マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる -   作:オーバードライヴ

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00011000_正義の停学

「出ていきなさい」

「……どういう意味ですか」

「上意下達の徹底が求められる警察組織において、上司の指示を聞けない人間は必要ないと言っている。停学だ。ヴァルキューレの学生手帳と専用端末を置いて出ていけ」

 

 いきなり公安局長に嚙みついたキリノの背を見ながら、僕はとりあえず首の後ろを掻いた。

 

「実際に生徒がさらわれているんですよ」

「実行犯については既にアビドス対策委員会が対応中と聞いている。当該校の要請があるまでこちらは関与しない」

「彼女たちを襲った砲撃はカイザーグループの社有地から実施されています」

「だからといってカイザーグループが砲撃したという物証も記録もない」

「カイザーグループと共同で導入したヴァルキューレの交通管制システムの健全性が疑われている状況です。これでもまだ調査は必要ないんですか? 公安局はこのような事態を――――」

「中務」

 

 しびれを切らしたようにカンナが会話に割り込んだ。

 

「君の意見には証拠がない。公安局は本件について既に承知している。そしてこの対応方針は生活安全局、警備局も承認済のものだ」

「~~~~~っ! わかりました、それがカンナ局長の正義なんですね」

 

 キリノは紺色の表紙のついた手帳を落下防止のスリングから外してカンナのデスクに叩きつける。スマートフォンもそれに続いた。ついでとばかりに校章のピンバッジも引きちぎるようにして外した。

 

「今目の前の犯罪を止められずに、何が警官ですか」

 

 目に涙をためたキリノが部屋を飛び出そうとする。

 

「キリノ、30分後にここの正門前だ。待ってるよ」

 

 とりあえずそう声を掛けるが、彼女は振り返らなかった。ドアがものすごい音を響かせながら開いて閉じた。

 

「……憎まれ役は大変だね、カンナ局長」

「お見苦しいところをお見せしました」

 

 机に肘を置いて腕を組んだ公安局長、尾刃カンナはため息をついた。そのままキリノが投げ捨てた端末の裏蓋を外し、バッテリーパックを取り外し、通信用のSIMカードも引き抜いた。

 

「支給品の扱いぐらいしっかりしてほしいんですがね」

「頭に血が上ってたみたいだしね」

「この保管手続きも一苦労なんですが……はぁ」

「それで、いろいろ相談があるんだけど、ここで話していいかな?」

「どうぞ。一応この部屋の盗聴器は確認してありますし、私の端末は部屋の外です。ヴァルキューレの端末の扱いには気を遣うんですよ」

 

 カンナはそこまで言って椅子の背もたれに体重を預けた。気をつかう、というのはおそらく盗聴対策のこと。

 

「いろいろと大変なんだね。……どういうからくりです?」

「当初は質の悪い噂でしたがね。ヴァルキューレの端末は電力が供給されている限り、端末の位置情報は当然として、カメラやマイクも起動できます。端末のオンオフは関係ありません。本来はパトロール中に応答のなくなった学生の安否や状況の確認のために使われるものです。これの起動には局長級の学生か、連邦生徒会防衛室の所属生徒のIDが必要なのですが()()()()()()()()勝手に起動することがあるらしくて」

 

 マシントラブル、ね。確かにマシントラブルは起こりうる。でもカンナは悪意をもってアクセスをする人間がいることそのものは否定しなかった。

 

「……なるほど。キリノはこのままシャーレで預かってもいいかな?」

「停学中に彼女が何をしていようと、ヴァルキューレは関知しませんよ。違法行為があれば逮捕しますがね」

「了解だ。……早めにシャーレでも活動服というか、制服を制定した方がよさそうだね」

 

 キリノは停学で権限を差し止められた代わりに、ヴァルキューレの電子システムの包囲網から抜け出せたことになる。逆に合歓垣フブキの権限は今も生きているし、僕の監視という意味ではフブキが動いているという体裁を作れる。

 

 なるほど、カンナもなかなか危ない橋を渡ろうとしている。

 

「……それで、一応聞いておきたいんだけど、ヴァルキューレのシステムが何者かに乗っ取られている件は、今後どうなるんだい?」

「交通管制システムはホットバックアップもやられていたんで、コールドバックアップの展開中です。とりあえず明日にはコールドバックアップに運用を切り替えます。設計や保守管理を担当しているカイザーインテグレーションズは設計そのものには問題はないため、切替は不要らしいですよ」

 

 それ自体は嘘ではないだろうと思う。もっともそのシステムが今も動いていること自体が問題なのだが。コールドバックアップはたしか、ハードウェアだけ確保しておいて、ソフトウェアを移して稼働するタイプのバックアップだったと思うから、バックドアが健在であれば、あまり対策にはならない。とはいえ、同じ手を使ってくるほどの間抜けではないだろうから、一応クリアとみるべきか。

 

「……それで、アビドスは大丈夫そうですか」

「大丈夫だね。対策委員会顧問を僕が兼任することになった。資金の方も全額を返済させることは無理だけど、かなり減免させることができそうだよ」

「なるほど。……やはり先生は優秀ですね」

「子どもの命がかかってる。がむしゃらなだけだよ。……あぁ、皮肉じゃないし、そう思わせたなら悪かった」

「いえ……」

 

 カンナが口元を隠すように手で覆った。

 

「ただ、シャーレが羨ましくもあります。ヴァルキューレは責任の大きな組織です。故に、しがらみも多い」

「うん。それは僕も理解できる。僕はよくも悪くも部外者だったからね。見えないものもあるし、見えるものもある」

 

 そう言いつつ僕はタブレットを起動した。

 

「過去形ですね」

「うん。僕もいろいろと覚悟をきめないといけないと思ってね。……今回の件、徹底的に叩こうと思ってる」

 

 カンナは一瞬目を見開き、そして目を伏せた。

 

「構いません。私は、そもそも貴方が負けることを想定していません」

「なるほど。じゃあ、僕が勝っても問題はないね?」

「もちろん」

 

 その様子からして嘘をついているようには見えなかった。やはり今回の話はさらに上が噛んでいる。

 

「カンナ、そちらが押収していたロジコマについてだけど、解放してもらえるということでいいんだよね?」

「えぇ、先生が違法な武装を搭載していなかったことが確認できましたので。持って行ってもらって構いません。一階の管理部受付で先生の名前を告げれば案内してくれるはずです」

 

 とりあえずそれがわかれば、僕としては用事は完了だ。2台あるから片方にキリノに乗ってもらって、もう片方に僕が乗っていけばいい。

 

「ありがとう。助かるよ。じゃあ、それを回収して、キリノも借りていくね」

「えぇ……」

 

 疲れ切った顔でカンナが笑う。

 

「……中務はそちらでやっていけそうですか」

「そうだね、なじんでいけると思うよ」

 

 ここで嘘をつく必要もないだろう。素直に感想を述べる。

 

「だけど、シャーレは警察じゃない。彼女の理想や思いを遂げる場所にはなれないよ」

「そう、ですか……」

 

 どこか期待が外れたような顔をする彼女を見ると、こちらまで悲しくなってくる。狂犬というあだ名があるそうだが、僕にはそう見えない。

 

「いい子達でしょう」

「うん。僕もそう思う」

 

 きっと話はここまでなんだろう。軽く礼をして背を向ける。

 

「……万が一の時は」

「わかってるよ。でも、カンナも無茶はしないでね。なにかあったら連絡をくれ。最近モモトークも始めたんだ。気楽に連絡をくれていいんだよ」

 

 そう伝えて部屋を出る。言われた通り管理部の受付で名前を告げると、すぐに車庫のようなところに案内された。弾痕が痛々しいロジコマが出迎える。

 

「アロナ、起動試験。エンジニア部とヴェリタスの検証が終わるまではこの二機はメインシステムに繋がずに運用」

『わかりました!』

 

 アロナが起動コマンドを送るとすぐに息を吹き返す。とりあえず連邦生徒会ビルとシャーレ本部ビルを回れればよいのでバッテリーも十分なはずだ。

 

『待機期間中に外部物理操作でブートしようとした形跡がありますね』

「わかった。それらの記録を一応取っておいて、こっちでも確認だね。このロジコマも修理してからになるけど、通信のアップデートも念入りにしてもらうとして……。とりあえず動かせそう、でいいんだよね?」

『動かすだけなら大丈夫です。弾薬カラなんで戦闘になっても遮蔽物として使うだけになりますけど』

「十分だ。起動したら移動しよう。キリノをあまり待たせたくもないしね」

 

 30分というのはなんだかんだで短い。

 

「さて、キリノを迎えにいかないと、だな」

 

 僕に追従するようなモードに切り替えて正門に向かう。ロジコマが僕の後ろを行儀よくついてくるのはなかなか目立つ。校門前まで来ると、すでにキリノは私服に着替えたらしい。シンプルなグレーのスラックスに白いブラウス、パステルブルーのカーディガンを羽織った姿はオフィスカジュアルでも十分通じる姿だった。少し充血した目が痛々しい。

 

「待たせてごめんね。とりあえず移動しようか」

「はい……、先生、すいません、でした……」

「気にする必要はない。まずは移動だ。この後も忙しいぞ」

 

 うん。堪えてるだろうなと思ったけれど、想像以上に堪えてるな。少しでも早く話した方がいいかもしれない。

 

「このまま本官も……?」

「停学期間中は何をしてもヴァルキューレは関知しないそうだよ。少なくともシャーレ部員としての権限は生きてる。……ついてくる気はあるかい?」

「っ! はい……」

「じゃあとりあえずそっちのハンドルにつかまって。早速次に行こう」

 

 キリノが言われた通り、ロジコマのステップに足をかけ、ハンドルを握る。僕もロジコマを挟んで反対側で同じようにした。

 

「アロナ、悪いけどロジコマの誘導を頼む。最高速度30キロ以下、大通りを経由してサンクトゥムタワーまで」

 

 ゆるりと動き出す。朝方の風がこの季節にしては気温が上がりそうで少々辟易とする。

 

「本官は……あ、いま手帳なんてないから、わたし、か」

「うん」

 

 ぽつりとキリノがこぼすように口にする。僕はとりあえず前方注視の振りをしながら相槌を打った。

 

「わたしは、今困っている人に、すぐ手を伸ばせるから、最後は別の誰かが救うとしても、致命的なその一瞬に手を伸ばせる人間でありたいと、ヴァルキューレ警察学校を選びました」

「うん」

「『キヴォトスの治安を護るため、法と規則、規範のみを拠り所とし、何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、不偏不党且つ公平中正に警察職務の遂行に当ることを固く誓います』……私がヴァルキューレ警察学校に入校するとき、同期と一緒に制服に袖を通してそう誓いました。それを誓い、決意を固めてはじめて、制服に袖を通すことを許される、ヴァルキューレの制服とはそういうものなんです」

「うん」

 

 おそらくは入学時の宣誓文なんだろう。警察組織は軍隊と並んで国家公認の暴力装置だ。そういう宣誓をすることが求められるのはなんとなく理解できた。

 

「わたしは、中務キリノは落ちこぼれです。拳銃どころかライフルすらまともに扱えず、訓練では人質役の先輩に怪我させてばかり。お前は銃を持つなと言われ、警備局なんてと鼻で笑われ、生活安全局で車の取り締まりでもしてろと警備局要員養成課程を追い出された身です。それでも、この誓いにだけは背を向けず、職務に殉じてきたと誇りを持っていました。その誇りがあったから、私はヴァルキューレ警察学校の生徒でいられました」

「……うん」

 

 キリノは本当に真面目な子なんだろうな、と思う。そう言い切れる彼女はきっと強いのだろう。

 

「ハッキングの内容も、セリカさんの誘拐の状況も、全部見てきました。間違いなく個人でできる犯罪じゃなく、そして、根深い。こういう事態を防ぐためにヴァルキューレ公安局が目を光らせていたはずで、こういう事態にいち早く気付くために生活安全局は市民と密に連携していたはずなんです。それなのに……ヴァルキューレが、それを黙殺するんですか。この制服が守るのは、何なのですか……」

 

 その問いに僕が答えたところで彼女は納得しないだろう。

 

「私は……何を信じて、ヴァルキューレの制服を着ればよいのですか」

「……それはまた、重たい問いだね」

 

 僕は笑うしかできない。

 

「僕は正義のために行動したことはない。正しさを理由に考えを変えたことがないから、多分キリノが必要とする答えを置くことはできないよ。それでも僕が言えるとしたら、それは『正義は多面的すぎて、誰かを迫害することがある』ということぐらいだ」

 

 口にすればするほどみじめになるが、それが僕の本音だった。

 

「僕はキヴォトスに来る前に傭兵隊長をしていた、というのはキリノに話したっけ」

「いいえ。でも戦闘指揮がお上手なので、軍人か、PMCの所属だとは……」

「そんな上出来なものじゃない。僕は外の人間から侮蔑も込めて『子供使い』と呼ばれててね、未開のジャングルに引かれた前線で少年兵をとりまとめ、ある国の侵略を食い止めることが仕事だった。……キヴォトスの外ではというべきか、僕のいたところというべきかはわからないけど、そこではだれもヘイローなんて持ってなかったからね、銃弾一発で人が死ぬ。そこで僕は、子どもに銃を持たせて最前線に送り出してきた」

 

 急にこんな話をされても困るだろうな、と思う。実際ちらりと見るとキリノは複雑そうな顔をしていた。

 

「僕の部隊に来た3,000人を超える子どもたちからは『イヌワシ』だったり『トリさん』だったり『厳父』だったり、いろいろなあだ名をつけてくれた。子どもたちは僕を愛してくれた。そんな子どもたちに、僕は引き金を引くよう指示を出し、人を撃たせ続けた。……どこをどう切り取ったとしても僕の行いは正義ではないし、万事がひっくり返って正義だったとしても、到底許されるものではないと思っている」

 

 それでもだけどね、と僕は続ける。

 

「僕の依頼主はみな、悪人ではなかったよ……善人かと聞かれると限りなく怪しいけどね。彼らにはそれぞれの正義があって、それぞれ我慢ならないものがあって、会話では解決できなくなったところで、武力をもって解決するために僕を火種として放り込んだ」

 

 僕を雇ったレインボー会議は中国の領土と利権の拡大をよく思わない国家たちが乗り合わせた泥船だった。その泥船がいろいろと紆余曲折を繰り返した結果、朝鮮半島は火の海となって大量の難民を吐き出したし、国内での部族間衝突もあってボロボロだったミャンマー政府はあっけなく崩壊した。攻めていたはずの中国は中国で、恐喝のために無人の尖閣諸島に核兵器を投射した後、戦争をコントロールできなくなってしまい内乱状態に発展、国そのものが4つに空中分解した。それ以外にも『リョータ・アラタを殺せば戦争は鎮まる』なんてファンタジーを持ち出した挙句、実際に僕を殺すためだけに2回も無謀な突撃をかましたロシア軍なんて集団もいたりして地獄の様相だったのを思い出す。結局その後、核兵器も2度使われてそれぞれアメリカとロシアに着弾した。

 

 僕を雇って複数の国が進めたレインボー計画は、関係者全員の足元に大量の死体を築いただけだった。すこぶる教育に悪い。

 

「それでもそんな中で僕の部隊に兵隊として雇ってくれとやってくる子どもたちは、どんなに戦争がむごくて残酷なものでも、兵隊のほうがマシだと思って僕の元に押し寄せる。麻薬から逃げてきた子、家族に売られた子、食糧不足で追い出された子、ギャングの闘争から逃げてきた子、売春婦になるよりはと思った子……そんな子どもたちを救うために、僕ができることは戦争だけだった。……それが正義ではないと知りながら、それでも僕はそれが子どもたちを最大限生き残らせる方法だと信じて、戦争を続けた」

 

 僕には戦争の才能しかないからねと笑う。

 

「キリノ、世界にはきっと誰もが納得する絶対的正義なんてものは存在しない。僕はそれでも自分が正しいと思ったことを、妥協と挫折にまみれながらでも進めるしかないと思っている。譲れないラインがあるのなら、その譲れないものを守るために、あがくしかないよ」

 

 多分キリノにとって僕は『間違った選択をした大人』だと思うし、そうであってくれと思う。

 

 そして、僕が選べなかった未来を、選んでほしい。

 

「……だから、悩んで、あがくしかないんだ。自身の選択が正解だと信じて選んだのなら、後悔と悲しみがどれだけ積み重なったとしても、それを抱えて進むしかないんだよ」

 

 どうか、キリノにこの言葉が届いてくれればと思う。次の目的地であるサンクトゥムタワーは目の前まで迫っていた。




改めて書くとアラタの経歴が超弩級でブラックなんだよなぁ……。

次回 陰険漫才は苦手なんだよ

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