マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる -   作:オーバードライヴ

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F1-002:銃を買いに行く

 アラタに恋をしているという自覚はあるし、愛しているという自覚もあった。だけれども、いつから恋をしていたのか、いつから愛しているのかというところについては、あいまいなままだ。それは故郷(ふるさと)を自分たちで焼いてからずっとわからないままで、『前世から好きだった』というのでも納得できるぐらいには、強く、ただし形のない愛を持て余している。

 

 それなのにあの人はいつも、私の求愛をのらりくらりと避けてしまう。接吻までしたのに、あの人には届かない。イヌワシは人の倫理では動かないからだ。どうしてこんな人を愛してしまったんだろう。こんな人だから愛してしまったのだろうが、もう少し器用に恋がしたかった。こんなにも苦しい気持ちをどうやってみんな伝えているのだろう。

 

 あの人はイヌワシだった。イヌワシであり続けた。勇猛に攻め続けることで、私たちを守り続けた。それは初めてあの人と出会った砂漠から変わらない。部隊が4000人まで膨れ上がっても数万台のロボット歩兵を指揮するようになっても変わらなかった。あの人の瞳は濁ることなく、私たちを空から見ていた。その高潔さを誰も汚すことはできなかった。少なくとも地球ではその高潔さは最後まで保たれたことになる。

 

 あの人を乗せたランドクルーザーが吹き飛んだ衝撃はとんでもなかった。結局あの人は私を娶ることなく対戦車地雷を踏んだという。焼け焦げたあの人のインフォメーション・イルミネーターが見つかって死んだということになったが、私は騙されなかった。熱で胎児のように体を丸めた焼死体は身長が低すぎる。つまりあの人のボディではない。あの人は死んでいない。

 

 それに気が付いたのは現場に急行したイブンとジニ、あと私だけだった。だが、その喜びに打ち震えて全体に報告しようとしたらイブンに羽交い締めにされたし、イブンから秘匿回線で報告を受けたオマルもイブンを支持した。イヌワシは何らかの理由があって、姿を消す必要があったのだ。それは私たちに知られるわけにもいかないような機密事項の可能性が高い。オマルには引き継ぎ書類がある程度そろっていて、アラタが始めようとしていた飲食店事業やバングラデシュでの船舶解体事業には影響がなかった。それに、アラタが消えてから、落ち着いてきていた戦線も完全に沈黙した。なんらかの取引があったに違いなかった。

 

 正しいとはいえ、イヌワシのことをイブンやオマルの方が理解しているというのがどうしようもなく悔しくて泣いた。ジニから久々に姫様呼びされたのは悔しかったけれど、後続の応援部隊が来た時にはちゃんと私の眼が赤くなっていたようで、不審がられずに済んだのだけはよかった。

 

 オマルは老師ランソンに連絡を取り、部隊としてもイヌワシは死んだものとして扱うしかないと結論付けた。腐らせるわけにはいかないという大義名分で急いで誰のものかわからない焼死体をちゃんと火葬しなおして埋めた。死体を見ていないホリーさんとソフィさんを騙すことになるが、この罪はいつか私たちが清算するしかないと沈黙を守った。これで地獄に落ちるなら、喜んで落ちよう。

 

 そんな時に、あの預言者が現れたのだ。アラタの居場所を知っているという。つまりはあの人の死亡を捏造した関係者だ。どちらかと言えば見た目も悪魔に近いし、取引も悪魔的だったが断る理由はなかった。あの人のいる場所が私のいるべき場所だからだ。

 

 約束を反故にされたら殺した後内臓を取り出して首に巻いて晒してやるつもりでいたのだが、約束を守った以上、次に会った時に殺すだけにしようと思う。ホリーさんやジニからあの人を奪ったことは万死に値するが、あの人は死体の損壊を許さない。

 

 そもそもあの預言者、内臓がちゃんとあるのかも怪しい。1マガジンのフルメタルジャケットを顔面に食らって笑っている人間は、おそらく人間ではない。

 

 そうしてなんとかこの世界に飛んできたのだが、武器がないのはいいとして、体が縮むのは予想外すぎた。あの人に出会ったころを思い出したし、少しでもあの人の傍にいられる時間が増えたものと納得したことにしたが、居場所を知っていると言ったあの預言者は、知っているならちゃんと誘導するべきだと思う。あの人に会えなかったらやっぱり内臓を首に巻いてやるべきだと確信していた。そのためにもちゃんと腸があると助かるのだが。

 

 通じない言葉に苦戦しつつも、ヘルメットギャングのヘッドに行きついた。英語を喋れたのは(ラヴ)とかふざけた名前の女だけだったがおそらくコードネームか何かだろう。ともかくアラタの情報を聞くことができた。仲間になれと言われて断ったら攻撃してきたので、奪った銃で大立ち回りをする羽目になった。自業自得だと思う。イヌワシの部隊に比べれば速度も連携もお粗末だった。あの人と交渉したことがあると言っていたが、痛い目にあったから仕方なく交渉に応じただけに違いない。あの人は一度攻撃して交渉することをよくしていたから、あの人と話したことがあることだけは信じてもよさそうだった。

 

 それにしてもこの体というか、天使の輪が浮かぶ体は便利で不便だ。ヘッドショットかハートショットでも貰わない限りは痛いだけで戦闘を続行できるようだった。幸運なことに、これまでまだ耳を1発掠っただけで弾丸をもらっていないのだが、大胆に動いても死なずに済みそうなのは便利だろう。ただヘッドショットを決めないと相手が気絶してくれないのは困る。あの人はこれをどう解決してるのだろう。

 

 そんな大冒険を経てあの人のところにやってきたというのに、あの人は私がホシノと名乗った女に質問責めになっているのをいいことに、私のことを見ずにインフォメーション・イルミネーター……ここではシッテムの箱というらしいが、それを見ている。ペルシアやアフガニスタンをさまよってたころを思い出す。あの時も携帯電話に夢中で私を見てはくれなかった。ずっと離れ離れだったのだ。目を見て話してほしいし慰めてほしい。欲張りだろうか。ふしだらだろうか。誰も回りにいなければ被り物(ヒジャブ)も外して寄り添えるのに、ここは公共交通機関の中だからできない。

 

 今は地下鉄(メトロ)の中、武器の調達のために武器商人を訪ねるらしい。客車の窓に張り付くような長いベンチのような椅子に7人1列に座っているのだが、真ん中に座るあの人の隣は銀髪に犬の耳がついたシロコとホシノが固めている。私はホシノの隣で反対側には英語が話せるアヤネという耳のとがった眼鏡の子がいる。ソフィさんを思い出す。

 

 今日一緒にいるメンバーが書類上同じ学校に通うクラスメイトになるということらしい。犬耳銀髪のシロコとホシノはあの人の職場で会ったが、残りのメンバーは私とあの人がサラダを食べている間に合流した。アヤネが差し出す山のような書類にひたすらサインをして今に至るが。あの人がきっちり確認していて大丈夫だということだったので、何にサインしたのかはもう覚えていない。学校でのランクとしてはアヤネと猫っぽい耳が生えた黒髪のセリカと同じとのこと。セリカの英語は聞くに堪えないレベルで、あの人からフォローを入れられていた。そのセリカは今シロコの隣で携帯電話を弄っている。

 

 今になって思えばあれが学校への転入書類なのだから、もう少し甘えてサインを渋ってもよかったかもしれない。とはいえあの人がその学校でも唯一の大人で管理者ということだから、離れ離れになることはないだろう。

 

「……で、ジブちゃん。これは完全に蛇足な質問なんだけどね」

 

 ホシノが英語で聞いてくる。こういう回りくどい言い方をしてくる相手は苦手だった。こういう時の蛇足だとか世間話とかが相手の知りたいことだというのは本当にやめてほしい。聞きたいことはしっかり聞くべきだと思う。

 

 とはいえホシノは英語がかなりうまい。アヤネもなんとか話せる程度で、残りの三人――シロコとセリカの他に胸がやたら大きなずっと笑顔のノノミという金髪――は英語は苦手らしい。このキヴォトスという土地は英語が話せるのは少数派らしい。言語としては朝鮮語に似ているだろうか、アラタの故郷だという日本(ニッポン)の言語に近い。実際唯一知っている日本語の挨拶“コンニチワ”は通じた。

 

「君もおじさんと同じでやっぱり先生に助けられたりして惚れた感じ?」

 

 あの人が噴き出すのが見える。

 

「も、ということは、貴女『も』ですか。ホシノ」

「そうだねぇ、だよねぇ先生」

「君が勝手に銃を僕に預けて怪しい大人についていくのを止めた、という意味ではそうだね」

 

 あの人は私の視線に気が付いているはずなのにがんとしてこちらを見ようとしない。仕方がないので立ってあの人の方に向かうがあの人はずっと目をそらしている。視線が合わないということは私の動きをみて目をそらし続けているということだ。

 

「アラタ、何か言うべきことがあるのではないのですか?」

「子どもを助けるのに説明が必要かい?」

「よく聞こえませんでした。もう一度言えるものなら言ってみてください」

「それは聞こえているだろう」

 

 目をそらしているのはなにかやましいことがある証拠だろう。私やジニだけではなく、ホリーさんがどれだけ泣いたかわかっているのだろうか。

 

「イヌワシに人の気持ちをわかれと言うのが無茶なのはわかってましたが、これほどとは……」

「ジブリール、僕も人の子だと自負しているんだけどね」

「知りません」

 

 ついと顔を逸らすと、ため息をつかれる。苦笑いをしているのはアヤネだ。ホシノはにんまりと私を見ていてなんだか悔しい。

 

「落ち着いてジブちゃん。私は四番目でいいから」

 

 ホシノがそういうとシロコが何かを言っている。内容はわからないが声のトーンからしてなにか抗議している様子。この調子で周囲の警戒ができているのだろうか。

 

「アラタは傍に誰を置くべきか、よく考えるべきです」

「みんな戦闘能力は折り紙付きだよ」

「そういう意味ではなく……いえ、そういう意味でもそうですが!」

 

 もう一度狙撃やら対戦車地雷やらで消えられても困ると言う意味ではそうなのだが、私がそういう意味で言っているのではないということはさすがにわかっていると思いたい。ロバみたいに頑固だという表現(イディオム)があるが、イヌワシはロバより頑固だ。

 

 だが、頑固だからこそ私たちを見捨てなかったし、率いてくれたのだから、イヌワシのあきらめの悪さは美徳でもあり、強さでもある。それがうれしくも悲しい。なんでこの人は私を見てくれないのだろう。

 

「イヌワシは強くあるべきです。そして規範であるべきです。それは家の中でもそうあるべきです」

「前半部分については同意だね」

 

 さぁ降りようか。とごまかしてあの人は皆を連れて降りていく。ホシノが松葉杖なのもあり、エレベータを使って地上に登ることになった。

 

「で、先生。ジブちゃんの武器が多分シャーレの標準武装になってくんだよね?」

 

 ホシノがエレベータを待ちながら先生に英語で声をかけていた。

 

「そうだね。どちらにしてもロジコマに積載しておく標準武装を大口注文する必要があるからね。前の部隊でもジブリールやジニに試射をしてもらって注文を決めていたからそれに倣おうと思ってる。それがどうかしたかい?」

 

 あの人はそう言って真面目な顔でエレベータの階数表示を見上げていた。信頼してもらえるのは本当にうれしい。狙撃銃以外ならそこそこ使いこなせる自信もあったし、私のことをちゃんと見てもらえているというだけでこんなにもうれしい。

 

「シャーレとしての標準武装となると、おじさんたちも慣れた方がいいだろうなって思って」

「一応個人所有の銃の使用は制限しないよ。ただ、ロジコマに標準搭載できる弾薬には限りがある。銃とセットで積載する必要があるだろうから、慣れるに越したことはないだろうね。まぁいくつか試射させてもらいつつ、数丁買って数百発ずつは皆に撃ってもらって正式採用は考えるつもりでいる」

「すごい念の入れようですね……」

 

 アヤネが会話に混ざる。英語の会話についていけてないのか、シロコ達はシロコ達で話し始めている。情報収集に言語能力がいるというのはこういうことだろう。私もここの言葉を覚えないと取り残される。

 

「まぁ、みんなの命を守るものだからね。妥協はしたくないんだ。活動服も制定してくれとリン代行やユウカから言われてるから、それも試作品ができればジブリールや君たちにもテストしてもらうつもりでいる」

 

 あの人はそう言ってやってきたエレベータに乗る。ぞろぞろとついて入るとゆっくりと上昇しはじめた。

 

「服も変えるのですか?」

「警察のようなことを活動としてするからね。それとわかる服装が必要だ。……被り物(ヒジャブ)を外せとは言わないから安心していい」

 

 あの人は笑った。ちゃんと私の心配をわかってくれるのはうれしいけれど、その笑顔は二人きりの時にするべきだし、そのまま私の知らない言葉でシロコ達と会話するのは少し心がざわついてしまう。私の知らない言葉でしゃべらないでほしい。これは深刻な問題だ。急いで彼女たちの言語を覚えなければならない。もしくは彼女たちを引き離さなければならない。

 

 あの人の袖を引くとその手が私の頭に乗る。子ども扱いされているようで悔しい。実際背が縮んでしまっていて、子どもにしか見えないのが本当に悔しい。あの人との距離がまた開いてしまった。

 

「何はともあれ、まずは銃から決めていこう」

 

 地上に出ると綺麗な太陽が照らしてくる。ここの空には天使の輪のような模様が浮かんでいて、地球じゃないことを思い出した。ジニたちは大丈夫だろうかと思う。せめてジニやホリーさんにはあの人の無事を伝えたい。そのためだったらあの預言者を殺さなくてもいいかもしれない。次会った時に考えよう。

 

「で、ホシノの言う武器の店ってのはどっちだい?」

「こっちこっち、ついてきてー。そこの人たちは英語通じるから安心していいよー」

 

 そういって松葉杖をついているホシノについていく。あの人はホシノをかなり信頼しているようだ。時間というのは残酷だ。それでも私の時は、こんな短時間で信頼されただろうか。信頼されていたような気もするし、そうじゃない気もする。どこか心がざわつく。

 

「そうそう、ここここ。あのビルだよ」

 

 こぎれいな街並みの中ではわずかに浮いたビルがあった。4階建て、正面に非常口以外の窓がない。おそらく対爆構造だ。

 

「H&Cロジスティクス・インコーポレイテッド。カイザーグループを避けて、武器の質も量もってなるとここぐらいしかないんだよねぇ、選択肢。店員の雰囲気あんまりよくないけど」

 

 迷いなく入っていくホシノを追って店の中へ。なぜかシロコは緊張した様子。反対にノノミは慣れた様子だった。アラタが説明してくれたが、どうやらノノミの親族がやっている会社とも取引があるらしい。

 

「こんにちはー」

「やぁミス・タカナシ」

 

 白人らしい銀髪に青い瞳をもつ男の人とホシノが何か話している。あの人以外にちゃんとした男の人をこの世界で見るのは初めてだ。一言二言ホシノと会話したその青っぽいスーツを着た人がすたすたとあの人の元に向かう。反射で半歩前に出そうになったのをあの人自身に止められる。反応速度が落ちているのを後悔した。

 

「初めましてMr.アラタ。HCLIの武器商人、キャスパー・ヘクマティアルです。シャーレの活躍はかねがね。携行火器がご入用だとか」

 

 ネイティブな英語が飛び出してくる。あの人は差し出された手を素直にとって握手していた。武器商人というのは白人が多いのだろうか。キャンプハキムに出入りしていた武器商人も白人だった。……まぁ、あの時の武器商人は老師ランソンの親族だと言っていたから白人で当たり前なんだけれども。

 

「この子が使う銃が必要で、いくつか試射も含めてさせてもらいたいのですが」

「フフーフ。もちろん構いませんよ。さぁ奥へ。Miss.タカナシのご紹介ということですからレクチャーも不要でしょう」

 

 変な笑い方をする人だ。その人に上機嫌で奥へと通される。このキャスパー・ヘクマティアルと名乗った武器商人、おそらくあの人が一番嫌いなタイプだろう。

 

「どうぞごゆっくりご覧ください」

 

 うやうやしく礼をする武器商人。その態度はあまりにわざとらしく、薄っぺらい。少なくともいい人ではなさそうだった。




HCLIが出てくるのは完全に私も予想外でした。
武器を売る人が必要だからって本当にどうしてこうなった……!

ヨルムンガンドから借りている面々が大活躍する機会は多分ないと思います……多分! もしかしたら武器を売りに来るかもしれませんが……それ以上の活躍は多分しないと思います。

次回 武器を買う

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