マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
「……よかった」
テキストメッセージがシロコ先輩からアップロードされた。病院は電子機器の使用が制限されているのだろう。リンクごとシロコ先輩の反応が消える。同じメッセージを見たであろう先生が大きく息をつくのが聞こえた。
「命に別状はなし、か……まずは第一目標確保、だね」
「脳のダメージもなさそうということでしたが、麻酔が切れてからじゃないと分からないとも言ってたので……手術もまだ続いているみたいですし」
「うん。でも、最悪は避けられた。まずはそれを喜ぼうじゃないか」
結局公共交通機関を使って移動することになったが、先生は落ち着いた様子。まだ朝7時前、通学ラッシュもまだ始まる前の列車は人もまばらだった。あと5分もかからず連邦生徒会が入るビルの最寄り駅に到着するだろう。バッテリー消費が比較的マシなロジコマが二台急行中だが、鉄道のほうが若干早く到着できそうだ。
「……アヤネ、あまり気にしすぎない方が良い。といっても難しいか」
どう答えていいかわからず、黙っていると、先生が「すまない」と一言謝った。
「僕のオペレーションミスだ」
「いえ、あんな射撃、想定できませんよ……」
チヒロさんが確認した結果、やはり自動化された無人機銃があった。装備自体はカイザーグループのものだし、口封じという動機もあるが、ドミネーションが実行されている状況でまともに接続できたとは思えない。謎の攻撃、としか言いようがない。
「先生は……」
「こういう経験があるのか、かい?」
浮かぶのは一時間と少し前の状況。吹き飛んだのはPMCの幹部だったことがわかったが、それしかまだ分からない状況だ。それでも、衝撃的な光景だった。
「僕はそれを仕事にしてきたんだ。まったくもって教育に悪いよ」
いつも通りのテンション。いつも通りの振る舞い。
「……それでも僕は銃を握る以上この危険がつきまとうと思っている。そして僕は僕自身にそれを許している。僕は僕の意志で、僕の責任で指揮をするし、僕の指揮で戦う生徒達の責任は、僕のものだ。気にするなとは言わないし、慣れろとも言わない。それでも銃を持つ以上はつきまとう危険だ……銃は、そういうものなんだと思う」
先生がいつかは銃以外の解決方法を見つけて欲しい、と言った理由がようやく分かった気がした。ショルダーホルスターに釣った銃がとても重く感じる。
「……ありがとうございます」
「うん?」
「私や、シロコ先輩を止めてくれて。……頭が、真っ白になってました。ホシノ先輩が酷いことになってて、犯人が目の前にいて……あのままだったら、私達が殺していたかもしれない」
「あー……うん。まぁ、そうだね。うん、ありがとう」
先生からどこか歯切れの悪い対応が返ってくる。
「どうして先生がお礼を言うんですか?」
「いや……ちゃんと僕の指揮に従ってくれて助かったというのと、ちゃんと真っ当な倫理観で助かったってのとがあってね」
「……なんですかそれ、なんだかアビドスが真っ当な倫理観じゃないみたいな……あ、でも銀行強盗は真っ当じゃないか」
「シロコとは近々面談をしないとなと思っているよ。アビドス高校対策委員会の顧問としても、シャーレとしても」
シロコ先輩はちゃんとそのあたりは真面目だろうから素直に聞くだろう。先生がこんこんとシロコ先輩に説教をしている図を思い浮かべてしまって、笑った。
「……笑える、んですね。あんなことがあったのに」
「うん。笑って良いんだ。あんなことがあってもね」
先生はそう言って静かに頭を撫でてくる。列車のドア上に設置された液晶に連邦生徒会本部前の表示が出る。
「それでも、うん。怒りで引き金を引くのは良くないのは確かだ。怒りや憎しみが引き金を軽くするのは確かだし、僕もそうだった」
「銃の練習をした、という話ですか?」
「うん。それでも僕は間に合わなかった。殺したい程の怒りでどこまでも引き金は軽くなったけど、それでも僕より冷静だった子ども達の方が、早く、正確に状況を切り開いた」
そう話す先生は、どこか苦しそう。
「……引き金は重くあるべきだ。少なくとも君たちの引き金は重くあるべきだと思う」
「私達の……引き金。それってシャーレの部員として、ですか?」
「それもあるけど、どちらかといえばアビドス高校の生徒としてだね。シャーレの部員として、僕の部隊で動くならもう一歩踏み込んだ要求になると思う」
先生は真っ直ぐに私を見てくる。
「悲しい程に銃は道具で、専門教育を受けなくても君たちに絶大な力を簡単に与えてしまう。それは今日みたいな事を簡単に、制御出来ない形で生み出してしまうかもしれない。だから申し訳ないけれど、僕の指揮下にある限り、感情で引き金を引くことを君たちに許すことはない」
先生の目はどこか冷たくて。それでも頭に乗っている手は温かくて、その差にどこか怖くなる。
「怒りがなくても戦闘はできるし、憎しみがなくても戦争はできるんだ。それに怒りや憎しみで戦ったところで、今度は銃を置くことができなくなる。だからこそ君たちは理性で銃をコントロールしないといけない。……それが現実を無視した理想論に過ぎなくても、どれだけ難しくてもね」
列車がホームに滑り込む。頭を撫でる手が離れる。
「だから完璧じゃなくていいけれど、銃と君たちが目指すべきゴールはそこだと思ってるよ。……もしそれを理解してくれる人が増えるなら、僕はうれしい」
そう言って先生は立って歩き出す。慌ててそれを追いかける。
「だけどまずは安全の確保から入ろう」
列車を降りて、改札を出る。地下鉄の出入り口を出るとバリケードで封鎖された連邦生徒会ビルが見えた。指揮車両らしきトラックの脇に立つ影を見つけて寄ろうとしたらしい先生をヴァルキューレの生徒さんが止めた。
「現在封鎖中です。関係者以外の立ち入りは……」
「連邦捜査部のアラタだ。リン代行とアポイントメントは取ってある。リン! カンナも!」
呼びかけるとぺこりとリンが頭を下げた。それを見たヴァルキューレの生徒さんが慌てて飛び退いて敬礼するのに答礼を返して先生は颯爽と中に入る。私もぺこりと頭を下げてついていく。
「状況は?」
「突入したのはSRT特殊学園のFOX小隊4名と判明しました。現在不知火防衛室長が交渉のために呼びかけを続けています」
「4人でこのビルを占拠? すごいね」
「FOX小隊は連邦生徒会の切り札として選抜された特殊作戦専門の小隊です。夜間で警備ロボットも一部メンテナンスに入っていた状況では足止めもできなかったでしょうね」
カンナ局長が先生にタブレットを見せている。ヴァルキューレの現在の配置状況などが表示されているに違いない。サンクトゥムタワーを見上げるが、外壁の損傷はない。窓を破っての侵入などではなさそうだ。
「なるほど……アヤネはSRT特殊学園のことは?」
「噂程度です。学園自治区の垣根を越えて活動するための独立権限を持つ学校で、凶悪犯の逮捕などに投入されている、ぐらいしか……」
「……奥空さんの認識でおおよそ間違いはありません。そのために規模にしては潤沢な予算と設備、連邦生徒会長直轄の活動権限が与えられていました」
リン代行が私の名前を知っているのに変な声を上げそうになったがなんとか押さえ込む。
「いました、ということは過去形だね」
「はい。連邦生徒会長直轄の指揮系統だった関係で予算と権限が現在浮いているんです。連邦生徒会長失踪後は私と不知火防衛室長とで管理する形態となりましたが、実質的にヴァルキューレ警察学校と役割が共通することからヴァルキューレ警察学校に統廃合する方針で審議が進んでいます」
「ということは要求はその審議自体の凍結、かな?」
「ご賢察の通りです。ハイネ体育室長などの統廃合推進派は今日の決議に向けて泊まり込みで準備中でした。なのでそこを襲われたことになります」
リン代行の説明に先生は顎に手を当てて考えこむような間を取った。
「要求が呑まれない場合はどうすると?」
先生の質問に今度はカンナ局長が答えた。
「連邦生徒会やヴァルキューレの防衛室データベースを一般に公開する、と」
「あ、推進派を処刑するとかそういうのじゃないんだね」
先生はこういうときにかなりドライだ。処刑というワードにぎょっとして先生を見るが、それはリン代行も一緒だった。なぜかカンナ局長だけはため息をついて続けた。
「とはいえ、公開されれば大変なことになります。データベースはヴァルキューレ警察学校やSRTの執行記録や装備のスペック、それらに関する入札記録など、機密情報を多く含みます。特に装備系の情報は正確な情報が犯罪集団に知られることは、警ら学生などの安全を脅かす重大な事態です」
「公開するという選択が取れないということは、人質として有効なんだね。要求への回答期限は?」
「もう過ぎていますが、応答はなく……」
「……ちなみになんだけど、火災警報とスプリンクラーが1時間と34分前に鳴ってると思うんだけど、それってどうなったんだろう」
「火災の発生は確認できていません。混乱目的で警備システムを利用したものと判断しています」
先生は頷いて通信を開いた。スピーカーモードで先生のタブレットから音を出すようにしていた。
「ハレ、データベース云々はブラフの可能性が高いと思うんだけど、電力消費はどうだい?」
《最低限の出力しか出せてない。……というよりごめん、こっちの攻勢防壁で焼いてる可能性がある、というか、多分焼いてる》
「じゃ、じゃあ目的は……?」
「統廃合を推進する勢力への警告、かなぁ」
先生がそう言うとリン代行があんぐりと口を開けている。カンナも頭を抱えていた。
「……どういうことですか? 攻勢防壁で焼いてる? どうしてシャーレが連邦生徒会のシステムを破壊するんですか?」
「戦闘中にこのビルの内部からクラッキングを受けたんだ。その時にシャーレの防衛システムがオートでデータを壊したかもしれない。という話らしいんだけど……」
「納得はしがたいですが、理解はしました。火災警報はその時の物理火災を消し止めるため、だったかもしれない、ということですか」
リンの疲れ切った声に首をかしげるのはカンナだ。
「しかし警報が鳴ったのは地下2階の機械室で電算室がある地下4階ではないんですが……」
《機械室……?》
「ハレ、どうした?」
《……先生、連邦生徒会ビルの北、地下に水路がある》
水路、と聞いて北の方を見るが片側二車線の大きな道路があるだけで川は見えない。
《ごめん、言い方が悪かった。地下に暗渠で水路が通してあるの。……で、図面だと機械室の脇にポンプ室があるんだけど、ビル火災とかで緊急に大量の用水が必要になった場合に通常の水道と併用して取水できるようになってるっぽい》
「消防水利……ってやつか」
先生が呟くように言った。
《で、そのポンプと水路を繋ぐパイプの点検口が地下2階にあって、取水口は消防システムに連動してる。……多分だけど、もう逃げてると思う。こっちがカウンターハッキングを仕掛けてから火災警報までにタイムラグもあったし、ハッキングと火災警報は多分別件》
「じゃあシャーレのシステムに侵入したのは?」
《さすがに犯人じゃないから理由までは……ね。でもその時シャーレはヴァルキューレと連邦生徒会交通室の公認で、交通管制システムに網を張ってた》
そこまで言われれば、なんとなくイメージがつく。
「ヴァルキューレのシステムの様子を探ろうとして交通管制システムから飛んできた……ということですか?」
《うん。だからシャーレへの攻撃は結果であって、ヴァルキューレのシステムに侵入して状況を探るのが本来の目的なんだと思う。でもシャーレが人質にするはずだったデータを焼き切ってしまったからバレないうちに撤退……って線、ありそうじゃない?》
「……カンナ、どう思う? このあたりは僕もあまり詳しくなくてね」
「あり得ます。あり得ますが……。突入は最後の手段にするしか……中に人員が居る以上、うかつに断定して危険にさらすわけにも……」
そのタイミングで指揮車の扉が開く。
「ダメですね。リン代行。私でも応答しなくなりました。……って先生? アビドス砂漠のハズじゃ」
「やぁカヤ。こっちが大変そうだったから様子を見に来たんだ。FOX小隊は応答しない?」
ピンク色の髪をした糸目の人が先生を見て驚いている。
「そのご様子だと状況は理解されているようで。えぇ……ダメです。まったく応答しません。リン代行では拒否され、私も応答されなくなるともう突入しかないかもしれませんね……けが人もいるようなので、あまり待てないかと」
「……不知火防衛室長。シャーレから相手は暗渠を伝って既に逃げたのではとの見解が出ています」
リン代行が伝えると。一瞬なにを言っているかわからないといいたげな表情を浮かべたその人、カヤ室長がぽんと手を打った。
「あぁ、消防水利。なるほど……すいません、防衛室の管轄外なので完全に失念していました。応答が無くなったのともつじつまが合いますね。可能性は高いかと」
「では……代行権限で指示します。防衛室長とヴァルキューレ警察学校は突入に向けた用意を」
「わかりました。公安局長、人員を抽出し警備局と合同で突入をお願いします。また合わせて3キロ圏配備を5キロ圏に拡大、清渓川と23号放水路を重点的に捜索するように指示出しをお願いします」
「はっ!」
形式張った敬礼をしてカンナ局長が去って行く。
「僕も手伝った方がいいかい?」
「あー、いえ。ここはヴァルキューレの顔を立てていただけると助かります。横入りは現場の士気を下げますので」
申し訳なさそうにカヤ室長は言って笑った。先生もそれ以上は前に出ることなく素直に引き下がる。
「わかった。必要なら言ってくれ。直接指揮じゃなくても補佐くらいはできると思う」
「えぇ、その時はお力をお借りします。陣頭指揮に入りますので、それでは」
カヤ室長はそう言って指揮所に戻っていった。
「リン、僕もシャーレ本部に戻る。状況は見ておくから何かあったらすぐに連絡を」
「はい。助かります」
リン室長が丁寧に頭を下げている。先生はサンクトゥムタワーをさっと見上げてから背を向けた。
「……ただの事故、だったのか?」
先生が喉の奥に刺さった小骨を気にするように、そう呟いているのが少し気になった。
黄昏時というのは便利だ。一般人が暗闇に目が慣れる前に姿をくらます事ができる。
「……お疲れさまでした」
小隊全員でブラックマーケットの下水処理場の側まで予定通り撤退すると思わぬ声がかかった。放水路やメンテナンス用のトンネルを乗り継いでここまで下ってきた。脱出ポイントの大昔の下水トンネルの出口なんて、人がいることはまずない。まだ街灯が付かない薄暗い出口でも桃色の髪は目立った。
「防衛室長がこんな所にいていいんですか」
「少しだけなら。それに、部下の献身に上司は応えるべきです。七度ユキノ隊長、貴女はよくやってくれました。小隊の皆さんも、五体満足なようで何よりです」
連邦生徒会の制服の上からベージュのトレンチコートを羽織った不知火カヤは笑って見せた。桃色の髪が上機嫌に揺れる。
「任せられた任務は完了する。それで……首尾は」
「もちろん無事に上手くいきましたとも。無事にシャーレに機密を焼かせることで貴女達の詳細についても情報は闇に消えました。これでSRTは真に影であり続けることができるでしょう」
「……影?」
「おや、この話はユキノにしたことはありませんでしたか」
上機嫌なカヤがゆっくりと近づいてくる。
「影をなくすことはできません。光がある限り影は生まれます。しかしそれは光の副産物という意味ではなく、影にも意味があります。その意味とは、恐怖です」
その話なら聞いた覚えがある。
「……太陽も死も見つめ続けることはできない、だったか」
「えぇ、ラ・ロシュフコーの『
朗々とした演説は続く。
「太陽を直視できない代りに、人は影で太陽を知覚する。その輪郭をもって本質が何かを知らしめるもの。抑止力とはそういうものでしょう。ただその影が知られて良いのは輪郭まで。そこを覗き込んだ者には恐怖を与えるものであらねばなりません。FOX小隊はその恐怖としての役割を果たした。それに私は敬意を払いたいと思っています」
恭しく礼をするカヤ。
「敬意なんて必要無い」
「おや。これは失礼。そういう意図ではなかったのですが……では言い換えましょう。SRTは連邦生徒会において、銃であり続ける」
人差し指をぴっと立ててカヤは続けた。
「銃に求めるのは、威力でしょうか、速射性能でしょうか、安全性でしょうか。どれも間違いではいないでしょうが、本質は『必要なときに撃てる事』です。そして、安全にハンドリングできるならば、過剰なセーフティは不要。撃つその時まで指を掛けなければいいのです」
そこで、もったいぶるように間を取った。
「故に引き金は、軽い方が良い」
「……面白いたとえ話だな」
「笑いを誘えたならなによりです」
そう言ってカヤは肩をすくめた。
「我々SRTは、FOXは法執行機関の最たるものだ。我々は道具であり、それが適切に管理されることを望む」
「ならば私は今後とも貴女達を振るいましょう。そしてその恐怖そのものがSRTを存続させ続け、居場所を守るでしょう。その影の志を継ぐ後輩達を守るでしょう。その未来を私なら、貴女達となら、描くことができるはずです」
そう言ってカヤは近づいてきて、肩に手を置いた。耳元に口を近づけてくる。
「私に付き従いなさい。私が恐怖と平和の使い方を教えてあげましょう」
カヤはそう言ってくるりと背を向けトレンチコートを翻した。
「戦闘は一段落ですがこの騒動はまだ終わりません。またほとぼりが冷めたら仕事になるはずです」
「防衛室長」
「なんでしょう」
そう言いつつも不知火カヤは足を止めず、河川敷に出て、堤防に続く階段に脚をかけていた。
「道具に意志は必要無い。だが、なぜ室長は私達を使う?」
その問いに足を止めたカヤが振り返る。日が暮れて照度が落ちたせいだろう。LEDの街灯がともった。その明暗差でカヤの表情が塗りつぶされる。
「誰も泣くことのない、明日のために」
なんとかアビドス高校対策委員会編のクロージングが見えてきました。あと少し、あと少しだけお付き合いください。
次回 未熟な二人
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