マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
「よし、火器小隊砲撃やめ! 効力確認を開始する。202、204、私に続け!」
2個小隊を引き連れて、さっきまで重迫撃砲で攻撃していた街区に足を踏み入れる。もうもうとたつ土煙はゲヘナのそれよりも長いこと舞っているように見えた。おそらく空気中の水分量からして違うのだろう。唇が渇くような感覚がある。
《イオリ、突入をあと3分遅らせることはできませんか?》
「はぁ? チナツ、何を言っているんだ?」
万が一のための
《砲撃開始直後、シャーレの先生からコンタクトがありました。今からでも説明をするべきです。先生の指揮能力は――》
「
連邦捜査部。連邦生徒会長の独断で設置された目的不明の部署であり、身元不明の先生だけが配置された意味不明な部署。サンクトゥムタワーの制御権奪還の業績を一瞬で上げ、ミレニアムサイエンススクールの技術提供を受けつつ、アビドスを中心に活動し、カイザーグループに対していろいろ嗅ぎまわっているらしい。というところまでが流れている情報だった。
「カイザーグループと潰しあってくれる分には問題ない。こちらの懸念事項が減るだけだからだ。だがエデンの話もあるところで騒ぎを起こされる可能性は、事前に摘まねばならない。アコちゃんから聞いてなかったのか?」
《聞いていたからこそです。連邦捜査部に、正確にはアラタ先生にこちらが敵対路線だと認識されたら、先生がトリニティサイドで活動することを阻止できなくなります。先生の権限はリン代行をはじめとした連邦生徒会執行部に直結してるんですよ?》
「だから、連邦生徒議会で糾弾が入る前にその先生の
その瞬間、一瞬無線にノイズが入った。
《
「っ!」
小隊に進軍停止を指示。土煙はまだまだ舞っている。202小隊を4個班に分割して捜索にあたらせる。無線の奥でチナツのため息の声。
「……アンタがシャーレの先生? なんでうちの秘匿回線の
《そこはまぁ、企業秘密ということにしといてほしいかな。それに君たちが奇襲作戦をするのは結構なんだけど、他校近傍の市街地に対して無警告で迫撃砲を叩き込むというのはやりすぎじゃないかな》
「ふん、便利屋68の危険集団に対処するんだ。こちらの被害も最小限にするしかないのは理解してもらいたいね」
《なるほど、軍事の基本だね。だけど便利屋が倒壊させたのはラーメン屋1軒。君たちは街区一つ吹き飛ばしているわけだ。武力は適正に扱わないといけないよ》
「……何が言いたい」
まあ退去か賠償か、そんなところだろうが、便利屋ともどもアビドスの面々が姿を消している以上、警戒しなければならない。
《純粋なアドバイスだよ。僕は今回メッセンジャーに過ぎない。正式な話はアビドス対策委員会としてくれ。いま通話に参加させる》
ゲヘナの通信システムが制御権まで完全に掌握されている。端末を見るとUnknown_Userが2つ追加されている。いつの間に浸透された? つまり、もう無線通信は相手に筒抜けになったということになる。下手な指示がとばせなくなった。捜索に出ていった各班からネガティブの報告が来る。砲撃した地点には、誰もいない。
誰もいない? 本当に? この爆撃の中無事に逃げ切られた?
困惑を無視するようにUnknown_Userのマイクがオンになったのが分かる。
《アビドス対策委員会の奥空アヤネです。アビドス高校を代表し攻撃を行った部隊へ通告します。貴隊はアビドス高校自治区およびその近傍にて本校生徒に対する銃火器を用いた攻撃を無警告で実施しています。これは本校の自治権を著しく侵害するものであり、連邦生徒会規則第32項に定められる学園自治権の行使およびその保護の条項を著しく逸脱したものです。貴隊の責任者は速やかに応答し、所属と姓名を明らかにしてください》
落ち着き払った女性の声。おそらくすでに土煙が舞っている領域からは離脱している様子。無線の奥はやたらと静かだ。ノイズキャンセラが効いているか、本当に騒動の外まで離脱しているか。
「こちらゲヘナ風紀委員会の銀鏡イオリだ。現地指揮官を任されている。ゲヘナ風紀委員会で指名手配中の便利屋68社長の陸八魔アルの身柄確保のため砲撃を実施した。貴校で身柄を確保している場合、速やかな引き渡しを要求する。引き渡しが行われた場合、こちらは撤退の用意がある」
《ゲヘナ風紀委員会の銀鏡さん。回答ありがとうございます。便利屋68はアビドス自治区内の飲食店爆破の容疑で身柄を拘束しています。こちらでの取り調べおよび補償についての取り決めが終わるまでは身柄の引き渡しは行えませんし、先ほどの回答は、あなたたちが私たちの街区を一つ吹き飛ばしたことについての合理的な説明となっていません》
アヤネと名乗ったこの生徒、なかなか腹が据わっている。相手にするには面倒だ。
「ゲヘナ風紀委員会は令状と規則に則り公務を遂行しているに過ぎない。これ以上こちらの公務遂行を妨害するのであれば、アビドス高校の生徒であっても拘束・無力化の対象とみなす」
《ちょ、イオリ待って!》
チナツの声がするがいったん無視、建前の話をいくらしても解決にはならない。ちゃんと話し合うには力関係の確認が必要だ。執行機関たる風紀委員会が他に舐められるのだけは避けねばならない。
《なるほど。他校の街区一つ吹き飛ばしたのは、ゲヘナ風紀委員会の正式な令状に基づくものだと理解しました。貴校がそれを是とするならば、本校は貴校のいかなる要求にも屈するわけにはいきません。これは最終通告です。今すぐ武装を解除し、部隊をまとめアビドス自治区から退去しなさい。従わない場合は本校に対する主権の侵害とみなし、対処します。繰り返します。
「こちらの要求も変わることはない。陸八魔アルの身柄を引き渡せ。それにこちらの邪魔をするならば誰であっても容赦はしない」
《通告は拒否されたものとみなします。残念です。……せいぜい上手く逃げ回ってくださいね》
「なに?」
挑発と同時にUnknown_Userが消える。直後に無線が最大感度で入感、黒板を爪でひっかいたようなノイズが耳をつんざいた。無線機を引き抜こうとして理性がそれを抑え込む。無線が信用ならないといっても、この視界の悪さで無線を失えば眼も耳も失うことになる。
「各班! アビドス高校の生徒は正式に我々への協力を拒否した。敵対勢力と認定。撃ってよし!」
「ん。敵なら仕方ない」
すぐ横で知らない声がした。すぐ脇を大量の弾丸が飛び抜けていく。
「きゃぁあああっ!?」
「敵襲っ!? どこから!? なんでっ!?」
「背後だ! 5時方向!」
報告のために戻ってきた202のC班と待機していた203小隊に向かって弾丸の雨が降る。空色の瞳と目が合う。いつの間に飛び込まれた? そっちは202B班が警戒していたはず。撃破された? いやだれにも発砲させずに全員落とすなんて不可能だ。すり抜けてきた? なにがしたいんだこのアビドスの生徒は。
そしてなにより―――私の横までのこのこ出てきて、私の相手をしないこいつは馬鹿か?
セーフティを外すと同時に相手が飛びのいた。置き土産のスタングレネードを見て反射的に耳をふさいだ。爆裂と同時にその手にチリリとした感覚が走る。
「EMPグレネード……! 小癪な!」
電子機器に対する攻撃で電磁パルスを叩きつけるというものがある。確かに脅威だが、グレネードサイズにまで落とし込まれれば威力も超局所的なものであり、数メーター以内にある無対策な電子機器が壊れる程度の威力しかない。当然風紀委員会の装備品は対策済だ。時間稼ぎ以外のなにものでもない。
「203A班は現地を死守。203B班! 火器小隊護衛に向かえ! C班D班はそのままブロックを索敵! 202A班! 私についてこい! アレを叩き伏せる!」
突っ込んできていたアビドスの生徒を追いかける。土煙の向こうの相手に一発叩き込むまでは下がれない。
「シロコ、
いろいろと単語を省略したハイスピードな英語でアビドスの面々に向けて先生の指示が飛ぶ。聞き取るだけで精いっぱいだが多分イオリを引き付けたシロコの支援にセリカを当てようとしているのがわかる。先生はまるで表情が抜け落ちたように真顔のままゆっくりと路地の裏を進んでいく。
「ムツキ、北へ2ブロック移動してくれ。そこだと風紀委員に近すぎる」
ムツキへの指示が飛ぶ。私達への指示は英語ではないし、絶対座標による指示ではなく、相対座標での指示だ。先生から聞いたところ、アビドスの面々には作戦図がリアルタイムで共有されている。その装備の予備がないから便利屋組はその恩恵にあやかれない。だから先生は便利屋68には指示の方法を変えて指揮をしている。……こちらはやりやすいが、一つの戦況を二つの言語で組み立てつつ一人一人個別に指示を出していることになる。
アラタ・リョータという大人を相手にするということがどういうことか、30分前の私達は何一つ理解していなかったし、この情報を伏せていたカイザーには怒りを通り越してあきれ果てる。最優先で伝えてもらわないと困る情報だし、その一端でも知っていた様子の風紀委員会が本気を入れて人数を送り込むのも納得だ。
「セリカ、
彼の眼鏡にはスクリーンが仕込まれていて戦況が表示されているとわかっていても、ゴーグルに表示できる情報量は限られるはずだ。それを頼りに迷うことなく指示を出していくのは恐ろしい。
「
砂狼シロコの挑発に相手は乗ってきた。3個小隊がこの入り組んだ路地に脚を踏み入れざるを得なくなった。
(風紀委員会は売り言葉に買い言葉で逃げられなくなった。しかも無線に介入したことでアコが話を聞く前にイオリが風紀委員会として回答をしてしまっている……カヨコのアイデアとはいえ、それをさらりとできてしまう技術力は恐ろしいわね)
通信に割り込みをかけられたのはどうやらタブレットとリンクした莫大な情報処理リソースを活用したようだが、それでも暗号の復号速度は数秒以内だった。
そうして喧嘩を売って、向こうが乗ってきた。
「ハルカ、まもなく西側から2個班が君の方に来る。そのまま南に引きつけつつ離脱。市場の方に向かってくれ」
《は、はいっ……!》
ハルカは3ブロック先で待機していたはずだ。彼のモニターにハルカの位置も、カヨコやムツキの位置も、当然私の位置も表示されていないはずだ。それでもさらりと場所を把握して動いている。
「ムツキ、今の位置を」
《えっと……マルハビル? ってところの薬屋さんの影。カヨコも一緒》
「わかった。ハルカが1分少々で目の前を通るはずだ。一旦隠れてスルー、通過後に爆弾とトラップを仕掛けておいてくれ」
《背後に? え、なになに? 風紀委員に同じ道を帰させるの?》
「まさか2分前に通った道が爆弾だらけだったなんて思わないだろう?」
《わかった! すごいことになりそう……くふふ》
ハルカのショットガンの音がする。先生は私に手招きをして近くのビルの二階に上がる。
「2分もかからずハルカが足下の道に来る。足止めを頼む」
「わかったわ」
私も銃を構える。ゼロインの距離よりは少し短い。狙うには若干注意が必要だ。それを考慮してもこの距離なら必中だろう。姿勢を整え、呼吸を落ち着ける。便利屋68での意思疎通に使っている鏡を使った合図も先生には連携済みだ。私の手鏡をもっている先生はどこかシュールだが、ハルカをこっちに誘導してもらうにはこうするのが一番だろう。
2ブロック先にハルカが見えた。ショットガンを撃ち牽制しながらゆっくりと路地の交差地点まで下がってきたのだ。その彼女に先生が合図を送る。気がついた彼女はこちらのビルに向かって全力疾走でやってくる。
「止まれぇ!」
叫びながら
「ハルカ、横のビルの入り口で待機。2分で降りるからその間警戒を頼む」
《わ、わかりました……!》
「アル、2分で撤退する。それまで釘付けにできればいい」
「なんで2分?」
「1分30秒でセリカのサポートに入っていたロジコマがこっちに回り込める。ロジコマでムツキのトラップまで追い立てるぞ」
なにげにこの先生、大人げない。そう思いつつスコープの向こうを見れば、こちらへの射線を開けようと十字の角をなんとか横断しようとしているところだった。甘い。そこは通さない。二人目が落ちる。ここからは通れないことを理解し、反対から迂回しようとするだろうと思えば、遠くから銃の連射の音。おそらく私と先生が乗っていたロジコマが道を塞いでいて、それを突破しようと発砲したのだろう。残念、私の狙撃銃でも壊れなかったのに、バトルライフルの連射ぐらいで落ちるわけないでしょうが。
「シロコ、
《終わったよー。地雷とワイヤートラップ山盛り!》
「わかった。カヨコと一緒に南に離脱して僕たちと合流してくれ、適当に巻いてロジコマで移動する。アル、撤退だ」
風紀委員会が私達の方ではなく別の方向を撃ち始めた。慌てて負傷者を背負って引いていく。その5メートルほど後ろをロジコマがゆっくりと相手を押し込んでいくのが見えた。
《あー……アルちゃん、つくづく今回はアビドスと組んでよかったと思うな。すっごい入れ喰い状態》
ライフルを抱えて早足で降りていく間にもムツキの通信が届く。バックミュージック代わりなのか、背後では悲鳴と怒号のオンパレードだ。どうやら風紀委員の面々はロジコマから逃げようと足下も確認せずにトラップ地帯に逃げ込んだらしい。ワイヤーで脚を切ったりそれで転けた子を踏みつけてでも逃げようとしたのがブービートラップを作動させたり、さながら地獄絵図になっているのが音だけでわかる。
「ムツキ、カヨコ、早く離脱してくれ」
《戦果確認はいいの?》
「君たちが見なくても大丈夫。ロジコマで確認中だ」
先生はカヨコの質問に即答した。どこか眉をしかめている。
「そもそも相手の進行速度を削いで有利な状況で相手ともう一度会話したいだけだ。相手の撃滅が目的じゃない。見ていて気持ちいいものでもないんだから早く下がったほうがいい」
《その割にはえげつない攻撃してるけど》
「このままここで長期戦になるのは避けたいと思ってもらわないといけないからね」
《先生は戦うのは嫌いなの?》
ムツキが軽いテンションで聞いてくる。その質問を咎めるか迷った。一瞬先生の目が細められたからだ。
「大嫌いだね。できることなら平和にカレー屋でも開業したいよ。……合流を急いでくれ。次に行くぞ」
先生はそんなことを言う。眉をしかめていたのはムツキたちが指示を無視して現場に残っていたことに不満があった訳ではなくて、風紀委員が罠に掛かるのを見せたくなかったかららしい。
すごく矛盾している。それでも、私達が抵抗するには、多分これしかなかったのだ。得意と好みは別とは言うが、悪魔のように強い大人が戦いが嫌いというのはつくづく残酷だ。
どこか不安そうなハルカと合流。真っ昼間のまぶしい太陽とのコントラストで眼がおかしくなりそうだが、ハルカは私と合流して安心したらしい。
「で、これからどうするの?」
「ここから1キロ南に下ったところに廃墟になった中央市場がある。そこの噴水広場まで相手の代表者にはご足労願おう。僕たちもいまからそこに向かう。シロコとセリカが上手いこと本隊をそこに誘導中だ」
「中央市場……ですか?」
なぜだか分かってないハルカが首をかしげる。先生はそれを見つつもまるで周囲には敵が居ないことを知っているかのように堂々と路地を歩き出す。私だったらこんな堂々と戦闘中に歩けないと思うんだけど、これは狙撃手のサガだろうか、それともアウトローとしての格の違いだろうか。
この先生は、まるで鳥のように空から見下ろしているかのように指揮をする。平面でしか戦ってこなかった私達に対し、次元の向こうから引き金を引いてくる。次元の向こうから最善手を打ってくる。
先生は止まらない。戦いが嫌いだそうなのに、その手と口は滑らかに戦場を動かしていく。猛禽みたいな鳶色の瞳はまっすぐに戦いを見つめていた。何が彼を戦場に縛り付けているのだろう。すべてを黙らせて飛び去ることもできるだろうに。
何者にも縛られず、それでも戦う先生は、何を見ているのだろう。
そんなことが頭をよぎるが、うかうかとしていられない。まだここは風紀委員との戦闘地域で、先生の作戦指揮は続いている。指示を聞きもらせば便利屋としての働きもできなくなる。思考を頭から追い出す。
「中央市場そのものは個人の商店が無秩序に入り乱れた昔からのバラック街だ。そこをぐるりと囲うようにショッピングセンターが建ってそっちに店を移すことでバラックを整理しようとしたらしいんだけど、土地の所有権とか水道の水利権とかいろいろあって頓挫したと聞いている。で、今やまとめて廃墟になった。……外側からは中がどうなっているかわかりにくく、中は入り組んだバラック街。戦闘にも、交渉にもぴったりだ」
それに、向こうが攻撃しにくい理由はほかにもあるしね。と先生が笑う。チラリとナニカが光ってハルカが銃を構えようとしたが、カヨコの鏡だと気がついてすぐに銃が降りた。
「3個班は無力化したんだし、そろそろ僕たちと鬼ごっこしてても無駄だと分かってもらえるといいんだけどね。話し合いの準備をしつつ、戦闘を続けよう」
先生は笑顔でそういった。戦闘開始からまだ10分程度、向こうの被害はものすごい速度で積み上がっているだろうが、同時にこんな短時間で風紀委員会が諦めるとも思えなかったし、ここで諦めるなら風紀委員会はゲヘナでもナメられ続けているはずだ。
つまり、戦闘は続く。
「アヤネ、
先生の瞳が空を見た。真っ青な空を見る目はやっぱり猛禽みたいだ。
イヌワシ、という鳥を思い出したのは、ここが砂漠だからだろうか。
次回こそ横乳さんが出ます。出る、はず……!
次回 政治と戦争
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誤字報告大変助かっております。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。