マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
書けちゃったからしかたない。
「直接お会いするのは初めてですね。私のことは“黒服”とでもお呼びください。子供使い、いえ、イヌワシとお呼びしましょうか。そちらの方が的確でしょうから」
そう言って挨拶をしてくるのは、文字通り真っ黒な顔をした人物。影がスーツを着たらこんな感じだろうか。キヴォトスの外の世界というからヘイローがないだけの人間を想像していたのだけども、普通に人外だった。
「僕自身がそう名乗ったことはなかったと思いますが」
「そうですね。ですが私はイヌワシのことをよく知っている。と言っても、あなたが傭兵になってからのことですが」
デスクに肘をつく黒服はどこか楽しそうに僕を見る。眼なのか口なのかわからない白い裂け目が光っている。
「
「依頼主の依頼に応えただけで、派手にするつもりはこれっぽっちもなかったんですけどね。あと非難している中国が分裂した後の
僕が殺された場合に備えてアヤネにも聞いてもらっているが、聞かせてよかったんだろうか。まぁいいか。これでちゃんと僕から独立して立派になってくれればそれでいい。
「くっくっく、そのあたりの情報が気になるなら提供も可能です。我々ならば、ですが」
「あなたたちは僕のことをよくご存じのようだが、僕はあなたたちのことをよく知らない。所属組織の紹介ぐらいしてほしい。カイザーコーポレーションのスポンサーさん」
「スポンサー程度と思われているとなると、私はとても悲しい……そうですね、私はあなたと変わりません。もっともそれはこの世界における不合理な存在という意味であって、あなたとはまた別の尺度と次元を持つ存在という意味では差異が存在します」
つまり、僕の知る人間じゃないと言いたいらしい。そりゃそうだ。顔が真っ黒で口と目が光ってる謎の生命体なんて地球で見たことがない。いい加減迂遠な表現をすることはやめてほしいんだが、まだ鞘当てが必要なぐらいには向こうもこちらも警戒が解けていない。
「キヴォトスの古代語にちょうどいい言葉がありましたので普段はそれを借用して名乗っています。我々のことはどうぞ
ゲマトリア、ね。……意味は分からないが僕の視界には辞書的意味が引き出される。アヤネが裏で検索した情報を表示してくれていた。アヤネがアビドスの面々を勝手にこの通話へと追加しているのがアイコンでわかる。後で説明する手間を省けるのは助かるが、今シロコやセリカがこの情報に触れると彼女たちのタスクが滞りそうで心配でもある。
「我々ゲマトリアは観察者であり、探究者です。この世界の真理を明らかにし、世界を知ることで世界を再定義し、よりよい世界を目指す者たちの集合体とでも言いましょうか。……まぁ、その『よりよい世界』は観測者に依存するため、ゲマトリアの中でも統一できてはいませんが、あなたなら理解できるはずだ。そして、共感していただけると考えています」
「……共感?」
「えぇ、共感です。この世界の歪みを知覚できるだけの知能と経験、それに対しての憤りと問題意識。あなたはこの世界を観測し、理解したはずだ。―――この世界は、誤りだと」
それ自体には言い返さない。同時にセリカやシロコが何かを無線に吹き込もうとしたらしい。申し訳ないけれどいったんスピーカーミュートをかける。今はこのゲマトリアの発言を聞く必要がある。
「わかりますよ、アラタ・リョータ。その心の中で、ぐるぐると、ぐるぐると感情が回っている。
黒服が立ち上がる。
「あなたには
セリカとシロコだけじゃなくてアヤネやノノミまで同時にマイクに喋っているのがアイコンでわかるが、ミュート。ミュートに気が付いたのかアヤネがテキストを叩き込んでくる。
“だめです先生”
シンプルな一言に笑ってしまう。大丈夫だ。みんな。優先順位はちゃんとついている。
「話が見えないな。僕はそろそろ仕事の話をしたいね。君にホシノの取扱についてと言われてやってきたんだ」
「あぁ、そうでしたね。イヌワシと直接話せた喜びに本題を忘れるところでした。申し訳ありません。ミーハーなもので」
この黒服の相手、恐ろしく疲れる。
「とはいえ、ゲマトリアのスタンスを理解してもらわなくては小鳥遊ホシノの説明ができません。……彼女はアビドスはおろか、このキヴォトスでも最大と言っていいポテンシャルの神秘を持つ生徒なのですよ。故に彼女は常に、ゲマトリアの最優先観察対象でした」
ここでキリノのレポートがビンゴか。神秘とやらが本当に根深い。この問題について僕が認識できたのが昨日。キヴォトス人のタフネスと神秘の見分けが僕にはつかず、見落としていた。
「もともとカイザーコーポレーションはアビドス砂漠の遺跡に興味があった。学校の運営権や土地を欲しているのはカイザーコーポレーションです。私は彼らを支援する代わりに小鳥遊ホシノの身柄の拘束と引き渡しを依頼しました」
そういう意味ではラブの
「ですが、カイザーコーポレーションのアビドス高校への恨みは相当なもののようでしてね、身柄の引き渡しについてごねているのです。今回のイヌワシのオペレーションで彼らは3億円ほどの損失を1週間かからず叩き出しました。マネーロンダリング用の闇銀行すら潰されて利回りが急に悪化したのもあります」
「それで、僕に手を引けと?」
「そこはあなた次第です。イヌワシ」
そう言って黒服は両手を横に広げた。
「カイザーPMCの理事はあなたがアビドス対策委員会の顧問から降り、小鳥遊ホシノから手を引けば、身柄を私に引き渡すと言っていますが……当然乗る気はないのでしょう?」
「そんな話をしに来たのなら帰らせてもらいたいね」
「まぁまぁそう怒らないでくださいよ」
わざわざ怒らせようとしてくるあたり、相手はこちらに不利な条件を飲ませようとしている。誠実な相手ではない。
「彼女の居場所をお伝えしますので、小鳥遊ホシノの身柄を確保してほしい」
なるほど。そうくるか。まだ黒服にとって小鳥遊ホシノは利用価値があり、カイザーコーポレーションと天秤に掛けられる程度には重たいということだろう。
「思い切りがいいんだな」
「言ったでしょう。彼女は最優先観察対象です。カイザーコーポレーションの情動で壊されては困ります。まぁ、それはそれで、
がり、と口の中で音がして驚く。自分で奥歯を噛み砕く日が来るとは思わなかった。マイクに乗ってないだろうか。
「ですが、カイザーコーポレーションを潰されても困るのも事実。カイザーPMCほどの武装集団をいきなり消すわけにもいきません。それに彼らの土地取得の手段そのものは合法であり、私の埒外です。そこに口は出さないでほしい」
「なるほど。ホシノの代わりにすでに売却済の土地については諦めろ、と」
「えぇ。そういうことです」
アロナが今の文字起こしを択一式アンケートにしてアビドスの面々に送付してくれた。おせっかいだがファインプレーだ。すぐに回答が返ってくる。ホシノの身の安全を優先したいという回答で全会一致。
「いいでしょう。彼らの土地の所有権は侵さない。ただし、ホシノの身の安全確保までにかかる被害については保障しない。また、今回の事件についてのヴァルキューレ警察学校による調査や各種報道機関への情報公開は、この密約の履行を妨げない。これでどうです?」
「契約成立ですね。小鳥遊ホシノはアビドス旧市街、アビドス高等学校の旧校舎に監禁されています」
「どうも」
アヤネがGoodマークのスタンプを送ってきた。旧校舎なら内部構造含めて精細な情報があるはずだ。難易度がこれでぐっと下がる。
「アラタ・リョータ先生。もう少しだけお時間を。ぜひともゲマトリアへの加入を前向きに考えてもらいたいのです」
「断りますよ」
「なぜ?」
「私とあなたでは履いている靴の色が違う。そんな簡単なことも忘れたような相手と組む気にはなりませんから」
即答したら心底わからないというトーンで返された。迂遠な言い回しが好きそうだったので、こちらもやりかえしたら、黒服は黙ってしまう。おいおい。先に吹っ掛けてきたのはそちらだろう。
「それにタジキスタンでの僕やミャンマーでの僕を知っているなら、とっくに答えは出ていると思いますけどね」
「えぇ。あなたは子供を軸に考える人であることは良くわかっています。そしてそれを合理で補強して押し通す人であることも。だからこそわからない。あなたが気が付いていないはずがない。大人なら、この状況を変えられると。なのになぜ我々への合流を拒むのです?」
本当にこの黒服は何を言っているんだ? それでも僕は相手の意見を嚙み砕くしかない。
「……どうやら言葉の定義からずれているように感じます。一体あなた方の言う大人とはなんです?」
理解が追い付かない。それでも理解をしなければ抵抗はできない。仕方ないので少しだけ議論に乗ることにした。おそらくこの敵は今回で縁が切れるタイプの敵ではない。長期的に向き合うことになる敵だ。その敵の価値観を知る必要がある。
「大人とは、社会を創造し、法則を定め、規則を決め、常識と非常識を区別し、平凡と非凡とを切り分ける存在です。そうして差異を確立し、個々が持つポテンシャルエネルギーの差異によって世界を動かすものの名です」
意味をつかみ損ねた感覚がある。眉をしかめたのが分かったのだろう。黒服は滔々と語り続ける。どうやらこの黒服は演説好きだ。
「例えば経済がわかりやすいでしょう。経済は大人によって成り立ちます。個々人のポテンシャル――――つまりは労働力や権力、財力などをコストに変換し、そのコストを物品やサービスと置換する。経済の基本ですが、これにより持つものが持たざる者を搾取する構図が生まれました。だがもう世界は止まらない。これを大人は許容する。
つまり、近代自由市場を受け入れて、効率よく世界に介入できるものという意味で大人という言葉を使った、ということだろうか。僕の知る定義とはかなり離れているように聞こえる。
「ゲマトリアはあなたに強い関心がある。ゲマトリアの構成員たる第一の資格は、従来の人類の規範に収まらないイレギュラーな人格の持ち主であることです。情や共感を持ちつつも、それに流されることなく、世界や人類を外側から俯瞰し裁定できる。……あなたがそうであるように、私がそうであるように」
「……ほう?」
フブキから通信、突入するかの問いにはNoで返答。
「平和な世界では、あなたは誰からも理解されることもなく、誰からも評価されることもなかった。その孤独を、その無力感に耐え忍んだあなたを我々は評価する。そして戦乱の世になっても、あなたを真に理解する者は現れなかった。数千人の命を背負い、決断しつづけたあなたを我々は評価する」
ゲマトリアの演説はまだ続いている。
「この世界にはまだ我々の知力をもってしても計り知れないものがある。それらは『神秘』と呼ばれ、これまでの凡百とは一線を画す働きをしてきた。そしてそれらの神秘は理解され世界に還元されるために、解析を待っている」
「……小鳥遊ホシノのように、か」
「あるいは空崎ヒナのように。我々ゲマトリアはそれらを解析し利用することで、より多くの者たちがより良い世界で生きる世界を目指している」
なるほど、世界を理解するための研究調査機関、といった立ち位置を自認している組織。厄介だな。さっきからずっとセリカのアイコンがしゃべりっぱなしになっているが、すまない、もう少しだけ待ってくれ。
「イヌワシ、子供使い、アラタ・リョータなら理解できるはずだ。その意味と優位性を! あなたはずっと苦悩してきた。子供を愛しながらも最前線で戦わせる矛盾、戦争を嫌いながら戦争を推し進める矛盾。あなたが歩く度に響く銃声に苦悩してきたことを我々は理解している! アラタ・リョータ。褒美をうけとる時だ。手をとってくれ。あなたは、それだけでいい。あなたにはその資格があるのだから」
向こうが白手袋の手を差し出してくる。
「なるほど、理念は理解しました。その全能感たるや察するに余りある快楽でしょうね」
「では……」
「ほかをあたってください。審判やレフェリーも楽しいかもしれないけど、性に合わないみたいでね。僕はあくまでプレイヤーでいたいんですよ」
「なぜ理解しない。あなたほどの才能があって、なぜ!」
そんなに驚くようなことかな、これ。思ったより反応が激烈だ。一応万が一に備えてフブキを呼んでおくか。
「いや、だから理念は理解したと言ったじゃないですか。それでも僕には生徒がいますし、桃源郷はあの世じゃなくてこの世に求めるものです。観測に夢中で手遅れでしたなんて、僕は子どもたちに言えませんからね。勝手にやってください。僕も勝手にやります。それだけの話でしょう」
話は終わりなのに向こうはまだ何かいいたげだ。勝手に幻滅されても困る。演説したがりは意見を聞く気がないのがいけない。
「もし生徒を一人も傷つけずに銃を置かせることができるような平和が見つかったら呼んでください。その時は改めて商談をしましょう。僕の全財産をもって買い取りますよ」
「……くっくっく、やはり面白い方だ。いいでしょう。今日のところは諦めます」
ずっと諦めててほしいんだけど、そういう話にはならないらしい。
「幸運を祈ります。小鳥遊ホシノの安全の確保について、成功報酬にはなりますがなにかご用意しておきます。きっと今あなたが一番必要としているものですよ」
「そりゃどうも。
それだけ言って部屋を出る。エレベーターホールでは階段を駆け上がってきたらしいフブキが息をせききらせて待っていた。すごいな。ここ28階だぞ。
「無事……みたい……です、ね……」
「すまない。てっきりエレベーターで来てくれるものかと」
「待ち伏せし放題のエレベーターを使って応援に行くバカがどこにいます? 6段飛ばしで駆け上がったのに、損した……」
「今度ドーナツ奢るよ。1箱でいいかい?」
「足りません。キリノと一緒にスイーツバイキング予約取るんで付き合って」
「はいはい。終わったらね」
そう宥めつつエレベーターに乗ろうとしたら階段に引っ張られた。28階分階段で下れというらしい。ついでにアビドス組の通話のスピーカーミュートをおそるおそる解除する。
《バカ――――――――――――!!》
構えていてもセリカの声で鼓膜が抜けるかと思った。こうなるのはわかっていたけど、やはり理不尽だと思う。
「セリカ、公共機関の中じゃないだろうね」
《そんなことどーでもいいわよ! 何勝手に変なのと交渉してるわけ!?》
「変なの……ではあったけど、カイザーコーポレーションの出資者だ。おかげでホシノの居場所と厄介な指揮官のピン止めに成功したんだ。許してくれよ」
《ほんと、信じらんない! ってか護衛は!?》
「ちゃんとつけてたよ」
「ビルの下で待ちぼうけでしたけどねー」
フブキが通信に入った途端。《はぁ?》のイントネーションがどんどん陰険になっていく。見えてる爆弾に火をつけないでくれフブキ。頼むから。
《……次から先生にはちゃんと護衛つけないとね》
「シロコ、そこまで僕に信用ないかい?」
《信用してるからつけるの。こういう時に無茶するって信用がついた》
こういう時は嵐が過ぎ去るのを待ちたいところだが、そうもいっていられない。30分後には呼んでたヘリがシャーレに到着する。これからゲヘナやトリニティとの交渉に入らなければならない。
「とりあえずみんなそれぞれのタスクに戻ってくれ。フブキ、シャーレに着いたらキリノの情報支援を頼む」
「護衛は?」
「ゲヘナとトリニティを刺激したくないから単身で行くつもりだけど」
《ダメ!》
《何言ってんの!?》
《だめです》
《ダメですからね?》
アビドス組から同時に否定される。ここまで声が揃うと僕でもヘコむ。ケタケタと笑うフブキ。さっきまでへたってたのに回復が早い。これが歳の差か。
「とはいえ、フブキはなしだ。キリノがまとめた資料をヴァルキューレに連携してもらわないといけないからD.U.から動かしたくない」
《じゃああたしが行く!》
いきなり無線が介入してくる。
「マキ? 今どこにいる?」
《ユウカに叩き起こされて今シャーレについたところ。チヒロ先輩も一緒だけどサーバ周りいじるからふたりとも護衛は無理。アタシだけなら動けるよ!》
ユウカの自慢げな顔が浮かぶ。こっちに人員差し向けてくれていたのか。助かる。
「わかった。じゃあ、シャーレで護衛役をフブキからマキに交代。ゲヘナからトリニティに回るから忙しいぞ」
《おっけー》
通話からマキが抜ける。
《あの……先生》
「アヤネ?」
《ありがとう、ございます。アビドスの味方になってくれて》
黒服の会話を真に受けてるのだろう。少ししおらしい声がする。
「何を今更。子どものためにならどんな責任だって背負えるのが大人だからね」
これを黒服に説明しても、きっと理解はされないのだろう。
「さぁ、次だ。みんな引き続き警戒を頼む」
次回 足を舐める
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誤字報告大変助かっております。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。