マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる -   作:オーバードライヴ

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00000010_インフォメーション・イルミネーター

 

 まさかの先客がいた。

 

 クラフトチェンバーと書かれた部屋に入ると、キツネのお面をつけた少女と鉢合わせすることになったのだが、お互い固まったまま5秒ほどが過ぎている。

 

 いや、僕の場合は抵抗する手段もなにもないからなんだけども。

 

「し、失礼いたしました――――――!」

 

 で、少女の方が勝手に出ていった。結局なんだったんだろう。

 

『先生? なにかありましたか?』

「えーっと、いや。なにも。クラフトチェンバーに今到着した」

『何よりです。部屋中央のコンソールの上にタブレット端末のようなものが置いてあるはずです』

 

 無線の声に従って中央に向かうと、確かに端末が置いてあった。

 

インフォメーション(I)・イルミネーター……」

『先生は似た何かをご存じなのですか? その端末を我々は《シッテムの箱》と呼んでいます。連邦生徒会長があなたに残したものです』

 

 無線を聞きながらそれを持ち上げる。

 

『普通のタブレット端末に見えますが、実は正体のわからない代物です。製造会社も、OSも、構造も、何一つ……』

 

 電源ボタンが指紋認証機能を兼ねているようにも見える。そこを長押ししてみる。

 

『連邦生徒会長はこのシッテムの箱は先生の物で先生がこれでタワーの制御権を奪還できるはずだと言っていました。私たちでは起動すらできなかったものですが、先生なら、と』

 

 長押しでパイロットランプが点灯した。すぐにブート画面が立ち上がった。

 

 Now connecting to Crate of Shittim…

 You are trying to access account of Ryota_ARATA

 Continue? [Y/N]

 [Ryota_ARATA@localhost]# Y

 Passphrase1:_

 

 パスフレーズ1を入力しろと言われるが、ブート時のパスフレーズなんて入力したことがあっただろうか。思いつくものを入力してみるかと思い、表示されているタブレットのバーチャルキーボードに触れる。

 

 Passphrase1:WeThirstForTheSevenWailings

 Passphrase2:_

 

 なぜこんな文面を思いついてしまうのかはわからない。それでも認証の一段階目は突破できたらしい。

 

 Passphrase2:WeBearTheKoanOfJericho

 Now activating....

 System activation was successful.

 Welcome back GOLDEN-EAGLE.

 

 サクセスフルの文字を見て無線を開く。

 

「とりあえず起動できそうだ。この端末でサンクトゥムタワーの権限奪還ができるのかい?」

『そのはずです。中身を確認してもらい、不明点があれば連携をお願いします。私も無線があるまで待機します』

 

 リンとの通話はそれで切れた。さて、起動後に何をすればいいのかはさっぱりだけもも、とりあえず待つ。

 

 それにしてもインフォメーション・イルミネーターからいきなり「おかえりなさい、イヌワシ」と言われるとは驚いた。いや、ここではシッテムの箱か。ともかく、起動には成功したらしいのでOSが立ち上がるはずだ。

 

「……我々は望む、七つの嘆きを。我々は覚えている、ジェリコの古則(こそく)を」

 

 自分で打ち込んでおいてこの文言はなんだろう。もう少し本でも読んでおくんだった。そう考えていると画面が切り替わった。

 

《……むにゃ……カステラには……いちごミルクより……バナナミルクの方が……。》

 

 表示されたのは水没した教室のような空間で居眠りをしているアバターが一つ。マリンブルーのセーラー服に淡い青い髪。白い大きなリボンが呼吸に合わせて揺れている。漏れている日本語は寝言だろうか。

 

「えっと……」

《えへへぇ……まだたくさんありますよぉ……》

 

 この後どうすればいいのだろう。ほかに起動できそうなメニューもないが、このアバターに応答をお願いするしかないのか。とりあえず画面をタップしてみる。

 

《うにゃぁ……まだですよぉ……しっかり噛まないとぉ……》

 

 ほかに何か手段があるのかと見回しても、ここには充電ケーブルもない。とりあえずなんとか反応してもらうしかない。何度かつつく。昔こんなゲームあったなと思いつつトントンと頬にあたる部分をタップしているとぱちりとその子の目が開いた。

 

《え? あれ? あれれ? ここに入ってこられたということは、アラタ先生!?》

「あー……先生かどうかは別として、アラタという名前ではあるね。君は?」

《うわ、うわわわわ。そうですよね!? 認証通ってますもんね!? うわ、こんな時間! 落ち着いて、落ち着いてぇ……》

 

 寝起きを叩き起こしたイトウさんってこんな感じだったっけ、ともはや遠い昔になりつつある記憶を引きずり出しながら、相手の言葉を待つ。

 

《えっと……まず自己紹介からですね! 私はアロナ! このシッテムの箱の常駐管理者であり、メインOS、そしてこれからは先生をアシストする秘書となります。よろしくお願いします!》

「僕はアラタ、アラタ・リョータだ」

《はい、よく知っています! 私はここで先生をずっと、ずーっと待っていました! ようやくお会いできましたね!》

「居眠りしていたわけではなく、かい?」

《あうっ……も、もちろんたまに居眠りしちゃうこともありますけど……》

 

 このアロナと名乗ったアバターはどうやらメインOSというか、サポートAIのようなものらしい。スピーカーから流れる人工音声に違和感があるものの、会話そのものは自然に成立するあたりかなり高機能だ。

 

「よろしく頼むね」

《まだ私のバージョンが不完全で、特に声帯周りのアップデートやモディファイが必要なんですが……まずは、よろしくお願いします!》

「了解、アロナ。それに関連するかもしれないんだけど、僕がシッテムの箱を使うにあたって、なにかセットアップが必要かい?」

 

 早急にタワーの管理者権限を回復しなければならないが、まずはこのシッテムの箱を使えるようにならないと話にならない。そもそも各種アイコンもまだ表示されておらず、アロナを通じて以外アクションを要求できない状況だ。

 

《はい、ちょっと形式的になっちゃうんですけど……OS側で生体認証をセットします。これでブートアップの時のパスフレーズを回避できますし……えっと、少し恥ずかしいんですけど……》

 

 アロナがひゅんとこちらに歩いてくるような動作を見せ、その顔が大写しになる。

 

《さぁ、この私の指に先生の指をあててください》

 

 指紋認証、ということらしい。そこにぴたりと人差し指を合わせた。

 

《うふふ、まるで指切りをしているみたいでしょう?》

「というよりも映画のワンシーンを思い出すね」

《映画……ですか……?》

「宇宙人と少年の交流を描く映画があるんだよ」

《アロナは宇宙人じゃないですよ?》

 

 そんな会話をしているとアロナの方がぱっと指を離した。どこか頬を膨らませている様子をほほえましく思ってしまう。やはり子供はいいものだ。

 

《……はいっ! 確認終わりました! これで先生はオペレーティングシステムA.R.O.N.Aの正規ユーザとして全領域の使用が許可されます!》

「ありがとう。早速だがいくつか情報照会を頼みたい。サンクトゥムタワーの管理システムはここからモニターできるかい?」

《サンクトゥムタワー……ですか? 連邦生徒会長の管理下にあるはずですが……あれ、権限が浮いてますね。生徒会長は……?》

「どうやら失踪してしまったらしい。それでサンクトゥムタワーの権限を回収し、連邦生徒会にその権限を委譲するようにと僕に依頼が来た」

《連邦生徒会長が……なる、ほど……なんとなくですが状況はわかりました》

 

 本当に大丈夫だろうかこの秘書AI。本当に生きた中身が入ってないか心配になる。画面を見ているとどこか居心地が悪そうな笑みを浮かべているアロナと目が合う。

 

「連邦生徒会長については? 僕を呼んだのもその連邦生徒会長で、君は連邦生徒会長の預かりになっていた。何か知っていることは?」

《私はキヴォトスの情報の多くを知っていますし、アクセスできますが、連邦生徒会長が何者で、彼女がどうしていなくなったのかも……お役に立てずすいません》

 

 ぺこりと頭を下げるアロナ。いや、確かに重要度は高かったがそこに恐縮されても困る。

 

《で・す・が! サンクトゥムタワーの方はアロナで何とかできそうです!》

 

 ふふん、と鼻息交じりでそう言ってくるが、本当にイトウさんをAIにして純朴さを全面に押し出したらこんなことになるのではないだろうか。もしくはジニとか。

 

「では、掌握してくれ」

《はい! Admin権限を奪取するだけなのですぐに終わります。電力系の切替でビル内の電気がちらついたりするかもですが……すぐに!》

 

 アロナが目を閉じるとすぐに部屋の各所でいろいろな駆動音がし始めた。照明がちらつくと、一気に部屋が明るくなる。そうか、この明るさが正常なのか。

 

《サンクトゥムタワーのAdminロール取得……は、これでよし。古い認証情報をパージして、最新化……できた。で、これを先生のアカウントにくっつけて、ユーザーアサーションの再発行と紐づけを確認、反映ジョブをキックして……あとは、セキュリティマネジャー権限? これもちょっと拝借して……連邦生徒会のアカウントがこれ。ロール管理画面の編集モードにも入れ……る! よしっ! 先生おまたせしました! 今、サンクトゥムタワーはアロナの管理下に収まりました。先生の判断で連邦生徒会に権限を委譲できます》

 

 本当に早い。体感でも1分は経っていない。すごいぞアロナ。

 

「連邦生徒会に管理権限を委譲。続けてこのビルのセキュリティ機能を復旧し、周囲の戦闘状況を表示してくれ」

《は、はいっ!》

 

 アロナが慌てた様子でいろんなウィンドウを出す。どうやらこの端末、音声認識で使うのがおそらく正解だ。その間に無線のトークスイッチを叩く。

 

「リン、いまサンクトゥムタワーの管理権限を委譲する。確認を」

『承知しました。私の方も外の安全が確保できそうですので、そちらに向かいます』

 

 リンもどうやらこちらに来るらしい。それを聞きながらタブレットに目を落とす。

 

《えっと、先生! 連邦生徒会に権限の委譲を完了しました。シャーレも下部組織なので、先生にはシステムの全領域において参照権限が引き続き付与されます。シャーレ関連のセキュリティシステム復旧。稼働率は87パーセント。破損個所は……えとえと、C通用口のドアと、いくつかセンサがハードキルされている以外はほぼ無事で、ビル内部のセキュリティは正常稼働しています。周辺の戦闘状況は……ほぼ終息です。ヴァルキューレ警察学校の警備B中隊が投入されています。破壊活動を行っていた生徒たちは大方拘束されました!》

 

 アロナがそう言いつつレポートが画面に表示される。それをざっと見る。

 

「C通用口周辺のカメラ映像の現在の状況と過去1時間のうち戦闘が含まれる箇所を抽出」

《はいっ! えとえと、防犯カメラのライブラリだから……》

 

 少ししてタブレットに表示されたのは壊れたドアのそば、疲れた様子で体を壁に預けているハスミやユウカの姿だった。無線のチャンネルを切り替える。

 

「ユウカ」

『わひゃっ!』

 

 おどろいて跳ねるユウカが監視カメラに映る。

 

「無事かい?」

『さんざんです。いろいろ弾代とか請求させてもらいますからね!』

「話せるくらい無事なら、よかった。ほかの面々は?」

『全員無事。負傷なし。突破しようとしてきた集団はまとめて追い返したわ。いまヴァルキューレがどこかで大捕り物してるんじゃない?』

「ありがとう。助かった」

『で、サンクトゥムタワーの権限云々は大丈夫なんでしょうね?』

「それについてはこちらで掌握、今連邦生徒会で確認をもらっているんだが……」

 

 アロナが両手で大きくマルと出して跳ねている。

 

「無事うまくいったらしい」

『そう。よかったわ。これでミレニアムも安心していろいろできるわ』

 

 そう言ってちらりと監視カメラの方に目を向けるユウカ。

 

『先生、連邦生徒会の活動費は各学園からも支出されてます。無駄遣いがあればきっちり確認に伺いますからね』

「わかった。無駄遣いしないように気を付けよう」

 

 そもそもここで何をすればいいかすらわからないんだけど。とは心の中だけで口に出さないようにしておく。

 

『それじゃ、あとは連邦生徒会とヴァルキューレに任せるわ。連邦生徒会の先生さん?』

 

 僕が先生ねぇ。とどこか納得がいかない感情を抱いていたら、部屋のドアが開いた。

 

「お待たせしました。先生。権限の奪還、連邦生徒会を代表して感謝申し上げます。……シッテムの箱も無事なようですね」

 

 エルフ耳のリンがそう言いながら入ってくる。

 

「えぇ。この後私は何をすればいいのでしょう?」

「その説明も必要ですね。……このビルにある部室にご案内します。その道すがらお話しましょう」

 

 リンが付いてきてくださいと言って背を向けた。素直にそれについていくことにする。エレベーターに乗って向かうのは上の階。

 

「実際のところ、シャーレには権限のみが付与され、目標が設定されていません。正確にはその意味付けを行う前に連邦生徒会長が失踪してしまったので、現状シャーレについて特に何かを達成しなければならないという強制力は発生しません」

「つまりは、何をすればいいかから探す、ということ?」

「おおむねその理解で構いません。それに必要な生徒を学校などの制限を受けずに部員として所属させることも可能ですし、連邦生徒会規則や各校の校則に反しない範囲において戦闘行動が許可されます」

 

 権限と責任だけがあって、何をすればいいのかがわからないというのは非常に難しい。いや、まずは動ける体制づくりからか。

 

「連邦捜査部ということは、何かの調査を期待されている、という理解でよいのかな」

「そこについてもご自由に。……とはいえ、連邦生徒会としては各校から押し寄せてくる要望や苦情……たとえば、支援物資の要請や環境の改善、落第生への特別講義の開催に部活動の活動支援等々……それらへの対応を期待したいと考えております」

「要は学校に囚われない相談窓口、といったところだね。わかった。動ける体制づくりをしたらその方向でとりあえずは行動するようにしようか」

「はい。その方向で問題ないかと」

 

 エレベーターが止まったのは5階。オフィス用の硬いカーペット敷きのホールの正面には木のパネルとガラスで区切られた部屋が見える。入口には『連邦捜査部S.C.H.A.L.E顧問執務室』とプレートがかかっている。

 

「このビル全体がシャーレの占有となります。執務室はこの5階のフロアです。執務関連の部署は3階から6階までに入っています。6階より上には部に所属する学生向けに自習室や射撃訓練場、体育館なども完備しています。1階と2階にはメインエントランスとレセプションスペースのほか、必要な装備などを格納できる車庫兼格納庫があります。1階にはコンビニエンスストアも入っていますのでご利用ください。連邦生徒会との共用となりますがヘリも必要であれば利用可能です。その際は連邦生徒会に連携ください。屋上のヘリポートに用意します」

「至れりつくせりだね」

 

 単純にその規模に驚く。ビル丸ごと用意してもらったはいいが、今利用するのは僕一人だけだ。ここまで必要な規模で人員の拡張が必要な何かが起こる可能性があるということでもある。連邦生徒会長の意図に思いをはせるが何を僕にさせたいのかがさっぱりわからない。

 

「先生の居住スペースは48階に専用フロアがあります。こちらは先生の許可がない限り学生の進入ができない制限区域となります。……それと」

 

 一枚のクレジットカードが渡される。

 

「こちらも連邦生徒会長からの預かりものです。あなたの命の次に大切になるであろうカードです。このカードがあなたの生活を、身分を、生命を保障することになるでしょう」

「僕の給与が振り込まれる、ということ?」

「それもありますが、それにとどまりません。……まぁ、いわば『大人のカード』というところでしょうか。詳細については私もよく知りませんが、生徒会長曰く、シッテムの箱の持ち主ならば、上手くそれを使うだろう、とのことです」

 

 やはりこのリンという女性は情報を隠すのがうまい。まったく、連邦生徒会長に一度会ってみたい。

 

「では、先生。今日はお疲れさまでした。また、連絡いたします」

 

 そう言って、リンが出ていった。

 

 それを見送ってからがらんとした部屋を見回す。

 

 

 今、僕の手元にあるのは、シッテムの箱と呼ばれるIイルミネーターが一つと、その常駐管理者のアロナ、ビル一つ。それで、学園都市の課題解決の総合窓口をする。

 

 

「……まずは、片づけと備品の確認だな」

 

 僕はできることから始めることにした。今日の様子からして、戦闘から離れることはできないんだろう。ミャンマーの山奥に残してきたジブリールたちの様子が気になるが、戻れる日は来るのだろうか。そんなことを思いながら、僕はとりあえずジャケットを脱ぐことにした。

 




アラタ先生、そろそろ本領発揮してください(白目)
といいつつ、アビドス編に入るのはもう数話先になりそうです。

次回 それでも武器が必要な世界で

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