マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる -   作:オーバードライヴ

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00100000_次の攻撃

「で、何がどうなったらゲヘナ風紀委員長専用車をハイヤー代わりに乗り付けることになるんですか? それに人増えてるし!」

「まぁ、その場の流れで」

「その場の流れ!?」

 

 すごい顔をしているユウカからビジターカードを受け取りつつ、送ってもらったヒナに目礼をすると、車は僕たちを置いてさっさと出ていった。

 

「……小鳥遊さんの分のビジターカードは2分ほど待ってください。手配します」

「頼む。キリノ、ヴェリタスのチヒロたちの方に回れるかい?」

「はいっ! おまかせくださいっ!」

 

 キリノが先にビジターカードでセキュリティを抜けて奥へとかけていく。

 

「……何か出たんですか?」

「何も出なかったのが答えらしいよ。コタマってメンバーのお手柄だってチヒロからは聞いてる」

「……そう」

 

 どこか複雑そうなユウカがため息をつく。

 

「そういえばヴェリタスは……」

「おそらく先生の想像通りですよ。聞きたいのは実績も成果もあげていて、バカでかいサーバルームを敷地内に構えているヴェリタスが正式にうちの部活として認められていない理由、でしょう?」

「君たちセミナーのカウンターパート、かい?」

「そういうことです。まぁだから必要以上に親身になっちゃいけないんですけどね。癒着になるんで。ですが今回の件は話が別です。学外からの要請、それもこちらが無視できない条件のタレコミ」

 

 ユウカと似たような制服の子が駆けてきてユウカにネームタグ状のビジターカードを渡した。それがホシノに渡される。

 

「そしてなにより、いい加減うちのパテントの無断使用をしているケチな悪徳企業に殴り込みを掛けなきゃいけませんからね!」

 

 自分の手をキャッチャーミットにして拳を叩きつけるモーションをするユウカ。そこまで物騒な方向に話をしたつもりはないんだけどな。それを見たホシノがじとっとした目をこちらに向けてくる。

 

「先生、何の話?」

「アビドスに構ってられないぐらいの巨額の裁判を起こして時間を稼ごうって話」

 

 うん、口にしてから気が付いた。僕が物騒な方向に話を進めてるな。いろいろ反省をしなきゃいけない。

 

 

 


 

 

 

「はじめまして、セミナー書記の生塩ノアと申します。本来はセミナー代表のリオがご挨拶に伺うべきですが、今は席を外しておりまして、ご容赦を」

「連邦捜査部のアラタ・リョータだ」

「お噂はユウカちゃんからかねがね。とーっても、頼りになる方だと」

「ちょっ!?」

 

 会議室に通されると銀髪の少女がニコニコと笑みを浮かべたまま手を差し出してくる。素直に握手。

 

「砂漠は暑かったでしょう。今冷たいお飲み物でもお持ちします」

「あぁ、できれば……」

「カフェイン抜き、ですよね? ご安心ください。ルイボスティーでよければすぐご用意します」

「……よく調べてるね」

 

 舌を巻くとはこういう時のための言葉に違いない。素直に驚く。

 

「ふふん、リサーチ済です。シャーレのコンビニの店員さんが毎朝目をこすりながらカフェインレスのコーヒーを買っていくと心配そうに話してましたよ」

「……よしわかった。ほかの顧客の情報を流さないでくれと後でやんわりと注意しとくよ」

「お手やわらかにお願いしますね。それに先生に代わりはいないんですから」

「生徒にも代わりはいないよ」

 

 とりあえずそう答えて冷房の効いた会議室の椅子に腰かける。革張りの会議椅子はふかふかすぎてどうも居心地が悪い。プラスチックのスツールみたいなのでもいいんだけどな、僕の場合は。

 

「それに小鳥遊ホシノさんを今回連れてきてくれたのは僥倖でした」

「へ。あたし?」

「はい。正確にはアビドスの生徒さんですが、カイザーコーポレーションに対して動くにあたって、彼らのいまのところの攻略目標はアビドス高校でしょう。敵の敵は味方なら、私たちはきっといいパートナーになれる」

「なら姉妹校連携でも結ぶかい?」

 

 僕が半分冗談でそういうとノアは小さく笑った。

 

「それよりも、即応性のある提案が可能です」

 

 僕とホシノの前にルイボスティーが入ったガラス製のコップが置かれた。ここでワレモノを使って提供してくるということは、ここでドンパチする可能性は低いでしょう? という圧であり、信頼でもあるのだろう。

 

「……即応性のある提案、って?」

「アビドス高校は連邦生徒会に代表機関の変更申請をしていますよね。かなり強引にですが、我々ミレニアムとヴァルキューレ警察学校が猛プッシュした関係で、すでに内部承認がおりました、()()()1時間前にゲヘナの万魔殿からコンタクトがあって彼らが賛成に転じたのも大きいですね。外部発表はまだですが、内部的にはすでに対策委員会が生徒会権限を行使できます。代表議会への議員定数は1。現在の代表者は対策委員会委員長、小鳥遊ホシノ、貴女が自動的にアビドス高校の総代となります」

「うへぇ……準備がいいねぇ。で、要求は?」

 

 ホシノの声が半オクターブ下がる。

 

「これから仲良くしていきましょう? というお約束ですよ。交換留学制度を設置しての相互交流の開始とかからはじめませんか?」

「こっちとしては願い叶ったりなんだけどさぁ。アビドス高校にも籍を置いてくれる人が増えるってことだろうしさぁ。でもアンフェアなのは嫌いなんだよねぇ。私たちは代わりに何を差し出す必要があるわけ?」

 

 ユウカがその言いぐさにムッとした表情を作ったが、ノアが視線で封じていた。力関係はノアの方が上なんだな。

 

「アビドスの市街地、もしくは砂漠にミレニアムの砂漠環境ラボラトリーの設置を認めてほしい。極度の乾燥地帯や粉じんの多い環境の再現には莫大なお金がかかります。ミレニアムの技術開発のための研究施設の設置を認めてほしいんです」

「うーん……土地については提供できる場所に限りがあるし、校舎の一部を使うことになると思う。ただこれは他の生徒の意見も聞いてからじゃないと決められないなぁ。おじさんはただのお神輿なわけだし」

「ご冗談を」

 

 ノアはそういって目を細めた。

 

「……ともかく、即答は出来ないよ。でもまぁ、断ることはないんじゃないかな。先にそっちはコストを払ってしまったわけだしね」

 

 ホシノはまじめな顔でそう返して話を畳んだ。

 

「では、アビドスの皆さんの回答をお待ちしていますね。さて……では先生、本題に入りましょう」

 

 ノアがこちらを向く。

 

「先生の情報連携通り、ミレニアムの技術パテントが侵害されていることは間違いなさそうです。被害届は既に提出しました。そのうえで、近日中にカイザーコーポレーションの本社とサーバールームなどに調査が入ることになると思います。というか、強行臨検を実施します」

「うん。ちなみにそれ、いつ頃になるとかわかる?」

「早ければ明後日にも」

「いいね。かなり無茶を押してるんだろうけど、大丈夫かい?」

「えぇ、ですが一大事ですからね。多少の無茶は許容します。……それにヴェリタスのバックアップありとはいえ、先生が30分そこらでセキュリティを割ってしまった以上、うちのシステムも安全ではありません。そこで、です」

 

 電子ペーパー端末が一台、僕の前に差し出された。

 

「セミナーよりシャーレに技術検証協力及び情報保全に関わるコンサルタント業務を委託したいと考えています」

 

 電子ペーパーのめくりボタンを連打し、書類に目を通していく。

 

「これ、情報保全に関するコンサル、という部分、ハードネゴシエーションになって武力衝突に発展するならいざ知らず、そうじゃなければ僕が受けたお金がそのままヴェリタスに還流することになるんだけど」

「大丈夫です。ハレから聞いていますよ。先生自身がとてつもない情報処理能力を持ってると。実際ユウカちゃんの目の前であのハレのドローンを一方的に叩き潰したわけですし」

 

 戦闘能力と電子戦は別だと思うんだけど、これもまた裏にいろいろあるな。

 

 限界、ギリギリ、マージナル。またここでもいろいろと情報が複雑化してきた。

 

「私たちが警戒しているのは普通のクラッキングではありません。というより、ただのクラッキングなら、ヴェリタスだけで十二分に対応できてます。……まぁ、マキちゃんとかハレが盛大にやりすぎるせいで敵も味方も吹き飛ぶんですけど、情報流出を防いでいるという点だけを見て良しとしましょう」

「マキは『楽しそう』で挑戦しちゃうタイプだからね、なんとなくイメージはつくよ。……つまり君たちはイレギュラーな電子戦闘を警戒していて、それは軍事的、物理的な攻撃を伴う形を想定してる?」

「はい、私たちはそれを『坑道作戦モデル』と呼んでいます。まるで鉱山でトンネルを掘るように静かに相手の奥底に侵入し、現実での攻撃と同時に起爆する。塹壕を爆破して戦車を呼び込むような手法……おそらく、私たちミレニアムのみならず、先生の弱点ともなりうる電子作戦の形態です」

 

 セリカ誘拐事件のことを思い出す。あの時はロジコマのデータを解析された結果だったが、リアルの作戦とこちらの情報戦の攻撃が同時に発生した。

 

「なるほど、あの時僕たちが無事だったのは民間の回線をつかっていたからか。ロジコマと同じタイプの論理接続をしていたら、乗っ取られていた可能性もある……なるほど、脅威だね」

「物理的にサーバを破壊することで電子的に進入を可能にしたりだとか、いろいろと応用が考えられます。これらの対応についての検証をシャーレに依頼したいんです」

 

 うん、実際それらは必要だろう。シャーレの指揮管制システムも、シャーレ本部ビルに本体があり、バックアップもミレニアムにあるが、シャーレそのものが標的になる場合、運用体制はかなり危うい。実際、ゲヘナも僕の動きを見てアビドスに攻め込んできた。僕の一挙手一投足が、シャーレへの攻撃の引き金になりうるというのは、今日一日で理解した。

 

「やってほしいことはわかった。だがこちらには部隊指揮以外のノウハウがない」

「そこはヴェリタスのメンバーや、そこのユウカ、エンジニア部のメンバーをはじめとした人員をシャーレに派遣することでなんとかします。予算もある程度こちらから出しますし、実験施設の一環として移動作戦指揮車両を1台、シャーレに提供します」

 

 移動式の作戦指揮車両。広域でのジャミングなどの可能性がある場合には有効になるか。

 

「オーケー。いきなり実戦での投入は避けたいところだけど、とりあえずやれるだけやってみよう」

「先生ならそう言ってくれると思ってました」

 

 にっこにこの上機嫌でノアが答える。

 

「それじゃあ、ミレニアムからこの案件に関わるメンバーについてや、予算についてはユウカちゃんと相談してね。これで正式にユウカちゃんもシャーレの部員ね」

 

 ユウカがぺこりと頭を下げる。

 

「私が入る以上、会計監査は徹底的にやりますからね。あと組織化も。ちゃんと組織図作って役割分担明確にしますから」

「ははは、心強いよ」

「……いきなりの戦闘は仕方ないですが、可能な限り避けてくださいね」

「善処しよう」

「先生、私の目を見て言ってください」

 

 ユウカはいきなり押しが強い。サンクトゥムタワー奪還戦の時もそうだったが、意見をはきはき言ってくれる子は貴重だ。

 

「そーそー、セミナーの人も先生にはよく言っておいてよー」

 

 ホシノが会話に割り込む。

 

「先生ったら、その場でポケットマネーで50万ポンとだして便利屋を雇おうとしてたんだよー? 向こうが辞退したからいいものの」

「……先生? 便利屋ってあのゲヘナの要注意団体ですか?」

「あ、知ってるんだ。でもまあ成り行きで戦力を確保する意味でも必須だったからね」

 

 そういうとものすごいため息をつかれた。

 

「……ゲヘナ風紀委員の車で来た理由はそれね。便利屋を口実にアビドスと先生にちょっかい出したらあっという間に返り討ちにあってホットラインで泣きの一報ってことですか……」

「わぁ、会計ちゃん名推理~」

「ユウカです。名前で呼んでくださいホシノさん。……まったくゲヘナ風紀委員長が不可解な通信してると思ったら」

 

 本当に頭を抱えたユウカの目がぎろりとこっちを見る。

 

「先生? 生徒思いなのはいいですが、このままだとあっという間に破産しますよ? これ以上浪費が続くようなら先生のプライベートなお金も私が管理して差し上げますからね」

「え? とりあえず移動用の足としてバイクの一台くらい手に入れとこうと思ってたところなんだけど……」

 

 実際ハイウェイに乗れるぐらいの排気量があるバイクを一台移動用に確保してれば今日みたいなことにならなくていいなと思ったんだけど、ユウカの顔色の変わり具合を見るに、火に油を注いだ上に火炎放射をかましてしまったらしい。

 

「普通に銃撃受けたときのリスクがほかの生徒の数十倍上なんですからあきらめてください。なんで怪我しそうな方向に走るんですか!」

「安心してくれ。僕はバイクも得意なんだ」

「運転がうまくても撃たれたら終わりじゃないですか!」

 

 誰が運転しても撃たれたら終わりだろ、という突っ込みはこのキヴォトスでは禁止だろうか。

 

「いいですか! ちゃんと予算組んで防弾車買ってください! 防弾オプションなんてどこのメーカーも絶対ありますから! オプション付きの金額でも先生の実績あれば絶対連邦生徒会予算で通りますから!」

 

 もういっそ5000円以上の買い物は申告制にしようかしら、など怖いことを言い始めるユウカ。サラリーマンの小遣いでももう少し自由度があるぞ。ホシノ、ケタケタと笑っている余裕があるなら助けてほしい。そんな願いが通じたのかホシノが口を開いてくれた。

 

「愛されてるねぇ、先生?」

「その言い方には誤謬がある。認識合わせをしたいんだが」

「えー? そうなる前におじさんは逃げちゃおっかなー」

 

 ノアはこんなやり取りを笑っているだけで手助けなんぞしてくれない。

 

「それで、電子戦の話なんだけど」

「逃げたわね」

「逃げたね」

「逃げるんですね?」

「大人は卑怯なんだ。こんな大人にはなるなよ」

 

 突っ込んでくる子どもたちにそう釘を刺しつつむりやり軌道修正を図る。なんだかホシノたちが楽しそうなので、僕も笑ってしまい、なんだか負けた気がした。それでも子どもは笑っているのが一番だと思う。

 

 

 


 

 

「で、キリノちゃんのことはいいの?」

 

 ビジターカードを返しながらホシノが聞いてくる。

 

「うん、僕も聞いたんだけどね、どうやら調べたいことができたから先にシャーレに戻るって」

「そっか。じゃあ途中まではおじさんが護衛してあげよう」

「助かるよ」

 

 そんな会話をしてゲートをくぐる。結果的にだが、アビドス高校へのサポートとして、技術パテントの侵害訴訟で連携して動けるようになった。ホシノが来てくれたのは正解だった。宝探しに付き合うよりはよっぽどいい。

 

「今日はありがとうね、せんせ」

 

 ミレニアムの校舎を出て、ホシノがそんなことをいう。

 

「なにについてだい?」

「んー。すべてに、っていうと広すぎるもんね。強いて言えば、アヤネちゃんやノノミちゃんを信じてくれたこと、私たちを守ってくれたこと、かな」

 

 夕暮れにはまだ早い時間だが、空は少しずつ黄色く色付き始めている。ホシノの桃色の髪が揺れる。

 

「アヤネちゃんの交渉も、ノノミちゃんの動きも、先生の指揮とは違う気がした。あれ、アヤネちゃんの独断だよね?」

「やっぱりホシノはよく見てるな」

「一応先輩だし?」

 

 地下鉄の駅まで続く緩い下り坂を、ホシノは僕の一歩前でそう言いながら歩き続ける。

 

「シロコちゃんはまぁ、あたしたちの予想を超えてなんかアグレッシブになっちゃったし、セリカちゃんはセリカちゃんで思い込みも激しいけど、みんな先生が来てからよく笑うようになったしねぇ」

「そうなのかい?」

「だって借金9億だよ9億。桁が多きすぎて麻痺してるけど、結構絶望的だとは思わない?」

「でもそれを支えてきたのはホシノ、君だと思うけどね。ここまでみんなが付いてきたのは、リーダーがホシノだったからだと思うけど」

「そう……かな……」

 

 少し速足になったホシノ、僕は歩幅を広げて対応する。

 

「……まだ数日前だけど、初めて一緒に戦闘した日、覚えてるかい?」

「うん……」

「で、僕はホシノに、肩の力を抜いたほうがいいと言った」

「うん、言われた……」

「君の自堕落は演技だろう。君は誰よりも広い視野を持って、誰よりも誠実で、誰よりも真面目に問題と向き合ってきた。ノノミもシロコも、セリカもアヤネも、それを知っている。だから今日の戦闘は、ホシノの背中を追い続けたみんながつかんだ結果だと思っている」

 

 そう言うともう少しだけ速度が上がる。かなりの早歩き。

 

「僕は君のことをよく知らない。アビドスのことをよく知らない。それでも、君たちは必死でアビドスを守ろうとしていることを知った。だから僕は、それに応えたいと思う」

「それは、大人として?」

「いや、僕として。リョータ・アラタとして」

 

 足がぴたりと止まる。僕も足を止める。本当は振り向かせて顔を見ながら話がしたいが、きっとホシノは嫌がるだろう。

 

「ホシノ、必ず明日は来るんだ。何を焦っているのか、教えてほしい」

 

 ブラックマーケットの後からずっと気になっていた。ホシノの態度が急に軟化した理由。そして追い打ちをかけるように今日、長時間連絡が取れなかった。その理由。

 

「先生ってさ、鳥みたいだ」

「鳥?」

「高ーいところから見下ろして、みんなを引っ張ってく。味方にすればすごく心強いけど、敵になったらおっかない。そんな鳥……そうだね、うん、イヌワシみたいだ」

 

 あぁそうか、この世界にもイヌワシはいるのか。

 

「全部わかってるみたいに皆を引っ張って、実際勝っちゃって……大人って、ずるいよ」

 

 ねぇ先生? とホシノが振り向かないまま僕を呼ぶ。

 

「あたしが大人だったら、こうなる前に全部守れたと思う?」

「……大人だからと言って、強くなれるわけじゃないよ、ホシノ」

「そっか……じゃあ先生は、なんで強くなったの?」

 

 いろんな顔が浮かぶ。なんで強くなったのか。僕は強いのか。いろんな感情が表れては消えるけど、必要なのは、ホシノへの答えだ。それ以外を消す。

 

「どうしてだろうね。そうだな……ある日、僕の下で戦っていた子たちを学校に入れようとしたことがある。その時、僕が一番頼りにしていた子に大泣きされちゃってね。……その時、大人になろうって初めて思ったんだろうね、僕は。ただ年を取っただけのおじさんじゃなくて、大人として、子どもと向き合うしかないと決めたのは、その時だったと思う」

 

 振り向かないままのホシノの頭に手を乗せる。

 

「僕はそれを選んだ。選ぶというのは怖いことだ。ホシノはずっと選び続けてきたんだと思う。僕は指揮官として、大人として、君のつらさのほんの一部にしかならないとしても、それを考えることができる。……僕が言うことは変わらない。もう少し肩の力を抜け、ホシノ。君の周りには、君が思っている以上に、君のことを心配している人がたくさんいるんだ」

 

 鼻をすする音。

 

「ほんと……ほんと大人って、ずるいよ。なんで今更……今更こんな砂漠に来ちゃうかなぁ……」

 

 僕は空を見上げる。答える言葉が見つからなかった。まだ夕焼けには早い空。それでももうすぐ夜が来るんだろう。

 

「……先生、貸してた拳銃。まだ持ってるよね」

「もちろん、借りものだからね」

「それ、もうしばらく貸しとくから、持ってて」

「……話せないこと、かい?」

「ううん。でも、今はちょっと言いたくない。明日、話すから」

 

 そう言ってくるりと振り返るホシノ。いつも通りの笑み。

 

「必ず明日は来る、でしょ?」

「わかった。じゃあ明日、必ずだぞ」

「うん、明日、イヌワシさん」

 

 ホシノがそう言って離れていく。もうすぐ日没だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   アビドス対策委員会のみんなへ

 

 まずは、こうやってお手紙でお別れの挨拶をすることになったこと、許してほしい。おじさんにはこういう古いやり方が性に合ってるみたいでさ。

 

 昔から、というかセリカちゃんたちが入学する前から、みんなにはずっと話せてなかったことがあって、実はスカウトをずっと受けてたんだ。

 

 カイザーPMCの傭兵として私が契約をすれば、アビドスの借金を肩代わりする。そんな契約でさ。結構腕を買われているみたい。

 

 私が悩んでいる間にも、向こうがどんどん条件を釣り上げてきてね。やっと、全額チャラにするって条件を取り付けた。

 

 だから、借金のことはもう心配しないで。私が全部なんとかするから。

 

 これで対策委員会も、かなり楽になるはず。これからの予算は生徒を増やしたり、備品を買ったり、自由に使えるようになるはずだよ。

 

 私はアビドスどころか、キヴォトスから離れることになっちゃったけど、私のことは気にしないで。借金まみれの変な学校で、先輩らしいことはあんまりできなかったから、最後に、これぐらいさせてほしい。

 

 勝手なことしてごめん。だけどこれは、アビドス最後の生徒会として、どうしても清算しないといけないことだから、許してほしい。

 

 だからここでお別れ。じゃあね。ふがいない先輩だったけど、みんなのおかげで楽しい学生生活を送れました。本当にありがとう。

 

アビドス高等学校

第184期生徒会副会長

小鳥遊ホシノ

 

 

 

 

   アラタ先生へ

 

 昨日はいろいろ生意気なこと言ってごめんなさい。

 約束は破っちゃったけど、何を焦ってるのかって昨日の質問の答えだけ書き逃げします。

 

 実は私、大人が大嫌いです。それに今も実は先生を信じ切れていないです。シロコちゃんが変なロボットと一緒にあなたを連れてきたときは『頼りなさそうな大人が一匹』なんて思ったし。今考えれば失礼だよね。匹だよ、匹。虫じゃないのにね。ロボットが昆虫っぽいせいだったのかな。

 

 でも大人を信じられなかった結果が今で、信じようともできない自分が大嫌いで。先生が本気で、ヘイローもないのにノコノコ前線に出てきて、それでも勝っちゃうんだもん。ずるいよ、先生は。

 

 でも先生は信じてくれたし、守ってくれた。アヤネちゃんがあんなに指揮が上手になるなんて思わなかったし、もうおじさんじゃ言い負かせなくなったなと思う。きっとそれは先生のおかげ。それにあのシロコちゃんが心を開いた大人は初めてだったんだよ。

 

 だから私はまだ先生のことを信じられないけど、先生を信じたシロコちゃんを信じます。

 

 だから先生には2つお願いがあります。

 

 シロコちゃんはいい子だけど、横で誰かが支えてあげないとどうなっちゃうかわからない子です。支えてあげてほしい。

 

 あと先生が急いで連邦生徒会に渡りをつけてもらったから大丈夫だと思うけど、ノノミちゃんたちが生徒会業務を覚えて運営が軌道に乗るまではたまにでいいから顔を出してあげてください。

 

 ごめん、よくばりだから、もう一つだけ。

 

 拳銃はあなたに預けたままにします。中身の弾頭は特殊なもので、それなら楽にヘイローを破壊できるはず。

 

 もし、万が一にも私がアビドスのみんなと敵対することがあれば、その銃で私のヘイローを壊してください。

 

 これはきっとみんなには頼めないこと。先生を悪者にすること。だけど、アビドスは私にとって唯一意味のある場所で、みんなの大切な場所になれると信じてるから、先生には申し訳ないけど、共犯者になってほしい。

 

 だから先生に預けます。先生なら使いどころを間違えないと思うから。

 

 短い間だけどお世話になりました。

 

最初で最後の、信じてもよかったかもしれない先生へ

 

アビドス高等学校廃校対策委員会委員長、小鳥遊ホシノより

 

追伸 それでも好きでしたなんて言ったら、あなたは答えてくれましたか?




次回 また私は騙されたんだ

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