マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
今回は警告タグの通り、キャラクターへの打擲や負傷表現等の暴力描写・残酷な描写があります。苦手な方は閲覧を控えてください。
「まずいって! これ相手ガチのやつだって!」
部下がキーボードを叩きつつ訳の分からないことを言っているのを黙殺して現状のダッシュボードを確認する。本社にあるサーバ監視室は1分前からハチの巣をつついたような騒ぎになっていた。あと2時間で引き継げるはずだったのに夜勤も楽ではない。
「イントラネット内にメモリ活性が合わないターミナルが多数。数出ます。582! なお増殖中!」
「前代未聞の多段ハッキング……! だと……!」
「ハッキングじゃない、ウイルスだ! そうじゃなきゃこんな数一斉にボット化できないはずだ! 頼むからウイルスであってくれ!」
「独立ネットだぞ。そんなアクセスポイントがどこに」
「原因追及はいい! 本部サーバの防衛状況は!?」
問いかけるも明確な答えを持つ相手はいない。
「すでに稼働率は98%に到達。そのほとんどが
いきなり画面がホワイトアウトする。そこに水色の線でヘイローのようなマークが浮かび、その下に部署名が表示される。全端末が、どんどんその映像に切り替わる。
「連邦……捜査部……シャーレ……!」
だれかが口にした。数日前そこに理事が主催して電子的な作戦を実施したと聞いていたが、その報復ということだろうか。
「えぇい! さっさとその画像消せ!」
「やってます! くっそ、APサーバに遅効性ウイルス検知。あぁっ、スターターのログごと消えたぞ! スタっ……あぁもうゾンビかこの画像!」
「ちゃんと親から殺せ! 親から! いらん子供が蘇るぞ!」
画像の表示はいやがらせのようなもので、無理やり消すことは容易い。だがこのタイミングでの実施は致命的だ。これに対応する裏で何らかの処理をさせること、それへの迎撃をさせないためだろう。
「スタックスネット型とか聞いてねぇよ! ZIPボム解凍してんのこいつか!? 自己複製してイントラネット中にコピーをばらまいてやがる! 職長、生きてるサーバを切り離した方がもう早いです! ネットごとパージしないと手遅れになります!」
「なんとかするのが俺らの仕事だろうがっ! 画面復旧まだか!」
「とりあえず消しました! いつ蘇るかは保証しません! で、……えっと、未知の端末から
「TCP
くそったれ、という感想しか浮かばない。処理能力を食いつぶし切ったので今度はルータということなんだろうが、ここまでぶち抜かれては復旧もへったくれもない。
そもそもがイントラネットに山程未知の端末が検出された時点でもう諦めて帰りたくなる。
「ディストリビュータ稼働率95%超えました! 多重接続アラート発報! まだ増える! このままじゃあと35秒で回線が落ちます!」
「ふっっっざけんなっ! ヴァルキューレのバックドア、まだ生きてるか!? そこから処理をもらえ!」
「職長! それの利用には理事以上の許可がっ!」
「35秒で許可取れるもんなら取ってみろ! どっちにしろこのシステムと一緒に俺らの首も飛ぶんだ! やれ!」
「どうなっても知りませんからね!」
もう部下も叫ぶしかない状況。ここまで1分少々。相手は間違いなく特A級。イントラネットへのノードはおそらく現場の無線機かなにかから取ったか。いつの間に潜り込んだんだ。
「交通管制システムへの同期開始まで、2秒、1……同期開始!」
「ディストリビュータの稼働率、警戒領域まで下がります。警報は消灯しましたが……」
「これでも下がり切らんのか。今のうちに汚染されたサーバをパージ。相手はおそらく無線機かIoT機器を足掛かりにウイルスを注入したはずだ。接続されている端末を全点検!」
指示を出す。これでシンフラッド攻撃の方はなんとかなっただろうか。アクセス集中はいい。問題は処理サーバをまた潰されたことだ。処理を無理やり切ってメモリを開放し、汚染された領域を切り離して復帰させるまで、どれだけかかるだろう。昼まではヴァルキューレのシステムに頼り切りになるだろうか。
「な、なんだこれ……」
「ん?」
部下の一人がおののいた声をだす。
「ヴァルキューレシステム……接続ノードは、1……。車載AI群への接続、遮断されてます!」
「なっ……どこにつながってる!? そのつながってるノードはなんだ!?」
「……連邦捜査部、シャーレ……!」
瞬間、理解した。理解してしまった。
「ハニー……ポット……」
囮環境に誘いこまれた。分散コンピューティングに処理を頼むということは、イントラネットに外部をつなぐことだとわかっていたのに。
「職長っ! 逆侵入来ました! 欺瞞信号多数です! 同時接続警報発報、接続が10万を超えてます!」
「10万!? そんなわけあるか!」
「だから欺瞞信号だって言ってるじゃないですか! 増殖速度に追従できません! 欺瞞信号のすべてが汚染されたメモリ活性パターンと一致。本命の同定はこれじゃ……!」
「防壁、1番、2番突破! 3番応答なし! 4番突破されます! 防壁再構築間に合いません! 手数が多すぎる。なんだこのバケモノスループット!?」
「攻勢防壁アクティベーション急げ! ルータを切れ!」
「攻勢防壁の遠隔点火に失敗! すでに内部に敵のノードが紛れている可能性大! ルータはパスコードが変更されたものと思われます! 回線切断できません!」
「馬鹿野郎! そういう時は物理的に落とすんだよ!」
そう叫びつつ非常用ケースのガラスをひじで割って中から斧を取り出す。監視室が非常灯で真っ赤に染まる。
「至急報! 至急報! コーポレーション本部ネットに不正アクセスアラート発報! 大量のレプリケーション処理が割り込みで実行中! レプリカを未知のサーバに転送しています!」
「本部ネットだと!?」
敵はグループ会社のネットを全部掌握する気だ。
「落とせる機器をかたっぱしから落とせ!」
「だめです! 本社サーバ停止コマンドを受け付けません!」
監視室を飛び出しサーバルームへ。部屋は隣。廊下まで非常灯で真っ赤だ。サーバルームの扉のドアにセキュリティカードをかざすが反応すらしない。本部ネットに入られたということはセキュリティマネージャ権限が掌握された。電子錠のコードすら書き換えられたか。そうなれば誰もこのビルに入ることも出ることもできなくなったという意味でもある。
操作パネル横の非常用ドアコックを操作。空気が漏れる音と同時にドアが手動で開くようになる。サーバラックの一つに向かって斧を振りかぶって―――
「――――――そこまでです」
背後から声を掛けられる。つまりこいつは、敵か。
「やなこった!」
「きゃっ!」
振り返ると同時に斧を横なぎに振るう。白い髪の女だったがその鼻先をこちらの斧はかすっただけだった。女の方が後ろに吹っ飛んでいく。襟首をつかんで後ろに投げられた形だ。入れ替わるようにでできた金髪の女に向かって真上から斧を振り下ろそうとしたら手首をつかまれて押し合いになる。変則的なつばぜり合い。
「……狂犬……!」
「カイザーPMCでも知られていたとは光栄だ……っ!」
その金髪の女―――尾刃カンナがふっと力を抜いた。力と重力の合わせ技で、カーペット敷きの床にむかって斧が振り下ろされる。自らの頬を掠っていただろうに気にすることなく、尾刃カンナは前蹴りを繰り出し無理やり武装解除を図った。床に刺さった斧から手が離れる。
「くっ!」
ジャケットの下に手を突っ込むが、相手が拳銃を抜く方が早かった。絶対零度の瞳がこちらを見る。
「0506、不正アクセス防止法違反で緊急逮捕だ。これ以上暴れるなら公務執行妨害もつけるが?」
ゆっくりと手をあげ、そこに手錠がかけられるのを眺める。
「くそったれ」
「安心しろ、貴様にも弁護士を呼ぶだけの権利はある」
そのまま地面に転がされていると懐中電灯の明かりが見えた。
「カンナさん、淑女の扱いはもう少し丁寧にお願いしたかったのですが……」
「人間の頭部の輪切りを見るぐらいなら暴漢でいたほうがいくらかマシです」
「まるで先生みたいな言い回しですね」
最初に声をかけてきた女がサーバラックをのぞき込んでいる。頬を乱雑に拭って白手袋に血が付いたのを気にしたのか、尾刃カンナがため息をつきながら続ける。
「それで、この男が壊そうとしてたルータってのは……これか?」
「間違いありません。ミレニアムサイエンススクールの実験棟からの盗品ですね。さて、なんでこんなところにあるのか、そしてなんでアビドスの子達を襲うのに使われたのか。じっくり聞かなきゃいけなくなりました」
そう言って白い服の女は無遠慮に懐中電灯をこちらの顔面に向けてくる。その女の顔を見えなくするには十分な光量だ。
「サーバルームって寒いんですね。場所を移動したらゆっくりお話ししましょう。ミレニアムも貴方たちと話してみたかったんです。必要なら弁護士を呼んでもらっても構いませんが、こちらがすでに物証を押さえているということをお忘れなく」
何度目になるかわからない感想が浮かぶ。どうせここまでくればトカゲのしっぽにされるだけだろう。
「くそったれ」
「……来た」
日陰になっている道路の脇で監視していたら茶色い砂埃が見えてきた。
「先生、こちらSD1、敵増援と思しき車列を捕捉。装甲車を先頭に8両」
《先頭の装甲車が通過後二両目から攻撃。足止めを頼む。適度に相手の進行速度が落ちればそれで十分だ。車両を破壊したら撤退しろ》
先生の指示でメインのSA班は市街地に突入。各個分散してアビドス高校に向けて動き出している。砲撃陣地が黙ったこともあり、トリニティの救護騎士団を乗せたヘリが離陸したとの情報も入る。
隣ではアコが遮熱シートを被ってあえいでいるのを尻目に対岸のイオリに合図。両脇に展開した軽武装の風紀員に準備させる。実際遮熱シートはこちらの体温が相手の赤外線カメラに写るのを防いでくれるのだが、同時にこちらの体温も逃がしてはくれない。放射冷却で氷点下近くまで下がる夜はいいとして、昼にこんなものを被っていたらあっというまにヘイローにまでダメージが及ぶだろう。
とはいえまだ朝なのだ。これぐらいで音を上げられると困る。そしてもうすぐ戦端を開くというのに。
「アコ、しゃっきりして」
「というより、なんで私まで……」
「反省文の100枚でも200枚でもって自分の発言に音を上げたのは誰だったかしら?」
「うぅ……さっきまで凍え死ぬかとおもったのに既に暑くなってきましたよ……まだ朝5時台ですよ……」
「アコ、黙って……」
イオリから準備完了の合図がくる。人数分の情報デバイスは配布されているが、風紀委員会の面々しか班に配置されていない都合上、いつも通りの通信手順も使って良いとは先生から聞いている。
「それでも……できれば、ここで落としきるわよ」
「一応クレイモアも合図で出せますので……」
アコが地図と番号を照らし合わせてクレイモアの起爆順番を考えているようだ、まずは足止めからになるが。その後兵隊がわらわら出たら一斉になるだろう。
「イオリ、用意。合図で二両目の前輪を狙撃」
《了解》
相手はかなりの速度を出している。70キロぐらいだろうか。一両目が通過、残りは普通のトラックに幌がついてるだけのもの、防弾性能なんてまるで無い代物だ。ご丁寧にカイザーコーポレーションのマークまでつけてくれている。ありがたい。
一両目が通過。
「狙撃」
二両目の前輪が吹き飛んで勢いで横転した。後続車両が急ブレーキ。三両目と四両目が追突していて阿鼻叫喚。車間を詰めて走っているからだ。
「クレイモア一斉起爆用意」
初弾が薬室に詰まっていることを確認しつつアコに指示を出す。横転したトラックや後続のトラックから小銃を構えた兵隊が出てくる。
応援が来るという先生の判断は、合っていた。
「起爆」
道の両脇に設置していたクレイモアが起爆し、何人もの兵隊をなぎ倒した。その間に私は先頭を曳いていた装甲車から降りてきていた相手に銃撃を加えつつ走り出す。
銃座がこちらを向く。背後にはアコたちが居る。道路の中央に躍り出つつ弾帯を一つ使い切る勢いで連射を続ける。装甲車の乗員達は装甲を信じて立て籠もりつつこちらを撃つ機会を窺っている。そのまま隠れていれば良い。
弾薬の全消費と同時に装甲車の屋根に飛び乗り、銃座を上から覗き込む。
「おはよう。そして」
目が合うが、感慨は起きない。
「早く逃げなさい」
柄付手りゅう弾をそこに落とす。指の間にかけた安全ヒモがちゃんと抜けたことを確認して自分も飛び降りる。装甲車が内側から爆発して皆が呆然としているのがわかる。その間に弾帯を新しいものに付け替えた。
《ヒナ、無茶をしなくていい》
先生がなぜか名前を呼んでくる。SA班の指示で忙しいはずだ。
「大丈夫。これぐらいは無茶じゃない」
《それでもだ。危ない攻撃はしなくていい。僕はどういう理由であれ、君たちが傷つくのは嫌だよ》
「そう……気をつけるけど、今度からね」
どこかからゲヘナ風紀委員……とおののく声が聞こえた。歩兵の中に私達を知っているのがいるらしい。好都合だ。
「こちらは連邦捜査部、シャーレ。連邦生徒会及びヴァルキューレ警察学校から代執行権限を付与されている。これ以上痛い目に遭う前に投降して」
イオリが最後尾の車を撃って動けなくしていた。これで相手は撤退するにしても進むにしても車を捨てるか、私達を蹴散らしてから壊れた装甲車とトラックを除去する必要がある。
どちらにしても、ここの部隊はもうアビドス高校には間に合わない。そして自動車をつかって急行できるルートはここだけなのだ。
「……くそ」
銃が向く。
「……そう、それが選択なのね。面倒を増やさないでほしかったのだけど」
それでも、敵対するなら排除しなければならない。
踏み込む。銃声がいくつも響いた。
《おや、貴方からのお電話とは。こちらも忙しいのですが》
「不知火! 貴様! いつ裏切った……っ!」
ハンディの秘匿回線でやっと繋がった電話に悪態をつけば相手から澄ました笑い声が聞こえてくる。
《裏切ったなど人聞きの悪い。私とカイザーコーポレーションは今もビジネスパートナーです。見捨て等しません》
「だったらあの忌々しい奴らを黙らせろ! あいつらのおかげで何億溶けたと……!」
《あぁ、シャーレですか。お気をつけて。この回線も長時間は安全ではないでしょうし、私も貴方に時間を取られたくない。
「……貴様」
《文句を言いたいのはこちらの方ですよ。ご存じないのですか。SRTの一部部隊が反旗を翻しましてね。
「不知火カヤ! 貴様っ!」
通話は切れていた。電話機を床に叩き付ける。壊れなかったのが癪で何度も踏みつける。
売られた。
そんな事実が頭の奥で膨らんでいく。ジェネラルは組織を守るため、ゲマトリアや不知火カヤと取引をした。株価の下落と莫大な賠償金と理事一人の首と何かを取引したのだ。捜査が入っても理事を一人切り捨てるだけでなんとかする腹づもりだろう。
ふざけるな。どれだけ苦労してカイザーコーポレーションに貢献してきたと思っているのだ。
何が悲しくてこんな砂漠で穴掘りの指示をしてきたと思っているのだ。
それをこんな学芸会の延長みたいな茶番で壊されるのか。SRTの離反部隊を使った連邦生徒会への攻撃というシナリオは初耳だが、ほぼ間違い無く不知火カヤの差し金だ。何を交渉するつもりかは分からないが、それでもろくなコトではあるまい。
「くそ、くそくそくそっ! どいつもこいつも……っ!」
最終防衛線をまもなく自律戦車が割るという。砲兵隊は実質的に壊滅し、後方のデポも破壊された。デポからギリギリ脱出した部隊を応援として呼び出したがいましがた通信が途絶えた。おそらく足止めされたのだ。戦術リンクは断絶し、通信も安全じゃないという。
会社ももう守ってくれない。連邦生徒会は言うまでも無い。
「……はは」
笑えて仕方ない。積み上げた全てが崩れていく。
「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
笑いながら一つの部屋に向かう。あぁどうせ、砂漠に消えるなら。
「俺を苦しめたお前が生きてるのは許せねぇよなぁ!」
ドアを開ける。饐えた匂いが鼻をつく部屋の中で。ズタ袋をかぶせて転がしていた
「なんだよ、死んでねぇのかよ。あぁ、ヘイローあるもんな」
足首につけた拘束具を外して首に縄を掛けて無理矢理立たせる。首掴みという1メートルほどのカーボンのハードチューブに結んで輪にしたヒモを通した代物だが、これで相手が暴れても距離を安全にとりつつ首を絞めたりカーボンチューブで追い立てたりすることができる。
せいぜい、盾か時間稼ぎぐらいにはなってくれなきゃ、こっちの溜飲も下がらない。
「お前も死んでくれよ、暁のホルス」
生放送で告知のあった周年くるあのキャラは絶対に迎えなければならないと決意しました。石が消えます。イブキ・セイア貯金が消えます。石貯金がんばります。
戦闘そのものも終盤戦。アビドス組の活躍なのでなんとかしっかり書き切りたいと思います。
次回 見逃した代償
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