マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
中央市場にあるバラック街の中央、噴水広場とは名ばかりの共同井戸の前にそこらに転がっていたベンチを引っ張ってきていたのだが、無線が入って手を止めた。
《アヤネ、
コンタクトには翻訳文が出る。状況報告を求められている。
「はい、市場の中は今のところ無人です。何かあっても大丈夫だと思います」
返答は英語じゃなくてよいと言われているので普通に返す。
《
「はい。わかりました」
井戸はまだ水をたたえていて、砂で浅くなった受け口にあふれてそのまま地面に流れ出していく。それを見ながらいつのものか分からないプラスチックのスツールに腰掛けた。自衛用の拳銃を一応右手に提げてはいるものの、このあたりには誰も見えない。遠くで銃の音がするばかりで、ここはまだ戦場ではない。
作戦図を引き出す。シロコ先輩とセリカがB1……前線指揮官のイオリさんを引きつけつつこちらに向かっている。イオリさんが指揮していた2個小隊は、すでに損耗率が四割を超えようとしている。2個班が一瞬でまるまる消えたのは便利屋68のメンバーが一網打尽にしたからだ。アビドス組もどんどん漸減している。
先生が来てから、毎日のように戦闘が発生している。それも毎度結構絶望的な状況だ。それでも、先生がいるなら乗り越えられるような、得体の知れない自信と異常なほどの高揚感に後押しされて、実際勝ち続けている。
先生の指揮は強力だ。それも、絶対的な戦力差になってしまうほどに強力だ。先生がアビドスに来たその日から、あの人の指揮と戦闘を見続けてわかった。きっとあの人は勝ち続ける。そして、彼を求める誰かのために、きっと遠くない未来にアビドスから出て行ってしまうだろう。あの指揮能力を欲している生徒はこのキヴォトスには文字通り山のようにいるはずだ。そしてきっと、先生はそれに応え続ける。アビドスを助けたように、助けを求める生徒のために、戦場に身を置き続けるんだと思う。
つまり、アビドスはあの人にとって特別ではない。それは、私達が早急に先生無しでも運用できる体制に移行しなければならないということと同義だ。先生はずっとアビドスに居てくれるわけではないのだ。
「だから……私は追いかけるしか、ない」
私にはオペレータとして足りないものが多すぎる。情報処理能力、作戦立案能力、敵戦力の正確な算出と行動予測。それらに合わせたリスク計算とリアルタイムの作戦修正速度、メンバーへの説明能力。そして何より、戦闘を終えるための交渉能力。どこをどう切り取っても、アラタ先生の前では赤子レベルにも達していないと思える。自分の未熟さに泣きそうになるし、実際、昨日の夜は布団を被かぶって枕を顔に押しつけて叫んだ。先生がやってこず、私がずっと指揮していたらどうなっていたかありありと理解してしまって、どうしようもなく悲しくなった。
先生がいなければ、今頃アビドスはカタカタヘルメット団すら撃退しきれず、先輩達やセリカも各個撃破され、廃校手続きが秒読みだったに違いない。
それでも、そうはなっていない。ダメ元でシャーレに出した手紙が繋いでくれた
「追いつくしか、ないの」
言い聞かせる。オペレータの完成形が先生ならば、先生の劣化版にしかなれないとしても、私は岩にかじりついてでも追いかける以外にできることはない。できなければ学校が消えるだけだ。
作戦図を見る。オペレータの仕事の8割は地図を見る事だ。ひたすらに情報を読み込んでいく。ロジコマが2機、かなり遠回りをしながら砲兵隊の背後に回り込もうとしている。この2機はマシンガンを搭載しているから単独で移動砲台として使える。ここはそもそも守りが堅いはずだ。突っ込ませる意味は、砲撃をこれ以上させないためだ。ロボットなら直せば良い。生徒を突っ込ませることはできないという、先生の意図。
キリノさんが偵察してきた情報では、風紀委員会の戦力が砲撃跡の街区に集中している。部隊が展開しているところに砲撃を加えるわけにはいかないだろうし、そんな精密砲撃ができているようには見えなかった。だから、次射はまだ遠い。
砲撃以外でなにか出せるだろうか。
「……追加の人員、か」
純粋に考えればそうだろう。しかし、アビドスの監視カメラやセンサー類にそんな影はない。
それでも、構えているとしたら。
キリノさんがひょっこりと姿を表した。
「お待たせしました! アヤネさん!」
「いえ……キリノさんはヴァルキューレ警察学校の?」
「あはは……停学中なんですけど、一応は」
キリノさんは頬を掻く。なにがあったのかは知らないけれど、色々と大変そうなのは分かった。
「一つ聞いてみたいんですけど、ヴァルキューレがここに介入するとして、私達がSOSを出したら、どれくらいの時間でこれると思いますか?」
「……ハイウェイを使っても1時間はかかります」
「そうですよね……人員を素早く送り込むには、ハイウェイを使うしかない。そして、ヘリを使おうと思えば、航空管制などの影響を受ける……よし」
無線を開く。
「先生、ノノミ先輩と先輩についてるロジコマを1機、私が指揮してもいいですか?」
《
《
ノノミ先輩は、私を信じてくれている。先生も、何をしたいかを聞かずに許可を出してくれた。
この信頼に応えて、追いつくしかないのだ。
予備の人員を迅速に送り込むことはできない。すなわち事前に集積させておくしかないが、私たちの自治区内には集積していない。
だとしたら、迅速にここに送り込めるアクセスが確立した場所で、かつ、風紀委員会単体で移動できる手段を確保し、事前に待機が可能な設備がいる。
そんなもの、人員輸送車以外ないのだ。
「ノノミ先輩、R23S3へ急行してください。おそらくゲヘナ風紀委員会は予備の人員をハイウェイ上に置いてます」
「はい……?」
サーバや通信機器の冷却のために恐ろしく冷房が効いた作戦指揮室。戦況図を見て啞然とした。寒気は冷房のせいだと信じたい。
「第二中隊をつけたんですよ? というより、10分で202と203が実質的な壊滅状態? 迫撃砲分隊は!?」
《効力射を10分ほど行いましたが戦果なしです。狙撃を受けたものもいて、便利屋68とアビドスは共闘体制に入ったと思われます》
報告を聞いてめまいがする。
《いかがしますか。アコ行政官》
「……共闘することは想定の範囲内です。攻撃続行!」
《しかし……これ以上はこちらの被害も相当覚悟しないといけないことになりますが……》
「そもそもが便利屋68相手です。多少の被害は覚悟のうえでしょう!」
全員が今回の作戦に志願したと聞いているし、この作戦に無理な動員をかけてほかの幹部にチクられても困るから無理強いはしないようにと厳命して集まってくれた人員だ。これぐらい動いてくれないと困る。
《アコ行政官!》
「チナツ……どうしましたか」
切羽詰まった無線が割り込む。万が一ということで医療部からも来てもらっていたチナツだ。
《今からでも撤退してアビドス高校と交渉するべきです。このままでは全滅します》
「イオリが私に相談もせず戦端を開いてしまったのは困ってますが、全滅するような被害ですか。まだ迫撃砲分隊も無傷でしょう。このまま数で押し込んでいけば勝てるはずです。最悪予備戦力だってだせるんですよ」
《今勝って何を得るんですか。202A班とD班の壊滅状況は見ているでしょう。他校区の近くでこれ以上の大規模戦闘は無茶です!》
「無茶はハナから承知です。それでも先生がトリニティの次期ティーパーティー候補の人員とすでに接触した以上、これ以上情報で負けるわけにはいかないんです」
朝もした話をもう一度チナツに聞かせる。
きっかけは、ブラックマーケットに潜入していた情報部員のタレコミだった。
ゲヘナ出身の生徒がブラックマーケットに流れ込むという事態は残念ながらかなりの件数がある。それを適度に取り締まり、ゲヘナに矛先が向かないようにするためにもかなりの人数の情報部員が潜入しているのだが、その中の一人が情報を緊急で上げてきた。実質的に今季の生徒会の権限を握っているフィリウス分派の首長である桐藤ナギサの腹心、阿慈谷ヒフミがブラックマーケットに護衛もなく現れたという。そして案の定ブラックマーケットで襲われる。
おそらくはこれを理由にブラックマーケットの“掃除”でも始めるのだろうと思ったが、示し合わせたように十分な戦闘力を伴って、シャーレの先生がブラックマーケットの視察を行っており、暴漢を撃退した。
その後のよく似た人物が闇銀行を壊滅させたというのは与太話としても、先生がこのタイミングでトリニティと、それもティーパーティーの有力者とダイレクトにコネクションを得るというのは致命的だ。そしてこの情報は遅滞なくフィリウス分派に知れ渡っていた。
ティーパーティーは間違いなくこの先生を利用するし、先生の指揮能力は脅威となりうる。
この時点でゲヘナ学園がとりうる選択肢は3つ。
一つ目は傍観。情報の取得のみに留め、シャーレには適度に情報で釘を刺しつつ、ティーパーティーにはシャーレとの蜜月を糾弾する形で動きを封じるというプラン。ただしこれはゲヘナの生徒会執行機関たる
二つ目は消極的干渉。シャーレとは協調路線を取りつつ、トリニティの面々をシャーレ内部でも牽制するプラン。今チナツが必死に叫んでいる手段だ。確かにこれは短期的にみれば、先生の指揮能力の恩恵を得たり、シャーレ経由の情報網が確立できたりとメリットが大きい。ただしこれはトリニティと表面上対等で設立される
三つ目は積極的干渉。シャーレと一時的に対決することになっても、エデン条約の発効とエデン条約機構の発足まではおとなしくしてもらい、その間に覇権を握るプラン。対外的にはトリニティとの協調路線を見せつつミレニアムのような新興有力校やレッドウィンターなどの大規模校に対して絶対的な戦力差を誇示しつつ、内部的にトリニティを封殺するにはこれしかない。
そのためには、先生にはたとえ無茶でも黙ってもらうしかないのだ。
「いいですか。もうルビコン川は超えてしまったのです。先生と彼の持っている情報のために、多少の損耗は目を瞑るしかない状況。そして、戦力さえあれば押し込める相手です」
《ですから! いまその情報の線が私たちの攻撃のせいで切れようとしているんですよ! 戦闘が長引けばこの作戦の発覚のリスクだって高まります。これ以上は風紀委員会幹部としても責任を負えません》
「何を言っているんですか。そもそもチナツさんに責任なんてないんですよ。作戦責任者は私、実行指揮官はイオリです。先生との交渉も私の仕事、あなたは伝書鳩としての責任しか背負わなくていいんです」
無言の抗議というのは一番時間を浪費するからやめてほしいと思う。その間にもイオリと1個班が元中央市場に突入した。撃ち合いは続く。
「……はぁ、わかりました。全滅しそうだという意見具申だけは受諾します」
《行政官……》
「しかたありませんね。ハイウェイで待機してもらっていた201、203の両小隊を追加投入します。先生たち勢力の対処能力には限界があることはわかり切っているんです。個人戦にはめっぽう強い以上、対処しきれない物量をけしかけるしかありません」
《……承知、しました》
納得はしていませんが、と聞こえない声を聴く。彼女はまじめすぎる。優しすぎる。だからこそ彼女は慕われてきたのだけれど、こういう場面には弱い。
「そう。お願いね」
だから私もこう答えるしかない。優しいだけでは切り抜けられないことをいつか知るべき時が来るだろう。
「イオリ、今あなたのそばの一個班以外の指揮は私が引き受けます」
《頼んだ》
端的な答え。無線は既に
「201、203、ポイントチャーリーまで前進しなさい。敵は強固ですがゲヘナに粉砕できない敵はいません。……201? 201小隊応答なさい。203小隊、どうしましたか?」
無線の応答がない。おかしい。
「201! 203! 応答なさい!」
無線にノイズ。
《皆さん行儀よくて助かりました~☆ あなたが天雨アコさんですか?》
聞こえたのはふわふわとした声。初めて聞くが、リストにあった十六夜ノノミの声だろう。被害の連絡も交戦開始の連絡すらもなかった。ハイウェイのカメラを慌てて呼び出す。哨戒用の歩兵戦闘車がハチの巣になっているのが見えた。ハイウェイ横のパーキングエリアに待機させていたのだが、それがまとめて破壊されている。
人員が地面に膝をついているところを見るに、車両は人員が投降してから破壊されている。全滅覚悟で今からあのマシンガン持ちを撃破できたとしても、アビドス市街地の応援は間に合わない。
しかも場所はアビドス砂漠、それも一番陽の高い13時過ぎ。建物の陰で日陰などもある市街地と異なり、逃げ場はない。
「……やってくれるわね」
《皆さんの飲食は禁止してませんから大丈夫ですよー。ですけどアコさん、砂漠を舐めすぎですよ。これじゃあ皆さん2時間も経たずに水筒が空っぽです》
世間話のようなテンションで話してくる。無線のIDは201小隊の小隊長のもの。
《早めに車両を手配した方がいいですよ。急がないとみんな熱中症で倒れちゃいます。武器の処理も含めてこちらに一任してくれるなら、臨時列車を出すように交渉もできるかもしれません》
「車両を通すつもりもないんでしょう?」
《撤退を確約してくれればもちろん通しますよ。それともこのまま我慢比べでもしましょうか》
持久戦も辞さないというのはおそらくフェイク。向こうも短期決戦を望んでいるということだが、それを状況が許さない。
「……先生を吹き飛ばしても通してもらえそうね」
《あはは~。それはどうでしょう? 通るかもしれませんし、通らないかもしれませんね》
反応からしてこれは有効だ。ただし、それをしたとたん、連邦生徒会との関係が不可逆にこじれる。そのリスクをとれるだろうか。
《こちらの要求は最終通告から変わっていません。武装を解除し、退去してください。武装を解除してくれれば、移動手段の確保までの滞在は許可できると思います。……まだ、続けますか?》
その言い分にカチンと来なかったといえばウソになる。
「先生と便利屋が付いてるからって、貴女達に何ができるっていうの、借金まみれで廃校寸前の学校に!」
反射的に言い返してしまったが、まずい。これはさすがに踏み込みすぎだ。
《……そうですね、私たちは借金まみれで廃校寸前の学校の生徒です。復活の目のない馬鹿げた賭けを続けてるだけの明日には消えてしまうかもしれない学校の生徒です。そんな学校の復活なんて、あなたにはきっと馬鹿げた夢に見えるでしょうね。……それでも、私のたった一人の先輩はそんな明日を、そんなユメをこの灼熱の砂漠と荒れ果てた廃墟の中で一人探し続けました。ずっと戦ってきたんです。そしてようやくここまで繋げてきたんですよ》
慈愛に満ちた優しい声、まるで喫茶店で好きなテレビ番組について語るような声。
《私はそんな先輩が大好きですし、借金まみれの理不尽な環境もひっくるめてアビドス高校が大好きなんです。今アビドスに残ってくれている子は、みんなそうです。そんな先輩が守ったこの学校まるごと、酸いも甘いもひっくるめて愛しているんですよ。そうじゃなければ誰が9億もの借金がある学校に残りますか》
無線の奥はなにを考えているのだろうか。
《私たちはアビドスです。その馬鹿を、非合理をわかって飲み込んで、復活の日を待ちわびる雛鳥です。それをバカだと言うのなら笑えばいい。それを愚かだと思うなら見下せばいい。……どうしました? 笑っていいんですよ?》
読めない。無線の奥の相手が読めない。
《笑う覚悟もなくアビドスに踏み込んだなら、そしてここまで戦っても、まだ誰を相手にしているのかを理解していないのなら、あまりにあなたは稚拙が過ぎる。いま何を相手にしているか、しっかりその目で見なさい。天雨アコ》
無線機の悲鳴で通信が切れた。トークスイッチを離した音ではない。おそらく、無線機が握りつぶされた。
「……なんなのよ、いったい」
《アコ、市場だ。奴ら市場に戦力を集めてる」
イオリの声が私を現実に引き戻す。作戦はまだ止められない。
振り上げたこぶしは、落とさねばならない。
予定になかった激おこノノミが出てきて眼を剥いてます。
アコちゃん大ピンチ回でした。挽回とかいろいろしてほしいけど、この子、メインストーリーでもちゃんと活躍してるのメインストーリー最終章なのもあってちゃんとした活躍はかなり先になりそうです。アコちゃんファンの皆さん、本当にごめんなさい。
次回 それでも捨てられなかったものを。矜持と呼ぶんだろう。
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