マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
「うおっ」
「アラタ、見てはだめです。見てはだめ」
いきなりジブリールが背中に飛び上がってきて、僕の両目を手でふさいだ。
「あらあら、なかよしさんですね」
茶化すことばが聞こえるが、おそらくこれは明星ヒマリの声。特異現象捜査部と看板のかかった部屋に入った途端にジブリールが飛びついてきて、そのまま肩車の姿勢になるような形で両目をふさがれる。
「ジブリール、降りてくれないか」
「だめです。冒涜的な恰好をしている女でアラタの目を汚すわけにはいきません」
「冒涜的……?」
やたらと冷気が強いこの部屋は本当に冷房が効いているのか、ジブリールの怒気で冷えているのかがわからないけれど、はて、ヒマリはそんな冒涜的な恰好だっただろうか。
「むぅ、冒涜的なんてひどくない?」
知らない声だ。すこしばかりのんびりとした声でジブリールに抗議しているらしい。この子もかなり英語ができる子だ。
「ふふっ、エイミさんは暑がりさんですからね」
「暑がりだからって許される格好なのですかこれが!? シャツをはだけているだけならいざ知らず……いえ、異性に見られるような場所でそんな恰好をしている時点で相当ですが! その黒い下着のジッパーはなんのためにあるのですか!」
「え? 放熱のためだけど。こうやって……」
「誰も開けろとは言っていません!」
「ジブリール。お願いだから力まないでくれ。瞼に君の指が刺さって痛い」
そう言うとジブリールの手が動いて掌全体で僕の目を覆うように動かした。
「だって体温調整は命にかかわるから仕方ないし、下着も服なんだから見られても問題ないでしょ?」
「問題なのはあなたの倫理観です。だれも下も見せろとは言っていません! というより! その下のジッパーもなんなんですか!?」
「ショーツとブラはセットで使うものでしょ? 便利だし 放熱にも、おーーー」
「詳細に説明しなくて結構ですっ!」
明らかに僕が聞いてはいけない類の会話が始まっていた。ジブリールがこんなに早口な英語を話しているのを初めて聞いたかもしれない。それにかぶるようにくすくすと笑った声はヒマリのものか。
「エイミ、あなたの服装が初対面の客人をもてなすのに適していないのは事実です。えぇ、残念ながら。そして客人に聞かせてもいい会話でもないでしょう」
ヒマリの声を受けてかジブリールが僕の耳をふさいできた。それで僕の目が自由になると予想してないあたりがなんというか、すごく焦っているのがわかる。僕も一瞬でも見てしまってすごく後悔した。やたらとメタルなチャック付きの下着なんてどこで売っているんだそれ。ホリーはもちろんイトウさんでも選ばないだろうなと確信をもって言える。
いや、イトウさんならやりかねないか。あの人、所属である日本国政府の要人が聞いているであろう回線で僕に下ネタ振ってくる人だし。
「とりあえず場所を変えた方がいいかい?」
僕の声を受けて銀髪の車いすの少女―――明星ヒマリが首を横に振った。それでジブリールは僕の目が自由になっていることに気が付いたらしい。今度はもう一度目をふさいでくる。
「いいえ、エイミ、冷房最強にして構わないので、奥の機械室で待機してくれますか?」
それでしばらくするとジブリールの手がどけられて背中をつたって降りる感覚があった。ようやくまともに話せる状況になった。
「改めまして、先生。そして新田ジブリールさん。ミレニアムが誇る超天才清楚系病弱美少女ハッカーであり、『全知』の学位を持つ眉目秀麗な乙女であり、そしてミレニアムに咲く一輪の高嶺の花である『特異現象捜査部』部長、この明星ヒマリになんの御用でしょう?」
ジブリールがものすごくジトっとした目を僕に向けてくる。そんな目で見ないでくれジブリール。僕だって今こんな子だったっけと困惑しているところだ。
「ふふっ。見とれて声も出ないと言った感じでしょうか」
「アラタ、ここにアラタが知るべき情報はないようです。今すぐ帰りましょう。アラタはここにいるべきではありません」
「まてまてまて、ジブリール待て」
なぜか漫才になってしまい、ヒマリがずっとくすくすと笑っている。
「それで、先生が知りたいのはゲーム開発部の子達について、もしくは『廃墟』についてといったところでしょうかね」
「……お察しの通り。僕たちの情報は筒抜けか」
英語から切り替えたヒマリは自信があふれ出る笑みを浮かべている。少なくともジブリールがミレニアムにおいてフルネームを自分から名乗ったことはなかったはずだ。つまり彼女はジブリールの留学生としてのプロファイルを閲覧している。
「ふふん、ミレニアムの至宝の名は伊達ではありませんよ。この病弱系天才美少女ハッカーを舐めてもらっては困ります」
ジブリールの機嫌がどんどん急降下しているがそれでも僕はここで情報を得なければならない。椅子を勧められ座る。ジブリールも椅子を勧められていたが座らずに、僕をカバーできる位置で休めの姿勢を取った。車いすのヒマリをローテーブル越しに正面から向き合うような形になる。
「ヴェリタスとシャーレは協力関係にある。そのヴェリタスの部長でもある君と腹を探りあっても仕方ないし、情報はそちらで勝手に収集するだろうから、単刀直入に聞こう。ヒマリ、君は僕に何をしてほしい?」
「ゲーム開発部の味方になっていてほしい、というのは回答として不足していますか?」
「それが要求のすべてなら、それでもいい。だけどそれにしても君の手法はあまりに回りくどいように思った。公には動けないなにか……そして、ゲーム開発部を動かすことで何かを得ようとしているように見える」
そう言うと口もとを隠してヒマリが笑う。
「雪のように白く潔白であることを誓って言いますが、ゲーム開発部が望むものを見つけ出すことを願っています。……そして、その過程で『廃墟』にメスが入ることも」
「……そちらが君の本命だね」
「それが、ではなく、どちらも、です。モモイもミドリも、まだ会っていないでしょうけど、ユズも、ゲーム開発部の子達はみんな才気あふれる子達です……まぁ、興味のムラがあまりに激しすぎるとは思いますが、それでもその活動の場が失われるのはあまりに惜しい。このままではミレニアムの校則の都合上ゲーム開発部を廃部にせざるを得ませんが、それが惜しいくらいには皆いい子たちです」
「ユウカも目をかけていたし、そこを疑ってはいないよ」
そう言って僕は椅子の背に少しだけ体重を預ける。この部屋はやたらと冷房が効いている。ジャケットを着てきてよかった。
「すべて求むる者は得、尋ぬる者は見出し、門を叩く者は開かるるなり。汝等のうち父たる者、たれか其の子魚を求めんに、魚の代に蛇を
「……聖書の一説だったかな。多分ルカ伝かマルコ伝だと思ったけど」
僕がそう言うと合格、と言いたげにヒマリは頷いた。
「ルカによる福音書第11章第10節から。子どもが魚を求めているのに蛇を与えたり、卵を求めてるのにサソリを与える親などいないように、求め、尋ね、門戸を叩くものに、必ず恵みは与えられる」
「……つまり、求めたから教えた、というだけという意味かい?」
「ふふっ、先生は博識で物わかりがいいのに、そういうところは無粋なんですから」
なんだかはぐらかされている気分になるが、おおよそ間違ってはいないようだ。ほぼ間違いなく、今回の依頼のトリガーを引いたのはゲーム開発部、それに応えて別の目的を、特異現象捜査部かヴェリタスが乗せた。
「結構私は占いとかオカルトとか、大好きなんです。意外でしたか? 意外でしょう? でもいつか、若すぎる科学や学問は追い付いていくと思っています。……そのためには『廃墟』のデータが欲しいというのも理由の一つ」
「ということは、まだ理由があるね」
「……本当は、ここまで明かしたくはなかったんですけどね。病弱美少女を虐めて楽しんでいる先生には、本当のことを話さないといけないみたいですね」
ジブリールの視線がドンドン痛くなってくるがいったん無視。すぐにポカポカモンスターにならないあたりは、英語じゃない会話でついてこれてないからか、空気を読んでくれてるのか。あとで話したときが怖いけど、今はヒマリの話に集中しないといけない。
「……第13直轄地に切迫した課題があると、特異現象捜査部は判断しています」
「切迫した課題?」
僕がオウム返しにそういうと、ヒマリは車いすに内蔵されたボタンをいくつか押した。ローテーブルが発光し立体的な像を結んだ。一辺2メートルぐらいだろうか、立方体の水槽のような光の中に第13直轄地の立体地図が浮かび上がる。
「……空間ホログラム」
「ふふん。すごいでしょう。シャーレにも同じものを置くという計画もあったみたいですが、大型化がまだ厳しくて、このサイズが限界なんですよ。……さて、見てわかるように『廃墟』は大きなくぼ地というか、クレーターにあります」
南北に中央で輪切りにして断面図を表示させるヒマリ。僕はその地図を見る。シッテムの箱を取り出し、同時に同じ個所の地図を表示させた。こちらは僕も見慣れた平面図だ。
「この中央に発電工場とそれに併設する特殊な工業用プラントと思しき施設があります」
「思しき?」
「発電工場は無人で稼働中。燃料は不明、少なくとも補給の形跡はありません。ただし、その設備から伸びる送電システムを見る限りは最低でも特高圧、つまり7000ボルト以上の高圧の電力を併設プラントに送り込み、そのプラントを維持している」
「……発電所や工場の所有者は連邦生徒会?」
僕の問いへの答えは首を横に振ることで返ってきた。
「連邦生徒会が周辺地域を取得する前から工業用プラントと発電工場は存在し、稼働していました。廃墟になってからも稼働し続けている……ミレニアムの技術を超える、オーパーツの可能性が高い。そしてこの施設の警備システムは、連邦生徒会のシステムとも、ミレニアムのシステムとも独立したイントラネットとして構築されています」
話がようやく根幹に着地したように思える。
「工場と発電プラントには複数の武装した人型ロボットが配置されています。型としてはカイザーグループのパワードスーツに近しいですが、順序が逆で、カイザーグループが模倣したと言う方が正しく、こちらの方が圧倒的に古い。ある程度小銃などでの対処は可能であることは確認できています。工場の護衛と思われ、特定のコースを徘徊し、近づくと攻撃されますが、それだけです。近づかなければ安全です。……ですが危険には変わりないので、おそらく連邦生徒会は直轄地として管理し、人の出入りを禁じたのでしょう」
「……確認されている数は?」
「正確な統計はありませんが、おそらく150体から300体程度と見積もれます。ただ一度に稼働しているのは30体程度かと予測されます」
小銃などで対処可能ということは一度突破を試みたことがある、しかし何らかの理由で原因の追究まではできなかった。そして、動いている工業用プラントや長期間メンテナンスフリーで稼働し続けている発電所の謎も。
核汚染とか進んでたら嫌だなぁと思いつつ、言葉を選ぶ。
「そんなところにモモイたちが求める"G.Bible"がある……か」
「そういうタイトルのデータの山が『廃墟』に転送されたログがあります。おそらく工場に転送されたのかと」
「待った。内部ネットのはずの工場に外部から転送処理が走った?」
「えぇ。だから
ヒマリがそう言ってホログラムを切り替えた。彼女の表情が落ちる。なるほど、最初に僕とシャーレとの契約を交わした時の雰囲気はこっちだ。余所行きの、そして“ロジックで説き伏せなきゃいけないと気負った時”の顔か。
「SRT特殊学園の統廃合が正式に議論され始めたことに代表されるように、生徒会長の失踪により連邦生徒会は機能不全に陥っています。その状況で第13直轄地で何かが発生した場合、真っ先に被害を被るのはミレニアムです。我々は備えなければならない。ミレニアムが平和であるうちに、モモイたちが廃部にならないように必死になれる平和を、我々は守らなければならない」
表示されたのは正式な依頼文章の電子データ。
「現状において、実行力をもって第13直轄地に合法的にアクセスできるのは、連邦生徒会長によって実質的な全権委任を受けている連邦捜査部シャーレのみ。シャーレならその強権をもって、誰にも非難されることなく、LCM-01Sロジコマを直轄地に持ち込め、作戦を展開できる」
いくつものドキュメントが表示される。その中には連邦生徒会フォーマットの物もあった。すでに根回し済、ということだろう。
「ミレニアムサイエンススクール特異現象捜査部部長として、連邦捜査部シャーレ顧問、アラタ・リョータに対し、正式に第13直轄地の戦略偵察を依頼します。ミレニアムからサポート人員として才羽姉妹を派遣し、ヴェリタスの情報提供を確約します。モモイもミドリも、かわいい顔して結構やり手ですよ」
そう言いつつも困ったように笑うヒマリ。きっと僕は苦虫をかみつぶしたような顔をしていたに違いない。
「……それで、リオのお眼鏡にアラタ先生は叶いましたかね?」
先生が出ていった後、空間ホログラムに映像が現れる。よく見知った……とはいえ、欠片の一つも相容れる気がしない相手のホログラムが現れる。
《さすがは先生を自称するだけある、といったところかしら。敵に回したくない人材であることは確かよ》
「えぇ、その点には同意します。少なくとも一晩で組み上げた5校合同の即応部隊は15分もかからずにカイザーPMCの2個歩兵中隊を文字通り粉砕した。……ハレとユウカがシャーレのブートアップ期にいち早く接触できたことは僥倖でした」
《先生が求める技術に対応できる技術力を持っていたのがミレニアムだけだったこともね》
結果的にだが、ミレニアムサイエンススクールは他校に先んじて常設のチャンネルを確保することができた。ユウカによるバックオフィスのサポートとヴェリタスによる情報支援は、シャーレに技術的先進性を保証する代わりに、トリニティやゲヘナに対する高いプレゼンスをミレニアムに与えた。連邦生徒会自体の権威が落ちていく中、そしてエデン条約によるトリニティとゲヘナによるカルテルが誕生しようとしている中、シャーレと距離が近いことを示せるメリットは大きい。
「第13直轄地、ミレニアムをもってしてもまだ解析しきれないその特異点を解き明かす、起爆剤になってくれるといいわね」
《その火遊びが私たちを吹き飛ばさないことを祈るわ》
「あら、祈るなんて貴女らしくない言い回しじゃないですか、リオ。ロジックにも神はいますか?」
《揚げ足をとらないで頂戴。神の実存について、オカルトマニアの貴女と議論するほど暇じゃないの》
「まぁ生来多病の身のわたくしめになんてひどい!」
《貴女の場合は不養生というのよ》
このあたりの冗談が通じないのはいつも通りだ。それでも彼女には、彼女なりの信念と理論があるのだろう、相容れなくて理解はできないが、それには敬意をもっていたいと思っている。それがたとえ一方通行のものでもだ。
「ただリオの言う通り、現状だと『火遊び』というのは正鵠を射た表現かもしれませんね。個人的には山火事に対するバックファイア、もしくはバーンアウトのつもりですが」
《何があってもいいように備えるだけよ。だから私はヒマリのいう作戦に加担することに決めた》
そう。これは私の作戦だ。そして先生はそれをいぶかしみつつも乗ってきた。そしてシャーレが動き出した以上、もう止められない。どういう結末になっても、私はピエロを演じなければならない。
「第13直轄地の問題は、これ以上放置できない。いつ忘れられた神々の怒りが噴き出すかわからないのですから」
それでもいいと思って、始めた賭けだ。
「
《わかったわ。変更があればまた連絡を頂戴》
通信が切れる。ため息をついた。
「部長」
「あらら、エイミには見られてしまいましたか」
笑みを浮かべてみせる。この子は聡明だ。きっといつかバレてしまうだろう。それでも、今は笑ってみせた。
「あの子達を巻き込むの?」
「ええ、すべてはシャーレのシナリオのとおりに」
「それアニメのマネ?」
「バレましたか。……大丈夫ですよ。きっとうまくいきます。なにせこのパーフェクトヒューマン、ヒマリがサポートするのですから!」
きっとこれでいつも通りエイミは騙されたフリをしてくれるだろう。第13直轄地に何があるのか、まだわからない。そこに埋まっているのはパンドラの箱か、棺か、宝箱か。まだわからない。だが、もうその秘密に手をかけねばならなくなった。
(……オフィーリアは死んでいなければならないと、あなたなら言うのでしょうかね、リオ)
いや、あの人は戯曲なんて知らないか。そんな感慨を持つが、とりあえず冷房の温度を一桁にしようとしているエイミを止めることにした。
やっぱりエイミの恰好はキヴォトストップクラスに奇抜だと思うんです。
次回はがっつり日常会……の予定! あくまで予定!
次回 ジブリールのお掃除大作戦inゲーム開発部
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