マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
「Let's go, Gibril. Beat them to it.」
「ちょ」
そう声をかけるとジブちゃん――――
仕方ないので、机の下に蹴りこんだ先生の壁になることにした。この先生、ヘイローがないから弾丸一発で死ぬほど危ないのに反射でゲヘナの給食部の子のカバーに入ろうとした。大丈夫だよ先生、ビルごと爆破とか対地ミサイルとかバンカーバスターとか、質量で来られると死ぬけど、小銃やグレネードぐらいではみんな死なないから。ヘイローのない世界で戦ってきたらしいから不安だろうけど、そこまで私たちは柔らかくない。痛いぐらいで済む。
でもこんなこと言うと、先生は怒るんだろうなぁ。ギプスで小突いて机の下に蹴りこんだことは謝らなきゃいけない。この位置なら最悪でも私が肉壁になるだけ。人体は案外爆風も破片も防げるものだ。
そもそも盾があるから私がちょっと痛いだけなら、まぁいいだろう。私が先生や後輩に押し付けようとした責任とか後処理に比べれば軽い軽い。ましてや先生に死なれるわけにはいかないのだ。
「Yuka, Ayane. Escort the two of Food Service and break away. Dust shooter is available in the kitchen. Stand by in the waste storage area No1 till LCM picks you up. Beware of reinforcements」
フラットで落ち着いた声のトーンに似合わない、先生の超高速詠唱が飛び込んでくる。英語というよりもはや呪文の域、わかっちゃいたけど先生の英語は上手い。速度が速いのは内容を圧縮して話す必要があるぐらい状況がひっ迫したせいだ。それでも相手がほぼ不意打ちでやってきてから先生が指揮を開始するまでたぶん5秒もなかった。しかもその間に机の下に蹴りこまれている。考えている時間なんて1秒未満じゃないだろうか。その間に対処方針がはじき出されている。よく考えれば意味が分からないぐらいの速度だ。
指示の内容は明快だ。ユウカちゃんとアヤネちゃんに護衛させて給食部の二人を離脱させる。経路はキッチンのダストシューターから第一廃棄物保管庫へ、そこでロジコマが4人を拾う。増援がある可能性が排除できない。要警戒。
アヤネちゃんたちならこの速度でも聞き取れるとの信頼があったんだろうけど、聞き取れてない給食部の二人、フウカちゃんとジュリちゃんが困惑しているのは多分先生からは見えてない。案の定ユウカちゃんが黄色い三角巾をつけっぱなしにしているフウカちゃんを抱えて駆けだしたときは泣きそうになっていた。
ユウカちゃんがそのまま料理を出すためのカウンターテーブルを足場にハードル走の要領で提供口を飛び越えていった。あれをほぼ説明なしでされているフウカちゃんは怖いだろう。そして今からあの勢いでダストシューターに叩き込まれるからもっと怖いはずだ。とはいえ2階の食堂から地下1階の第一廃棄物保管庫までだから9メートルぐらいしかない。ごみが緩衝材になるだろうし、足からゴミ箱にシュートされればひどい怪我にはならない。超エキサイティンな体験だろうけど、まぁ許してもらおう。
「Come on, we're gonna hold them back」
先ほどより気持ちゆっくりな詠唱。おそらくこれはセリカちゃんや私あてのもので、セリカちゃんのヒアリング速度に配慮した形だろう。まぁそれでも速いんだけど。
さて、私もいい加減役立たないといけない。ジブちゃんがテーブルを足場に相手の懐に飛び込むのが見える。先生の肩に飛び乗れるぐらい身のこなしが軽いのは知っていたけど、迷いなく飛び込んでいく。なんというか危なっかしい。それでも相手はフウカちゃんを目で追ってしまい、ジブちゃんへの対応がわずかに遅れた。相手はゲヘナの札付き、美食研究会。
美食研究会は正直便利屋よりやっかいだ。どんな形で相手の地雷を踏むかがわからないし、風紀委員会と日常的に衝突しているのもあって、全員が練度も高い。これまで手合わせをしたことこそなかったものの、砂漠ならではの料理がないかとアビドス自治区に来たことがあって、セリカちゃんが巻き込まれたのをきっかけに情報を一通り漁った。なんでもサソリで出汁を取れないかと柴関の大将に相談しているシーンに遭遇したそうだ。おかげで全員の情報は既に握っている。
ヘッドは長身白髪のお嬢様、狙撃銃を持つ黒舘ハルナ。
グレネードランチャーをオプション装備したバトルライフルを扱う大飯喰らいの鰐淵アカリ。
マシンガンを手にした、やたらとグラマラスなゲテモノ好きの獅子堂イズミ。
最年少で旧式のバトルライフルを2丁持ちしている赤髪の赤司ジュンコ。
何がまずいって、全員火力バカなせいで瞬間的な投射火力がえげつないのがまずい。火力という意味では唯一マトモな黒舘ハルナもキレるとレストランだろうが屋台だろうが食堂だろうが爆破して帰る。なんなら飯に敬意がないと口にしてゲヘナ風紀委員会の留置場を爆破して帰宅したらしい。なんでアビドスが廃校の危機で、こいつらが破産してないんだと愚痴の一つも言いたいけれど、おそらく借金総額ではきっとアビドス高校の方がひどいのだろうと思って考えるのをやめた。なにより今は相手の財布より先生の命を心配したい。
こっちは盾のおかげで弾丸から先生を守れる体制、このビルに火薬を仕掛けるような時間があったかはわからないが、おそらくはまだだ。その状況で誰が一番脅威か。
「あらっ!?」
ジブちゃんは正確に見抜いてあたりを引いた。HK416Cカスタムをスリングに預けて両手をフリーにし、鰐淵アカリに飛び掛かる。この状況ではグレネードを投射されるのが一番怖い。さすがは先生が信頼を置く子。視界も勘も効くタイプだねジブちゃん。えらいえらい。投射火力が高いなら全力で撃てない状況を作るに限る。相手もまさか文字通りの
「ウソでしょ!?」
セリカちゃんが驚きつつも慌てて銃を構える。反応遅いぞセリカちゃん、明日猛特訓だ。
ジブちゃんは飛び上がって胸の付け根というか肩に着地すると同時に、鰐淵アカリの小銃のアッパーレシーバを鷲掴みにしてそのままストックを叩きつけていた。あれは痛い。すごく痛い。ちゃんと構えてないと鎖骨がへし折れる。構えていても青痣必至だし、重心を無理やり崩されるので後ろにすっころぶことは避けられないし、あれでは受け身がとれるはずもない。銃を奪われるか後頭部をぶつけるかの選択を迫られるから、結論として有効だ。やりすぎだけど。私も予想外だったけど。
「うきゃんっ!?」
鰐淵アカリの悲鳴。ゴッという鈍い音はおそらく後頭部を床のタイルにぶつけたときの音。ジブちゃんは鰐淵アカリの銃を手に、さらに敵陣の深くへと飛んでいく。銃は鰐淵アカリが頭をぶつけた時にもぎ取ったらしい。
ジブちゃんの先にいたのは……獅子堂イズミ。
「ちょおっ!?」
獅子堂イズミの銃は火力も高いが図体も大きい。おかげでジブちゃんみたいな小柄な機敏な子に懐に飛び込まれると地獄を見る。ジブちゃんはゴルフの要領で銃身を持ってストックを相手に向かってフルスイング。樹脂製の外装とはいえ、ぶつかると堅い音がする。慌てて後ろに飛びのいた獅子堂イズミの銃口が跳ねあがって明後日の方向を向く。それはすなわち、ジブちゃんをポイントするだけの時間がより遅れるということで。
そのままの動きで鰐淵アカリの銃を遠くに放り投げ、その動きで一歩さらに獅子堂イズミと距離を詰める。獅子堂イズミは半ば意地でジブリールを食い止めようと銃を振り下ろすようにして銃口を戻す。それでもジブちゃんは顔色一つ変えない。手がベルトの位置に回る。背中に回すようについているのは―――マチェットだ。
シースについた砥石と刃が擦れる独特な音がして、直後にマチェットの刃が銃に突き刺さる。銃を切り落とすのはまず無理だが、刃物の食い込んだ銃なんて怖くて使えない。銃身にダメージが入っていたら、そこから割れて発射時のガスで大やけどとか十分にあり得るからだ。これで獅子堂イズミのメイン火力は潰せただろう。
ジブちゃんもそのあたりはわきまえているのか、抜けなくなったマチェットを素直に諦めて距離を取る。ホルスターに手が伸びていた。
「なにこの子!?」
赤司ジュンコが驚いている。二人が一瞬で武器を失ったわけだ。そりゃ驚くだろうし、私も驚いている、この子シロコちゃん以来の逸材なのでは? 横で先生が白目を剥いている気がしたが多分気のせい、タブレットに爪が当たるコツコツという音がするから白目を剥いている余裕はない。おそらく脱出するフウカちゃんたちの迎えのロジコマの手配中だ。
「このっ!」
「セリカちゃん、カバーいこう」
赤司ジュンコがようやく動き出す。ジブちゃんが拳銃のスライドを引いている。薬室を空にしてキャリーしていたんだろう。その間にジュンコの銃が向く。
「目標赤髪。ジブちゃんにあてないでよ~」
「わかってる!」
先生を射線から外す意味もかねて、セリカちゃんは移動しながらフルオートで赤司ジュンコを横なぎに撃った。移動しながらの射撃はセリカちゃんもだいぶ上手くなった。
「いだだだだだだっ!?」
移動しながらだとどうしても大雑把な射撃になるが、そのついでで弾をくらっている獅子堂イズミが悲鳴を上げている。部屋にエントリーした状態で散開してないのが悪いし、その場でマチェットを銃から外そうとしているのも判断ミスだ。銃をさっさと捨てて拳銃とかのセカンダリに持ち換えるべきだった。……まぁ持ってれば、だけど。
私もショットガンの槓桿を引く、オープンになった排莢口に
「Disarm and surrender」
「……食卓に土足で上がるなど、教育が必要なようですわね」
「Shut up, you. I say again. Disarm-and-surrender」
黙って武装解除しろというジブちゃん。一方でどうもテーブルを飛び石替わりにジブちゃんが飛び掛かったことが黒舘ハルナの逆鱗にふれたっぽい。だけどそれを言うならちょうど晩御飯のタイミングで突撃している美食研究会もどっこいどっこいだろう。こうなりたくないなら、アポイントを取ってから来るべきだし、監視カメラを破壊しないことだ。
「If you speak English, I will listen to your explanation」
「うわぁ……先生、ジブちゃんて結構強気?」
「ホシノが焚きつけるからだ」
だとしても先生、普通は敵陣のど真ん中で『英語なら弁解ぐらいは聞いてあげます』とか言わないって。
そのころになってフウカちゃんの悲鳴が遠くに聞こえた。ダストシューターから離脱したらしい。よしよし。あと1分もかせげば私たちの任務は完了ということになる。
「……っ!」
赤司ジュンコが飛び出した。敵ながら良い判断だろう。セリカちゃんのいる方に飛んだのはおそらく黒舘ハルナや獅子堂イズミを巻き込まないため。そして獅子堂イズミを巻き込んで撃つ判断をしたせいで、弾丸をかなり消費したセリカちゃんはリロード中だ。撃つにしても撃たれるにしても味方を巻き込まないようにするのは鉄則だ。ジブちゃんにプレッシャーをかけつつ、黒舘ハルナを守り、セリカちゃんや私を撃てる位置に入ろうとした。勇気のある優しい後輩じゃないか。
ジブちゃんが赤司ジュンコを見るように視線を動かしたのか、黒舘ハルナがジブちゃんに体当たりをするように動いた。これも上手い。ジブちゃんが銃口を向けると私達が射線に入るような位置になる。でも。
「甘い」
赤司ジュンコは直線的に動きすぎだ。引き金を引けば赤司ジュンコが斜めに吹っ飛ぶ。スラッグを頭に喰らえばマトモな相手は意識を刈り取れる。数分は黙ってくれるだろう。
「ジュンコさっ!?」
体当たりで体勢を崩されていたジブちゃんは、すぐに黒舘ハルナをポインティングする。今彼女が持っているのはHK45T、装弾数は10+1。ちゃんと両手で正面に構える姿勢は本当にきれいだ。かなり訓練を積んでいるように見える。そんな相手を前に視線を逸らすのは悪手だ。
ジブちゃんが引き金を引く。反動が想定より大きいのか、ジブちゃんが小さすぎるのか、腕が上に跳ね気味だ。このあたりは体格上仕方ないところがある。おそらく肩を狙って上に外れた。銀髪を数本散らした黒舘ハルナが狙撃銃を構える。
「Gibril,head down」
照準が黒舘ハルナに合うと同時に警告。散弾だからあまり効果はないけれど目隠しぐらいにはなる。この位置ならジブちゃんもしゃがめばテーブルなどのおかげで危険域を脱することができる。その間にジブちゃんは、しゃがんだことでスリングで吊っていた自身のHK416Cカスタムを自然に両手に収めることができたようだ。
相手も私の散弾から逃げるためにはしゃがむしかない。しゃがんだ直後にハイサイクルで3発か2発かわからないけれどタタン、とテンポのいい音が響く。ジブちゃんは連射モードで正確にトリガーをコントロールしているようだ。すぐに音が止まる。
「Clear」
ジブちゃんは端的にそう言いながら立ち上がり、小銃を黒舘ハルナに向け続けている。セリカちゃんが獅子堂イズミをポイント。赤司ジュンコは気絶していて、鰐淵アカリの武装は破壊済だ。
「クリア」
「……だって、先生」
セリカちゃんもクリア報告。そういうと先生は小さくため息をついた。安全の確保はセリカちゃんたちに任せて、私は横に避けて先生が出られるようにする。
「次は撃ち合う前に交渉したいね」
先生は這って机の下から出ると松葉杖を拾ってきてくれた。立つ最初のモーションだけ手伝ってもらって立つ。弾痕はいくつか開いてしまったが、テロリストとして名高い美食研究会を相手にしてこの被害は上々だろう。ジブリールが黒舘ハルナのボディチェックをしている。今頃になってようやく鰐淵アカリが体を起こしていたけれど、もう後の祭りだ。頭の後ろを撫でているあたり、どうやら盛大にたんこぶをつくったらしい。
「ジブリールにも言い含めるけど、無茶はしないでくれよ。僕は荒事は嫌いなんだ」
「でも苦手じゃないんでしょ? それに今日はジブちゃんのお手柄。相手にまともに撃たせなかったし、武器を壊す方向で動いてたし、すごいねジブちゃん」
これを直接ジブちゃんに伝えるのはどうなのかと思って、英語にするのはやめておいた。一応恋敵だし、敵に塩を送るのはなんだか嫌だし、恥ずかしい。
先生はジャケットを羽織り直しながら答える。
「うん。僕の自慢の子どもの一人だ」
だめだこりゃ。
かなり異色な戦闘シーンになったように思います。
次回 ゲヘナの食事事情
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誤字報告大変助かっております。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。