マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
今回から数話はヴァルキューレ組にフォーカスしつつ状況整理です。
戦闘はないのでおとなしめですが、どうぞよろしくお願いします。
《はい、ゲヘナ風紀委員です》
「連邦捜査部のアラタと言います。……っと、その声はチナツでよかったかな」
交通量の多い大通りを歩きながらの朝8時、早い時間に電話をするのもどうかと思ったが、ワンコールで繋がったあたりかけた時間は正解だったようだ。
《先生? お久しぶりです。……二週間ぶりでしょうか》
「そんなものかな。あのときは助かったよ」
《いえ。他の有力校に出遅れることなく先生とのコンタクトを取れた意味でも有意義でしたのでお気になさらず。今日はどうされました?》
電話の向こうのゲヘナ学園風紀委員、火宮チナツはテキパキと話を進めてくれる。どうやら書類仕事か宿題か、なにやら書き物をしているようだ。おそらくボールペンのノイズ、少なくとも鉛筆の滑る音じゃないあたり、風紀委員会の仕事だろうか。
「実は他の学校から頼まれていろいろ動いてるんだけどね、どうやらゲヘナ学園の生徒と関係ができそうなんだ」
ペンのノイズが止まる。
《それは戦闘を含めた敵対的な関係となる、という意味でしょうか》
「まだわからない。そうならないためにも協力してほしい」
そこで一呼吸置いて空を見上げる。青い空にまるで天使の輪のような幾何学的な模様が淡く浮かぶ空も大分見慣れてしまった。
「情報照会を頼みたい。そちらの生徒名簿に陸八魔アルという生徒が実在するかを知りたいんだけど」
《……はぁ、
「また、ということは有名人かな?」
《まぁ、はい。私たちにとっては悪い意味で、温泉開発部や美食研究会と並んで有名なゲヘナ生徒です》
ノータイムで返答があったあたり、一応僕の目的は達成だ。少なくともあの名乗りは本物らしい。温泉開発部や美食研究会もネーミングとしては悪くなさそうだけどそんなに危ない部活なのだろうか。
「本当にこの生徒か確認をとりたい。画像を送るからメールアドレスかショートメッセージを送っていい電話番号を教えてくれ」
《えっと……先生、モモトークってアプリケーション入れてますか?》
「少し待ってくれ……あぁ、ある。ほぼ使ってないけど」
《今から私のIDをお伝えしますのでそのID宛てで画像を送ってください》
タブレットにプリインストールされていたメッセージアプリを前に指を迷わせていると、アロナが『そんなこともできないんですか?』と言いたげな笑みを浮かべつつサポートしてくれた。何とかチナツの個人アカウント宛てにホシノが使っていたTITTYの視界映像のスクリーンショットを送る。アロナが大活躍してくれているがなぜか少々悔しい。
「今送った」
《届きました。……はい。本校の生徒の陸八魔アルさんで間違いありません》
「そうか。……となると、可能な限り戦闘は避けないとまずいね」
《まずいということはありませんよ。というより、先生が絡んでおとなしくなってくれるならこちらからお願いしたいぐらいです》
「そうなんだ?」
風紀委員も相当手を焼いているらしい。学園外の人間に「学園の生徒をとっちめてもらってもいいですよ」というのはどうなんだと思うが、戦闘が避けられない状況になっても言い訳が効きそうなのは決して悪いことではない。
《そういう質問が来るということは、もうそういう段階まで来ているのですか?》
「さっきも言った通り、まだわからない。でもどうやら僕の動きを気に入らない誰かが便利屋68を雇ったらしいというところまではこちらもつかんだ。17時間前の情報だ」
《わかりました。……ゲヘナ風紀委員会としてというよりも私個人としてになりますが、先生とはあまり敵対したくはありません》
「僕もだ。チナツ」
《この件、ほかの風紀委員会のメンバーに展開して確認を取りますが、いいですか? もしかしたら人員も送れるかもしれません》
そう言われ一瞬だけ考える。
相手はカタカタヘルメット団が攻めきれないことに業を煮やして切り替えたように見える。それでも河駒風ラブなどの他のヘルメット団を追加投入するのではなく、別の組織に切り替えた理由は見えない。少なくとも対応したラブは間違いなく優秀で頭も回る相手だった。不手際を責めて買い叩きヘルメット団系列の別組織に依頼するのが筋だ。その方が安上がりのはずだ。
でも、そうしなかった理由はなんだ?
「いや、情報展開はチナツが信頼できる範囲で頼む。おそらく便利屋68に仕事を頼んだ依頼主は、僕が君たちに連絡を取ることを読んでいる。君たち自身が厄介ごとに巻き込まれる可能性が高いし、それが目的の可能性がある。人員の派遣などは可能な限り避けた方がいいだろう。必要ならこちらから連絡する」
《わかりました。では委員長と幹部クラスに絞って横展開します。情報のアップデートは遂次で、この番号でいいですか?》
「助かるよ。今のモモトーク宛でもいい」
《了解しました。では、これで》
「いつかちゃんと挨拶とお礼に行くよ」
《はい、お待ちしております》
通話が切れる。
「ふー……アロナ。さっきは助かったよ」
『ふふん、なんたってスーパーアロナちゃんですから!』
なんだそれ、と笑いかけて視線を前に戻す。
「さて、もう一件かな。アロナ、ユウカにコールを頼む」
すぐにコール音が切れ、なにやら水の流れるような音が響く。
《はい、早瀬です》
「朝早くから悪いんだけど3分ほどこのまま話して大丈夫かい?」
《緊急ですか?》
「どうしてそう思うんだい?」
《挨拶も抜きに本題に入ったので》
「なるほど、今度から気を付けよう」
キヴォトスに来る前も同じような指摘を受けた。このあたりの癖は直さないとだめだな。なにかタッチパネルを操作するような音とともに水音が消える。
《念のため高セキュリティ回線に切り替えます。……どうぞ》
「昨日チヒロやマキとブラックマーケットに突入したことは知ってるかな?」
《えぇ、報告受けました、覆面水着団のことも。マキからはおいしいエビチリをごちそうになったと、それはもう自慢されましたとも》
あれ、ミレニアムに帰したのは20時過ぎだったはずだ。
「ユウカはちゃんと休んでるかい?」
《10分前まで寝てましたし、先生よりは休んでますよ》
棚かドアを開ける音、おそらく折り戸。……折り戸?
《どうせ昨日も無茶したんでしょ? 寝てますか?》
「3時間は寝てる。大丈夫だ」
《それは普通に大丈夫とは言いませんからね。……それで? 朝早くから私に、というかミレニアムに電話してきた理由は黒見セリカさん誘拐事件の時のハッキングの件ですか》
もう一度折り戸が動く音がして、今度は布が擦れる音がするが意図的に頭の奥から追い出す。チナツが業務に入っているようだったから、そういうもんだと思ってユウカにさくっと通話を掛けたが、タイミングを致命的に間違えたかもしれない。
「話が早くて助かるよ。マキがあの事件でハッキングしてつながったのはヴァルキューレの交通管制サーバだった。そのサーバを経由してキヴォトス中の車両に積載されている事故回避AIのメジャーアップデートにまぎれる形でウイルスを仕込み、別のサーバにアクセスさせていた」
《そこまではマキが到達できていますよね》
「そう。で、マキはその攻撃の起点となったサーバに大量のトラップをばらまいて撤退したらしい」
《……聞いてないんですけど!?》
ユウカの声のトーンが半オクターブ下がった。
「僕も昨日聞いたんだ。ばらまいたのは『45.1.zip』という特殊な圧縮ファイルの
《
このあたりの説明を省いて動いてしまっていたが、前提の共有をユウカにはもっと丁寧にしておくべきだったか。手順を飛ばすと厄介だな。
「で、結局現物にありつくことはできなかったんだけど……闇銀行の金融システムに
《……はい?》
「運用しているのはカイザーインテグレーションズ。カイザーグループ傘下のシステムインテグレータだ」
《カイザー系列のサーバやシステムの開発企業……マキ、いったいどこまで潜ったのかしら》
「ちゃんとほめてあげないとね。……で、本題なんだけど、あの時ヴェリタスは彼女たち自前のサーバに加えて、シャーレのシステムを投入し、検証環境としてヘカトンケイレスも活用していた。それでも相手はマキの攻勢を30分ちかく食い止めた。チヒロ曰く『化け物じみたスループットを叩き出してる』らしい」
この辺りは門外漢だから完全に受け売りになってしまうが、ユウカはきちんとついてきてくれた。
《シャーレとヴェリタスのシステムを投入していたにも関わらずその処理速度に追従した。処理能力自体は自動車のAIや闇金の裏システムで稼いだとしても、その処理を配分するためのルータや司令塔としてのサーバが必ず必要になる》
「うん。チヒロも同じことを言っていた。……ミレニアムの
ユウカはしばらく黙っていたが、なるほど。と口にした。
《本件ですが一度セミナーに持ち帰ります。先生、申し訳ないんですけど、今日の午後でもセミナーまでご足労願えませんか。こちらでもヴェリタスの面々にヒアリングしておきます》
「わかった。15時ごろでいいかい? ヴァルキューレのキリノも一緒になると思う」
《構いません。お待ちしています。キリノさんの入館手続きも含めてこちらでしておきますので、15時に本館一階のセキュリティゲート前に》
「わかった。じゃあ、15時、午後3時に」
《今度はちゃんとした時間にかけてきてくださいね。シャワー中に掛けられても困りますので》
そこで通話が切れる。こちらとしては待ち合わせ場所が見えてきたところで、ちょうどいいタイミングだったが、最後に爆弾を放り込まれた。やっぱり折り戸の音はユニットバスの扉だったか。完全にデリカシーのないタイミングで電話をかけてしまった。
「あっ、先生! こっち! こっちです!」
待ち合わせ場所ではぴょんぴょんと跳ねるようにしていた影が一つ。ヴァルキューレの制服姿のキリノが小走りで寄ってきた。
「やぁ、キリノ」
「おはようございます! 先生? 若干顔が赤いようですが、どうされました?」
「いや、何でもないよ」
変なごまかし方になるが仕方がない。さすがに「生徒のシャワー中に電話をかけたせいです」とは言えないし、言ったらセクシャルハラスメント一直線だろう。
「ならいいんですけど……」
まじまじと見つめられるといろいろと気まずいのだが、キリノもそこまで突っ込むことなくくるりと表情を変えた。
「さて、ヴァルキューレの公安局にご案内しますね。アポイントはとってありますので」
「頼むよ。連邦生徒会にも話をもっていったあと、ミレニアムにも顔を出すことになったから、今日は護衛をよろしくね」
「はいっ! ……といっても、銃撃戦はあまり得意じゃないので……」
「そうなのかい?」
「訓練でもなぜか必ず人質役の先輩にあてちゃうんですよね……」
「なる、ほど……?」
いきなり雲行きが怪しいが、そういう事態に巻き込まれないように気をつけていくしかなさそうだ。
「とはいえ、今シャーレで外回りを含めてしっかり動けるのはヴァルキューレから出向してくれているキリノとフブキの二人だけだ。なんとか人員の拡張を急ぎたいね」
ミレニアムのエンジニア部とヴェリタスも全面バックアップ体制を取ってくれているし、昨日のブラックマーケットでの動きを見る限り、チヒロとマキも戦闘能力は十分だ。それでもヴェリタスは本来の電子戦領域に可能な限り専念してもらいたいし、エンジニア部はロジコマの生産を急ピッチで進めてくれているから外に連れ出せない。昨日の深夜に予定通りパーツ搬入の初便が届いたし、エンジニア部が組んできた
「本当ならヴァルキューレから何人か引っ張ってきたいところなんですが、万年人員不足なんですよねぇ……」
「無茶は言えないよ。それに、今のアビドスの事案が片付いたらアビドスの生徒達をシャーレにスカウトしたくてね」
「いろいろ報告見ましたけど、皆さん本当に強いですもんね……」
それに、シロコに二度と銀行強盗をさせないように監視する名目もあるのだが、こちらはわざわざ口にする必要もないだろう。
「それに……ですけど、先生、本当に私を護衛に置いていいんですか?」
「戦闘の話かい?」
「いえ、あ、それもありますけど、そうじゃなくて……ヴァルキューレの私を今使っていいのかって話、です」
「そこは心配していないよ。それに、キリノが情報をリークしているわけじゃないんだろう?」
キリノの頭をなでながらそういうと、こくりと頷いたのが掌でわかる。
キリノはかなり頭も回るタイプだ。気遣いと正義感が空回りしがちなところはありそうだけど、それをまっすぐ聞いてきてくれるあたり、度胸もある。
「大丈夫。キリノはいい警官になれるよ、きっと」
「そうだと、いいんですけど……。射撃の成績が悪すぎて、花形の警備局からは弾かれちゃいましたし……」
「じゃあ射撃については練習だね」
そんな会話をしながら昨日の資料のスキャンをタブレットに呼び出す。
「だけど今は、生活安全局のキリノの経験を頼りたい。昨日の資料を解析した結果なんだけど、かなりグレーな結果が出てる」
「グレーな結果……ですか」
「アビドス高校の借金はいわゆる闇金融だ。利率が45%を超えている」
タブレットを見せると明らかに眉をしかめるキリノ。
「真っ黒、じゃないですか」
「金融機関としては、ね。こっちはいろいろと交渉になるだろう。闇金相手にこれまでの過払い金を返済額として補填させることでアビドス高校の借金の減免を図るけど、昨日も言った通り、これは相手にとっても手段で、決定打にはならないとみてる」
「それが、グレーな部分ですか?」
「そう。一晩考えてみたんだけど。カイザーグループがアビドスを借金漬けにして廃校させたがってるという前提が違うんじゃないかと思ってね」
「前提……ですか?」
キリノの頭にはてなが浮かぶ。
「ほしいのが学校の運営権、それも連邦生徒会などの指図を受けない独立校としての立ち位置を望んでいるんじゃないかと考えている」
「つまりどういう……?」
「要は職業訓練学校として運用し、ブラックマーケットなどの素行不良な生徒たちに、将来的にカイザー関連企業への就職やアルバイトとしての各種活動への参加を条件に学籍を与える。その素地としての学校運営権が欲しいが、アビドスの対策委員会の面々が頑張っている限り、自治権は彼女たちのものだ。だから借金漬けにして、カタカタヘルメット団等に依頼して疲弊させたうえで、学校の運営権を渡せば借金は帳消しにすると交渉をかけようとしたのが一番ありえそうだなってことさ」
その最終段階になって、僕が加勢してしまった。相手は予想外の反撃を受けてしまった。アビドスの対策委員会は補給を受け戦力を回復。交渉の手法を変えようと誘拐を行うも交渉前に再奪還された。というところだろうか。
「た、たしかに学校の運営権は連邦生徒会の名簿に『アビドス高等学校』の名前が載っていると、連邦生徒会の承認なくして委譲はできません。そもそも連邦生徒会の承認を得るためには『アビドス高校生徒会』からの発議が必要です」
うん。このあたりは昨日の真夜中に連邦生徒会の会則を読み込んだから知っている。
「そう。だから、アビドス生徒会に発議を出させて運営権を手に入れる必要がある。借金漬けの現状なら、その回復のためという理由なら発議も多分通せるだろうしね」
「そうなったら、アビドスはどうなるんですか?」
「うーん。生徒はたくさん戻ってくるし、人口は復活するんじゃないかな。ただしそれは、第二のブラックマーケットがそこにできることになると思うけど」
「それは……!」
許せませんっ! と口にしないまでもよくわかるキリノの反応を、頭をなでてなんとか収める。
「理念はともかく、これをやられるとこちらは打つ手なしだ。それに、学校の運営権の移転も、それに伴う生徒の増加も、アビドスという地域に、必ずしも悪影響を与えると決まったわけではないよ。いい面もある」
「でも、やり方が間違ってます」
「その通り。目的は手段を美化しない。だから、このやり方をなんとかして止める方向で動く必要がある」
ということで、とキリノの目をまっすぐ見る。
「カイザーグループの本拠地はD.U.にある。ということは何かあればヴァルキューレの管轄になる。……力を貸してほしい」
「わかりました! 微力ではありますが本官の全力をもって対応にあたります!」
「心強いよ」
行く手にヴァルキューレの校章を掲げた建物が見えてきた。どうやらあれが本校の校舎で、公安局などが入っているらしい。
「それじゃ、まずは公安局にいろいろと令状を出してもらわないとですね!」
「……うん?」
いきなり話が飛躍した。僕の話し方がまずかっただろうか。
次回 それでも正義を諦めない
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誤字報告大変助かっております。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。