マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
「いったいこれはどういうこと……?」
騒動から30分たち、想像よりも2時間ぐらい早くヒナとイオリが到着した。ヒナは見るからに青筋がたっている。僕もどういうことかをいろいろ確認したい。
「今回の
先に引き金を引いたのはこっちだったしね。と言えばヒナは盛大にため息をついた。ちなみにキッチンにはフウカとジュリを呼び戻し、ジブリールがフル装備で入口を警戒中だ。キッチンの中がひと段落したのかHK416Cカスタムをローレディに構えるジブリールの横にフウカが出てくる。
「襲ってきた相手に料理を出すのもどうかと思うけど……」
「まぁ僕たちが食べようとしていたものの残りだ。冷めてしまっているけど、ジュンコたちはお腹もすいていたようだし、いろいろ話が終わる前に逃げられても、これ以上爆破されても困る」
僕はそう言いつつヒナの方に足を向ける。
「それにしても早かったね」
「今日のお昼にそこのテロリストがゲヘナの第八食堂を爆破したの」
「なる、ほど……」
それがシャーレに早くつく理由になるのかと思えば絶対零度の目でハルナを見ながらヒナが続ける。
「……で、捜査中に食事の提供に入っていた居残り組の給食部から愛清フウカの居場所を聞き出して、給食部の食材搬入用にと出されていた入館証の二次元バーコードを強奪したのがわかったのがおおよそ1時間前。でヘリで飛んで来たら……こうなってたわけだけど……狙いは愛清フウカね」
「うん。そんなにゲヘナの食堂はオペレーションが回ってないのかい?」
残念ながら、と答えたヒナ。
「気に喰わないとやたらめったら爆破していくテロリストもいるし、食糧の供給も滞りがちなの。人員不足も相まって給食部のみんなにはとても大きな負担を強いているのが現状なの……そのうちおにぎりだけの提供になるかも、みたいな噂も流れるぐらいには回ってない」
「コストプッシュの要因は美食研究会などによる破壊活動?」
「美食研究会だけじゃないけれどね。補給トラックが襲われることもあって、その度に私たちも対応したりパトロールを増やしたりするんだけど……食品が無事に届くのは6割少々といったところかしら。あまりに襲撃が多いから保険の対象外になったのもあって、襲撃の損失分を輸送会社や製造者に問うわけにもいかなくなったのが数か月前、ゲヘナ自治区内でも野菜を育てたりしているけれど……」
このあたりはフウカからもさっき簡単に聞いた情報と一致している。
「そんな状況でフウカをこちらにまわしてもらって申し訳なかった。できるだけ早くゲヘナに戻せるように……」
「先生、待って」
ヒナが止めて、フウカを手招きした。手をエプロンで拭きながらぱたぱたとやってくる。
「はい、なんでしょう……?」
「あなた、もう少しだけシャーレにいられる? もしくは定期的にシャーレに足を運ぶことはできそう?」
フウカはヒナの質問の意図をつかみ損ねたようで首を傾げている。
「えっと……先生も皆さんも優しいですし、食事の提供頻度から言っても私一人か、ジュリがいれば十分オペレーションは回せると思います」
「そう……なら、定期的にシャーレに通って活動するというのも可能?」
「可能ですし……正直……」
そこまで言ってハッとして口をつぐむフウカ。ヒナはこくりと頷いている。
「わかった。それに気を使ってくれてありがとう。先生、詳細は給食部や万魔殿との調整後になるけれど、常時1名か2名、シャーレに食堂部の人員をローテーションで受け入れてほしい」
「そりゃあ……助かるけど、なんでだろう?」
「給食部員のリフレッシュもかねて、技術交流の場を設けておきたい。あとD.U.に来る名目で護衛と物品の輸送がしやすくなる」
「そういうことなら納得だ。ユウカ!」
サブマシンガンを手に美食研究会の警戒を行っていたユウカを呼び寄せる。風紀委員会が来たことで浮足立っていたが、きっちりセリカとホシノでプレッシャーをかけている。当然武装は没収済なので、ここから大立ち回りはできないらしい。
「ゲヘナ給食部の皆さんをローテーションで受け入れる方向で話を進めようとしている。その方向で大量に入館証を発行する可能性があるから構えていてくれ」
「わかりました。わかりましたけど、今日それで襲撃されたのにすぐにハイというと思いましたか?」
ユウカの目が三角だ。
「今日美食研究会の皆さんの侵入を検知できなかったのは、ジュリさん等の人員追加に際してゲストカードをメールでやり取りしたせいですが、当然ですが入館証を乱発すれば今日みたいなリスクが上がります」
「だからゲストカードにも顔認証を付けようって話だろう? だからその人員リストにゲヘナの給食部員を一覧に加えたいって話だ」
なぜ美食研究会の面々がセキュリティを突破できたのかはすぐにわかった。アロナに出入口の入退室記録を確認してもらったところ、現在シャーレにはジュリが5人も入場していることになっている。ジュリが内部で分裂しましたとかクローンみたいな生物を生み出せますとかでもない限り、ジュリのIDを悪用されたことになる。出場記録がなくても入場記録がエラーなしで通ってしまうのは結構大問題で、取り急ぎヴェリタスが明日緊急パッチを当てるとか言ってたから明日には何とかなるだろう。
実態は給食部のトラックなどに着ける車両用の入構許可証を使って搬入ゲートのセキュリティを突破し、二段階目の人員用セキュリティゲートはジュリ向けに追加発行した二次元コードを人数分印刷して突破した。そのまま監視カメラに可能な限り映らないように動いたけれど、入口のカメラと食堂前のカメラだけは映らずに突破することができずにハードキルした、というのが全貌だった。
「それに食事をしにくるだけだったら事前に連絡をくれれば受け入れそのものは可能だった。連絡窓口の設置もしていないシャーレに来るには連絡したくてもできない状況だったわけだしね。シャーレ公式のモモトークの運用とか広報面も充実させつつ、来るもの拒まずでいきたいとは思うよ」
「……先生、いつか生徒に刺されますよ」
ユウカの心底呆れたと言いたげな様子に僕は肩をすくめる。
「僕が考えてる中ではかなり恵まれた死に方だね」
「先生!?」
「それダメだからね!?」
ユウカとホシノが同時に叫んでジブリールが反射で銃を動かした。これは明らかに言葉選びを間違えた。ジブリールに向けてホシノが何か声をかけている。多分今の会話を訳して話したんだろう、ミサイルと化したジブリールが飛んでくる。とりあえず受け止める。すでに腰が痛い。
「アラタ、死んではダメです。死んではダメ」
ここでぴたりと張り付てくるジブリールの相手をするのは厄介だ。とりあえず被り物が落ちない程度に頭を撫でておく。
「大事なのは君たちの未来と生活だよ。僕はそのために生きている」
すでにぐずりそうなジブリールにそう声をかけていると、ヒナがため息をついた。
「その子は?」
「ジブリール、僕がここに来る前からの長い付き合いの子だ」
「そう……落ち着きなさい、ジブリールさん。私はあなたや先生の敵ではないし、先生に死なれては困るだけの理由と恩がある」
そう言われてジブリールが翻ってヒナを見る。
「挨拶が遅れたわね。私はゲヘナ学園風紀委員会委員長、空崎ヒナ。あなたは? あなたの口から教えてくれない?」
「……アラタの子、ジブリール」
イスラム風の名乗りにヒナが眉を顰める。
「先生の娘さん?」
「義理のね」
「妻です!」
ジブリール、お願いだからこんなタイミングで爆弾を落とすのはやめてくれ。ヒナの顔がどんどん湯だっていく。どうしようこの状況。
「複雑そうだから今は踏み込まないことにする。ただ、ゲヘナで風紀を乱すようなことはしないように」
「もちろん。子どもの教育に悪いようなことはしないよ」
「私は子どもじゃありません」
「わかったわかった。で、ヒナ。話を戻したいんだが、いいかい?」
「もちろん」
ジブリールの頭を撫で続けながら、それでも続けた。
「給食部員の継続受け入れについてはこちらも可能な限り受け入れる方向で調整したい。それと同時にもう一つ、食品のコストプッシュ要因を押し下げるための協力ができると思う」
「……お出かけパッケージの話ですか?」
ユウカが胡乱な目で見てくる。ヒナは首を傾げていた。
「お出かけパッケージ?」
「うん。待ち時間の間にフウカと少し話していてね。給食部での買い出しのトラックも襲撃されるような状況と聞いていたし、輸送コストが食費に跳ね返ってひどいことになっていると聞いたからね。すぐにという話ではないけれど、シャーレのロジコマ用のステーションをゲヘナに設置してもらって、護衛に使えないかと考えてる」
そういうとヒナもイオリもあんぐりとしている。なぜかフウカまであんぐりとしている。
「ロジコマって……あれか? あの丸い自律戦車か?」
「そうだね。君たちも戦ったことがあるはずだ」
「いや、恐ろしく強いのは知ってるし有効なのはわかるが……委員長?」
イオリが頬を引き攣らせながらヒナの方を見ていた。
「問題があるかい?」
「そうね……まだ部下の数人がトラウマで寝れないぐらいかしら」
「あー……あのトラップに追い立てた時かな」
僕がそう言うとフウカが半歩僕から距離をとった。少し胸が痛い。
「それをゲヘナで運用すると?」
「うん。今オプション装備をミレニアムのエンジニア部から提案されていて、40フィート海上コンテナサイズの充電、補給ステーションの製造計画がある。そのコンテナの実証実験をミレニアム、アビドス、シャーレで実施予定なんだが……そのために場所を貸してほしい。その代わりに給食部の補給物資の護衛を請け負おう」
そう言うとヒナはすぐにピンと来たようだ。
「あの自律戦車を、薄く広く、キヴォトス中に配備する気?」
「最終的にはね。そしてそれぞれの生徒会や治安維持機関から要請があれば支援武装として運用できればと思っている。今のところ、40フィートコンテナ6本で1ユニット、ロジコマを4機と予備部品、発電施設と医療キットや非常食などの災害初動対応パックをセットにして配置できないかと思っている」
「あれが……4機……?」
イオリがふらついている。ヒナの耳に顔を近づけて何かを囁いている。
「委員長、あれが手元にくるのは……」
「イオリ、黙って」
それをヒナがぴしゃりと封殺。
「それをつかってゲヘナの物流を掌握するの?」
「掌握、というほどでもないかな。ただゲヘナの食糧事情が外部に影響を与えている以上は、応急的な止血だけでも必要だと思っている。それにコンテナステーションは非常備蓄の保管場所や避難シェルター代わりにも使える。体育施設のそばだったりに広く分散配置できればと思ってるんだ」
ヒナは考え込むような間を開けて、わかったと口にした。
「体裁上、こちらが人員を出す対価として護衛を手伝ってもらう。あくまで指揮権はゲヘナ風紀委員会において、それに従ってもらう。この形であれば万魔殿のタヌキたちも納得してくれるとは思う」
「助かるよ。その方向で資料を作って送るから、必要だったら呼んでくれ。プレゼンテーションは得意だ」
「よく知ってる」
そう言って初めてヒナは笑った。
「とりあえずあとはこのテロリスト予備軍を連れて帰ればいいのね」
「頼むよ」
「シャーレ側というか、D.U.側での被害は?」
「一応僕が把握できているのは弾痕がいくつかとハードキルされたカメラが2台かな。とはいえシャーレとしてはフウカの安全の確保さえできればまぁ、今回の騒動についてだけは目を瞑るつもりでいる」
「……甘いのね」
「お説教はしたよ。まぁこれで凝りてくれればいいけど、次同じようなことがあれば今回の分もあわせてきっちり清算するさ」
どこか不審げな目線を送ってきたヒナだが、最終的には納得して美食研究会の面々を連れて出ていった。
「……バレてたんじゃなぁい?」
しばらくしてホシノがにやにやしながら僕の方を見てくる。
「なんのことだい?」
「美食研究会と取引してたこと」
「バレるもなにも、事実を伝えただけだしね」
そう言ってホシノの頭を軽く小突く。
「あてっ」
「次からは勝手に攻撃の指示を出さないでくれよ、シャーレはそんなに血の気の多い組織にはしないつもりなんだ。……今回の場合、器物破損こそあったけど、対人戦闘を仕掛けたのはシャーレ側だ。あくまで器物破損があったから拘束しようと戦闘になった。で、やりすぎた。双方喧嘩両成敗のため被害届は出なかった。というところで決着させる」
「もちろん納得はしてるよ。でも先生のモモトークIDを教える必要あった?」
「このあたりのおいしいお店を聞くためだね。ただでさえフブキとかマキとか、甘いものをねだられることが多いんだ。情報源としては悪くない。便利屋と同じようにある程度首輪をつけて管理したい、という思惑もないわけじゃない」
そのまま僕を頼ってくれればいいんだけどと話を締めようとしたら、ユウカにため息をつかれた。
「先生、さっきも言いましたがいつかそのお人よしで刺されますよ。今回巻き込んだのはミレニアムやトリニティでもマークしてる集団です。そんな集団とポジティブなコネクションを持っていると思われたらいろいろと大変です」
「順序が逆だよユウカ」
「……どういう意味です?」
僕が視線を向けると、机の上に空になった……戦闘でだめになったものも含む……皿が置いてある。
「ポジティブな関係を持たないと根本的な解決につながらないよ。今彼女たち、もしくはゲヘナ給食部に必要なのは基盤の安定だ。それは食事であり、衛生であり、治安だ。ここまでは大丈夫かい?」
「はい」
「フウカを連れ戻しに来たという美食研究会の手口は決して褒められたものではないけど、ひとり抜けて崩壊するシステムの方が間違っている。美食研究会を解散させたり、捕まえたところで、第二第三の美食研究会が生まれるだけだ。ここまで言えばわかるだろう?」
ユウカはしばらく考え込む間を取った。
「……物流が安定して、給食部がオペレーションを十分に回せるようになるまで、今の美食研究会とはシャーレが取り持つ形で食堂への急襲行為などをやめさせる必要がある」
「大正解だ。対症療法と根本治療を同時にやっていくんだ。対症療法としてゆるく、でも切れ目なくシャーレとしてコミュニケーションをとることで美食研究会による被害を抑制する。同時に根本治療としてロジコマの補給ステーションを充電ステーションや避難シェルターとして活用できるようにして地域の理解を得つつ、トラブル発生時はロジコマと自治区の治安維持組織が連携して対処することで治安の安定化を図る。結果として輸送コストが下がるから、より物流が安定し、食品も手に入りやすくなるはずだ」
僕がやりたいのはロジコマを主体とした物流護送ネットワークの展開だ。特にゲヘナの場合はこれが有効だろう、あとは鉄道が毎週のように襲われているという話だから物流関係の護衛や防衛をしっかりできればいろいろなコストが下がっていくだろう。初動こそ僕が指揮をしないといけないだろうが、慣れてくればAIのサポートが得られるようになるし、シャーレで管理しきれなくなりそうだったら、これをどこかに売ってもいい。キャスパーあたりは買ってくれるだろう。
「まぁゲヘナより先にアビドス-ミレニアム間で実証実験になるんだけどね」
「半年で上手く成果がでるといいねぇ」
安全な道と治安が確保できれば、人が戻ってきやすくなる。人口は今一番アビドスが求めてるものだ。その人口の母数が増えれば商店が増え、生活する基盤がより強固になり、生徒も呼び込みやすくなるだろう。
対策委員会としては二つ返事で了承してくれたのもあって、コンテナ型のロジコマ輸送パックとかその他もろもろが準備中だ。エンジニア部のウタハも『こんな勢いで私たちの製品が世に出ていくのは初めてだ!』と大興奮だったからいいものを仕上げてくれるはずだ。
「僕は銃を君たちに使わせるけど、銃以外の可能性があるならそっちの方がいいと思っている」
「イヌワシがそう望むなら、きっとそうなるでしょう」
ジブリールがうれしいことを言ってくれる。そろそろ離れてほしいのだが、そうは上手くいかないらしい。
「その可能性を確実に引き寄せるためにも、いろいろとやらなきゃいけないことがある。これからみんな忙しいぞ」
そういうとジブリールが動きを止める。学校に行かなきゃいけないことを思い出したらしい。
「考えなきゃいけないこと、学ばなきゃいけないことが山盛りだ。頑張っていこう」
夜が更けていく。銃以外で戦う手段を手に入れなければいけないが、その一歩になっただろうか。ジブリールが来てまだ24時間も経っていないが、状況が一気に転がり始めている。いい兆候だ。
このまま、いい兆候が続いてくれと思う。
……それでもまあ、トラブルは起きるものだけれど、いつか笑い飛ばしたいと思った。
これにてF1は終了、パヴァーヌ編に入ります。
……パヴァーヌ編はアビドスよりあっさり終えられるといいなぁ
並行してシャーレの体制構築とかもやるので字数は膨らむのが目に見えてます。の、のんびり頑張ります……!
次回 勉強好きな僕と勉強嫌いなジブリール
感想・評価などはお気軽にどうぞ
誤字報告大変助かっております。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
Next Operation>>>
Op.2:Operation OPHELIA
――――生きるべきか死ぬべきかなんて、そんなの関係ありません! 勇者は生きるべきだからです!