マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる -   作:オーバードライヴ

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たまには気分を変えて朝に投稿です。


11100010_ここはアビドス

「遅かったですね、イオリさん」

 

 銀髪のアビドスの生徒、砂狼シロコを追いかけた先――正確には追い込まれた先の小ぶりな広場に生徒が一人座っていた。彼女に向かってライフルを構える。この声には聞き覚えがあった。

 

「……奥空アヤネ」

「先ほどぶりです」

 

 その生徒は赤い眼鏡の奥で笑って見せていた。広場はバラックのほぼ中央、外れかけた看板には『ふんすいひろば』とあったが、ここでアヤネだけが居るのは妙だ。罠だと頭の奥で警鐘が鳴っている。噴水というか、井戸というか、壊れかけの水場が中央にあり、そこから水が地面に流れている。おかげでここだけ緑が茂り、芝生というには不揃いな草が一面に生えていた。

 

 砂漠の中のオアシス、そんな言葉が浮かぶが、ここは相手のテリトリーだ。油断せずに問いかける。砂狼シロコが消えている。

 

「どういうつもりだ。先生はどこだ?」

「先生の居場所はお答えできかねます。それに、私はアビドス対策委員会の書記で、今回の事態についての窓口でもあります。話し相手に私じゃ御不満ですか?」

 

 アヤネは軽くうつむき加減でそう問うてくる。目を閉じているのか、細めているだけなのかはわからない。情報をどこかで得ているようにも見えない。スマートフォンやタブレットのような電子機器を操作しているようには見えないが。彼女の膝の上には拳銃が1丁乗っている。

 

 話を聞くという意思表示も込めてライフルはローレディの位置に収める。黒見セリカはどこだ。必ずこのそばで見ているはずなのだ。

 

「武器はそれだけか。舐められたもんだな」

「舐めてかかったのはそちらの方でしょう」

「……こちらは便利屋68の陸八魔アルの身柄の引き渡しを……」

「先生ではなくてですか?」

 

 アヤネが淡々と聞き返してくる。

 

「驚いたような顔をしないでください。陸八魔アルさんよりも先に先生の所在を確認したのはあなたですよ。イオリさん」

「フン、とはいえ、シャーレの武装が出てきているんだ、先生の指揮だろう。指揮官と話をさせろ」

「連邦捜査部とゲヘナ風紀委員会で話したいという意図ですか?」

「わかってるならさっさとしてくれ」

 

 わざわざ意図を明確にしてくるこの対応は神経を逆なでしてくる。十六夜ノノミはまだアビドス砂漠のはずだ。便利屋68の面々もどこかに潜んでいるはずだ。時間を与えれば与えるほど、連邦捜査部が有利になっていくだろう。この奥空アヤネは囮で時間稼ぎのはずだ。ここで悠長に話している時間はない。

 

「わざわざ連邦捜査部と何を話すんです? わざわざこんなところで」

「指揮官と話をさせろと言っている。それ以上のことを知る必要はない」

 

 アヤネはずっと目を伏せたままだ。武器を持つ様子もなく、こちらを見る様子もない。ハルカやムツキがここから攻めてくるならどう出るだろう。ムツキがいきなり爆弾の雨を降らせるということもありえる。そしてなにより、あの砂狼シロコが消えたことがやはり引っかかる。弾薬の補給にしろポジションの変更にしろあまり時間を――――――。

 

「つまり――――――あなたたちは奇襲という手段で私達に戦争を仕掛けたことにまだ気が付いていない。ということですね」

 

 声に怒気が混じる。慌ててライフルを構えようとしてその銃が弾き飛ばされた。反射的にカウントを取る。1秒以上経って銃声。400メートル以上離れた位置から銃だけを正確に射貫かれた。視線を感じて顔を前に戻す。

 

「ようやく私をちゃんと見ましたね、銀鏡イオリさん」

 

 アヤネがすっと立ち上がる。拳銃をプレスチェックしているのが見える。狙撃で銃を弾かれたせいで右手が痺れている。

 

「陸八魔アルの狙撃……拘束しているというのは嘘だな……!」

「もちろん見張りはつけてますよ。ラーメン店との補償についての協議前に姿をくらませられると困りますから。アビドスの自治領域内での破壊活動についての交渉こそありましたが、この騒動が終わって話し合いが行われるまでアビドスから逃がすつもりはありません」

 

 そう言って一歩踏み込んでくる。

 

「それよりも、私たちの話をしましょうよ。アビドス高等学校と、ゲヘナ学園について」

「こちらは公務として――」

「なるほど、公務。では貴校の生徒が他校の自治区内で問題を起こした場合、ゲヘナ学園の風紀委員会は公務であればこちらへの通告なしにいかなる生徒への発砲も許可されるということですか」

 

 アヤネが畳み込んでくる。

 

「そんな話は……」

「してますよね。実際あなたたちはアビドスの自治区内で戦闘をしている」

 

 ご存じありませんでしたか? とアヤネが笑う。

 

「この市場、まだアビドスの自治区なんですよ。学校の開校前からバラックが立ち並んでたせいで、ここの地権者だけで70人以上いるんです。お恥ずかしながら連絡の取れない地権者さんもいて、アビドス高校で整理して売り払おうにも無理なんですよ。そのせいでカイザーグループに売って現金化をすることもできない場所なんです」

 

 背中に氷を差し込まれたような気分になる。

 

 文字通り()()()()()()のだ。このバラックに入ってから、私もすでに何回か発砲している。ここでアビドスの自治区には触れていないという大義名分はもう通用しない。

 

「ここはアビドスなんですよ。セリカやノノミ先輩たちに砲撃を浴びせておいて、ゲヘナで取り逃がした犯罪者集団を引き渡してほしいから先生と話をさせろ? 相手も方法も大義名分すらも何一つ噛み合ってないじゃないですか。それとも、借金まみれの弱小校ぐらい、武力で脅せば黙るとでも思いましたか?」

 

 実際、1個中隊で掌握できると思っていたし、それがここまで覆るとは思っていなかった。

 

 答える言葉がなくて黙っているとアヤネが口を開いた。

 

「……答えたらどうですか天雨アコさん。あなたが作戦責任者なんでしょう? 前線を庇えないオペレータは嫌われますよ」

《……バレてましたか》

 

 回線の奥でため息のあとにそんな声が流れた。アヤネは笑って見せる。

 

「このあたりの通信は掌握できています。どれだけ暗号化してようと、位置とIDぐらいなら把握できるんですよ。先ほどは本校の十六夜ノノミが失礼しました。()()言いすぎな部分があったようです。本人も反省しているようですので、大目に見ていただけると助かります」

 

 アコはそれを聞いて苦笑いを無線に乗せた。ここまで白々しい謝罪もなかなか無い。

 

《もちろん。こちらも言い過ぎた面がたしかにあったので猛省していたところです。さて……確かにアビドス高校の実力を過小評価していましたし、事前通達の不備があったことは認めましょう。ですが、本校が指名手配している陸八魔アルと共同戦線を張っているようですし、我々の公務を妨害しているのも事実です。このまま戦っても困るのはそちらでは?》

「あくまで公務の範疇で問題はない、というのがゲヘナ学園としての公式見解ということでしょうか」

《不良集団をかくまう組織がなんであれ、我々は公務を執行するまでです》

 

 アコはこのまま押し切るつもりだ。撤退するにしても痛み分けという事実が必要なのだろう。

 

「なるほどねぇ、じゃあおじさんたちはあくまで敵というわけだ」

 

 聞いたことのない声が割り込む。噴水というか、井戸を挟んだ反対側からひょっこりと小ぶりな影が出てきていた。アヤネが驚いて振り返る。

 

「ホシノ先輩っ!?」

「ごめんごめん、昼寝しててラブコールに気が付かなかった。おじさんは状況あんまりわかってないからさ、悪いけどこの件は奥空書記に対応一任するから、委員長権限でやっていいよ。やばかったら止めるから安心してやっちゃいな」

 

 ぱちんとウインクをして見せる桃色の髪の生徒―――小鳥遊ホシノはショットガンを肩に担いでじっと見てくる。

 

 アヤネは深呼吸を一つして続けた。

 

「アコさん、あなたの回答は答えになっていません。こちらは『はい』か『いいえ』で答えられる質問をしています。他校の自治区内で所管する学校の許可なく戦闘行為を実施することは公務であれば問題がないというのはゲヘナ学園の公式見解ですか?」

《……だったらなんだっていうんですか》

「その解答は公式見解であると理解しました。ではこちらも粛々と手続きを踏むだけです」

 

 手続きという言葉に引っかかりを覚えるより早く相手がもう一度口を開いた。

 

「正式な書面は後ほど郵送しますが、取り急ぎこれまでの戦闘記録を添えて抗議文章をメールでお送りしました。そちらの生徒会執行機関である万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の羽沼マコト議長と空崎ヒナ委員長宛てで発信済ですのでご確認ください。本校としては、今回の襲撃の発生経緯を公開可能な書面での回答と、今回発生した損害についての賠償を要求します」

《はいっ!?》

 

 アコの素っ頓狂な叫び声が耳をつんざいた。状態を飲み込むのに時間がかかったし、飲み込んだら事態の重大さと怒りで手が震えた。

 

 こいつら、よりにもよって万魔殿にタレコミやがった!

 

「学園の公式見解なのでしょう? なら、アコさんにもイオリさんにも抗議したところで意味がないじゃないですか。なので学園の運営をされている皆さんと折衝することにしました。ですので風紀委員の皆さんには存分に()()に邁進していただければと」

《そ、それは……》

「それとも公式見解ではないのですか? どちらにしても私達はそちらの生徒会と話をしなければなりません。他校の主権を蔑ろにする学園であれば、その学園が弾劾されるべきですし、法執行機関が暴走しているのであれば、それは学園から指導されるべき事態です」

 

 アヤネはまっすぐ見つめてくる。

 

「私達のスタンスは変わりません。それがどのような組織であれ、アビドス高校の自治権を脅かすのであれば、私達はそれに抵抗します。戦うならお相手しますよ。ゲヘナ学園のみなさん」

 

 そのタイミングで無線が強制的にオープン。チャンネルを見て驚愕する。

 

「緊急用ホットライン……!」

 

 学園間をつなぐ緊急用の呼び出しチャンネル、連邦生徒会の加盟校でこのコールを無視できる学校はまずない。

 

《アビドス高校近傍に展開しているゲヘナ学園風紀委員へ緊急通達。風紀委員会委員長権限をもって即時武装解除を命ずる、作戦は破棄せよ。繰り返す。作戦は破棄せよ。アビドス高校と交戦中の部隊については厳に発砲を慎むように。これ以上の戦闘は許可しない。……こちらは風紀委員会委員長の空崎ヒナ。アビドス高校の代表者に取次願いたい》

 

 アコの《おわった……》というつぶやきが聞こえる。

 

「アビドス高校対策委員会書記、奥空アヤネです。ゲヘナ学園の空崎委員長、これ以降は貴校のチャンネル2番で交信願います」

《……了解。2番。通信終わり》

「通信終わり」

 

 ホットラインはあくまで呼び出し用。相手とのコネクションが確立した時点で他チャンネルに移るのが暗黙の了解になっている。ヒナ委員長は風紀委員会のチャンネルに移行の話が出た時点で無線機か無線そのものが相手の掌握下にあることを理解したのだろう。すぐに通信が切り替わる。

 

《このチャンネルでよかったかしら》

「はい。聞こえてます。空崎委員長」

《……小鳥遊ホシノが回答するのではなく?》

「本件については小鳥遊委員長より私が全権を預かっています」

 

 ヒナ委員長が、そう。とけだるげに答えた。

 

「あり? おじさん、ゲヘナに目を付けられるようなことしたかな」

「正直ホシノ先輩なら目をつけられてもおかしくないとは思ってます」

「言うようになったじゃんアヤネちゃん。成長してくれてママは泣きそうだよ」

 

 嘘泣きまでし始めるホシノを無視してアヤネは無線を待つ。

 

《今、そちらから送られてきた映像とこっちで押さえた作戦図と命令書を流し見てるのだけど……、アビドスに回答する前にこちらでも確認しなきゃいけないことがある。アコ、説明して頂戴》

《こ、これにはですね……深い、ふかーい訳がありまして……》

《前置きはいい。手短に》

《そ、それはアビドス高校と連絡の行き違いがありまして……》

《そう。じゃあ直接当事者に聞く》

 

 当事者? とアコがおののいたような声を出す。視線を感じて振り返ると、息をせき切らしたチナツとタブレットを片手に絶対零度の視線を向けてくるヒナ委員長がいた。

 

「ど、どうしてここに……」

「チナツから連絡をある程度受けていたから。アコ、だいたい状況は理解した。話はあとで聞く。それまで通信を切って本部で謹慎してなさい。指揮権は凍結」

《…………はい》

「イオリ、あなたも。チナツ、撤退準備をさせて」

「ヒナ委員長……?」

「不満?」

 

 名前を呼ぶだけでギロリとにらまれる。その間にチナツはそそくさと場を離れた。

 

「ど、どうしてこんなに早く……チナツが連絡していたにしても早く来すぎじゃ……」

「D.U.での出張のついでにシャーレの先生と話をしようと思っていたら、当番のヴァルキューレの生徒からこちらに来ていると言われたから」

 

 ヒナ委員長はそう言って周りを見回した。

 

「あなたが代表で話をするということでいいのかしら」

「はい。はじめまして空崎委員長。アビドス高校対策委員会書記、奥空アヤネです。こちらも銃を置かせますので少々お待ちを」

 

 ぐっと拳を上げてぐるぐると回す動作をしたアヤネ。すぐに誰かが動く気配がする。

 

「自治区内での発砲および、アビドス高校生徒が投射域にいることを認識していながら無警告で砲撃を実施したことをまずは風紀委員会委員長として正式に謝罪する。申し訳なかった」

「謝罪については受け入れますが、交戦した事実は消えません。発生経緯と再発防止策について公開可能な書面での回答を要求します」

「書面については風紀委員会と万魔殿での調査の後になるため、時間がかかる」

「構いません。期日は2週間後でよいですか」

「承知した」

 

 ヒナ委員長が即答する。このことについて万魔殿にネチネチ詰められるよりは、風紀委員会内部で処断したからと突っぱねるほうがまだマシ、ということなんだろう。

 

「今回の損害については当事者間で話すよりも調停室を通した方がよいかと思います。私たちとしては連邦生徒会に調停を依頼したいと思っています。よろしいですか?」

「あなたたちがそれでいいのなら。でもあなたたちにとってはシャーレの方が都合がいいのではないかと思うけど」

 

 ここでシャーレの名前が出るのが解せなかったのか、アヤネとホシノが顔を見合わせた。

 

「……それについては……先生に聞いてみないと」

「別に構わないよ」

 

 スーツ姿の大人の声がかかる。横にはアビドスの生徒リストにもない子が立っていた。武装解除の後に動く気配がしたのは二人のものだったらしい。ということは、砂狼シロコや黒見セリカはまだ隠れて警戒しているということだろう。抜け目がない。

 

「ただし、僕はアビドス対策委員会の顧問も務めてる。公平とはいいがたい。それでも僕を指名するのはなぜだろう?」

「……別に手続きが一本化できること以上に意味はないわ」

「なるほど。ゲヘナ学園側がいいなら受けよう。もし僕が仲介に適さないと思ったらいつでも言ってくれ。連邦生徒会に引き継ごう」

 

 大人がそう言うと、ヒナ委員長がぺこりと頭を下げた。

 

「シャーレにも迷惑をかけた」

「迷惑ではないし、アビドスの子達と納得できる着地点を見つけられるならそれに越したことはない」

 

 その大人は困ったように首の後ろを掻いた。

 

「あ、でも迷惑ついでに一つだけお願いがあるんだけど、いいかい?」

「なんでも言って。できる限り対応する」

 

 ヒナ委員長はこれも即答。どうやらこの後のお説教はものすごく長くなる予感がする。

 

「15時からミレニアムサイエンススクールで会議なんだけど、どこか地下鉄の駅まで僕とキリノを送ってもらうことってできないかい?」

「……はぁ」

 

 ヒナ委員長がため息。あと1時間でミレニアムサイエンススクールまで行くのは結構難しい。ハイウェイをかっ飛ばすしかないだろう。

 

「今後の話もしたいからミレニアムまで送っていく。……できれば、アビドスの生徒とも話をしたいのだけど」

「じゃあそれはおじさんが行こうか。アヤネちゃんは張り切りすぎでお疲れみたいだし」

「ちょ、ホシノ先輩、しーっです!」

 

 とりあえず、一つの波は収まったらしい。……撤退後、淡々と詰問されるのが目に見えていて、隠れてため息をつくのが精いっぱいだった。




後始末はもう少しかかりますがとりあえず戦闘終結です。長かった!

やっとヒナを出せました、完全無欠に最悪なエンカウントになりましたが……はてさてどうなるやら。

次回 密室での情報交換

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