マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる -   作:オーバードライヴ

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“ヘンルーダの王女”作戦
00101100_勉強嫌いのジブリール


「じゃあ、今日はここまで! お疲れさまでした!」

 

 マキがそう宣言して、僕は凝り固まった肩を回す。電子戦に関するプログラムの受講は今日で3日目。午後からだけとはいえ、やはり慣れない情報に触れ続けるのは肩が凝る。

 

「それにしても先生の先生をするのは大変だ……。『もっと一般化して教えてくれ』とか『もっと抽象的に』とか初めて言われたよ。普通はもっと具体的にって言うんじゃないの!?」

「ははは、ごめんごめん。だけどロジックがわからないと応用もへったくれもないからね」

 

 僕がそういうとマキは教卓にぐでっと顎をつく。教室の後ろの方で授業参観の保護者みたいに様子をみていたチヒロが歩いてくる。

 

「マキもさっきより教えるの上手になった。先生のおかげかな」

「いやいや、ふがいない生徒で申し訳ない」

 

 そう言うとマキがなぜか撃沈。

 

「なんかそういうカバーいらない! 教えるの下手みたいじゃん!」

「いや、実際上手ではないと思うよ」

 

 チヒロがえげつないトドメをさして僕の横までやってくる。

 

「本来ならこのあたりの話はエンジニア部のヒビキあたりのほうが詳しいんだけどね。ただロジコマの運用もあるとなるとこれまでのハッキングとは別の次元の話になってくる。先生への講義という形を通して、ヴェリタスも知識をアップデートできるいい機会だ」

「それがヴェリタスがハードウェアの講義を受け持った理由かい?」

 

 今日までの講義はプログラムの保全などと言うよりは、無線機の仕組みやアンテナの仕組みに近いもので、そこから発展して無線における適切な送信出力の算出方法やレーダーの特性、ジャミング下における敵影再捕捉(バーンスルー)などハードウェアに寄った処理が多かった。ヴェリタスのネットワークが確立している状況での攻防という点からはかなり外れる。

 

「先生はラバーダッキングって知ってる?」

「いいや、ゴムのアヒルって意味かい?」

「うん。あのお風呂に浮かべたりするアヒル。あれを聞き手にしてプログラムの説明をすることで理解度を確認したり、深めたりするプログラミング手法がある」

「なるほど。僕が今回アヒル役なんだね」

「ものすごく高性能なね」

 

 チヒロはそう言って肩をすくめた。

 

「ミレニアムサイエンススクールが研究している『坑道作戦モデル』は、先生が言っていたA2/ADコンセプトやマルチドメインオペレーションに近い。電子戦闘はサーバルームでやるものではなくなってくる。高い処理能力を維持するためにも通信の確保と強固なハードウェアを活用することが欠かせなくなってくる。だから私たちはハードウェアについても理解しなきゃいけないし、それを最大限生かしたアタックを仕掛けていく必要がある」

 

 つまりミレニアムサイエンススクールも僕を利用する理由があったわけだ。

 

「そして電子戦闘は日常になる。塹壕の下に坑道を掘るように気付かれないように掘り進め、掘り進められないように警戒をし続けるようになる。だから私たちも先生を利用して知識をアップデートして、追い付く必要がある……それが、ヴェリタスで先生の電子戦講義を請け負った理由」

「よく理解できたよ」

 

 僕はシッテムの箱とは別のタブレットに今回の講義資料をまとめている。シッテムの箱は直接的にシャーレのシステムと直結しているから、余計な資料を入れて処理能力を落としたなどあるといけないからだ。……もっともアロナには『その程度の容量でヘロヘロになるほど貧弱じゃないです!』と怒られたがそれでも万が一を避けるためにもミレニアムサイエンススクールから一台タブレットを調達した。

 

「さて、ジブリールを迎えにいかないとだな」

「ジブリールちゃんは講義C棟のC321号室だって」

 

 マキが教えてくれる。今いるのは講義B棟だからとなりの建物だ。

 

「そだそだ、先生。ちょっと相談いい?」

「もちろん。なんだろう?」

 

 マキが教卓に広げていたラップトップを片付けながら声をかけてきた。

 

「実は友達が先生に相談したいって言ってて、どこかで時間を取ってほしいの、できれば、早めに」

「わかった。時間を作ろう。できれば早めにということはクリティカルかな?」

「あ、いや。致命的(クリティカル)ってほどじゃないし、対応しないと誰かが危ないとかそういうわけじゃなくて……」

「……それってミドリたちの話?」

 

 チヒロがなぜか目を細めながらマキを見る。

 

「そう。モモミドの話」

「チヒロも知ってる子かい?」

「いい子たちだよ。……でもまぁ、どういう話題かは察した。正直先生向きの話題かと言われたら疑問符付くけど」

 

 チヒロの声に頬を膨らませているマキ。

 

「そうかもしれないけど、ミドが弱り切ってたから放っておけないし……」

「そのミドリって子はどんな子だい?」

「ゲーム開発部のイラストレーターで、今部活としては仮認可状態のゲーム開発部のメンバーなんだけど……実績と人員不足でいろいろと今大変みたいでさ。それでシャーレの話題を出したら一度話をしてみたいって」

「なるほど……」

 

 みんなが荷物をまとめ終わったので外に出る。廊下は夕日が差し込んでいた。

 

「僕もゲームは昔よくやってて好きだったなあ。どういうゲームを作ってるんだろう。FPSとかいろいろ種類あるだろう?」

「オールドスタイルのRPG、いわゆるレトロゲーのエミュレートみたいな感じ。ミドリはドット絵職人としても優秀なんだよね」

「いい友達みたいだね」

「見てる方向全然違うけど、アート仲間ではあるからね」

 

 にしし、と笑うマキは担いだ銃を揺らしている。確かにペイント弾使いなマキもアーティスト気質といえばそうだ。

 

「わかった。とりあえず、近々時間を作ってみたいと思う。僕のモモトークのIDをマキからミドリに連携してくれないか? 直近で日程を調整してみる」

「ほんとっ!? ありがとう!」

 

 ぱっと笑うマキ。その様子がいとおしくて思わず頬が緩んでしまう。やっぱり子どもは笑顔が一番だ。

 

「まったく、先生はマキに甘くない?」

「そうかい? よく頑張ってくれてるから少しぐらいはと思うけど。もちろんチヒロも何かあったら言ってほしいな」

 

 そう言いながらチヒロの頭を撫でる。撫でられ慣れてないのか、気恥ずかし気に見える。ジブリールが来てから撫でる癖が再発したように感じる。

 

「それにしても先生はすごいね。想定の2倍以上の速度でカリキュラムが進んでる」

 

 撫でていた手をそっと外されながら、チヒロの声を聴く。

 

「そうなのかい?」

「この調子だと今やってるEW101ライセンスがあと1週間もせずにおりるから、電子戦オフィサーライセンスのEW105取得まで3か月もかからないんじゃない? 本来は2か月かけてEW102までやって終了の予定だったけど、もっと踏み込んでもいいかも」

「とはいえ午前中はシャーレ周りの事務もあるし、午後から夕方にかけてしか動けないからなぁ」

 

 チヒロは高く評価してくれているが、その評価について僕自身は結構懐疑的だ。物理的に僕の体が空かないから進める速度には限界があるのだ。今は午前中にシャーレの活動基盤を固めるための書類や法規の整備を行って、午後ミレニアムに移動して講義を受ける形をとっている。夜はシャーレ本部ビルに戻って講義の復習や午後にシャーレに飛んできた課題の解決に向けた戦略を練っている。やることだらけで目が回りそうだが、新しい知識を身に着けるのは楽しい。この楽しさをあと20年早く知っていたら、学生時代をもっと有意義なものにできただろうに。もったいないことをした。

 

 でもまぁ、そうなっていたらジブリールたちに出会うことはなかっただろうか。それはそれで考えにくい未来だ。僕の過去は間違ってなかったと信じたい。

 

 そんなことを考えながらジブリールを迎えに行く。マキに先導してもらって連れてきてもらった教室のドアを開けるとすぐに赤い影が飛んできた。

 

「やぁ、大丈夫……ではなさそうだね、ジブリール。……泣きそうな顔をしてどうしたんだい

 

 ミサイルになって飛んできたジブリールを受け止める。このためだけにも腹筋を鍛えた方がいいのかもしれないという勢いだ。

 

できないことをやれと言われてもできないのです。できることならやりますからもうやめましょうこんなこと!

3時間でもう音をあげたのかい?

それでも3人がかりは聞いてません!

 

 飛びついたままそう言ってくるジブリールの頭を撫でる。ジブリールも言語学特別カリキュラムが始まって三日目だ。どうやらジブリールは僕とは違う方向の問題児らしく、先生役の子が増えている。一人はエンジニア部のコトリでタブレットの操作支援担当、言語プログラムの方は忙しいだろうにノアがセミナーからやってきて根気強く教えていたのが昨日まで、今日は見たことない子が一人いる。ジブリールとどっこいどっこいの身長でチャイナ服っぽい恰好はミレニアムらしくないと思った。

 

「ノア、その子は?」

「ジブリールさんの言語能力的にミレニアムの教材ストックだと難易度調整が厳しそうだったので、急遽山海経(せんがいきょう)春原(すのはら)ココナさんとアドバイザリー契約を結びました。週に1回ジブリールさんの指導や教材の選定に協力をいただきます」

 

 また知らない組織が出てきたぞ。山海経とはどこだ。そんなことを考えているとそのココナと紹介された子が歩いてきて丁寧に一礼した。この子もシロコのような獣耳を持つ子のようで、ハムスターのような耳がぴょこぴょこと揺れている。

 

「はじめまして。アラタ先生。山海経高級中学校教育支援部『梅花園』で教官をしています、春原ココナと言います」

「連邦捜査部顧問、アラタリョータだ。ジブリールに勉強を教えるのは大変だろう」

「あはは……それでもなんとかします。何とかするのがレディの、教官の役目ですから!」

 

 なんだろう、このおしゃまな感じはどこか昔のジニを彷彿とさせる。なんだかすごい覚えのある反応だ。

 

それで、ジブリール

「あ、アラタ先生。教室では英語は無しでお願いします」

 

 早速ココナに止められた。

 

「直接法という手法です。英語のような媒介語を使うとニュアンスのズレが見落とされる可能性がありますから、ジブリールちゃんには英語を使わず話してもらいます」

「わかった。ジブリール、教室で英語は使わない。……出口に突撃もなしだ」

「いやです、いや」

 

 ジタバタと暴れつつもちゃんと答えてくれるあたり、ジブリールも真面目だ。その様子を見てくすくすとココナが笑っている。

 

「何がいやなんだい?」

「テクストがイージー、です! トゥイージーます!」

 

 なるほど、そうなるのか。このちぐはぐな対応で非協力的な生徒だと確かに三人がかりになるだろう。ジブリールの勉強嫌いもここまでとは。

 

「ジブリールが簡単だと感じているのは、おそらく教材の題材であって、教材のレベルじゃないね?」

「そうなんですよね……ジブリールちゃんぐらいの入門レベルだとどうしても『私は元気です』みたいな例文になるので……知識レベルとの乖離が甚だしくて……」

 

 ノアが苦笑いだ。ジブリール自身は勉強嫌いながらもそれなりに教材は与えてきたし、戦場で実戦として知識は得ている。

 

「その状況で構文そのものがズレるのでジブリールさん的には伝えたい内容は簡単なのに、正しく文章を構築できない状況が延々とループするんです」

「解決策は?」

 

 ココナはカードの束を取り出す。

 

「語彙を増やすしかありません。構文は間違ってても伝わりますが、単語を間違えると伝わりません。なので簡単な第二文型でひたすらに語彙を増やします。カードを使って『これはリンゴです』『リンゴはくだものです』『私は女の子です』みたいな感じの簡単なやり取りをひたすら繰り返します。動詞の場合はその場で動きを再現できるなら再現しつつ体に覚えさせます。語彙が蓄積できてきたら、それを正しい構文に当てはめる段階に移行しますが、今は語彙をひたすら増やしましょう」

 

 ジブリールと同じぐらいの見た目に見えるが、ココナの指示は的確に聞こえる。

 

「可能な限り生活の中で英語を使う機会を減らしてください。緊急時などは別として、英語から距離を取ることが必要です」

「わかった。シャーレでも工夫することにしよう。ジブリール、家に戻っても、英語は少なくする。わかるかい?」

「わかるます。いやです」

「それを言うなら『わかります』だ。できていないのに嫌ですはだめだよジブリール」

 

 確かにこれは三人がかりだ。僕一人でも絶対に折れていた。手ごわいぞジブリール。

 

「それにジブリールさんにはもう一つ問題があって……」

 

 コトリが苦笑いで会話に入る。

 

「タブレットの扱いが……」

「あー……TITTYである程度慣れていると思ったんだが……」

「ウェアラブルデバイスとタブレットのような端末だとインタフェースとしての勝手が違うのはわかるのですけど……なんというか、慣れてないだけだとは思うのですが……」

 

 コトリはどこか疲れた様子。はじめてミレニアムにジブリールを連れて行った一昨日には『この意味不明な恰好をしているのが私のチューターなのですか!?』と言っていたので、もしかしたらジブリールに聞くだけの余裕がないのかもしれない。

 

「となると端末をもっと簡単なものに変えるべきか……」

「となると、なおのこと幼児教育向けの教材になってくるんです。いっそのこと梅花園から持ってきてもらうことも考えたのですが、ジブリールちゃんにそれはあんまりかなと」

 

 ノアの補足に唸る。おそらく梅花園は保育園か幼稚園のようなところで、ココナはそこの教官役らしい。なるほど、初等教育と駄々っ子相手のプロと言うことなんだろう。教官という役柄的にもジブリールの教育には適任だが、ジブリールのプライドのこともしっかり考えて動いてくれている。適材適所で人員を引っ張ってくれてきているノアには頭が上がらない。

 

「言語教育と電子機器への順応訓練を平行して実施は厳しかったか……」

「もう少しジブリールちゃんの興味関心に訴えかけるようなことができればいいんですけど……」

 

 ココナがそう言ってジブリールと視線を合わせる。

 

「勉強は時間がかかります。ゆっくりやりましょう」

 

 ジブリールにもわかるようにだろう、短いセンテンスに区切ってゆっくりと言葉にするココナ。

 

「僕より先生らしいね」

「ふふん。これでも教官ですからね!」

 

 そういう様子はどこか子どもらしくて、そのギャップに笑いそうになる。反射で頭を撫でてしまい、ココナが飛びのいた。同時にジブリールがポカポカモンスターになった。

 

「れ、れでぃをこどもあつかいしないでくださいっ! これでもちゃんと教官なんですよ!? ちゃんと歯も生え変わってますしっ!」

アラタは異性の頭を撫でることをやめるべきです!

 

 ココナとジブリールに同時に怒られ、教室に残っていたチヒロやマキ、ノアにコトリにも笑われる。脇腹を狙ってきたあたり、ジブリールはかなりおかんむりだ。

 

「わかったわかった。僕が悪かったよ」

 

 なんとかなだめすかしつつ時間を稼ぐ。ジブリールは僕の意見を盲目的に信用してしまうことがあるし、同じことを言っていても、僕が説明しないと聞かないことがある。そんなジブリールにちゃんと自立してもらうためにも言葉で困らないようになってもらうのは急務だ。ここはやり方を曲げてでも、覚えてもらいたいというのは僕のエゴだろうか。

 

「それにしてもどうしようか……」

 

 タブレットよりも簡単なインタフェースで学べる教材があればジブリールのモチベーション維持につながるだろうか。いっそのこと任務等の形で僕が指示できる形でのOJT方式の方がいいのか……。

 

「あ」

 

 僕の声に皆の視線が集まる。

 

「マキ。ミドリとの相談の件、早めに進められないかな」

「できるけど……どういうこと?」

 

 何がしたいのかノアは思い至ったらしく、笑った気配。

 

「ゲームでことばを覚えるっていうの、試してみたくてね」




ということで、パヴァーヌ編スタートです。しばらくはジブリールの言葉が変だと思いますが仕様です。……頑張ります。

次回 ゲーム開発部へようこそ

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