マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
手紙を読んだ。
「みんな落ち着いてくれ。こういう時のために顧問になったんだ。焦っても成果が出ないタイミングで消耗するな」
シャーレの本部ビル、アビドスへの移動直前に入った緊急通信で状況が変わってしまった。
《でも! ホシノ先輩は……!》
「いいか、セリカ。ホシノの脱退届を見ろ、顧問欄に僕の印鑑はないはずだ。つまり、僕はまだホシノの離脱を認めていないし、相手の条件が正だとしたら人身売買の違法行為だ。ホシノをこうやってスカウトすること自体が違法なんだよ」
《じゃあ……》
シロコが期待に満ちた声を上げる。
「今から緊急で未成年略取・誘拐の容疑でカイザーPMCを叩く。フブキとキリノをそちらに送る。受け入れ準備を頼む」
《今すぐにでも攻め込むべきじゃないですか?》
アヤネの声。戦力を頭の中で計算する。
「無理だ。突入する場合、成功しなければホシノの身がさらに危険になる。確実な戦力と状況を整える必要がある。情報収集と各校からの応援を手配する。突入はその後だ」
《それってどれくらいかかるのよ》
「焦るな。向こうも大きく動けないようにこちらも構えてた。最悪の状況だが、まだ最低じゃない。挽回できる。ホシノの奪還のみに焦点を当てるとして……」
時計を見る。現在朝7時20分。ホシノがいなくなったのが昨日の夜として、誘拐に近い待遇だと仮定。生存率が半分を下回るのが72時間だったはずだ。今日中にコネクションを取り、構えてもらい、動く必要がある。
こういう時は目標を決め打ちでセットしてしまい、そこに向けて動いた方がメンバーの負担もすくない。
動こう。今はそういうフェーズだ。
「作戦開始は22時間後だ。これが相手にとって長いか短いかが勝負だが、短いことに賭ける。頼む。僕を信じてくれ」
こんな言い回し、いつ以来だろうか。それでも今は戦力をかき集めるしかない。
《わかった、先生、指示を》
答えたのはシロコだ。TITTYの映像ではシロコがホシノの盾を担いだのが見える。
分水嶺は超えてしまった。ここから先は戦うしかない。相手はどうくるか。何が必要か。
「シロコ、ロジコマの応援が来るまで校舎の警戒。2時間で到着する。多分ないと思うが戦闘になったらアヤネの指揮下で防衛戦だ」
《ん》
「セリカ、ミレニアムに向かってくれ。移動指揮車両の受領とヴェリタス組との認識合わせを。話は僕から通しておく」
《わかった!》
「ノノミ、セイント・ネフティス上層部との折衝を頼む。これまでのセオリー通りなら、廃線跡を利用して砂漠に移動した可能性が高い。こちらの線路上もしくは近傍での戦闘になる。銃撃戦になれば路盤ごと破壊することもあり得る。事前に話を通しておきたい」
《わかりました……任せてください。おじさまたちはなんとかしますから、被害を許容する方向でオペレーションをお願いします》
「わかった。そちらは任せた。アヤネ、前線での指揮に備えつつ、フブキたちがそちらに向かうまでの間、アビドス校舎に残っている地図を片端からスキャンしてアップロードを掛けてくれ。年代ごとの重複があっても構わない。片っ端から残らず全部だ」
《はいっ!》
アビドス組の指揮を出しつつ、僕はキヴォトス全土の地図を見る。
「僕は今からゲヘナとトリニティを回って戦力の増強を取り付ける。どういう結果になってもリミットは22時間。明日の日の出と同時に攻勢に出れるように整える。それぞれのタスクについては随時TITTYで連携するが、自分に割当たっている分が終わったら可能な限り身体を休めるようにしてくれ。明日は嫌でも戦闘になる。攻めるぞ」
皆の返事を聞いて通信を切る。
それにしても、ホシノを狙ってきたか。
昨日の深夜、僕に提出されたキリノからのレポートを見る。オカルトなオーパーツの発掘の目的が正だとした場合、かつ、それらオーパーツの活用を正とした場合における、敵の動向予測。
それは敵が狙っているのは土地ではなく学校の運営権というところまでは僕の予測と同一。ただし目的は、オーパーツなどの解析を用いた『神秘』といわれるファクターの解明と、それを活用した兵士の教育である場合を想定していた。
キヴォトスにはまれに『神秘持ち』とか『祝福持ち』と呼ばれるような、不可解な能力を持った生徒がいる。それは未来予知だったり、怪力だったり、瞬間移動だったり、テレポーテーションだったりと形態はさまざまながら、そういう能力を持った生徒は
そう考えると、ノノミのとんでもない体幹と怪力はおそらくこの類のものだろう。ホシノのタフネスもこういうものかもしれない。
その前提に立って、それらの『神秘』を強化しサポートするための技術が過去に存在し、その技術が散逸した、というのが都市伝説のベースの想定となっている。実際、それらのオーパーツを使って強化できた事例は条件こそ不明なもののちらほらあるらしい。
そこからキリノが出してきた推測はそれら強化用の素体の養成校としてアビドスを活用するというものだった。
論拠はともかく、土地ではなく人に着目しているという視点は僕に欠けていたし、実際相手は人を奪ったうえでまともな要求はしてきていない。相手の目的は小鳥遊ホシノの身柄というところにあったとみるのが妥当だ。
てっきり土地と運営権が最終目標だと思っていたし、それらのために生徒を誘拐することはあっても、あくまで交渉材料にするためで、実験素体としての誘拐は思考の外にあった。
狙いがホシノたちの身柄だったとしたら話が根本から変わってくる。
確かにホシノの戦闘力は脅威だし、魅力だ。だが、そこに数億円を突っ込む意図はなんだ?
「……理由は後だ。まずは手を打つしかない」
あぁもうホシノ。無事でいてくれよ。そのタイミングでタブレットが着信を告げる。
非通知。……このタイミングの非通知は、たいていの場合厄介な相談だ。
アロナがどこか緊張した面持ちで僕を見る。
「アロナ、逆探をかけてくれ。出るぞ」
通話を開始。指揮官用のヘッドセットで通話を受ける。
《初めまして、“子供使い”のお電話でよろしかったかな?》
「えぇ、あなたはカイザーコーポレーションの方でしょうかね?」
通信の途中で緊急呼び出ししていたヴァルキューレ出向組が部屋に飛び込んでくるのを手で止める。
《くっくっくっ、そうとも言えますし、そうじゃないとも言えます。我々は確かにカイザーコーポレーションに出資をしていました》
つまり、こいつがラブの言っていた
「交渉開始が遅いですね。こちらは対応を開始してしまった」
《そう邪険にしないでいただきたい。……少なくとも私はあなたの敵ではない。“子供思い”さん》
そう呼ばれたのは一度だけ、日本にいたころ、名前が不明なので『イトウさんち』と勝手に呼んでいた諜報機関のエージェントの『イトウさん』だけだ。
「……」
《おや、気分を害してしまいましたかね》
「いや、信用ならないなと思っただけですよ。……それで、何の用です?」
《暁のホルスの取扱について、いろいろと認識合わせがしたいと思いまして》
なるほど、このタイミングでの交渉。狙いは僕か。
「いいでしょう。このまま通話で?」
《場所を指定します。30分後にお送りした座標のビルでお待ちしています》
「お互い武装はなしで願いたいね」
《ご安心ください。私もまたあなたと同じ外から来た存在。弾丸一発で死にかねない存在です。それに言ったでしょう、私はあなたの敵ではない。それでは》
通話が切れる。
「アロナ」
『送信してきた座標と同一箇所での発信を確認しました。スクランブラーの検出もなし、位置を詐称しているようには思えません』
「正々堂々だな。ならこちらも正々堂々いこう」
「あの……先生?」
声を掛けられて顔を上げる。ものすごくおびえた表情のキリノと目があった。
「今の電話は……」
「カイザーコーポレーションへの出資者らしい。済まない。フブキ、僕の護衛を頼む。キリノ、急いでアビドスに向かってくれ。ホシノが消えた。情報収集を頼みたい」
そう言ってキリノとフブキにTITTYの端末を投げ渡す。
「ホシノさんが……」
「キリノのレポートの通りになってしまった。昨日のうちに声明を出してなかったら今頃アビドスは火の海だっただろう」
キリノのレポートの中にあった可能な限り早く第三者をアビドスに招き入れることというのは昨日手を打った。ギリギリだったが、功を奏したと信じたい。
「キリノ、多分僕の感覚より、君の感覚の方が相手に迫れる。頼む、急いでアビドスに向かってくれ。昨日ローンチした新型のロジコマを5機つける」
「……わかりました。急行します!」
キリノが出ていく。それを見送ったフブキが笑った。
「さて、じゃああたしはキリノの遠隔バックアップと先生の護衛?」
「頼む。いきなりだが、敵の出資者と交渉だ。万が一の時は頼むぞ」
「給料分の働きはしますよ」
「じゃあ今度手当も検討しておこう」
とりあえずそう返す。ジャケットを羽織りガラス製のドアをくぐろうとして、自分の顔が自分じゃないように見えた。
(なるほど、ジブリールが見たら悲しい顔をしそうだ)
それでも、乗り切るしかない。
「交渉場所は近い。徒歩で移動する。アロナ、ユウカに緊急でコール。秘匿回線を通してくれ」
すぐにコールがつながった。
《連日なんなんですか》
「ホシノがカイザーコーポレーションに拉致された。明日夜明けと同時に攻勢をかける」
《……ほんと、緊急の時は挨拶無しで入るんですから》
ユウカはため息をついてそういった。僕はエレベーターを呼び出しつつ相手の反応を待つ。
《状況はわかりませんけど何したいかはなんとなくわかりました。指揮車が入用ですね》
「すでにアビドスから黒見セリカがそちらに向けて移動中だ。セリカの受け入れと運用人員の招集を頼む。あと明日の攻勢に合わせてそちらの強行臨検を頼みたい」
《わかりました。組織しておきます。強行臨検はノアの担当なんで連携とりますけど最初から明日の予定なんで、ド早朝に繰り上げるだけなんで多分なんとかなります。でも先生、相手は相当電子戦には自信ありそうな感じですけど、どうするんですか?》
「昨日ノアが言っていた『坑道作戦モデル』、あれをこちらから仕掛けようと思う」
そう言うと、ユウカが絶句。やってきたエレベーターに乗り込み、1階へ移動。
《……本気で言ってます?》
「子どもの命がかかってる。手段を選ぶ余力はないよ」
《カイザーコーポレーションとの関係性が不可逆にこじれますよ》
「もうこじれてるよ。関係修復はホシノを取り返した後の向こうの出方次第で考えるさ」
盛大なため息が聞こえた。個人的には子供を誘拐してどうこうしようとする企業なんて燃やせばいいと思っているのだが、相手が大企業だとそうもいかない。
向こうもおそらくグループ企業のトカゲのしっぽを切ってくるだけだろう。ならば明確な脅威として存在し続け、相手をがんじがらめにして動けないようにした方がマシか。
ともかく、今ホシノをさらっていった連中にはいろいろと教育をしないといけない。
《わかりました。ヴェリタスの面々に非常呼集を掛けます》
「頼んだ。現地戦力はゲヘナにも出てもらうし、可能ならトリニティにも話をつけるけど、管制と電子戦周りの人員はミレニアムに頼ることになってしまうが……」
《昨日の依頼の時点で織り込み済です。わかりました。バックオフィス側は私が人員を取りまとめます。セミナーからも一人、暗号だけは得意な問題児がいるので、電子戦班に組み込みます。いいですね?》
「任せる」
《こちらでも動いてみますが先生の方でできれば医療班にあたりが付けられそうならつけてください》
「わかった。定時連絡は3時間おき、緊急は随時で頼む」
一階についてフブキが銃のプレスチェックをしているのを見ながら歩き出す。
《わかりました。先生も気を付けて》
「ありがとう」
外はいい天気だがその日差しが煩わしい。外に出る前に見知った影を見て慌てて声をかける。
「ウタハ!」
「やぁ先生。状況は聞いてる。今晩20時までにロジコマはあと5機仕上げる。TITTYは眼鏡モデルが8ダースフォーマットしてある。いくら何でも足りると思うけど」
「助かる。特急料金の足しにはならないが、エンジニア部のみんなで今日は好きなものを好きなだけ頼むといい。請求書払いができるなら僕に回せ。無理ならツケか立替清算だ。レシートなくすなよ」
「もちろん。他人の財布で食べるピザほどおいしいものはない。夜はピザパーティーだ」
差し出された拳に拳を合わせて僕は外に出る。
「アロナ、連邦生徒会交通室にヘリの要請を。1時間後にシャーレ本部ビル。行先はゲヘナとトリニティを回ってシャーレに戻る」
『わかりました! 手配します!』
「あと、ヒフミにコール」
通話が裏で繋がる。しばらくコールが鳴った後、いきなりうひゃん!という声とともに通話がつながった。
《はい! 阿慈谷です!》
「アラタだ。いきなりすまない。どうしてもヒフミにしか頼めないことがある」
《な、なんでしょう……!?》
「今日の午後、桐藤ナギサさんは学園にいらっしゃるかな」
《え……?》
電話の向こうのヒフミが息を飲む。
《ナギサ様……ですか?》
「うん。アビドス関連でどうしてもティーパーティーに取り次いでほしい要件がある。アポイントメントをとってほしい」
《きょ、今日ですか? たしかにナギサ様はいらっしゃるはずですが……ちなみにどうして……》
「ホシノが武装集団に拉致された。奪還のために戦力の応援が欲しい」
《ら、拉致!?》
素っ頓狂な声がする。ヒフミの学園生活を壊してしまって申し訳なさでいっぱいなのだが、なりふり構っていられない。
「そうだ。明日には奪還作戦を開始する。それにあたっていろいろと話がしたいんだ」
《やってはみますが……あってくれるかどうかは……》
「じゃあナギサさんにはこう伝えてくれ。『ティーパーティーの回答如何によってはエデン条約締結に対し、シャーレはゲヘナ側からの情報に依存せざるをえなくなる』……覚えたかい?」
《先生? あの。先生……? どうしたんですか?》
キリノやヒナから受けた情報が正しければ、ヒフミはティーパーティーでトップとコネクションがある有力者だ。おそらくエデン条約についてもある程度の情報をもっているはず。
それを僕が引き合いに出すということがどういうことか、ヒフミなら優先度を読み違えないはずだ。
「アビドスの危機でなりふり構っている余裕がないんだ。すまない」
《わかりました。なんとか取り次ぎます。到着はいつ頃になりそうですか》
「13時にヘリでそちらに向かう。よろしく頼むね」
そんな会話をして通話を切ると、フブキがじっとこちらを見てくるのに気が付いた。
「どうしたんだい?」
「女の子を脅すのはよくないと思うなぁ」
「生憎僕はもともと極悪人だからね」
そう答える。そう、極悪人でいいのだ。
子供一人、女一人、村一つ。僕が僕になるために必要だった犠牲の数。あれから何千人も殺してきたし、子どもも何人も失った。あの戦場の感覚を、僕は忘れてはいけない。
ここは銃でなかなか人が死なない。それでもそこは戦場で、傷ついているという感覚を忘れそうになる。カジュアルに銃撃戦が起こっている現状を受け入れそうになる。
その油断と認識の甘さが、今回の事象を招いた。
「そうだ。僕は極悪人だ。ジャングルの時から、何も変わっていない」
ヘッドセットをつけ直す。
「フブキはビルの入り口で待機。中には僕だけで行く。何かあればTITTYで連絡を取る」
「りょーかい。無茶しないでよ極悪人さん」
目的のビルは高層ビルだった。指定された階に会社名を示すようなスリーブは入っていなかった。エレベーターに乗る。
「アヤネ、聞こえるか?」
《はい。聞こえてます》
「カイザーコーポレーションのスポンサーと名乗る男から僕宛にコンタクトがあった。念のため話を聞いておいてくれ」
《わかりました。バックアップに入ります》
僕はより高いところを飛ばなければならない。ここでも、戦争の本質は変わらない。ならば僕は、そこに子どもたちが巻き込まれる限り、戦うしかないのだ。
「死なせてたまるか」
会議室に入る。
ここからは、僕のオペレーションだ。
次回 大人の意地
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