マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
まだ言葉がおぼつかないジブリールを連れてミレニアムの敷地を歩く。先導してくれているのはユウカだ。
「……で、ジブちゃんをゲーム開発部に引き合わせると?」
「物は試しでね。僕もゲームが好きだったことがあるから、少しはジブリールも興味を持ってくれればと思って」
「あんまりおすすめはしないですけどね……廃部勧告が出ているところですし」
「廃部勧告?」
ユウカは説明しながらゆっくりと歩く。ミレニアムの敷地内は案外緑も多い。風力発電や太陽光発電のミニ発電プラントが乱立した街並みは、僕が知っているどんな街よりも先進的という言葉が似あう。
「ミレニアムサイエンススクールの部活にはランク付けがあります。そのランクは部員数と学園への貢献度……たとえば技術パテントによる学園への利益の提供や各種プロポーザルへの参加等による評価ポイントで決定されます。それがDマイナスとなると廃部勧告、そこから三か月以上改善が見られない場合は強制廃部となります。ゲーム開発部は今勧告がでてひと月とちょっと。ゲーム開発部が評価がDになるには何らかのコンペティションに成果物が入賞するか、ミレニアムの生徒を一人以上獲得する必要があります」
「つまりゲーム開発部はかなり弱小部活、ということかな」
「弱小も弱小ですね。設立したばかりなのもあって仮認可の状態ですし。なので学園からの資金投下も最低レベルですし、部室も最小の1区画のみです。……そこがシャーレに依頼というのも妙な話ですが……」
確かにレトロゲームというのがニッチであるのはイメージしやすいが、それでにしてもユウカはよくここまで覚えているもんだ。
「で、ユウカから見てゲーム開発部の面々はどんな感じだい?」
「問題児集団ですね。見ている分にはかわいいんですが、ノリと勢いでいろいろやるので」
「なるほど」
そう言ったタイミングで誰かの叫び声が聞こえてきた。
「あーもー! また負けたじゃーん!」
「ちょ、お姉ちゃん!?」
直後、ガツン。
「アラタ!」
「先生!?」
ここで僕の意識は一度途絶えることになる。
「……で?」
「申し開きもございません……」
僕がベンチで目を覚ますと目の前の日向の芝生の上で子どもが二人正座していた。
「大丈夫ですか、アラタ」
「……僕はどれくらい気絶していた?」
「3分くらいです」
その会話に気が付いたのか、正座中の二人の前で仁王立ちしていたユウカが振り返る。
「目が覚めましたか」
「うん。ふらつきもないし、直近は大丈夫だと思う。ありがとう。ジブリール、
「この子どもたちが窓から投げ捨てた機械がアラタにぶつかりました」
「機械?」
「あれです」
英語で返ってきたが、こういう時ぐらいはいいだろう。ジブリールが指さした方を見るとゲーム機のコントローラのようなものが見える。……なんとなく状況は察した。本当にあるんだな、僕がまだ学生だった頃はティロ・フィナーレとか言いながらモニターを拳で破壊したり、異常なテンションでキーボードを叩き壊したりというミームが流行ったことがあったが、そういう事態に巻き込まれることになるとは。
「なるほど、想定不能なアクシデントだね。だからそんなに泣きそうな顔をしないでいい。ジブリールはよくやっている」
そう言って立ってみる。ふらつきもない。
「ユウカ、それ以上僕のために怒らなくていい。お説教が必要なら場所を変えよう。ここはパブリックな場所だ。そういうのは静かなところでやるべきだ」
ユウカが『あなたのためではありません』とか『だれのせいだと思っているんですか』とか、そんなことを言いたげな目を向けてくるが、その肩をポンと叩いて正座している二人の前でしゃがんで視線を合わせる。明るいブロンドっぽい髪と猫耳っぽいヘッドホンをつけた小柄な子たち。桃色と緑色のそれぞれ色違いを付けているのだが、顔だちもよく似ている。二人ともジブリールと同じぐらいかちょっと高いぐらい。それでもかなり背の低い部類になるだろう二人が正座していると、僕もしっかりしゃがまないと視線が合わない。
「何があったのかを教えてほしいけど、まずは自己紹介からかな。僕は連邦捜査部シャーレのアラタ・リョータ」
「うそっ!?」
二人が青ざめていく。僕にクリーンヒットしたのがゲームのコントローラらしいことからだいたい察していたけれど多分この二人がゲーム開発部のメンバーだ。
「君たちは……?」
「……ゲーム開発部の……才羽、モモイ……です……本当にごめんなさいっ!」
「OKモモイ。まず土下座はやめよう。謝りたい気持ちは分かったけど、土下座で物事は解決しないし、パフォーマンス以上の意味を見出せないよ」
どうしていいかわからないと言った様子でおずおずと顔を上げる桃色ヘッドホンの子。
「そうなると君がミドリかい?」
緑色ヘッドホンの子がこくりと頷く。なるほど、わかりやすい。マキから『モモミドコンビは会ったらすぐわかる』と言われていたが、これは確かに個性の塊みたいな子達が来たな。
「はい。ゲーム開発部の才羽ミドリで、モモイの妹です。姉が本当にすいませんでした」
「うん。二人ともちゃんと謝ってくれたから僕への謝罪はいいとして、コントローラを投げるのはよくないよね。次からはしないようにするか、しても被害が出ないようにいろいろ考えよう」
「……はい」
おそらく双子なんだろう。返事の時のしぐさが全く同じだ。多分根はすごい素直なんだろうが、素直すぎて周囲が見れてないのだろう。よくありがちなことだ。ボールが飛び出して来たら子供が来ると思えというあれだ。
「君たちは謝った。僕は許した。これでこの事件の話はおしまいだ。この事件とは切り離して、窓から落下物が発生しないようにするとかの対策は別でしないといけないね。君たちが事故を起こせたということは、いつか同じような事故を別の人が起こしうるということだから」
「まったく、先生は甘いんですから」
「昨日チヒロにも言われたよ」
僕がそう言うとユウカがため息をついた。
「被害者の先生がそう言うなら黙るしかないですけどね。あんまりうちの生徒を甘やかしすぎないでくださいね。ま、引き合わせと釘刺しが終わったのでお邪魔虫はいなくなりますが、モモイ、ミドリ、くれぐれも先生とジブリールさんは校外の方であることを忘れないように。いいわね」
そう言ってユウカが去っていく。なんというか、セミナーも大変だ。
「……ぶはぁ!」
そんな感慨に浸っていたらモモイの方が盛大に噴き出した。
「よくぞ好き勝手言ってくれるな『冷酷な算術使い』ユウカ……!」
「ふざけてる場合じゃないでしょお姉ちゃん……」
「そうはいってもギークに友達が少ないって知ってて部員増員の条件を突きつけるなんて……! 極悪非道ここに極まれりっ!」
「それ私たちの自業自得なだけだと思うんだけど……それよりもお姉ちゃん、やることあるでしょ」
ミドリは僕の方をじっと見てきた。
「あの、本当に大丈夫ですか……?」
「うん? 怪我は大丈夫。……とりあえず移動しながら話そう。この先にカフェテリアがあったよね、そこで話そうか。少なくとも日向の芝生は暑すぎる」
立ち上がるように促すと、モモイがよろける。足がしびれているらしい。生まれたての小鹿みたいな歩き方になっているモモイをみて微笑んでいると袖を引かれた。
「何を話していたのですか」
「彼女たちに僕は負傷していないと伝えていただけだよ。それよりもジブリール、ここで英語はなし、わかったかい?」
「……アラタは、いじわるするます」
「それは『いじわるをしています』かな。だけど僕は君をいじめるつもりはないよ」
昨日の今日だから言葉もまだやっぱりおぼつかない。その様子を見てミドリが首を傾げている。
「あの、その子は……」
「ジブリールだ。僕の護衛と語学研修を兼ねて今はミレニアムに短期留学中だ」
そう言ってジブリールの背中をポンと押す。ぺこりと機械的に礼をしたジブリールにミドリもどこか慣れないように礼をした。やっと足の痺れがとれてきたらしいモモイが追い付いてくる。カフェテリアは空調も入っているのもあって快適だ。
「ここは僕が出そう」
「いいのっ!?」
「そんな、悪いですよ!」
「気にしなくていいんだ。その代わり、隠し事はなしでいこう」
そう言うと、う、という顔をするモモイ。ちらりとメニュー表を見て、僕に視線を戻す。
「じゃ、じゃあコーラの一番大きいサイズの!」
「お姉ちゃん!」
「ははは。安くないぞというアピールだな。上手い交渉だ」
そう言いつつ言われた注文をスタンドで取り、遠慮がちにSサイズのレモネードと言っていたミドリとアイスティーをねだってきたジブリールの注文も取る。デカフェのコーヒーはホットしかなかったので僕はそれにした。
適当な4人掛けの席を取ってもらって、皆で掛ける。壁際のベンチにモモイとミドリが並んで座り、向かいの椅子には僕とジブリールが並んだ。
「それで、シャーレに相談って話だったね」
「うん」
ずぞぞぞぞ、とコーラを啜りながらモモイが頷いた。
「えっと……どこから話そうかな……まず、依頼したいのは“護衛”なんだけど」
「護衛」
予想外のワードが飛び出し僕はオウム返しにそう答えてしまう。ゲーム開発部で護衛とはなかなか結び付かないワードだ。
「ミレニアムのそばに廃墟化した連邦生徒会の管理エリアがあるの。探し物のためにどうしてもそこに行きたくて……」
「それで、護衛か」
「うん。単純にみんな『廃墟』って呼んでるんだけど、なんでそこが廃墟化しているのかや、何が危険で立ち入りを禁止しているのかは誰も知らない領域があって、そこにどうしても行きたいの」
「なんのために? って探し物があるって言ってたね」
僕がそう言うとモモイがドンドンヒートアップしていく。
「そうっ! ゲーム開発部が積み上げてきたものがただのガラクタじゃないって証明するためにもそこにあるっていう“G.Bible”がどうしても必要なの!」
「……僕にはそのG.Bibleが何かはわからないけれど、それが必要だってのはわかった。ちなみにその廃墟にG.Bibleがあるという情報はどこから?」
「ヒマリ先輩から!」
そう言われ僕は黙り込む。ヒマリと言えばヴェリタスの部長でチヒロよりもさらに上の子だ。僕もヴェリタスとシャーレのシステム包括保守委託をするときに会って話しただけだが、車いすに乗った穏やかそうな子のイメージが浮かぶ。
さて、伝言ゲームの情報を整理すると、僕に対してゲーム開発部へのコンタクトを依頼してきたのはヴェリタスのマキ、そのゲーム開発部はヴェリタスに情報提供をもらってG.Bibleという何かを捜索したいからその護衛を依頼してきた、ということになる。情報の出所はヴェリタスだ。本当にゲーム開発部だけの思惑か怪しくなってきたぞ。今日中にヒマリにコンタクトしないとまずそうだ。
「なるほどね……少し待ってくれ」
そう言って僕はシッテムの箱を取り出して机の上に置いた。
「アロナ、
『ふぇっ!? は、はいっ! すぐに!』
寝ぼけていたような声だったが、アロナもすぐに反応してくれた。確かにミレニアムの南側に連邦生徒会の管理エリアがあり、立ち入りが禁止されている。
「第13直轄地……これか。続けてコール・キヴォトスファインダー。第13直轄地の封鎖理由と封鎖日をセレクトし、表形式で表示」
『はいっ。……っと、あれ、この条件だと検索にインデックスが効いてませんね。フルスキャンが走ってます。もう少し……はい、コール結果出ましたけど、これ……』
アロナが困惑した様子で画面を切り替える。いつの間にか双子の二人がタブレットをのぞき込んでいる。
「……ふぉーびっでん?」
「
封鎖理由へのアクセスを弾かれた。僕には連邦生徒会システムへの閲覧権限が付与されている。それでもアクセスを弾かれるということは、連邦生徒会の内部にも秘匿しなければいけない理由をかなり高次の席についている人物がロックしたことになる。
「アロナ、続けてコール・ミニッツ・エクスプローラー。本文もしくはタイトルに第13直轄地が含まれる議事録を検索し、作成日降順で一覧化」
連邦生徒会の議事録を捜索する。結果が出るまで皆が固唾をのんで見守っている。
「……ヒットは32件。封鎖の最終承認者は連邦生徒会長、発議者は……文化室と防衛室の連名? ……議事詳細は機密扱いにて閲覧不可……なるほどね」
なかなか珍しい組み合わせで発議がされている。何らかの文化財が埋まっていて、崩落の危険があるから防衛室の人材や資材をつかって封鎖した、というのが正しいかもしれないが、議事録がほぼ黒塗りで何がなんだかわからない。文化財調査を黒塗りにするというのもあまりに見ないように思うが、こういうことになりそうな事例を、僕は一つ知っている。
アビドス砂漠でカイザーが発掘作業をしていたが、それと同じようなものだろうか。そうなるとオーパーツとかロストテクノロジー絡みになってくるか。そうなるとそのG.Bibleというのもロステク化した何かに関するものの可能性が高そうに思える。
チヒロは『先生向けの話題ではない』と言っていたけれど、防衛室が絡んだり、護衛となると僕の領分だ。これは厄介なことになってきた。ヴェリタスがすでに絡んでいる可能性が高いが、副部長のチヒロには情報が降りていない。そうなってくると、僕を使って状況をこじ開けたいのはヒマリ本人とゲーム開発部ということになる。ゲーム開発部はともかく、ヒマリは何をさせたいのかわからない。うん、直接聞くしかないだろう。
「なるほど……」
「先生、さっきからなるほどばっかり言ってるけど、どしたの?」
モモイが聞いてくる。僕は頷いて答える。隠すことでもないだろう。
「結論から言うと、今日今すぐというわけにはいかない。早くて明日か明後日になるだろうってことだね」
「えー!」
「連邦生徒会の直轄地だから正攻法で入るには許可が必要だ。正攻法でいこう」
そう言ってジブリールを見る。本来は英語は避けたいところだが、正確な情報伝達が必要だ。
「もしかしたら明日になるかもしれないけど、おそらく明後日、ロジコマと一緒に廃墟区画における強行偵察の可能性がある。僕が通行証代わりになる可能性が高く、君たちに同行することになるだろう。ジブリールには護衛戦力として同行してほしい」
「はい」
こういう時にどうしてとか、そういうことを一切言わないのがジブリールの特徴だ。今晩や明日の夜に全力肩たたきの刑になりそうな気もするが、ジブリールの言語学習にもちょうどいい。英語がほぼ通じないところに放り込んでみよう。
「明後日のオペレーションには彼女たちも同行する。その予行演習も兼ねて明日は彼女たちの護衛を頼む。どうも彼女たちに提供されている情報が恣意的に方向づけされているようだ。僕は今日明日でその裏取りをする。ジブリールはその間、護衛対象の情報を収集しつつ、周囲を警戒してくれ。モモイやミドリとのコミュニケーションを密にとること、また、明日の行動は彼女たちの指示に従うこと。できるかい?」
「わかりました」
「いい子だ」
「え? 私の名前出た?」
モモイが驚いた声、ミドリはモモイに反応を取られて物静かになってしまっているイメージだ。
「うん。護衛や『廃墟』へのアクセスに向けた調整は請け負おう。その代わりと言ってはあれなんだけど、できれば明日からジブリールの語学学習に付き合ってほしい」
「語学学習……ですか?」
ミドリが首を傾げている。
「うん、見ての通り、ジブリールは留学生で言語学習の真っ最中だ。だから君たちと話したり、ゲームをしてみたりするなかで、ジブリールの勉強を手伝ってほしいんだ」
モモイの顔がパッと明るくなった。
「そういうことなら任せて! ジブリールちゃん!」
「うひゃん!」
いきなり両手を握られて声を上げてしまったジブリール。そのまま僕をみてパクパクと口を動かしている。
「留学中の所属部活決まってる!?」
どうしたらいいかわからずSOSといったところだろうか。ジブリールの視線を受けて僕が代わりに応える。
「決まってないよ。連邦捜査部には籍を置いてるけど、併任を妨げるものではないしね」
「じゃあ留学期間中だけでもゲーム開発部においで! ていうかもううちの子だよ!」
「アラタ、わかるないです」
「それは『わからない』だね。モモイはジブリールのことをウェルカムだってさ」
「うぇるかーむ! ジブリールちゃん!」
ハイテンションなモモイの声。すでにジブリールから「私をはめたのですか」と非難の視線が突き刺さる。
「オペレーションにこれは必要だ。ジブリール、明日は頼んだよ」
そう言って頭を撫でる。不満げにしながらも撫でられるのを振り払わないあたりがものすごくかわいい。
「ミドリも大丈夫かい?」
「はい。あんまり英語得意じゃないんですけど……多分」
「うん、異文化コミュニケーションだね。双方にいい刺激になればいいなと思うよ。一つだけ、ジブリールに豚肉を食べさせるのだけはやめてくれ。彼女の宗教的に禁忌だ」
こくりと頷くミドリ。ミドリの方が多分しっかり者なんだろう。抜けるとまずい情報なんかはミドリに伝えるのがいいのかもしれない。
「それじゃ、モモイもミドリも、明日からよろしく頼む。……ジブリール、移動するよ」
「はい。……えー、アラタは、どこに、いきますか?」
「今の質問はいいね。……ヴェリタスのボスのところに行こう。ボディガードを頼む」
またあのサーバルームは寒いんだろうなぁと少し辟易しつつ、僕はジブリールを連れてミレニアムの中枢部に向かうことにした。
次回 オカルトとデジタル
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