マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる -   作:オーバードライヴ

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■□■ 警 告 ■□■

今回は警告タグの通り、キャラクターへの打擲や負傷表現等の暴力描写・残酷な描写があります。苦手な方は閲覧を控えてください。
この話を飛ばして次話に進んでも致命的な情報の欠落はありません。この回で開示した情報については、この先の更新で必要な情報を再度補足していきますのでご安心ください。













よろしいですね?


11011110_私はまた

 結論から言えば、私はまた騙されたのだ。

 

「……。」

 

 そろそろ陽が出たころだろうか、じりじりと室温が上がっているのを肌で感じる。ガンガンと痛む頭のせいか、焦点距離が近すぎるせいか、はたまたどこかで角膜でも傷つけたのか、目のピントが合わない。どうせピントが合っても麻袋の内側しか見えないだろうが。後ろ手に縛られているせいでいい加減肩が痛くなってきた。同じ姿勢を続けるのがこんなにもつらいとは思わなかった。油汗がにじんでいるのが見えないけどわかる。

 

「ノノミちゃん、シロコちゃん、アヤネちゃん、セリカちゃん……ごめん」

 

 お別れの手紙は深夜のうちに置いてきた。ついでにアビドスの校章を入れた愛銃も盾も、学生証といっしょに全部置いてきた。私だったものは何一つカイザーには渡さない。そんなちゃちな抵抗がどこまで有効だったかはわからない。

 

 その覚悟で来たのに、いまにも壊れそうな古いトラックの荷台に乗ったとたん、後ろから麻袋をかけられそのまま頭を撃たれたあたりから平衡感覚がない。足が払われて、そのまま首が締まるか締まらないかの強さで麻袋の口が縛られたのはよく覚えている。罵詈雑言を浴びせられながら、無遠慮に服が破られた記憶もなんとかある。その後なんの遠慮もなくささくれ立つ荷台に組み伏せられたままここまで連れ込まれたこともギリギリ覚えている。ここを覚えていることは重要だった。

 

 覚えている範囲で罵詈雑言を整理すると、交換条件は嘘。借金は残り続けるし、生徒会最後の正統な後継者である私を処分できればあとはごり押せると踏んだらしい。

 

 それを聞いて大笑いしてしまい、鉄パイプか何かによる殴打と罵詈雑言が2割増しで降ってきたが、まあ笑える冗談だった。

 

 一歩遅いんだよ。ざまぁみろカイザーコーポレーション。それについては先生が対応を終えている。

 

 先生が真っ先に手を打ったのは生徒会機能の復権とそれを対策委員会に引き継がせること。私が抜けて名実ともにアビドス生徒会が崩壊したが、それでも対策委員会が連邦生徒会への代表権を引き継げるようになった。これはタイミングが味方したんだろう。私がカイザーとの契約書にサインしたのは多分昨日、時間感覚がないが、ともかく柴関が吹き飛んだ日の午前中。代議権の移行が行われたのがその日の午後。今更私を攻撃してもなんの意味もない。

 

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……ただの道化じゃん、私。

 

 カイザーコーポレーションの筋書きだと、私を排除すると同時に便利屋68がアビドス本校舎を襲撃、生徒の動きを無力化しているうちにカイザーPMCが実権を握るつもりだったらしい。

 

 こちらについてもお粗末だ。便利屋68はもうカイザーとは縁を切っている。そもそも彼女たちは爆破した柴関ラーメンの補償として、屋台の営業開始まで屋台の組み立てや仕入れや仕込みなどを無償で手伝うことを条件に全部チャラという契約になったとアヤネちゃんから連絡が入っていたから、アビドスにはいてもカイザーには手を貸せないはずだ。ヘルメット団もアヤネちゃんの交渉が活きているので動きを封じている状態が継続している。

 

 だからカイザーにはどっかからまた別のやばい奴を動員するか、カイザー本体が出るしか手がない。

 

 そしてそれは、今回の騒動でパーになった。私が先生と離れたあと、シャーレからの公式発表があった。ゲヘナ風紀委員会の騒動の顛末をまとめるべく、シャーレが発起人となり、万魔殿と対策委員会の同意のもと、第三者による調査委員会が連邦生徒会主導で立ち上がる。つまり、この状況でカイザー本隊を侵略的に動かせば、その動きは調査委員会の目にさらされ、全キヴォトス中に知れ渡ることになる。そんなリスクを背負えるはずがない。

 

 つまり、実質的に先生は声明一つで相手の攻撃を封じてしまった。これで借金チャラの約束さえ本当だったなら喜んでヘイローでもなんでも壊してもらって構わなかったのだけど。

 

 そして同時になんで私が生きてるのかがわからなくなる。この様子からして戦力として使うつもりではなさそうだし、私がオーパーツについて知っている情報なんてないに等しい。それでもわざわざ生かしておく理由はなんだ。

 

 ――――ホシノ、必ず明日は来るんだ。

 

 先生の言葉。その言葉、あと3年早く聞きたかったと言ったら罰当たりだろうか。先輩に聞かせたかったといえば罰当たりだろうか。

 

 苦しいだけの砂漠で、むなしいだけの財布で、ただ責任だけが雪だるまのように増えた世界で、それでも救えるとかユメモノガタリを嘯く小娘に、誰が情けをかけるというのか。

 

 そんなモノ好きはいないし、やってくるのはこちらを見て「あそこよりはマシ」だと自意識を満たす馬鹿か、利用しようとしてくる詐欺師の2択だったじゃないか。だれもまともに私たちを見る人は誰一人としていなかったじゃないか。

 

 今回の詐欺師(おとな)はいつまでもつだろうと思った。その詐欺師は武器と弾薬をたんまりと与え、大急ぎで各校と渡りをつけた。携帯電話越しに指揮をして不良を封殺し、銀行強盗をすると言った時は、あとでお説教だからなといいつつ、私たちを無事に逃がした。このキヴォトスでは珍しい、ヘイローがない、弾丸1発で死ぬ大人。

 

 真っ先にそんな大人を信じたのはシロコちゃん。助けてもらった照れ隠しかチャーハンを押し付けてたけど、セリカちゃんもかなり好意を持っている。指揮の様子を見ていたアヤネちゃんは、この二日だけで一気に才能が開花した。危ない賭けだ。彼は詐欺師かもしれないのに。

 

 ノノミちゃんは、いまでもよくわからない。それでもきっと先生のことを悪くは思っていないのだろう。

 

 なによりあの人は、私の虚勢を一瞬で見抜いて、そんな仮面を引っぺがそうとした。何も知らないくせに、踏み込まないでって言ったらちゃんと引くくせに。私が必死になって取り繕った大人(せんぱい)を軽々と越えていったくせに。それは大人の仕事だとかいって、私が守ろうとしたものをあっさり奪っておいて、さらりとそれを守り切って。

 

 これは(ひが)みだ。問題はそこにない。問題をすり替えたことを、自分自身がよく知っている。

 

「……先生」

 

 結局、先生の判断は正しかったのだ。場数? 経験則? それ以上の何かで敵を叩き伏せていく暴力の化身。優しいのに、その優しいままに相手を残酷なまでに食い散らかす猛禽の類。砂漠で見る最良のハンター、イヌワシ。

 

 私はイヌワシを信じきれなかった。

 

 時間はどれだけたっただろうか。3時間? 半日? 数日はないはずだ。時間感覚が吹き飛んでるのは相当ヤバい。今からでも脈拍を数えるべきだろうか。わからない。

 

 室温が少しずつ上がっているのを感じる、おそらくここはアビドス砂漠の旧市街、砂で埋まった街のどこかだ。物音はしない。肌がというか、脇腹が触れている感覚からしておそらく陶製のタイル張り。今動かそうとして気が付いたが、左足になにか輪っかがついている。拘束用の鎖といったところだろうか。念入りなことだ。全裸で砂漠に放り出されては砂漠の日差しで2時間と待たずに脱水で死ぬのに。

 

 少なくとも天日干しのコンテナの中でスモークチキンよろしく熱調理するつもりではなさそうだ。小鳥遊の天日干しなんて食べる場所なんてなくて困るだろうに、そんなことを考えて笑えたあたり、まだ大丈夫と鼓舞するべきか、とっくに壊れてんなと笑うべきか。悩む。

 

 そんなタイミングで物音がした。電子錠の音、ドアが開く音。誰かが入ってきた?

 

「……哀れだな“暁のホルス”」

 

 この声には聞き覚えがある。カイザーPMCの理事だ。私に嘘の契約書を突き出したやつ。

 

「おじさんを縛って言うこと聞かせて満足?」

「口の利き方がなってないな、仮にも上司なんだが」

「部下を引ん剝くのが歓迎の方法なの?」

「だから口の利き方がなってないと言っているだろう」

 

 そんな声が聞こえてきて、金属質な音がした。同時に何かが顔にかかった。鼻の奥に激痛が走る。おそらくバケツ一杯の水。それだけで呼吸ができなくなる。濡れた麻布越しに息を吸おうとすれば水と一緒に吸うしかない。

 

「話の聞けない犬っころは、ちゃんとしつけないといけないからな。飼い主の責任だ」

 

 金属の擦れる音。断続的に水がかけられる。顔のあたりに集中的にかかるということは今のは水栓を開けた音。タイル張りの床と言い、ここはシャワー室か、トイレか。ホースで掛けられた水に勢いなんてまるでない。それでも麻布をびしょ濡れにし続けるには十分だった。

 

 息を吸おうとして、水が気道や肺に入って、嘔吐するように肺の空気を吐き出して。吸うべき空気はどこにもなく、濡れた麻袋が大量の水だけをよこしてくる。でも嘔吐するように水を吐いたら、反射的に吸うしかない。吐いた以上の水を飲むことになる。錆の味がする水が肺にどんどん入ってくる。

 

「がぼっ……ぐげっ……っ!」

「どうした、いまからどんどん室温が上がるんだぞ、水分ぐらい十分とっておけ」

 

 そんな声が降ってくる。もう吐くものなんてないのに、体は空気を求めて水を吸い続ける。目の奥がちらつく。

 

「だらしねぇなぁ」

 

 そんな声がして、麻袋がとられる。同時に腹を蹴られて無理やり水を吐かされた。喉の奥も肺の奥も痛い。蹴られた反動で後頭部を地面に打ち付けた。

 

「暁のホルスもこんなもんか。銃さえ持たなきゃただのガキだな」

 

 髪を乱雑に持ち上げられる、体に力が入らない。酸素を求めてまだ体が震える。

 

「あんな契約さえなければ、お前を殺せたんだけどな。まぁいい。どっちにしてもお前は終わりだ」

 

 手が離されて、頭がガンと床に落ちる。

 

「キヴォトス最高の神秘らしいからな、お前は。少しはまともに抵抗してほしいもんだ。まぁ、せめてあのユメとかいう女よりは耐えろよ?」

 

 いま こいつ なにを 言った ?

 

 反射的にとびかかろうと地面を蹴る。ガシャン! という音とともに体が床に叩きつけられた。

 

「何をした!! ユメ先輩に何をしたっ!!」

 

 足環のせいだ。膝から下、おそらく足首、自信はないがとにかく脚が痺れる。関節が外れたか、骨が砕けたか。でもいまはどうでもいい。いっそのこと千切れてくれれば相手に噛みつけたのに。

 

「おー、怖い怖い」

 

 そいつはそれだけ言って背を向けたらしい。

 

「待て! 何をした! 答えろ! ユメ先輩に、何を!」

「慌てなくてもわかるよ、小鳥遊ホシノ。彼女には恐怖を与えただけさ」

 

 ピントの合わない目で必死に睨む。歪んだ視界の向こう、おそらく廊下からの明かりが四角く漏れる。そこに黒い影が見える。

 

「恐怖は、テロルは、進歩のために必要だ。夜の恐怖を駆逐するために火を用いたように、侵略の恐怖を駆逐するために、銃火器を手にしたように。人は、神秘は、恐怖を糧にして開花する」

 

 こんなのに、こんなののために、ユメ先輩は!

 

「さぁ小鳥遊ホシノ、恐怖は君をどう変える?」

 

 濡れて重くなった麻袋がまたかぶせられた。首が締まる感覚。死なない程度にしか締められないが、これで死ぬこともできないということとイコールだ、そのうち結び目の水分も乾いて解くことすら難しくなるのだろう。

 

「また明日にでも、思い出したら見に来るよ」

 

 その後に音がして、静かになった。今になって左足のしびれが取れて、痛みに代わってきた。

 

「くそ、くそっ、くそっ……ぅ」

 

 ユメ先輩が何も言わずにいなくなった理由。おそらくユメ先輩も騙されて、いなくなった。

 

 そして、私もそうなるのだ。

 

 脂汗がにじむ。この状況で、どこまで生きていられるだろうか。いや、耐えろと言われたから死んだ方が一矢報えるのか。このまま左足を引きちぎれば失血死できるだろうか。

 

「ぅ、ぅあ……」

 

 それでも、まだ私でよかった。ノノミちゃんや、シロコちゃんじゃなくて――――――

 

 ――――――本当に? 私で終わる保証は?

 

 ユメ先輩みたいにはならないと思っていた。なれないと思っていたのだ。

 

 こんなところで、理解したくなかった。

 

 伝えようと思ってももう遅い。私は全てを置いてきた。もうアビドス高校の生徒ではない。わたしは自分で脱退届にサインをして、退路を自分で断ち切った。

 

「ぁ、ぅ……ぁ……!」

 

 次の狙いは誰だ。誰がやられるんだ? シロコちゃんか? ノノミちゃんか? セリカちゃんか? アヤネちゃんか?

 

 ここまで来たら、できることはただ一つ。可能な限り生き残り、次の誰かに行くまでの時間を1秒でも伸ばすこと。

 

 ユメ先輩がすぐ見つからなかった理由は多分これだ。私を守るために、ただ痛いのを耐え続けたんだ。

 

 バカ。本当にバカ。そんな価値、この私のどこにあったんだよ。

 

 わかってしまった。理解したくなかった。

 

 私たちはただ騙された。そして後輩を巻き込まないために、誰にも知られず耐えるしかなくなったのだ。

 

「ぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 痛い。出口がない。誰も来ない。痛い。痛い。痛い。

 

 呪いを残してしまった。可能性を残してしまった。この可能性に、どこかで気が付けたはずだ。なぜ気づけなかった。全部自分のせいなのに、そうじゃないと言ってほしくなる。

 

 誰かに相談すればよかったのか。誰かを頼ればよかったのか。そんな相手、どこにもいなかったじゃないか!

 

 呪うな。私までアビドスを呪うな。言い聞かせるしかない。それでも気が緩んだ瞬間に、この痛みを、呪いを、誰かのせいにしたくなる。砂漠化も、借金も、全部だれかのせいにして、投げ出して、この事実から目をそらしてしまいたくなる。

 

 それでも、痛みだけが現実だ。ハッピーエンドが好きだった。でもそうはならなかった。ならなかったんだよ。その他責性が、この独善が、アビドスを追い込んだ。

 

 呪うな。受け入れろ小鳥遊ホシノ! 私までアビドスを呪うな! お前が見捨てたら、誰がこの砂漠を愛せるんだ。ユメ先輩の馬鹿げた夢を後輩に預けたんだろう。その種が確実に芽吹くまでの時間を、1秒でも稼げ。もうできるのはソレしかないのだから。

 

 痛い。もうどこが痛いかはわからない。心も頭も体も不純物でいっぱいで、いろんなものがミキサーの中身みたいにぐちゃぐちゃで。

 

 その奥で、手を伸ばしてくれた人を見る。幻だとわかり切っている。麻袋の中に、あの人の影が入るわけがない。

 

 信じれば変わったんだろうか。頼れば、応えてくれただろうか。

 

 

 

「……せんせぇ」

 

 

 

 たすけて、たすけてよ。ねぇ。




アビドス編、ラストスパートとまいります。

次回 より高く飛ぶために

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