代行したと思えばありだよあり」

 

 この流れで『覆面水着団を名乗らせ襲わせました』なんて言ったら面白くない状況になるのは目に見えているのでとりあえず黙り込む。

 

「で、そこまでして何を手に入れてきたの?」

「現金輸送車の移動経路やアビドス高校の借金の記録とレート。後で法律と突き合わせていかないといけないし、どうやら銀行が暴力集団をけしかけているようでね。いろいろと見えてきた」

 

 シロコの汗でぐちゃぐちゃのペーパー資料をとりあえず机に置き、辞書やら法令集などで挟んで圧縮しておく。

 納得はしていないと全身のオーラで示しつつ、キリノが口を開いた。

 

「……それで、対象は?」

「カンだけで言えばクロ。それも組織的な犯行だね。そして、おそらく主体になっている組織の他に、資金提供者がもう一人か一団体か、いる」

「証拠はないんですか?」

「情報はとりあえずこのしわしわの紙が読めるようになったら精査するさ」

 

 僕専用の執務室もあるが、少し話が続けたいので、休憩用のソファに座りこむ。

 

「厄介だよ。アビドス高校の借金は相手にとってはおそらく手段の一つに過ぎないんだ」

「……どういう意味です?」

「順序が逆だったんだね、多分。アビドス高校が借金漬けになったから問題が発生したんじゃない。アビドス高校を借金漬けにしてでも彼女たちから何かを奪いたいんだと思うよ」

「つまり、10億円以上の価値が、アビドスに眠っている? 推理小説みたいになってきたね」

 

 フブキは向かいに座ってドーナツをほおばった。

 

「でもそれしか答えがなさそうだ。一週間あたり数百万円を投入してもおつりがくると思っている資産家が裏にいなければ成立しないんだ。……つまり、借金は手段だ。犯人の目的は()()()()

「……生活安全局では、手に負えない案件ですね」

 

 キリノがそう言う。僕も同感だ。それにヴァルキューレ警察もそれぞれの学校の自治区内は管轄外で、各学校の生徒会から許可がなければ行動できないはずだ。

 

「そうだね。……キリノ、明日でいいんだけど、僕と一緒に公安局に行ってくれないかい? あと、連邦生徒会の各部署巡り。根回しをしておきたいのもあってね」

「えっ!?」

「いきなり本陣攻め? 手土産たりる?」

 

 フブキの指摘はもっともだ。証拠もないのに動けとは言えない。

 

「大丈夫。アドバイスをしに行くだけだよ。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。無視はできないと思うよ」

 

 さぁ、直接の戦闘はひと段落。宣戦布告してきた便利屋はおそらく時間稼ぎのために雇われた戦力で、こちらの漸減を狙ってくるはずだ。

 

「相手の戦う目的をなんとかしてなくさないとだな。よし」

 

 いろいろと手を打たないといけなくなってきた。腰の下に預かった拳銃の重みを感じる。

 

(間に合ってくれよ、ホシノ)

 

 おそらくだが、僕に残された時間はあまりない。




さて、やっとアラタは主体的に動ける状況になりつつあります。がんばれアラタ。

次回 電話大会と挨拶回り

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